取材レポート

第5回アジア太平洋研究公正ネットワークミーティング (APRI2023 TOKYO) 報告

APRI2023TOKYOポスター
 第5回アジア太平洋研究公正ネットワークミーティング(APRI2023 TOKYO)は2023 年 3 月 20 日から 22 日まで早稲田大学で開催され、22の国・地域から、現地参加で約200名、オンライン参加も含めて全体で約700名の方が参加されました。今回はアジア太平洋地域に重点を置き、研究公正において既存のパートナーシップを強化し、研究の公正性における新たな協力関係を構築すること、そして研究の不正行為や誠実性の侵害に対処する際の経験とベスト・プラクティスを共有し、共同作業を促進することを目的として、開催されました。また初日は、2022年度全国公正研究推進会議が合同開催されました。これらの中よりいくつかの演題を紹介します。


「国際比較から見た日本の研究公正制度」 

文部科学省 科学技術・学術政策調査分析官 松澤 孝明 氏
松澤 孝明 氏
松澤 孝明 氏

 松澤氏は、「日本の研究公正については2014年のガイドライン策定後一定の取組が行われ、ある種の達成感があったが、なぜ海外からは日本が不正大国とみなされるのか。」「その妥当性について検証し、今後の日本の研究公正の在り方についての考え方を示したい。」とされました。
日本の研究不正の特徴と現状の分析をされ、日本の研究不正について、以下の特徴があることを説明されました。
1. 研究不正の発生は年間約10件、論文取り下げ数が世界第3位
2. 繰り返し違反者ワースト20位に日本人が6人
3. シニアな研究者でも研究不正を犯す者がいるが、倫理教育は若手対象が中心
4. 研究公正システムが未成熟

 
松澤氏講演資料
出典:松澤氏講演資料


 松澤氏は、日本の研究公正システム体系は、国のガイドラインに準拠した各研究機関の自主規制を監視・監督する研究公正局が存在しないタイプとなっていることと述べられました(右スライドのタイプ3)。このため、研究機関レベルでの不正判定の不公平性が生じる可能性があること、判定に対して中立・客観的な立場で機関に是正勧告するような専門機関機能が無く、研究公正システムの透明性の確保が日本の課題と考えられる、としました。
 松澤氏は最後に、「各国の研究公正システムには長所短所があり、研究文化・社会環境に依存するところが大きい。日本の研究公正システムは、諸外国に比べて未整備の要素があり、そのシステム設計には日本の国情に合わせた検討が必要である。また、研究機関レベルの差異等を排除し、研究機関による不正調査認定の客観性を保証するための中立・公正な研究公正局のような機関が将来的に必要ではないか」と述べられました。

早稲田大学にて
早稲田大学にて 

「台湾における研究公正の推進:10年間の経験」

国立陽明交通大学教育研究所 教師教育センター 終身講座教授 Chien Chou 氏
Chien Chou 氏
Chien Chou氏
 Chien Chou氏は、台湾における研究公正の推進について、台湾のResponsible Conduct of Research (RCR)教育の成果に関する検証・報告をされました。最初に、早稲田大学 札野順教授らとの共著の論文(※1)を紹介され、APRI2023では東アジアでの研究公正の取組やその課題を共有したいと述べられました。
 台湾では2014年に台湾学術研究倫理教育センター(Center for Taiwan Academic Research Ethics Education, AREE)が当局の支援を受けて設立され、現在は様々なリソース、サービス、オンライン/オフラインの学習システムを提供する主要なプラットフォームになっています。
 RCR教育については、「教師中心から学生中心へ、教えられること中心から自ら学ぶこと中心へ」との教育の転換期であり、それを受けて若者向けの教材・教育環境である「3-L Design Model」を開発されたことを説明されました。3-L Design Modelでは、学習タイプ(フォーマル/インフォーマル)、学習アプローチ(教師中心/学生中心)、学習環境(オンライン/オフライン/o2o (Online to Offline))の違いによって、それぞれのモデルを考慮しながら、リソースの配分や教育方法を選択することができます。そして、学習目標を設定し、学習活動を設計し、関連する教材や評価を開発することで、学生のニーズに応え、RCR教育の成果を最大化することができる、と報告されました。
※1 "The present situation of and challenges in research ethics and integrity promotion: Experiences in East Asia"(Chou C, Lee IJ, Fudano J, Account Res., 2023, Jan 15, p 1-24)
 

[2022年度全国公正研究推進会議:研究倫理教育事務担当者向け分科会]:
「研究力向上を目指す研究倫理教育の現状と課題」

(座長:APRINコーディネーター 戸谷 秀一 氏)
・APRINの取り組みについて(APRIN事務局)
戸谷 秀一 氏
戸谷 秀一 氏
 公正研究推進協会(APRIN)からの報告として、APRINコーディネーターである戸谷秀一氏より、日本の研究不正の現状や、「APRIN加入状況」、「教材の利用状況」、「新規教材等の紹介」、「改訂された教材」、「eラーニング利用者アンケート」や「公正研究専門員認定制度の検討状況」などについて報告がありました。また、研究活動および研究支援者のサポートを目指して行われたAPRINの活動について情報提供がありました。







・研究倫理教育のこれまでの啓発活動と新しい教材の活用について~JSTが開発した映像教材を通じて~

(JST 研究公正課 課長代理 高柳 元雄) ※敬称略
JST高柳
JST高柳
 高柳はJSTにおける研究倫理の啓発活動や教材を紹介しました。JSTでは研究公正ポータルサイトの運営、事業参加者へのeAPRINの履修およびパンフレット・教材の開発を行っています。特に、新しく開発された研究倫理映像教材「倫理の空白」について紹介をしました。座学やテキストによる研究倫理教育は知識習得に向いていると言われますが、この映像教材は、ドラマで倫理的ジレンマが描かれ、対話型の教材としての活用が期待されます。また、日本の研究環境と課題を反映した内容で、研究倫理教育を受ける視聴者が当事者意識を持ちやすいように工夫しています。「自身の考えだけではなく、多様な価値観に触れることで、価値・態度の変容を促すことの大切さ」や、「後ろ向きな予防倫理の側面だけではなく、あるべき姿を考えることも含めて利用してほしい。」と話しました。また、JSTが日本語字幕版を制作・公開している米国の研究公正局(ORI)作成の研究倫理映像教材「THE LAB」では、様々な立場で意思決定をどのように行うかの疑似体験が可能である、と紹介されました。
 最後に、高柳は札野氏の「RCR教育の目的は、"研究不正"や"疑わしい研究活動"を"予防する"だけではなく、"責任ある研究活動"を推進し、科学者・研究者を鼓舞し、その"Well-being"を高めることである、との認識を共有すべきである。」との言葉を紹介し、予防倫理だけでなく、志向倫理も含めた両観点の重要性について述べました。

「倫理の専⾨的実践のための職業的美徳のフレームワーク」

ミシガン州立大学 特別教授 Robert T. Pennock氏
Robert T. Pennock氏
Robert T. Pennock氏
 Pennock氏は、哲学的・実証的な思考に基づいた「職業的美徳(A Vocational Virtues)の概念」について、科学倫理教育の新しいアプローチとして検討され、実績について報告されました。研究者としての責任ある行動(RCR)は、本来科学研究に内在しているものであるが、それが、外圧による義務である、とのように思われがちです。よりよい科学者であるためには、「人間は潜在的な可能性を秘めている」と考えて、ポジティブな側面からの倫理教育を醸成することが望ましい、と述べられました。
 科学的テロス(科学の目的)は、「ある事象」についての人類の理解をさらに深めることであり、社会に役立つことです。科学者は、社会への利益を願っているのです。科学者としてのキャリアの価値の1つには、人類の歴史の一部になることと感じることもあるでしょう。科学者は発見することで、「科学者の役割」と「その発明の人類に対する貢献・機能」を学ぶことになります。科学者の目的は新しいことを発見・理解し、自然の仕組みを理解することにあります。そして人類を知識で助けることにある、と述べられました。
 また、10年以上にわたって、RCRトレーニングカリキュラム、Scientific Virtues Toolbox(SVT)を開発・実践しており、ポジティブな志向であるべきという美徳倫理学の考え方に沿って、SVTのワークショップでは、科学的美徳とそれが倫理的実践に対してどのような意味を持つかをテーマに話し合うこととしていることを紹介されました。
 最後にPennock氏は、職業的美徳の概念は、「職業的な規範の分析」「科学的な理想を人類の繁栄へと結びつけること」「倫理的人格を育成し、責任ある行動について教えること」について新たな枠組みを提供するとまとめられました。また、SVTカリキュラムの実践により、RCR教育の再考につながり今後教育的な示唆が検討されていくだろうと述べられました。

APRI2023を総括して (主催者等による記者会見より)

最後に記者会見が開催され、主催者やゲストによるAPRI2023の総括と所感が述べられました。
記者会見
左から池田駿介氏、市川氏、浅島氏、札野氏、Lex Bouter氏、Michael Kalichman氏
●浅島 誠氏:APRIN理事長(APRI2023大会長)
日本で初の国際会議開催は意義が大きい。AI・ChatGPT・オープンアクセスやデータシェアなど今後の課題がでてきた。研究倫理教育は、政府との関係と国民の理解が重要である。そのような中で研究倫理教材は、幅広い分野を取り扱うようになり、意味のあるものになってきた。今後の研究倫理の大きな発展の礎を築いたと思う。
●市川 家國氏:APRIN専務理事(APRI2023プログラム委員長)
コロナ禍での国際的な交流が途絶えていたので「意見交換をしたい」という声があった。アジア諸国の方が積極的に発言された会であった。日本は、研究者と研究倫理担当者が分業化しているので全体的な判断ができていないように思う。両者の間で研究倫理のボキャブラリーを共有して認識を持つということが大事と思われた。
●Lex Bouter氏:WCRI理事長
質疑や議論の内容が優れていることが印象的だった。文化的な違いについての議論が多くを交わされ、これは欧米でも同様である。文化的な違いが、国際的な共同研究にも影響をしている。このようなトピックを共有することには意義があり、共同研究をどのようによりよく行うかを考えることができる。
●Michael Kalichman氏:APRIボードメンバー・プログラムコミッティ
今回学べたことは日本やアジアだけでなく、世界的な研究公正の重要性を再認識できたことであり、様々な場面に影響をすると考えている。また、研究不正防止策に有効なのは正しい研究方法を学ぶ事であると強調したい。