取材レポート

文部科学省 研究公正推進事業 研究公正シンポジウム 「研究分野特有の研究不正への対応について」 報告

「文部科学省 研究公正推進事業 研究公正シンポジウム-研究分野特有の研究不正への対応について-」が2022年12月6日(火)に日本学術振興会(JSPS)の主催、科学技術振興機構(JST)など4法人の共催にて、東京の会場およびオンラインによるハイブリット形式で開催されました。各研究分野それぞれの事情や問題によって起こりやすい研究不正の特徴について理解を深めるとともに、それらを防止するための研究倫理教育や、研究機関が取り組むべき事項について示されました。

来賓挨拶

小林英夫氏
小林 英夫 氏
「公正な研究活動の推進に向けて」
文部科学省科学技術・学術政策局研究環境課
研究公正推進室長 小林 英夫 氏
 小林氏は、「公正な研究活動の推進に向けて」との内容で、まず文部科学省でとりまとめられた研究倫理教育の状況・実態調査・分析状況を紹介されこれらのデータから、研究公正が完全には徹底されていない状況を示されました。また、文部科学省通知「研究活動における不正行為の防止の徹底について」の概要についても説明をされました。






1部:基調講演

 
「自然科学系分野において起こりやすい研究不正等について」
東北大学金属材料研究所 教授 佐々木 孝彦 氏
佐々木 孝彦 氏
佐々木 孝彦 氏

 まず佐々木氏はご自身の携わる自然科学分野の研究活動の特性、様々な階層の研究者・学生の集合による「共同研究」「共同作業」について述べられました。共同研究の形態や、オーサーシップの考え方だけでも広いスペクトルがあり、例えば物理学分野の大規模基礎研究の論文では著者が5,000人以上、344機関にもなるものもあるとのことです。その相違を理解した啓発・教育活動が必要となると述べられました。
 また「共同研究」については,研究室内での研究成果・論文発表も共同研究ですが、理工系の慣習的な「共同研究」の捉え方は、国内外の他機関・大学、所属の異なる研究者との共同研究を指してきたことがあり、その為に同じ組織(研究室)内でのオーサーシップ(役割)への配慮が特に必要となると述べられました。配慮としては、著書順、内容責任、原稿・投稿同意、二重投稿などがあるとのことです。
 それらを踏まえ最近の傾向で気になる不正について、学生は「自分が"できる学生"であることを見せたい誘惑」などの承認欲求、若手研究者の研究成果の「業績を上げるための誘惑」があり、それら対して啓発や倫理教育が必要となること、もう一方でシニア研究者側にも管理意識向上(状況理解、牽制としての罰則)など必要となり、そういった取組が公正な研究推進へのアプローチとなるとのお話をされました。
 また、教育方法として、東北大学で行われている実験的研修プログラムの博士課程大学院生向けの博士人材育成ユニットでの取組みを紹介されました。また、JST制作の映像教材「倫理の空白」を利用したグループワークの方法も紹介されました。最後に、佐々木氏は、分野特性とキャリアに合わせた倫理教育の機会を作れるか、研究不正について自分事として考えられるかが重要であると話されました。
 
「人文学・社会科学系分野において起こりやすい研究不正等について」
慶應義塾大学大学院法務研究科 教授 三木 浩一 氏
三木 浩一 氏
三木 浩一 氏
 三木氏はまず、人文社会科学分野における研究不正は盗用が中心であること、2015年度から2021年度の不正の合計34件すべてに盗用が含まれることを示しつつ、同分野の傾向について述べました。
 続いて、二重投稿が不正とされる理由としての「保護利益」は何か?と問いかけをされました。二重投稿に対する考え方は、それぞれの学問分野の特徴や慣習に大きく左右されるということを示し、自然科学vs人文社会学、基礎法学vs実定法学などの違いを例にあげ、二重投稿の問題を学問領域の境界を越えて一般化することは危険であると警鐘を鳴らされました。
 また、『二重投稿の議論やルール化は自然科学の分野で進んでいるが、それらを人文社会科学の分野に安易に持ち込むべきではなく、人文社会科学の中での狭い学問領域ごとにルールを考えていく必要がある』という考えを示されました。
 さらに、誤解されやすく認識されていない部分として、「盗用」=著作権侵害というわけではないこと(※盗用を禁止するルールの保護利益は「公益」である)、そして「著作権」とは著作を創作した著作者に認められる権利であること、(※著作権侵害を禁止するルールの保護利益は「私益」)、という違いを示されました。
 研究公正のルールによる「保護利益」は、科学のコミュニティ内の相互信頼の確保と科学研究に対する社会の信頼の保護であるということを三木氏は講演の最後にまとめられました。

「研究不正等を防止するための研究倫理教育や、研究機関が取り組むべき事項について」
大阪大学全学教育推進機構 教授 中村 征樹 氏
中村氏
中村 征樹 氏
 中村氏は、まず「研究不正」として特定不正行為「捏造・改ざん・盗用(FFP)」示され、その上で、「研究不正(FFP)と好ましくない研究行為(QRP)のグラデーション」をあげ、好ましくない研究行為は研究不正には当たらないが、研究における信頼性を著しく失うことになる、と説明されました。
 次に、研究分野に特有/特徴的な問題、および、表面化しやすい問題/そうでない問題(氷山の一角)について、各研究分野の特性を踏まえた研究倫理教育をどう行うか?という課題について述べられました。」
 対応策としては、具体的な例として、AMEDの「研究公正に関するヒヤリ・ハット集」や、米国研究公正局(ORI)作成のリーフレットに記載された「研究指導者が研究公正推進のためにできる5つのこと」の紹介がされました。

    1) 相談しやすくあれ
    2) 生データをチェックせよ
    3) なにを期待しているかを明確に伝えよ
    4) 教育の機会と指導を与えよ
    5) 研究公正担当者を知る
スライド1 報告書
(出典:「研究公正に関するアンケート調査(2022.3)」
問題行為の発生予測(5年以内))

 さらに、中村氏が実施した「研究公正に関するアンケート調査(2022.3)」について紹介がされ、「記録が不十分」「研究データ・資料などの不適切な保存」により、不正が「起こりうる」発生要因と考えられている状況があること、研究分野の特性を踏まえて研究データを活用することの重要性を述べられました。
 最後に、以下のような各機関の役割について、学協会におけるルールの明確化によって、各人の担う役割の大きさが変わることにも言及されました。

<研究公正にかかわる主な組織の取組として、特に重要なもの>
行政組織 研究機関の体制整備の支援
学協会 関連規定・ルールの明確化、分野に即した教育・啓発、学協会間の連携
大学・研究機関 研究公正に関する相談体制の整備(身近に相談を気軽にできる人)、
         効果的な研究倫理教育、研究公正のモニタリング
資金配分機関 研究倫理教材・機会の提供・研究不正に対する措置


2部:パネルディスカッション


 2部のパネルディスカッションでは、日本学術振興会理事の水本哲弥氏がモデレーターとなり、講師3名(佐々木氏、三木氏、中村氏)による討論と、参加者との質疑が行われ、これまでの講演内容を踏まえ、「研究分野特有の研究不正の対応について」どのような取組みが望ましいかが話し合われました。
 まずは水本氏の質問から始まり、各分野における特徴が登壇者より話されました。
「研究室内での研究発表等で不正が発覚するような事例はあるか。」という質問に対し、
佐々木氏は「生データを見るわけではないが、シニア研究者は経験値からデータの疑義を指摘できる。医学部(医局等)などの大規模研究室(医学部の医局単位など)ではシニア研究者が参加することができるかが重要である。」と述べられました。
 「日本ではFFP(特定不正行為)は発表物が対象であるが、米国は範囲が広い(非発表物:提案・実施・報告等、を含む)。日本でも広げるという考えはあるか。」という質問に対し、中村氏は「十分ありうる。どこをどのように扱うかの議論(プロセス)が必要である。」と述べられ、「人文社会科学系で盗用・二重投稿が多かったが、他の分野ではどのようになっているか。」という質問には、佐々木氏は「自然科学系では盗用とまでは言えないが似た表現になることが多い。(研究論文の)方法は定型文となっている。剽窃チェックでの類似度の数値(%)がそのまま盗用ではない。オリジナリティーとなる部分が重要である。」と述べられました。
 中村氏は「論文における盗用の位置づけが人社系と理系では違う。二重投稿の範囲も分野により異なるが、引用は重要であり分野毎のルール設定が必要である。」と、三木氏は「盗用は自然科学系でも多い印象がある。ある自然科学系の事件では博士論文でコピー&ペーストが指摘された。自然科学系での盗用は若い研究者が多く、人社系での盗用はシニア研究者が多い印象である。」とそれぞれの分野特性を踏まえた発言をされました。

 続けて、参加者からの質疑への応答が行われ、各分野の特徴および人材育成などについて各氏が述べられました。
「中村氏の講演で各機関の役割が示されたが、大学でも教育できる人がおらず、省庁・資金配分機関・学協会でも担当者が代わってしまう。人材確保をどうしていけばよいか。」との会場からの質問に対しては、中村氏は「難しい点であり、URAなど研究支援人材で専門家を増やしていけるか、横のつながりによる研究不正調査の知見の共有は重要となる。」と答えられました。
 佐々木氏は「米国ではキャリアパスに乗っており、日本でも企業を含めたキャリアパスができるとよい。」と、三木氏は「教育・啓発部分と研究不正の事後対応は分けた方がよい。教育・啓発は学生の共感が必要であるので、それに近い人材が効果的である。それぞれのミッションが絞られるので組織設計できるのではないか。」と話されました。

 また、「二重投稿やオーサーシップについてコミュニティの違いで不正の解釈が違うが、研究者や学生が気を付けるべきことはどういったことか。」との質問に対しては、 中村氏は「オーサーシップについては(WCRIの)モントリオール宣言で提案があった。共同研究においては、オーサーシップと謝辞については予め取り決めておき、研究が進んでいく中で調整していくことが重要である。二重投稿は分野によって異なることの認識が必要である。」と、三木氏は「研究不正には分野依存性の高いものと低いものがある。FFPについては分野依存性が低い。二重投稿とオーサーシップは分野依存性が高いので、異なる分野の人と共同研究をする時は、発表の段階で打ち合わせるのではなく、研究開始時または申請時に打合せをしておくことが重要である。」と、佐々木氏は「二重投稿については、少なくても理系の学術雑誌では投稿規定に従ってほしいという一言につきる。オーサーシップについては、始める前に決めるのは難しく、投稿時に変更することもありうる。論文誌の投稿規定の中にはオーサーシップに関するものもあり、共著者への確認も一般的になってきている。」と話をされました。
 また、三木氏からは「現状では、二重投稿については多くの雑誌には規定がない。特に、人文社会科学系では二重投稿についての規定があることすら珍しい。二重投稿やオーサーシップはルールを守るのは当然であり、ルールの存在を知らしめるカルチャーを話してほしい。」との考えが示され、その上で、三木氏は「人文社会科学では99.9%は共同研究ではなく、単独執筆が多い。理系の研究者が普通にあるオーサーシップの問題を、多くの文系の人は知らない可能性があり、問題があることを知らせていく必要がある。」とお話になりました。

 盗用・二重投稿・オーサーシップ等について、研究分野の違いによる特徴や課題が明確になるシンポジウムでした。登壇者からは、それらの特性や研究公正の取組状況も踏まえてルールの取り決めを行うことが急務となる、との共通の認識が示されました。

集合写真
左上から中村氏、三木氏、佐々木氏
左下から水本氏、杉野剛氏(日本学術振興会理事長)、小林氏
当日のシンポジウム開催情報・講義資料はこちら(JSPSのサイト)
2021度文部科学省 研究公正推進事業 研究公正シンポジウムの取材レポート