取材レポート

【5th World Conference on Research Integrity(WCRI)レポート 】
 第3回:ワークショップ~教育担当者の教育~

 2017年5月にオランダ・アムステルダムで開催された5th World Conference on Research Integrity(WCRI)について、第1回「研究成果の再現性と透明性」、第2回「各国の違いと国際ネットワーク」に続いて、第3回目は「ワークショップ〜教育担当者の教育〜」について報告します。

 第5回WCRIの初日、本会議のオープニング前に行われたワークショップは、9種類用意されたテーマから一つを選択し、希望者のみが参加するものです。筆者は「教育担当者の教育〜RCRの教育課程とワークショップ〜」に参加しました。

 本ワークショップの目標は、受講者が責任ある研究活動(Responsible Conduct of Research; RCR)のための研修やワークショップをデザインできるようになることです。
 RCR教育の第一人者である講師陣(ベルギー:Nele Bracke博士、Katrien De Gelder博士、Stefanie Van der Burght博士、ドイツ:Michel Gommel博士、Gerkinde Sponhols博士、米国:Michael Karichman博士)により、前半はRCR教育の意義と目標(1参照)、テーマ設定・受講対象者・リソース(2参照)、教材・講義形式(3参照)についての講義がありました。後半は選択したテーマについてグループディスカッションを行い、理解を深めました(4参照)。

1.RCR教育の意義と目標

 教育担当者はRCR教育を行うことを当然のものと考えがちですが、受講者にRCR教育の必要性を理解させるためには、教育担当者側でも意義を明確にしておく必要があるとのことでした。また、具体的な教育目標の定義は、後で教育効果を評価する上で必須であること等の説明がありました。

2.テーマ設定・受講対象者・リソース

GoalSetting
Stefanie Van der Burght博士 による講義

 最初に講師から、RCR教育を行う際にどのようなテーマを取り上げたいかについて問いかけがありました。参加者からは、規則・ガイドライン、公正な研究や責任ある研究活動の必要性、コンプライアンス、メンター、学問分野毎のルール、共同研究、データ管理、告発への対応等、20個以上のテーマが次々と挙げられました。
 次に、RCR教育の対象範囲を整理するよう説明がありました。具体的には、受講対象者を研究従事者全員とするか、学部学生から教授までとするか、技術員や研究補助者を含めるか等といったことです。また、受講者の職位に応じて講義内容を変えるかどうかも検討すべき項目です。職位に応じた講義は教育の有効性を高めますが、さらにそこに階級の異なる研究者も一緒に参加させることで、他の職位に対する理解の進展や、異なる視点による議論の深化等の効果が期待できるそうです。
 参加者からはシニアの研究者に倫理教育に参加させることが難しいという意見がありました。この問題は多くの国で共通しており、受講を義務化すれば参加自体は実現できますが、RCR教育への理解がなければ教育効果は得られにくいようです。
 また、RCR教育を実施するにあたっては、そのためのリソース(予算や人材)も重要なファクターとなるとの説明がありました。予算に応じて、講師を自前とするか/外部に依頼するか、教材を独自開発するか/既存教材を購入するか等、選択肢が分かれます。また、経営層からの全面的サポートも受講者への働きかけやRCR教育の継続の上で重要な要素となります。

3.教材・講義形式

 テーマ、対象者、予算等が明確になったところで、次は講義の形式や教材の効果について解説がありました。「CITI」を代表とするe-learning等のオンライン教材は大人数の受講者に対応でき、知識を広く習得する上で有効です。一方で、画一的な内容になりがちな面もあり、この点を解消するために、ロンドン大学で開発された「EPIGEUM」では、動画や講師とのインタラクティブな画面を設ける等の工夫がされています。オンライン教材と対面式の講義を組み合わせて用いるという手法もあります。
 また、映像教材として、米国ORIが開発した「The Lab」(研究公正ポータルの「教材」ページでも紹介しています)、オランダ・ライデン大学が制作したドラマ「On being a scientist」、エラスムス・ロッテルダム大学の開発したゲーム教材「EURジレンマカードゲーム」等が紹介されました。受講者の興味を引きつける映像教材は今後も注目を集めるものと思われます。
 「事例」は、対面式の講義やグループワークで用いられる教材ですが、実際の研究不正事案が元になっているため、内容が具体的で参加者の関心を得やすく、参加者同士のディスカッションを通じて新たな気づきや理解を深められるといった効果が期待されます。代表的な事例集として、米国NASの「On being a scientist」、米国ORIの「RCR casebook & video cases」 、ノルウェー・研究倫理委員会「Research ethics library」があります。
 講義の形式としては、少人数のワークショップ形式がもっとも効果があり、全般的な内容の座学がもっとも効果が少ないという調査結果も示されました。ワークショップは、ディスカッションを通じて理解が深まり、参加者同士が会話を通じて公正な研究に前向きに取り組もうとする雰囲気が醸成されていくという特徴があります
 実際の講義を組み立てる際には、骨格(脚本、学習曲線、アウトカム)を定めて、構成(講師の説明、受講者の検討、参加者同士のディスカッション、課題、評価、フォローアップ)を決め、構成に即した教材(文書、web、映像教材)を選ぶというように、骨格、構成及び教材の関係を意識するようにと説明がありました。また、ベルギー・ゲント大学のRCRコースでは修了者は、「Proud to be R.I.Ch」(RIのチャンピオンであることを誇りに思う)とデザインされたバッジをつけるそうです。理論的に組み立てられた講義に、ユーモアのある工夫が加わることで参加者の意識を盛り上げることに成功した好例です。

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図:教材の種類と特徴

4.グループディスカッション

GroupDiscussion
グループディスカッションの様子

 午後は、6〜7人ごとのグループに分かれ、事例を教材として、ディスカッションをしました。筆者の参加したグループでは、さらに2人ずつ3組に分かれ、ファシリテータから渡された各テーマについて15分ほど話し合い、グループ内で発表しました。
 我々のグループが取組んだ事例は、要約すると以下のような内容でした。

  • ・ 博士課程の女子学生が卒業してポスドクとして別の研究室に移ることになった。
  • ・ 現在の研究室へこれまで従事したプロジェクトに関する実験ノートを取りに向かった。
  • ・ 途中で現在の教授に遭い、プロジェクトは外部資金を受けて企業と共同研究を行っているため、ノートの所有権は研究室にあり、実験を行ったとしても学生個人が持ち出すことはできないと止められた。
  • ・ 後日、この件について彼女のクラスメートに相談したところ、教授が不在の間に、ノートのコピーを取って持ち出すことを提案された。

 この事例から議論するトピックを抽出するという課題が与えられ、二人ペアになり意見交換しながら、データ所有者、著作権、ジェンダー、デジタルデータ管理、産学連携・研究資金の枠組み、同僚からのプレッシャー、早期のキャリア確立のプレッシャーなどをトピックとしてあげました。
 事例自体はA4一枚程度のコンパクトな内容ですが、その中に非常に多くのトピックが隠れていました。次に、事例を教材として用いる場合の留意点についてグループ内で話し合い、

  • ・ 同じ事例でも受講者が博士課程学生か教授かで取り上げる講義のポイントは変わること
  • ・ 事例のテーマに関して、学内の規定の有無によって講義での取り上げ方が変わること
  • ・ 事例は簡潔で情報量が多すぎず、受講者を混乱させないことが重要
  • ・ ワークショップの後にレポートの提出を求め、理解度を測るのも一つの手段

等の意見が出されました。
 また、グループワーク終了後、参加者が再び集まり、ファシリテータが各グループのディスカッションについて報告しました。その中で、

  • ・ 事例はリアルである分、受講者に強く印象付けることができる
  • ・ 一連の過程を通じて、受講者に意識を変えさせることが重要
  • ・ 事例から一般的原則を導かせるようにすること

等、事例を教材として用いる際のポイントについて解説がありました。

 理論に基づいた研究倫理教育の設計手法は明快で、かつ講師・参加者双方からの活発な発言により、問題点と解決策について提案と共有とが次々になされていくのが感じられるワークショップでした。RCR教育担当者の見識が広がることで、講義の質が向上し、受講者の公正な研究に対する意識も高まることが期待されます。

次回は、「アムステルダム・アジェンダ」についてご紹介します。