より安全に、より使いやすく
クラウド量子計算の実現に向けて

今、量子コンピュータの開発動向に大きな注目が集まっている。私たちが使っているコンピュータ（古典コンピュータ）では、情報は0か1のビット（古典ビット）で表され、0と1のビット列の変換を繰り返して計算が進む。一方、量子コンピュータでは、情報は0の状態と、1の状態の重ね合わせ（量子ビット）で表され、異なる計算結果を量子力学的干渉効果で打ち消したりできるため、古典コンピュータに比べて高速な計算ができると期待されている。森前さんは、クラウド上での量子コンピュータ利用に関する理論研究を進めている。

量子コンピュータは、最初のうちはさまざまなメンテナンスを必要とする大規模システムになると考えられている。「ですから、研究者や技術者をはじめユーザの大半は、インターネットを通してセンターの量子コンピュータにアクセスして使う、つまりクラウド的な利用が一般的でしょう」と森前さんは言う。実際、IBMは2016年5月に量子コンピュータをクラウドで公開している。

大量の量子ビットを自由自在に扱え、いかなる量子アルゴリズムも走らせることのできる、汎用量子コンピュータの実現はずっと先の話だといわれている。そのため、汎用でなくてもよいから、より実現しやすく、かつそれでも古典コンピュータよりも高速であることが証明されているような量子コンピュータの実現に関心が高まっており、多くの研究者がその方向で現在研究を進めている。

ACT-I研究で森前さんがまず行ったのは、最も昔から提案されているone-clean-qubitモデルを用いた非汎用の量子計算でも、古典コンピュータの性能を上回ることの理論的証明だ。one-clean-qubitモデルでは、たった１個の量子ビットしか初期化されていないため、計算能力としては非常に「弱い」ものとされる。森前さんは、もしone-clean-qubitモデルを古典コンピュータでシミュレートできれば多項式階層が崩壊するということを示した。

森前さんは次に、従来の量子コンピュータの計算モデル（量子回路計算モデル）とは全く異なる「測定型量子計算モデル」に着目し、これをクラウドで利用する場合の安全性の研究に取り組んでいる。この新しい計算モデルは、2001年にドイツの研究者たちによって提唱された。この測定型量子計算を用いたクラウド量子計算においては、ユーザから提供された量子ビットから、量子サーバが最初に「クラスター状態」と呼ばれる複数の量子ビットからなる特殊な状態を作る。ユーザが指定した角度にもとづいて量子サーバが量子ビットを1つ測定し、ユーザに結果を返す。ユーザはその情報に基づき、次の量子ビットをどのように測定するかを古典コンピュータで計算し、クラウド量子コンピュータに指示をする。これを決められた回数だけ繰り返せば、目的の量子計算を行えるという方法だ。この方法であれば、ユーザのインプット・アウトプット・アルゴリズムはクラウド側に漏れないことが示されている。

古典コンピュータでは、計算の正しさをチェックする仕組みがすでに備わっているが、量子コンピュータではまだ効率的な「正しさ確認」の方法がない。そこで森前さんは、ほとんど古典的な能力のみで量子計算の正しさをチェックする方法を検討している。特に、量子計算の最中ではなく、計算後に計算の正しさのチェックを事後的に行えるような画期的な方法を提案している。

さらに、これまでのプロトコルでは、ユーザとクラウドとのやりとりには量子通信が必要になるが、現在使われている古典の通信方法だけで行えるようにしたいと森前さんは言う。セキュリティは守られ、検証ができ、より使いやすいものへ、というのが量子コンピュータ研究の前提だ。