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研究年次報告と成果


鍋島 陽一(京都大学 大学院医学研究科 教授)

代謝応答を統御する新たな分子機構の研究

平成18年度  平成19年度

§1.研究実施の概要

(1)α-Klotho、β-Klotho、FGF19 subfamilyによる生体恒常性維持機構の全体像を解明する為に、1)in vivoにおけるα-Klotho、β-KlothoとFGF19,FGF21,FGF23、FGF受容体との結合、リン酸化カスケード、ターゲット遺伝子の発現を解析、Klotho family、FGF19 subfamily のフィードバック作用の検討を行い、α-Klotho、FGF23、1,25(OH)2D,PTHから成る電解質代謝の全体像、β-Klotho、FGF19、胆汁酸からなるコレステロール/胆汁酸代謝の全体像を明らかにした。なお、β-KlothoはFGF21のシグナル伝達に必須ではなく、第3の未知の因子の存在が推定された。α-Klotho、β-KlothoとFGF19,FGF21,FGF23、FGF受容体の分子間相互作用の解析を目指して、研究が進行している。

(2)NIHから帰国したポストドクがメタボローム解析を継続するシステムを立ち上げ、血液、尿、糞、肝臓、膵臓、脂肪、筋肉、小腸、大腸等のメタボローム解析系を立ち上げた。

(3)α-Klotho蛋白は細胞外カルシウム濃度の低下に素早く応答してNa+K+ATPaseの細胞表面へのリクルートを制御しており、Na+の濃度勾配、膜電位の変化に応答して腎臓でのカルシウムの再吸収、脈絡膜を介した脳脊髄液のカルシウム濃度の制御、上皮小体でのPTHの分泌を制御していると結論された(論文5)。これら結果をまとめて、カルシウムホメオスタシス制御機構の新たなコンセプトを提案した(文献3)。細胞外のカルシウム濃度の変化を感知する分子の同定が次の課題であり、進行中である。

(4)血清α-Klotho濃度が顕著に増加している患者を見出した(論文2)。一方、α-klothoミスセンス変異(H193R)により顕著なα-Klothoの機能低下を示す患者が見いだされた。マウス、ヒトの結果をまとめると、α-Klotho遺伝子の機能欠損変異はいずれも高リン、高ビタミンD,高カルシウムを示し、機能獲得変異はまさにミラーイメージの症状である低リン、低ビタミンD,低カルシウムを示しており、これらの事実はα-Klothoがまぎれもなくカルシウム、リン代謝制御因子であることを示している。Klothoの血清値の測定も開始されており、ヒトに於けるKlotho研究の進展が期待される。

§2.研究実施内容

 (1) Klothoファミリーと循環するFGF群によってコレステロール/胆汁酸、カルシウム代謝が制御される機構
 α-Klotho、β-Klotho、FGF19 subfamily (FGF19, FGF21, FGF23)による生体恒常性維持機構の全体像を解明する為に以下の実験をおこなった。α-Klothoを発現させるとFGF23のシグナルが入り、β-Klothoを発現させるとFGF19,FGF21のシグナルが伝わる解析システムを確立した。α-KlothoがFGFR1と複合体を作り、FGF23 のシグナル伝達に必須であることを確認した(キリンビールチームとの共同研究)。一方、FGF19, FGF21, FGF23を大量に合成し、野生型マウス、α-Klotho、β-Klothoノックアウトマウスに投与し、その機能とα-Klotho、β-Klothoの役割を解析した。また、FGF19, FGF21, FGF23、および、FGF受容体とα-Klotho、あるいはβ-Klothoとの結合、その結果としてのシグナル伝達をin vivoで解析するシステムを開発した。更に、FGF19, FGF21, FGF23とα-Klotho、β-Klotho間の相互フィードバック作用の解析、FGF19, FGF21, FGF23シグナルのターゲット遺伝子の解析、FGF19, FGF21, FGF23が制御する代謝回路の最終産物によるフィードバック制御機構を解析した。結果として、α-Klotho、FGF23、代謝産物である1,25(OH)2Dからなるカルシウム代謝の全体像、相互作用の全容が明らかと成った(投稿中)。次いで、FGF19を投与し、 Cyp7A1の発現抑制(肝臓)、Egr1の発現誘導(各種臓器)を解析したところ、野生型ではCyp7A1の発現が抑制され、Egr1の発現が肝臓でのみで顕著に誘導されるが、β-KlothoノックアウトマウスではCyp7A1の発現抑制、Egr1の発現誘導が起こらないことを確認した。これらの結果からFGF19のシグナル伝達にはβ-Klothoが必須であることが示された。又、このシグナル伝達はFGFR4,JNKのリン酸化カスケードを介していた。更に、β-Klothoノックアウトマウスでは小腸におけるFGF15 (ヒトFGF19のマウスホモログ)の発現が更新していた。この解析によりβ-Klotho、FGF19、代謝産物である胆汁酸からなるコレステロール/胆汁酸合成制御機構の全体像が明らかとなった(投稿中)。
 この2つの仕組みは担当する分子は、一方はα-Klotho、FGF23、1,25(OH)2Dであり、他方はβ-Klotho、FGF19、胆汁酸であるが、その分子機構、仕組みは共通である。反応時間が異なる2つのフィードバックシステムが協調して制御することによって生体恒常性を保持していることが明らかとなった。
 FGF21がグルコース代謝の制御に関わるとの報告があり、培養細胞を用いた解析系では、そのシグナル伝達にβ-Klothoが必須であるとの結果を得たので、野生型、ノックアウトマウスを用いて血糖値の制御におけるFGF21, β-Klothoの役割を解析した。
 FGF21を投与し、各種臓器におけるEgr1の発現誘導を解析したところ、白色脂肪細胞、褐色脂肪細胞で、その発現亢進が観察された。しかし、この発現はβ-Klothoノックアウトマウスでも観察され、FGF21シグナル伝達にβ-Klothoは必須ではないことが明らかとなった。また、FGF21を投与してもβ-Klothoの発現に影響がなく、一方、β-KlothoノックアウトにおけるFGF21の発現も変化がなかった。更にβ-KlothoはFGFR4,FGF19とは複合体を作るが、FGF21とは複合体を形成しないことも明らかになり、FGF21のシグナル伝達にβ-Klothoは必須ではないとの結論が補強された。なお、FGF21がGLUT1の制御を介してグルコース代謝を制御するとの報告についても再現されていない。
 とはいえ、FGF21は血液を循環しているホルモン様分子として機能しており、また、FGF受容体は広く各種の細胞で発現しており、リガンド/受容体の関係からだけではFGF21が脂肪細胞特異的にシグナルを伝達することが説明できない。この結果は、第3の因子が脂肪細胞に存在することを強く示唆しており、新たな展開と成っている。
 (2) カルシウム代謝の全体像と新たなコンセプトの提唱
 α-Klotho変異マウスの発見以来、α-Klotho変異と多彩な変異表現型がどのように結びつくのか大きな謎であったが、全容が明らかになった(論文5)。得られた結果をこれまで知られているカルシウム制御機構のスキームの中に位置づけた。カルシウムホメオスタシスの制御は時間軸にそって大きく次の3つのステップに分けられる。(1)第1は瞬時の応答であり、細胞外カルシウム濃度の低下に伴うカルシウムの再吸収、脳脊髄液への輸送、PTH の分泌がこれに相当する。次いで、(2)分泌されたPTHが骨からカルシウムを放出させる反応、腎尿細管でのカルシウム再吸収、ビタミンD合成を促進する反応が起こるが、これは数時間にわたる応答である。(3)第3の反応はビタミンDによる小腸からのカルシウムの吸収や腎尿細管でのカルシウム再吸収の促進であり、数時間から一日を超える反応である。この複雑な仕組みにおいて、α-Klothoは、細胞外カルシウム濃度の低下に素早く応答してNa+,K+-ATPaseの細胞表面へのリクルートを制御することによって腎臓でのカルシウムの再吸収、脈絡膜を介した脳脊髄液のカルシウムの輸送を促進し、上皮小体でのPTHの分泌亢進をもたらす。また、亢進したPTHは活性型ビタミンDの合成を誘導する。これらの一連の反応によって細胞外カルシウム濃度が上昇し、同時に細胞外に分泌されたα-Klotho量の増加が起こる。すなわち、α-Klothoはカルシウム濃度の低下にすばやく応答してカルシウム濃度の上昇をもたらす引き金を引く。次いで、増加したカルシウムはNa+,K+-ATPaseの細胞表面へのリクルートを低下させ、腎臓でのカルシウムの再吸収、脈絡膜を介した脳脊髄液のカルシウムの輸送を抑える。同時に上皮小体でのPTHの分泌を抑制する。一方、細胞外のα-KlothoはFGF23が尿細管で1α-hydroxylaseの発現を抑える仕組みに関与しており、血清の活性型ビタミンD濃度の低下を誘導して、カルシウム濃度の上昇を抑える。
 カルシウム制御は時間軸にそった多段階の反応からなっており、複雑な相互作用、フィードバック機構によって制御されており、全体として血液・体液、脳脊髄液のカルシウム濃度は極めて狭いレンジに保持される仕組みとなっている。この複雑な仕組みにおいて、α-Klothoは全体を統御する役割を果たしており、”a central regulator of calcium homeostasis”と位置づけることができる(論文1、3)。なお、活性型ビタミンDは極めて多面的な生物現象の制御に関わる重要な分子であり、更に、活性型ビタミンDの作用は長時間にわたって継続することから、その過剰産生がα-Klothoノックアウトマウスの変異表現型の主要な要因であったことはうなずける。
 (3) ヒトklotho遺伝子の研究
 アメリカのグループと共同でα-Klotho遺伝子近傍にブレークポイントを持つ染色体転座があり(おそらく発現が増加し)、血清α-Klotho濃度が顕著に増加している患者を見出した。この患者は低リン血症、顕著な副甲状腺肥大、血清ビタミンDの低下を主症状とする「くる病」であった(論文2)。一方、Ichikawaらにより高リン血症、高カルシウム血症、軟部組織の石灰化、1,25(OH)2Dの上昇を示す患者の中からα-Klothoミスセンス変異(H193R、193番目のヒスチジンがアルギニンに変異)が発見された。α-Klothoのホモログである植物のmyrosinaseは立体構造が解明されており、この構造を参考にH193R変異の影響を類推し、H193R変異はα-Klothoの不安定性をもたらし、結果として顕著なα-Klothoの機能低下をもたらすことを突き止めた。マウス、及びヒトの結果をまとめると、α-Klotho遺伝子の機能欠損変異はいずれも高リン、高ビタミンD,高カルシウムを示し、機能獲得変異はまさにミラーイメージの症状である低リン、低ビタミンD,低カルシウムを示しており、これらの事実はα-Klothoはまぎれもなくカルシウム、リン代謝制御因子であることを示している。
 ヒト血清α-Klotho濃度を測定するキットを開発し、健常人の正常値を確定した。


§3.研究実施体制

 @ 研究分担グループ長:鍋島 陽一 (京都大学、教授)
 A 研究項目

  • α-Klotho、β-KlothoとFGF19,21,23による新たな代謝応答システムの研究概要
  •  β-Klotho、α-Klothoが(1)その発現細胞における独自の作用と(2)循環するFGF19、21、23との協調作用によってコレステロール、カルシウム、グルコース、エネルギー代謝を制御する機構を解明する。また、コレステロール/胆汁酸代謝異常によって生体内で生成される分子のメタボローム解析とそれらの生理、薬理作用を解析する。同時に、β-Klotho、α-Klotho、 FGF19、21、23の異常が、動脈硬化、糖尿病、骨粗鬆症などの加齢関連疾患にどのように関わるかを解析する。


§4.成果発表等

 1)論文(原著論文)発表
   @ 発表総数(国内 0件、国際 5件)
   A 論文詳細情報
  • Nabeshima Y. The discovery of α-Klotho and FGF23 unveiled new insight into calcium homeostasis Cellular and Molecular Life Science in press.
  • Brownstein CA, Adler F, Nelson-Williams C, Iijima J, Li P, Imura A, Nabeshima Y, Reyes-Mugica M, Carpenter TO, Lifton RP. A translocation causing increased alpha-klotho level results in hypophosphatemic rickets and hyperparathyroidism. Proc. Natl .Acad. Sci. USA, 105(9); 3455-3460 (2008)
  • Nabeshima Y., Imura H. α-Klotho: a regulator that integrate calcium homeostasis. Am. J. Nephrology (Review) Am. J. Nephrol. 28(3) 455-464 (2007)
  • Tanaka T., Nabeshima Y. Preview: Nampt/PBEF/visfatin: A new player in b cell physiology and in metabolic disease? Cell Metabolism (Preview) 6, 341-343 (2007)
  • Imura A., Tsuji Y., Murata M., Maeda R. Kubota K., Iwano A., Obuse C., Togashi K., Tominaga M., Kita N., Tomiyama K., Iijima J., Nabehsima Y., Fujioka M., Asato R., Tanaka S., Kojima K., Ito J., Nozaki K., Hashimoto N., Ito T., Nishio T., Uchiyama T., Fujimori T., Nabehsima Y. α-Klotho as a regulator of Calcium homeostasis. Science 316, 1615-1618 (2007)
  • Sato A., Hirai T., Imura A., Kita A., Iwano A., Muro S., Nabeshima Y., Suki B., Mishima M. Morphological mechanism of the development of pulmonary emphysema in klotho mice. Proc Natl Acad Sci USA 104(7), 2331-2336 (2007)
 2)特許出願
   @ 平成18年度特許出願(国内 0件)
   A CREST研究期間累積件数(国内 0件)

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