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研究年次報告と成果


三村 徹郎(神戸大学 理学研究科 教授)

液胞膜エンジニアリングによる植物代謝システム制御

平成18年度  平成19年度

§1.研究実施の概要

1. 研究のねらい、概要
 液胞(Vacuole)は植物,やカビに普遍的なオルガネラで、細胞体積の80-90%を占め、空間充填、有用物質の貯蔵、細胞質の解毒・調節、代謝回転における分解機能など、様々な生理機能に深く関わっている。
 本課題では、1)植物の各器官で多彩に分化した液胞内にどのような低分子が蓄積されているかを明らかにすることで、オルガネラメタボロームのための基礎データを確立する。2)液胞膜機能未知タンパク質を網羅的に改変する液胞膜エンジニアリングを進め、同時に、液胞と細胞質に含まれる代謝産物の網羅的解析を合わせて行うことで、境界膜としての液胞膜輸送体の変動が引き起こす代謝産物変化から、輸送機能の分子同定と解析を試みる。3)液胞膜の輸送機能を人為的に調節することで、細胞質で働く代謝機能を形質転換することなく代謝制御する可能性を探る。ことを目指している。ポストゲノム解析として、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームが精力的に行われている。本研究は、これを特定のオルガネラ、液胞に絞って行おうとする。液胞の機能を代謝過程と代謝産物の解析から明らかにすることで、基礎植物科学としての液胞研究を進めるとともに、人類に有用な物質を蓄積する液胞機能の改変や、それによる細胞質代謝制御方法を検討する。

2. 研究進捗状況、研究成果
 三村Gでは、モデル植物であるシロイヌナズナ培養細胞、および植物体からインタクト液胞を単離し、各種クロマト-質量分析法を組み合わせることで、液胞内物質のメタボローム解析を進めている。既に、これまでの教科書とは異なる物質が見出されているため、それについて詳細を検討中である。また、液胞膜機能未知タンパク質のいくつかについて、形質転換系統を作成中である。青木G、杉山Gでは、三村Gから提供された液胞サンプルについて、それぞれFT-ICR-MSを利用した解析を進めている。既に相当数の化合物を見出しその同定を進めている。山崎Gでは、主に二次代謝産物に焦点をあて、液胞内外の代謝過程とそれに関わる酵素系の解析を進めている。

将来展望
 液胞内物質の網羅的同定は、尚困難が多く道半ばではあるが、現在標準物質の存在する代謝産物を中心にその同定を進めている。液胞は、現在の技術を持ってすれば、高純度で、かつ多量に単離できるオルガネラの一つである。オルガネラにターゲットしたポストゲノム解析として、膜タンパク質の機能同定を進め、さらに液胞機能の改変を進めることで、有用物質生産において大きな可能性を与える。膜輸送活性を改変することで代謝を制御する可能性が見出せれば、代謝制御機構の新しい手法として、大きなインパクトを与えられる。

§2.研究実施内容

1) 三村グループ(神戸大学)

研究の目的・方法
 植物における液胞機能を明らかにするために、植物細胞からインタクト液胞を単離するとともに、そのメタボローム解析を進める。また、液胞膜輸送系タンパク質を形質転換することで、機能未知タンパク質の働きを明らかにするとともに、液胞機能の向上と改良の可能性を探る。

本年度の研究結果・進捗状況
 1.植物細胞からの液胞単離と液胞単離技術の改良
 シロイヌナズナ培養細胞Deep株および植物体から単離したインタクト液胞内容物の解析をFT-ICR-MS, CE-MSを用いて解析を行った。
 これまで液胞における存在が知られていなかった複数の代謝化合物(主に有機リン酸化合物)が見出されたため、これらが本当に液胞内に存在するのか確認を進めている。そのため、液胞内液を細胞質の混入ナシで解析可能な材料としてシャジクモも用い、理研との共同研究として解析を進めている。
 2.液胞膜機能未知輸送体形質転換体の作成と液胞の単離
 シロイヌナズナ培養細胞液胞膜プロテオーム解析から見出された機能未知タンパク質の複数について、Deep株への形質転換を試みている。培養細胞の形質転換に困難な点が多いことが明らかになってきたので、計画を前倒しし、形質転換を、より容易に行える植物体を用いた実験系統の作成も進めることとした。
 機能未知輸送体探索の一つとして、液胞膜を介したリン酸輸送活性の測定を進め、リン酸栄養条件の異なる細胞から単離した液胞では、リン酸輸送活性が異なること、その輸送活性変動の一部は、液胞膜H+ポンプの翻訳後修飾による可能性があることを見出した。

山崎グループ(千葉大学)

研究の目的・方法
 植物液胞をめぐる多様な二次代謝について、生合成・代謝経路とその発現制御メカニズムおよび細胞内物質輸送メカニズムを包括的に理解し、物質生産制御に応用可能な基礎的知見を得ることを目的とする。方法として、二次代謝が変異した成分変種あるいは培養組織を用いてトランスクリプトーム解析とメタボローム解析を行う。さらに二次代謝にリンクして特異的に発現する遺伝子についてそれぞれの機能解析を行う。

本年度の研究結果・進捗状況
 シロイヌナズナにおいてMYB転写因子PAP1の過剰発現によりアントシアニンを過剰生産する変異体のマイクロアレイ解析により変異体特異的に発現上昇するアシル転移酵素遺伝子についてその転写産物の機能を明らかにした。また、抗ガン剤原料であるカンプトテシンを生産するアカネ科チャボイナモリにおいて、カンプトテシン高生産毛状根特異的に発現する遺伝子について、組換えタンパク質を用いたin vitro解析、過剰発現大腸菌・酵母等を用いたin vivo機能解析を行った。また、RNAi法による遺伝子抑制毛状根を作出し、代謝物変動解析による当該遺伝子の機能解析を進めた結果、チャボイナモリにおいては自己の生産するカンプトテシンに対する自己耐性は、トランスポーターを介した細胞外への排出によるものではなく、トポイソメラーゼIのアミノ酸置換による耐性獲得によることが明らかとなった(文献4)。カンプトテシンの生合成経路に関しては今後触媒酵素遺伝子を明らかにすることによってその全貌を明らかにする予定である。

杉山グループ(兵庫県立大学)

研究の目的・方法
 シロイヌナズナ培養細胞Deep株、植物体から単離したインタクト液胞内容物試料をFT-ICR-MSを用いて分析する。また、前処理法の改良を検討するため、同じ試料をC18固相抽出および活性炭抽出し、質量分析の結果を比較する。

本年度の研究結果・進捗状況
 シロイヌナズナ培養細胞Deep株、植物体から単離したインタクト液胞内容物試料をOld Dominion University (USA)所有の FT-ICR-MSを用いて分析した。分析はESIポジティブおよびネガティブで行った。
 Deep株試料を1.酸性でC18固相抽出,2.中性でC18固相抽出,3.酸性で活性炭抽出の3種類の前処理を行い、ESI-FT-ICR MSで測定したところ、ポジティブモードではS/N>4の条件で、それぞれ、1.1547,2.1188,3.1899 のピークが検出された。同様に、ネガティブモードでは1.2210,2.1702,3.1321 であった。このことから、液胞内物質を網羅的に解析するという目的においては、C18法では酸性試料を抽出したほうがより多くの物質を捕捉できると考えられる。活性炭ディスクは、ポジティブモードで検出されるような物質をより多く捕捉できることが分かった。
 現在質量スペクトルから各質量イオンピークの分子式を予測し、データベースに照合する作業を行っているが、難航している。そのため、FT-ICR MSの超高分解能を発揮させるための内部標準物質となり得る化合物をスペクトルから検索しているところである。たとえばネガティブモードで分析した場合、m/z=341.108935に大きなピークが得られるのであるが、これはC12H21O11であることが分かっている。他の分子量範囲でもこのような化合物が見出せれば、キャリブレーションがより正確に行え、装置の性能を生かした解析が可能になるはずである。

青木グループ(かずさDNA研究所)

研究の目的・方法
 液胞膜タンパク質遺伝子形質転換体細胞または植物体から得られた、単離液胞および細胞質画分に見られる代謝産物を超高分解能質量分析装置(LC-FT-ICR/MS、GC-TOF/MS)を用いて網羅的に解析することで、導入遺伝子に起因すると推測される代謝変動を検出する。この解析をもとに、液胞−細胞質間トラフィックにおける液胞膜タンパク質の機能同定・細胞内代謝制御に関わる液胞の役割の解明に貢献する。

 本年度の研究結果・進捗状況

 1.シロイヌナズナ培養細胞全体での包括的代謝物アノテーションの完了:
 神戸大学三村グループより提供されたシロイヌナズナ培養細胞Deep株全細胞抽出物をLC-FT-ICR/MSを用いて、ポジティブイオンESIモード・ネガティブイオンESIモードによる分析を行ない、個々の代謝物に由来するピークの推定(アノテーション)を完了した。ポジティブイオンESIモードから218代謝物、ネガティブイオンESIモードから484代謝物の存在が推定された。

 2.共同研究機関(神戸大学)より提供されるシロイヌナズナ培養細胞単離標準液胞抽出物での包括的代謝物アノテーションの完了:
 神戸大学三村グループより提供されたシロイヌナズナ培養細胞Deep株単離標準液胞抽出物をLC-FT-ICR/MSを用いて、ポジティブイオンESIモード・ネガティブイオンESIモードによる分析を行ない、個々の代謝物に由来するピークの推定(アノテーション)を完了した。ポジティブイオンESIモードから224代謝物、ネガティブイオンESIモードから370代謝物の存在が推定された。
 1および2からの結果に基づいて、全細胞と単離標準液胞にみられる代謝物の比較を行なった。全細胞と単離標準液胞で共通して見られた代謝物がポジティブモードで70、ネガティブモードで27と非常に少ないことが認められた。これが、サンプル中の正味液胞量の差によるのか、それとも液胞単離過程で液胞代謝物に変化が生じたのか、現時点で判断はできず今後の課題である。検出代謝物の中で天然化合物データベースにヒットしたものは10%程度であった。これら代謝物の化合物群への分類のなされ方を見たところ、全細胞に特異的な代謝物と単離標準液胞に特異的な代謝物の組成には明らかな差が認められた。

 3.液胞代謝物データに関する杉山グループ(FT-ICR/MS,12テスラ)とのデータの比較:
 標準単離液胞を共通サンプルとして用いて、各々のFT-ICR/MSで分析を実施し、検出ピーク比較に着手した。

 4.共同研究機関(神戸大学)より提供が開始される形質転換体細胞由来の液胞抽出物を用いた網羅的液胞代謝物解析:
 Deep株の液胞膜タンパク質遺伝子形質転換が困難であったため、6コンストラクトについてかずさでT87株を用いた形質転換を分担し、形質転換体系統液体培養作製まで完了した。

 5.大量の植物体サンプルが容易に得られるトマトを材料とした代謝物の単離精製:
 液胞局在が期待される植物二次代謝物4種の精製・標品化が終了した。

 6.カンプトテシン生合成関連遺伝子形質転換細胞作製とカンプトテシン関連代謝物の分析:
 共同研究機関(千葉大学)と協力し、カンプトテシン生合成関連の4つの遺伝子(STR、SLS、TDC、G10H)を同時発現するT87形質転換株の作製を行なった。合わせて、チャボイナモリ根培養株におけるカンプトテシン生合成中間体の分析に協力した。

§3.研究実施体制

(1)「三村徹郎」グループ

@ 研究分担グループ長: 三村 徹郎 (神戸大学、教授)
A 研究項目
  1. 植物細胞からの液胞単離と液胞単離技術の改良
  2. 液胞膜機能未知輸送体形質転換体の作成と液胞の単離
  3. 液胞内容物のメタボローム解析

(2)「山崎真巳」グループ

@ 研究分担グループ長: 山崎 真巳 (千葉大学大学院、助教授)
A 研究項目
  1. 二次代謝関連液胞膜タンパク質の過剰発現株の作出
  2. 変異体におけるメタボローム解析
  3. 変異体におけるトランスクリプトーム解析

(3)「杉山裕子」グループ

@ 研究分担グループ長: 杉山 裕子 (兵庫県立大学、助教授)
A 研究項目
  1. 超高分解能質量分析装置を用いた液胞代謝産物解析

(4)「青木 考」グループ

@ 研究分担グループ長: 青木 考 (かずさDNA研究所、研究員(主任研究員))
A 研究項目
  1. 超高分解能質量分析装置を用いた植物細胞および単離液胞メタボローム解析
  2. 液胞膜機能未知輸送体形質転換体の作製
  3. 液胞代謝物生合成関連遺伝子形質転換体の作製

§4.成果発表等

1) 原著論文発表
  1. 発表総数(国内 0件、 国際 3件)
  2. 論文詳細情報
  • Ohnishi M., Mimura T., Tsujimura T., Mitsuhashi M., Washitani-Nemoto S., Maeshima M., Martinoia E. (2007) Inorganic phosphate uptake in intact vacuoles isolated from suspension cultured cells of Catharanthus roseus (L.) G. Don under varying Pi status. Planta 225(3):711-718
  • Luo J., Nishiyama Y., Fuell C., Taguchi G., Elliott K., Hill L., Tanaka Y., Kitayama M., Yamazaki M., Bailey P., Parr A., Michael AJ., Saito K., Martin C. (2007) Convergent evolution in the BAHD family of acyl transferases; identification and haracterization of anthocyanin acyl transferases from Arabidopsis thaliana. Plant J., 50 (4): 678 695
  • Sirikantaramas S., Sudo H., Asano T., Yamazaki M., Saito K. (2007) Transport of camptothecin in hairy roots of Ophiorrhiza pumila. Phytochemistry, 68: 2881-2886
  • Sirikantaramas S., Sudo H., Yamazaki M., Saito K. (2007) Mutations in topoisomerase I as self-resistance mechanism coevolved with production of anticancer alkaloid camptothecin. PNAS, in press (2008)
  • Mimura T., Ohnishi M., Shimaoka T., Tomizawa K. (2008) Proteome analysis of vacuolar membrane. In Plant Genetic Engineering vol 9: “Plant membrane and vacuolar transporters”, Ed. by Jaiwal PK. in press
2) 研究実施内容
  1. 平成19年度特許出願内訳(国内 0件)
  2. CREST研究期間累積件数(国内 0件)

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