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研究年次報告と成果


礒辺 俊明(首都大学東京 大学院理工学研究科 教授)

RNA 代謝解析のための質量分析プラットフォームの開発

平成18年度  平成19年度

§1.研究実施の概要

本研究では、最新の質量分析法を基礎にしたRNA解析のプラットフォームを開発し、細胞の機能発現や制御に重要な低分子RNAやRNA/蛋白質複合体の実態を明らかにすることで、プロテオミクスと低分子RNA研究が融合した細胞機能ネットワーク解析の基盤作りを目指している。平成19年度の研究では、「RNAのショットガン解析」を可能とするためのLC-MS法の基礎技術すなわちRNase 消化したRNA断片の分離法と効果的なイオン化法、タンデム質量分析法などについて検討するとともに、ここで得られた質量分析データからゲノム情報を検索して特定のRNAを同定するためのソフトウェアを開発した。また、これらの方法を評価、検証するための標準RNAの合成・調製法やRNA/蛋白質複合体の精製法を検討した。以上の研究によって、生体から分離したtRNAやRNA/蛋白質複合体に含まれるsnoRNAなどの主要なRNAを直接あるいは電気泳動後にショットガン解析して同定し、メチル化などの転写後修飾を解析することが可能になった。この方法は国際的にも極めて独自性の高い技術であり、今後はLC-MS法の分離能の向上と高感度化、検索ソフトウェアの改良などによって、培養細胞などに含まれる微量RNA成分の同定や転写後修飾の解析を可能とする汎用的な技術に発展させるとともに、国内外での共同研究を推進することでRNA/RNP研究の進歩に貢献する具体的な成果をあげて行きたい。

§2.研究実施内容

1) 質量分析を基礎にしたRNA同定技術ならびにRNA解析のためのMS技術の開発

本技術開発の目標は、生体に存在する低分子RNAを直接分析することで、それぞれのRNAをゲノム情報に帰属し、転写後修飾も含めた構造と機能の関係を明らかにすることである。これを達成するための本研究の基本的な戦略は、プロテオミクス研究のために開発した高性能ショットガン解析システム[1,2]をRNA分析のために最適化することで、国際的にも例のない先駆的な「RNAショットガン解析システム」を構築することである。RNAのLC分離に関する本年度の研究では、(1) 各種の逆相カラムと分離条件の組み合わせについて検討し、リン酸基に富む親水性化合物であるRNAに対して比較的保持能力が高いシリカ系C-30逆相系充填剤と塩基性条件下でRNAとイオンペアを形成する揮発性の高い分離媒体の共存イオンを選定し、さらに (2) ナノLCから超微流速で送液されてくる微量のRNA溶出液にオンラインで連続的にアセトニトリルを添加し、負電荷をもつRNA成分を、従来は困難とされてきた「ネガティブモード」で安定してイオン化できるハードウェアを設計、試作することで(特許出願準備中)、数百塩基程度のRNAやそのRNaseT1消化物を効率良く分離して質量分析(MS)およびタンデム質量分析(MS/MS分析)できる基本的なナノLC法を開発した。また、培養細胞などから分離したRNA蛋白質複合体などに含まれるRNAを電気泳動で分離後にゲル内で消化しショットガン解析するための方法を開発した。これらの方法と理化学研究所で開発したデータベース検索エンジン(2項)を利用することで、酵母細胞から調製したtRNAや、東京農工大学から供給されたヒト培養細胞由来のリボソーム先駆体などに含まれるrRNAやsnoRNAなどの主要なRNA成分をRNaseT1で断片化し、それらのLC-MS/MS解析で得られたマススペクトルを独自に構築したRNAデータベースに対して検索することで、個々のRNAが特定できるようになった。この方法は、化学合成されたsiRNAや無細胞合成系で合成したmRNAなどのRNA、あるいは電気泳動法で予備的に分離した比較的単純なRNA混合物に適用した場合には、RNAを特定する従来法に較べて極めて効率的で有効なRNA特定法であった、しかし、この方法を複雑な混合物に適用した場合には、試料に含まれるRNAを一義的に同定することが難しいこともわかった。その理由の1つはRNAを構成する基本的なヌクレオチドが4種類のみで、その物理化学的性質も類似しているためRNA分子相互の化学的多様性が乏しく、タンパク質やペプチドに比べてLCによる精密な分離が困難なことであった。そこで平成20年度の研究では、これまでに開発したLC-MS/MS法とイオン交換クロマトグラフィーなどの分離技術を組み合わせることで分離を複合化し、より複雑なRNA混合物が分離同定できる汎用的な多次元LCシステムを構築することとした。また、細胞などから調製した微量RNA成分を効率よく分離同定するためには、マニュアルの分析操作による試料の損失や環境からの汚染を排除することが極めて重要であることから、試料のLC分離からRNase による断片化、MS/MS解析にいたる操作を自動化するための固定化RNaseカラムの調製やオンライン消化法、カラムスイッチング法などの基礎技術について検討することとした。

2) RNA質量分析データの処理と解析技術の開発

本研究では、質量分析法で得られるデータを基礎にして特定のRNAをゲノム上の特定の塩基配列へ帰属し、同時に転写後修飾基などを検出して同定するデータ解析法の開発を目指している。そのための重要な要素技術の1つは、プロテオミクス研究では既に一般的なRNA解析のためのデータベース検索エンジンの開発である。本年度の研究では、そのためのステップとして、(a)RNA断片化の規則性の検討 (b)低分子RNAのカタログ化とデータベースの構築 (c)RNAの同定ソフトウェア(検索エンジン)プロトタイプの開発を行った。

(a) 合成RNAや生体から分離した既知RNAのタンデム質量分析で得られた断片化スペクトルデータを収集することで、衝突解離法でのRNAの断片化ルールを詳細に解析した。その結果、開裂しうる主鎖リン酸部分のうち2箇所が選択的に開裂することがわかった。また、RNAではタンパク質と異なり主鎖に荷電部位があるため、内部イオンが強く検出されることがあった。さらに、DNAとRNAの開裂様式には違いがあることが分かった。すなわちDNAでは塩基の脱離が高い頻度で生じるのに対し、RNAではほとんど塩基脱離は生じない。

(b) 公開されている低分子RNAデータベース(DB)を調査、収集し、収録データの重複を除去することで DBを整理した。これに一般的な公開DBであるNCBInrなどからキーワード抽出・配列相同性検索して得た低分子RNA配列を追加して独自のRNAカタログからなるDBを整備した。

(c) 実験的に検証したRNAの断片化ルールをもとにして、RNAのタンデム質量分析データからRNAデータ・リソースを検索して特定のRNAを同定できるプロトタイプの配列データベース検索エンジンを開発した[3](特許出願準備中)。データベースとしては(b)で整備したものを使用した。この検索エンジンでは、データベース中の配列との一致度を確率的に評価し、同定の確度を客観的な基準で数値化することに成功した。しかし、通常のシークエンスイオンとそれ以外の内部イオンが同じ質量を与える場合には、誤同定が生じやすいという問題点が残った。

以上の研究で開発したプロトタイプ検索エンジンを、東京農工大学で調製した無細胞合成mRNAのLC-MS/MSデータに適用することで、300-500塩基からなるRNAを70-80 % の配列カバー率で同定することができた。また、転写後修飾を含む試料としてtRNA-Phe標準品のRNaseT1消化物のLC-MS/MSデータを、tRNAをコードする遺伝子DB(genomic tRNA db:このDBはDNA配列なので、計算機中で仮想的にRNAに転写し、さらに修飾を派生させたものとした)に対して検索したところ、試料としたRNAを正しく同定するとともに、tRNA-Pheに含まれる既知の転写後修飾の半分以上を修飾部位も含めて正確に同定することができた。今後は同定効率と同定精度の一層の向上が必要である。

3)RNAとプロテオームの機能的相関解析

本研究では、プロジェクトが開発する技術をそのプロトタイプの段階からRNAと蛋白質の機能相関解析に適用してその有効性を検証するとともに、技術の開発段階に適したRNA試料を安定的に供給することを目標とした。そのために、モデルとする合成RNAだけでなく、生体試料からRNA蛋白質複合体を調製する方法や、組織や細胞から低分子RNAを網羅的に調製する方法に重点をおいて研究を行った。
 まずLC-MSシステムの性能を評価するために、比較的大量に存在する既知の低分子RNAを安定的に供給する体制を整えた。すなわちタグ融合蛋白質としてRNAのスプライシングや移行、リボソーム合成に関わる蛋白質を安定に効率よく発現できる細胞株を樹立し、抗タグ抗体固定化担体を用いて低分子RNAを濃縮・回収する方法を開発した。これによって、5S/5.8S rRNAs, U2, U3, U8, U90などを安定的に供給できるようになった。これらの試料に含まれる主要なRNAは、直接RNaseT1で消化した試料あるいは電気泳動法で分離した後に対応するRNAを含むゲルバンドを切り出し、ゲル内でRNaseT1消化した試料を首都大・理研が開発中の方法でショットガン解析することで再現性良く同定できることがわかった。ノザンブロット分析によると、これらの試料には様々な転写後修飾が知られているrRNA前駆体や、U1, U4, U5, U6, U8, U26, U27, U28, U89, U90, U93などのRNA成分が存在することから、今後重要となる微量RNA成分の同定法や転写後修飾の解析法の検討に利用できると思われる。また、本年度の研究では、さらに存在量が少なく、しかも多様性に富むRNAを供給する目的で、miRNA processing pathwayで機能するDrosha, Dicer, DGCR8, AGOsを含む10種類の蛋白質をコードするDNAをクローニングし、その6種類についてはタグ付き蛋白質として安定的に発現する細胞株を樹立した。今後これらの細胞株を利用することで、最近特に注目されるmiRNAのMSによる解析法の検討が可能と考えられる。さらに、東京農工大では今年度から、本研究が目標とするプロテオミクスと低分子RNA研究が融合した細胞機能ネットワークの解析に向けて、従来から進めている表面プラズモン共鳴装置と質量分析計を連結したRNA/蛋白質複合体の分析法の再検討や、特定のRNAをベイトとしてRNA/蛋白質複合体を分離できる「RNA in tandem (RAT)法」についての検討を開始した[4]。


§3. 研究実施体制

(1) 「首都大学東京 礒辺」グループ
   @ 研究分担グループ長:磯辺 俊明 (首都大学東京大学院、教授)
   A 研究項目
      ・質量分析法を基礎としたRNA同定技術の開発

(2) 「東京農工大学 高橋」グループ
   @ 研究分担グループ長:高橋 信弘 (東京農工大学大学院、教授)
   A 研究項目
      ・RNAとプロテオームの機能的相関解析

(3) 「理化学研究所 中山」グループ
   @ 研究分担グループ長:中山 洋 (理化学研究所、専任研究員)
   A 研究項目
      ・質量分析法を基礎としたRNA同定技術の開発

§4. 成果発表等

1) 原著論文発表

   @ 発表総数(国内 0 件、国際 4 件)
   A 論文詳細情報

  • Kakiuchi, K., Yamauchi, Y., Taoka, M., Iwago, M., Fujita, T., Ito, T., Song, SY., Sakai, A., Ichimura, T. and Isobe, T.: Proteomic analysis of in vivo 14-3-3 interactions in the yeast Saccharomyces cerevisiae. Biochemistry 46, 7781-7792 (2007).
  • Kaji, H., Kamiie, J., Kawakami, H., Kido, K., Yamauchi, Y., Shinkawa, T., Taoka, M., Takahashi, N. and Isobe, T.: Proteomics reveals N-linked glycoprotein diversity in Caenorhabditis elegans and suggests an atypical translation mechanism of integral membrane proteins. Mol. Cell. Proteomics, 6 (12), 2100-2109 (2007).
  • Nakayama, H., Taoka, M., Yamauchi, Y., Akiyama, M., Ishikawa, H., Takahashi, N. and Isobe, T. (2008) A computational tool for RNA identification using tandem mass spectrometry data (to be published)
  • Hayano, T., Yamauchi, Y., Asano, K., Tsujimura, T, Hashimoto, S, Isobe, T, and Takahashi. N. (2008) Automated SPR-LC-MS/MS System for Protein Interaction Analysis. J. Proteome Res. in press.
2) 特許出願
   @ 平成19年度特許出願内訳(国内 0件)
   A CREST研究期間累積件数(国内 0件)

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