English Site

トップページ > 研究年次報告と成果:藤木チーム

研究年次報告と成果


藤木 幸夫(九州大学 大学院理学研究院 教授)

オルガネラ−ホメオスタシスと代謝調節・高次細胞機能制御

平成18年度  平成19年度

§1.研究実施の概要

生命体の基本単位は細胞であり、真核細胞は非常に緻密に分化した膜構造に基づく生命活動を行っている。代謝活動も各オルガネラが代謝を機能分担し、オルガネラ-ホメオスタシス(合成系と分解系のバランス)は、各細胞が必要とする代謝により支配されている。本課題研究は、脂質代謝等を担い生命体に必須なペルオキシソームの形成と分解の分子制御機構と、その破綻により起こる代謝障害の全貌解明により、「代謝が調節するオルガネラ-ホメオスタシスと高次細胞機能制御」の基本原理を導き出し、それに基づく細胞機能制御基盤技術を確立することことを目的としている。具体的には、代謝活動が支配するペルオキシソーム動態ネットワークと遺伝子発現ネットワークの解明を目指して、以下に述べる種々の検討を行った。この課題研究の推進により、形態形成・脳中枢神経系の形成と障害の理解や食糧・有用タンパク質生産など、医学・農学の応用領域へも大きく貢献することができる。

§2.研究実施内容

本課題研究では、代謝と細胞内代謝環境がどのようにして生命現象の基本単位・細胞機能の担い手であるオルガネラのホメオスタシスを制御し、さらにオルガネラの高次細胞機能を発現しているのか、これらの分子機序について明らかにすることを目的としている。ペルオキシソームを対象に、代謝と細胞内代謝環境によるペルオキシソーム-ホメオスタシスの制御機構を時間的、空間的の両面からも追究している。
 藤木グループは哺乳動物ペルオキシソーム系を主として対象とし、共同研究者阪井のグループは酵母を中心とした真核微生物系・ペルオキシソーム分解系を中心に、ペルオキシソームホメオスタシス研究を推進している。以下、具体的研究内容と成果を記す。

1) ペルオキシソーム誘導制御系の解析
  ペルオキシソーム誘導制御の分子機構を明らかにすべく、抗高脂血剤などいわゆるペルオキシソーム増殖剤 (PP) 等による哺乳動物細胞におけるペルオキシソーム誘導系の確立を目指した。その結果、Fao細胞やCHO細胞におけるペルオキシソームの誘導・増殖を形態学的、構成タンパク質レベルで観察することに成功、NIH 3T3などを用いの細胞分化誘導時のペルオキシソーム経時的変化についても検討を始めた。
2) メタボローム解析系の確立
  ペルオキシソームでの代謝情報を網羅的に理解する一環として、ヒト健常人およびペルオキシソーム機能障害患者由来線維芽細胞を用いて脂質代謝能について検討したところ、ツェルベーガー症候群PEX10障害患者細胞では極長鎖脂肪酸の著しい上昇とDHA (docosahexaenoic acid)などの低下が認められた。脂肪酸b-酸化能欠損患者由来細胞についても同様の検討を行っている。また、pex2 CHO変異細胞Z65を用いた解析から、エタノールアミン-プラスマローゲンの著減とリグノセリン酸 (C24)を含む糖脂質の増加が認められ、ペルオキシソームの欠損が原因と結論された(藤木論文リスト: 2)。

3)ペルオキシソーム動態制御系の解析
  ペルオキシソーム形成因子(PEX遺伝子産物、ペルオキシン)のオルガネラ形成過程における生化学的機能、とくにペルオキシソーム生合成初期過程(膜形成)やペルオキシソームタンパク質輸入装置の解明を中心に解析を進めている。

1. マトリックスタンパク質の輸送機構: AAA ATPaseファミリーのPex1pおよびPex6pとそれらの膜上結合因子Pex26との3者複合体によるペルオキシソーム局在化シグナルPTS1受容体Pex5pのシトゾール-ペルオキシソーム間シャトリングの調節制御系を明らかにし、さらにPex5pの膜上ドッキング因子Pex14pを含めて全体像の解明へ向けて取り組んでいる。同時に、PTS2受容体であるPex7pについてシャトリング機構の有無や動態制御機構について検討している。

2. ペルオキシソーム膜の形成機構: 膜形成因子Pex19pは、新規合成膜タンパク質と細胞質中で複合体を形成、経時的にペルオキシソーム膜上標的化すること、その標的分子が Pex3pであることを先に見出している。そのPex3pのPex19p結合領域配列中もっとも保存度の高いTrp104が必須であることを、複合体形成能とペルオキシソーム膜欠損性pex3 CHO変異細胞ZPG208に対する相補活性検定により明らかにした(藤木論文リスト: 3)。その Pex3pの膜形成時における生合成機構を検討したところ、シトゾールで翻訳後Pex19pと複合体を形成、 膜上Pex16pを標的として局在化することがセミインタクト細胞系で明らかになってきた。

3. ペルオキシソームの形態制御機構: ペルオキシソームの形態制御因子としてCHO変異細胞ZP121を用いて見出したダイナミン様タンパク質DLP1の膜上レセプターとしてFis1を同定、加えてペルオキシソームの分裂に必須なPex11pとの3者複合体の協奏的作用によりペルオキシソームの形態・伸長分裂が制御されていることを、最近明らかにした(藤木論文リスト: *1)。

4. ペルオキシソーム形成・動態制御機構解明へ向けた新規変異細胞の分離: CHO細胞より現在までに多くのペルオキシソーム形成異常を示す変異細胞株を分離してきた。今回、DNA変異剤としてICR191を用いて新規な表現型を呈する変異細胞、数株の分離に成功、その詳細を解析した。

4)脳・神経形成や器官形成異常のメカニズムの解明
 a)PEX14欠失マウスを完成し、詳細な細胞生化学的および病理学的解析へと進めている。
 b) エーテルリン脂質プラスマローゲンの代謝と機能を解明する目的で、 分離に成功したプラスマローゲン合成系酵素欠損変異細胞ZPG251の詳細な解析と並行して、プラスマローゲンの細胞内輸送経路についても明らかにすべく解析を進めている。
5)ペルオキシソーム分解系の解明
 動物細胞ではほとんど不明のペルオキシソーム分解系の分子機構を明らかにする目的で、CHO細胞を飢餓条件下で培養した際、ペルオキシソーム特異的なオートファジーと思われる現象(リソゾームでの分解)を形態学的および生化学的に観察している。その際、LC3 (Atg8)とPex14pの関与が認められた。
6)ペルオキシソームにおける抗酸化代謝動態の解明
 細胞内の生理的レベルのレドックス変化を検知できる蛍光分子プローブ(レドックスフロール)を酵母および哺乳類CHO細胞に導入し、ペルオキシソーム内外のレドックス変化を確認した。両細胞系を用いた実験結果から、ペルオキシソーム内のレドックス状態が予想に反して細胞質以上に還元状態にあること、またペルオキシソーム形成ができないpex変異株においては、細胞質が野生株に比較して還元状態にあるという全く予想に反した結果を得た。今後、メタボローム解析によりその詳細を明らかにしていく予定である。またメタノール資化性酵母では抗酸化酵素遺伝子群の発現を制御する転写因子Yap1pとSkn7pの遺伝子破壊株を作成し、メタノール代謝で重要な役割を果たすことを明らかにした。
7)酵母系を利用したペルオキシソーム誘導制御系の解析
 メタノール資化性酵母において代謝の流れと連動したペルオキシソーム酵素の遺伝子発現制御機構を明らかにするため、本年度は既に取得しているメタノール誘導性転写因子(Trm1p)のメタノール誘導性遺伝子発現における機能を明らかにした(阪井論文リスト: 2)。メタノール誘導はグルコース脱抑制とメタノール特異的誘導の2種類の制御を受けると考えられるが、Trm1pはこのうちメタノール特異的誘導に関わる転写活性化因子であることを明らかにした。さらに、遺伝子タギング変異株ライブラリー(阪井論文リスト: 1)から、メタノール誘導におけるグルコース脱抑制に関わる因子としてTrm2pを取得した。今後、メタボローム解析により得られるメタノール代謝時の各種代謝産物の動態と、Trm1p, Trm2pの転写活性化領域への結合との関連性などを明らかにする予定である。
8)酵母を利用した「オートファジーを支配する代謝制御系」の解析
 i) 細胞内アミノ酸プールを検知するGCN分子群のペルオキシソーム分解に与える影響について解析した。その結果、ミクロペキソファジーがGcn2の支配下にあり、Atg分子の転写活性化を通して、ミクロペキソファジーを駆動していることを明らかにした。一方、マクロペキソファジーはその影響を受けなかった。
 ii) ペルオキシソーム形成過程においてもオートファジーが同時に起こるMethanol-induced autophagy (MIA)を発見し、その分子機構について解析している。MIAは、細胞内における効率的にタンパク質合成ならびにペルオキシソーム形成を行わせるために必要であることを明らかにし、Atg17 及び Atg26 の支配下にある新奇タイプのオートファジーであった。また転写因子であるTrm1・Trm2の影響も受ける。
 i) ii) ともに、今後、アミノ酸プールを中心としたメタボローム解析により、その代謝とオルガネラホメオスタシスとの関係を明らかにしていく予定である。
9)代謝解析とペルオキシソーム恒常性を基盤とした異種タンパク質生産
 メタノール資化性酵母において最も強力なメタノール誘導性プロモーターであるジヒドロキシアセトンシンターゼ遺伝子(DAS1)プロモーターのcis-領域を特定した(阪井論文リスト: 2)。DAS1プモーターのメタノール特異的誘導にはMRE1と名付けた領域が必要かつ十分であり、この領域を介した転写活性化にTrm1pが関与することを明らかにした。異種タンパク質生産のための優れたプロモーターを開発するため、他のメタノール誘導性プロモーターについてもメタノールと各種代謝産物への応答領域の特定作業を進めた。
10)植物病原菌の病原性発現におけるペルオキシソーム代謝と動態の解析
 ペルオキシソーム選択的分解に必要なATG26遺伝子を植物病原菌の感染に必要な因子として同定した。ATG26遺伝子破壊株は、感染器官の機能不全を示し、さらに本器官におけるペルオキシソーム分解に欠損を示すことを見出した。一方、ATG8遺伝子の標的破壊により、オートファジー全体を欠損させた場合、感染器官形成の初期過程に欠損が生じることを明らかにした。これらの結果より、Atg26依存的なペルオキシソーム分解が、植物病原菌の感染器官の機能発現に重要な役割を果たしていることを明らかにした。

§3.研究実施体制

(1)「藤木」グループ

@ 研究分担グループ長:藤木 幸夫 (九州大学、教授)
A 研究項目
  •  「代謝が支配するオルガネラ-ホメオスタシスと高次細胞機能制御」
  1. ペルオキシソーム誘導制御系の解析
  2. メタボローム解析系の確立
  3. ペルオキシソーム動態制御系の解析
  4. 脳・神経形成や器官形成異常のメカニズムの解明
  5. ペルオキシソーム分解系の解明

(2)「阪井」グループ

@ 研究分担グループ長:阪井 康能 (京都大学、教授)
  •  「代謝が支配するオルガネラ-ホメオスタシスと高次機能発現 (真核微生物)」
  1. ペルオキシソームにおける抗酸化代謝動態の解明
  2. 酵母系を利用したペルオキシソーム誘導制御系の解析
  3. 酵母を利用したペキソファジーを支配する代謝制御系の解析
  4. 代謝解析とペルオキシソーム恒常性を基盤とした異種タンパク質生産
  5. 植物病原菌の病原性発現におけるペルオキシソーム代謝と動態の解析

§4.成果発表等

1) 論文(原著論文)発表
   @ 発表総数(国内 0件、国際 6件)
   A 論文詳細情報
  • Kobayashi, S., Tanaka, A., Fujiki, Y.: Fis1, DLP1, and Pex11p coordinately regulate peroxisome morphogenesis. Exp. Cell Res. 313: 1675-1686 (2007).
  • Saito, M., Horikawa, M., Iwamori, Y., Sakakihara, Y., Mizuguchi, M., Igarashi, T., Fujiki, Y., and Iwamori, M.: Alterations in the molecular species of plasmalogen phospholipids and glycolipids due to peroxisomal dysfunction in Chinese hamster ovary-mutant Z65 cells by FABMS method. J. Chromatogr. B 852: 367-373 (2007).
  • Sato, Y., Shibata, H., Nakano, H., Matsuzono, Y., Yoshinori, K., Kobayashi, Y., Fujiki, Y., Imanaka, T., and Kato, H.: Characterization of the interaction between recombinant human peroxin PEX3p and PEX19p: Identification of TRP104 in Pex3p as a critical residue for the interaction. J. Biol. Chem. 283: 6136-6144 (2008).
  • Fujiki, Y., Miyata, N., Matsumoto, N., and Tamura, S.: Dynamic and functional assembly of the AAA peroxins, Pex1p and Pex6p, and their membrane receptor Pex26p involved in shuttling of PTS1-receptor Pex5p in peroxisome biogenesis. Biochem. Soc. Trans. 36: 109-113 (2008).
  • Ghaedi, K., and Fujiki. Y.: Isolation and characterization of novel phenotype CHO cell mutants defective in peroxisome assembly, using ICR191 as a potent mutagenic agent. Cell Biochem. Funct. (in press).
 2. 阪井グループ
  • Sasano, Y., Yurimoto, H., and Sakai, Y.: Gene-tagging mutagenesis in the methylotrophic yeast Candida boidinii. J. Biosci. Bioeng. 104: 86-89 (2007).
  • Sasano, Y., Yurimoto, H., Yanaka, M., and Sakai, Y.: Trm1p, a Zn(II)2Cys6-type transcription factor, is a master regulator of methanol-specific gene activation in the methylotrophic yeast Candida boidinii. Eukaryot. Cell, 7, 527-536 (2008).

2) 特許出願
   @ 平成19年度特許出願内訳(国内 0件)
   A CREST研究期間累積件数(国内 0件)

Top of Page

トップページ
研究総括
領域アドバイザー紹介
研究代表者・課題
トピックス&お知らせ
研究年次報告と成果
お問い合わせ
関係者専用ページ