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研究年次報告と成果


新井 洋由(東京大学 大学院薬学系研究科 教授)

生体膜リン脂質多様性の構築機構の解明と高度不飽和脂肪酸要求性蛋白質の同定

平成18年度  平成19年度  

§1.研究実施の概要

本研究では、線虫および動物細胞を材料として用い、遺伝学、生化学的手法、およびマススペクトロメトリーによる脂質メタボローム解析を駆使しながら、1. リン脂質分子種多様性形成に関わる分子群の同定、2. 高度不飽和脂肪酸(PUFA)要求性遺伝子の同定、3. PUFAをもつ新規生理活性脂質の同定、の3点に焦点をしぼり、「生体膜を構成するリン脂質分子種多様性の構築機構とその生理的意義」という生体膜構造および機能の基本的かつ本質的問題を解決する。

§2.研究実施内容

1. リン脂質分子種多様性形成に関わる分子群の同定

平成19年度は、「1. リン脂質分子種多様性形成に関わる分子群の同定」に特に力を注ぎ、線虫を用いたRNAiスクリーニングならびに候補分子の機能解析を行ってきた。その結果、細胞内シグナル伝達において極めて重要な役割を持つホスファチジルイノシトール(PI)の脂肪酸リモデリング酵素を同定したので、以下報告する(文献3)。また、酸化された高度不飽和脂肪酸をリン脂質から切り出し、リモデリング反応の基質(リゾリン脂質)を供給すると考えられるPAF-AH(II)についても、個体レベルで機能解析を行った(文献2)。

1. リン脂質分子種多様性形成に関わる分子群の同定

背景
 生体膜はリン脂質の二重層で構成されている。このリン脂質は、ホスファチジルコリンやホスファチジルセリンといった極性頭部の違いに加えて、飽和脂肪酸から高度不飽和脂肪酸(polyunsaturated fatty acid: PUFA)まで様々な脂肪酸が結合しており、生体膜には数百種類のリン脂質分子種が存在する。このような生体膜リン脂質の脂肪酸鎖多様性は、リン脂質がいったん生合成された後、脂肪酸鎖のみが置き換わる「リモデリング反応」により形成される(図1)。脂肪酸鎖のリモデリングは、生体膜リン脂質の形成および維持において重要な反応機構と考えられているが、リモデリングに関わる酵素は膜結合性でかつ微量にしか存在しないため、生化学的手法は困難を極め、これまで同定に至っていなかった。また、多様性形成機構の鍵となる分子が同定されていないことから、なぜ細胞膜リン脂質の多様性が必要なのか、その破綻がどのような異常や病態を招くのかという問題も全く解明されていない。


リン脂質リモデリングに関与する遺伝子の網羅的スクリーニング

我々は、リモデリング関連分子の同定には遺伝学的アプローチが必要であると考え、モデル生物の一つである線虫C.elegansに着目し、脂肪酸リモデリングに関与する遺伝子を網羅的に探索するためのスクリーニング系を構築してきた。線虫は、酵母やショウジョウバエとは異なり、アラキドン酸(20:4)やEPA(20:5)などのPUFAを有する最も単純なモデル生物であり、哺乳動物と類似した脂質組成を有する(図2)。また、脂質関連分子の保存性も極めて高い。我々はこれまで、PUFA合成に関わる酵素群の変異体を樹立しており、最も重篤なPUFA欠乏状態となるfat-1 fat-3二重変異体の場合(18:2までの脂肪酸しか存在しない;図2参照)、ほとんど成長できないことを見出している。この変異体に外からアラキドン酸を添加すると、リモデリング反応によりアラキドン酸がリン脂質に導入され、これに伴い表現型が著しく回復する。我々は、この外来性PUFAによる表現型の回復に着目し、リン脂質へのPUFA導入に関与する遺伝子を探索するスクリーニング系を立ち上げた。すなわち、fat-1 fat-3二重変異体にアラキドン酸を添加した状況において、線虫全遺伝子について発現抑制を行い、アラキドン酸存在下でも表現型が回復しない遺伝子を探索した。この手法により、約6000遺伝子をRNAiスクリーニングした結果、機能未知の新規膜貫通蛋白質であるF14F3.3/mboa-7(membrane-bound O-acyltransferase 7)を候補分子として得た。


mboa-7はPIにPUFAを導入するLysophosphatidylinositol acyltransferase(LPIAT)をコードする

まず、mboa-7がPUFAのリン脂質への取り込みに関与するかを調べるため、14CラベルしたPUFAをmboa-7変異体に取り込ませたところ、mboa-7変異体ではアラキドン酸およびEPAのPIへの取り込みが大幅に減少することが分かった(図3)。次に、mboa-7がLysoPIに対するアシルトランスフェラーゼ(Lysophosphatidylinositol acyltransferase: LPIAT)である可能性を検証するため、mboa-7変異体の膜画分を用いて、in vitroにおけるアシルトランスフェラーゼ活性を測定したところ、mboa-7変異体由来の膜画分ではLysoPCやLysoPEに対するアシルトランスフェラーゼ活性は変化しないが(Fig.4B)、PUFAをPIへ導入する活性がほぼ完全に消失することが分かった(Fig.4A)。さらに、mboa-7遺伝子を線虫に発現させたところ、LPIAT活性が顕著に上昇した(data not shown)。以上の結果から、mboa-7がPUFAに選択性を持つLPIATであることが明らかになった。


LPIATはPIの脂肪酸組成を規定する
 最後に、mboa-7変異体の脂肪酸組成をガスクロマトグラフィーおよびマススペクトロメトリーを用いて調べた。mboa-7変異体では、PIの量には変化が見られなかったが、EPAを含むPIの分子種が減少しており、かわりに18:0や18:1などの不飽和度の低い脂肪酸を含むPI分子種が増加していることが分かった(図5)。この結果は、リン脂質脂肪酸鎖のリモデリング機構が、実際に生体膜リン脂質の脂肪酸組成を規定することを初めて示したものである。


まとめ
 上述のように、我々は線虫C. elegansを用いたRNAiスクリーニングにより、細胞内シグナル伝達において重要な役割を持つPIの脂肪酸リモデリング酵素を同定した。mboa-7は進化的に広く保存されており、ヒト、マウスにおけるmboa-7相同分子もLPIに特異的なアシル基転移酵素であることを明らかにしている。これまでPIの極性頭部に着目した「シグナル伝達の起点としての機能」あるいは「オルガネラ膜表面のランドマークとしての機能」については、多くの研究がなされ、その重要性も広く認められている。一方、PIの脂肪酸分子種に関しては、これまでPIの脂肪酸鎖を規定する分子が同定されていなかったことから、その生物学的意義については不明のままであった。今後、mboa-7/LPIATの解析により、PIの脂肪酸鎖の構造がPIの関与する生命現象にどのように寄与するか、といった生体膜脂肪酸分子種の本質に初めて迫ることが可能となる。

2. 高度不飽和脂肪酸(PUFA)要求性遺伝子の同定

PUFAが欠乏すると、知能発達障害、皮膚障害、視覚障害、さらには免疫機能障害から心血管機能障害まで様々な病態、疾患を引き起こす。これらの中にはプロスタグランジンなど脂質性メディエーターの欠乏で説明できるものもあるが、脳神経系の発達等については、アラキドン酸代謝物だけでは説明できず、PUFAが他にも重要な機能を果たしていることが予想できる。しかし、その分子的基盤はほとんど解明されていない。
 我々はこれまで、野生株にRNAiしても表現型を示さないが、PUFA欠損株に同様のRNAiを行うと著しい表現型を示す遺伝子を見出しており、このような条件を満たす遺伝子のスクリーニングを行っている。これらの分子はPUFAが欠乏すると機能に障害が現れると考えられることから、その機能発揮にPUFAを含む膜環境が要求されると予想され、我々はこれらの分子を「PUFA要求性遺伝子」と命名している。
 平成19年度は、神経および筋の異常をモニターすると考えられる運動性の異常を評価系として、約9000遺伝子の一次スクリーニングを終了した。このスクリーニングを平成20年度までに終了する。さらに、平成22年度までに、スクリーニングで得られた候補分子の生化学的解析、生理機能の解析、分子メカニズムの解析を行う。

3. PUFAをもつ新規生理活性脂質の同定

リン脂質は一般的にグリセロール骨格の一位に飽和脂肪酸(あるいはモノ不飽和脂肪酸)、二位にPUFAを有している。グリセロール骨格一位の脂肪酸鎖を加水分解するホスホリパーゼA1が作用すると、PUFAの結合したリゾリン脂質を産生され、また、脂質にPUFAを導入するアシルトランスフェラーゼはPUFAを含む脂質を合成する(文献1)。従って、このような反応を担う酵素はPUFAを有する脂質を産生し、産生酵素の候補となる遺伝子の変異体を作製することにより、PUFAをもつ新規生理活性脂質を同定する手がかりになるものと期待される。平成19年度の成果として、細胞内型ホスホリパーゼA1変異体の機能解析を進め、細胞内型ホスホリパーゼA1が細胞内小胞輸送系(特に逆行輸送系)を介し、上皮系細胞の非対称分裂を制御することを見出した(非対称分裂に関わるβカテニンの細胞内非対称局在を制御:現在、論文改訂中)。平成21年度までにこの現象に関わる脂質を同定する。PUFA要求性遺伝子の中に、PUFA含有生理活性脂質の産生酵素も含まれると予想されるので、それらの分子の機能について平成22年度までに生理機能を解明する。

§3.研究実施体制

(1) 東大・新井グループ

@ 研究分担グループ長:新井 洋由 (東京大学、教授)
A 研究項目
  • 新井が本研究の代表者であり、すべての研究テーマ推進についての責務を負う。本研究においては、「生体膜を構成するリン脂質分子種多様性の構築機構とその生理的意義」を解明するために、
     1.リン脂質分子種多様性形成に関わる分子群の同定
     2.生体膜リン脂質多様性により調節される分子群の網羅的解析
     3.PUFAをもつ新規生理活性脂質の同定
    の3点に焦点をしぼり研究を推進する。

  • (2) 東京女子医大・安藤グループ

    @ 研究分担グループ長:安藤 恵子 (東京女子医大、助教)
    A 研究項目
  • 脂質関連遺伝子ならびにRNAiスクリーニングによって得られた候補分子の系統的なノックアウト線虫の作製

  • §4.成果発表等

    1) 論文(原著論文)発表
    (1) 発表総数(国内 0件、国際 3件)
    (2) 論文詳細情報
    • 1. Aoki J, Inoue A, Makide K, Saiki N, Arai H. Structure and function of extracellular phospholipase A1 belonging to the pancreatic lipase gene family. Biochimie 2007; 89:197-204.
    • 2. Kono N, Inoue T, Yoshida Y, Sato H, Matsusue T, Itabe H, Niki E, Aoki J, Arai H. Protection against oxidative stress-induced hepatic injury by intracellular type II platelet-activating factor acetylhydrolase by metabolism of oxidized phospholipids in vivo. Journal of Biological Chemistry 2008; 283:1628-36.
    • 3. Lee HC, Inoue T, Imae R, Kono N, Shirae S, Matsuda S, Gengyo-Ando K, Mitani S, Arai H. Caenorhabditis elegans mboa-7, a Member of the MBOAT Family, Is Required for Selective Incorporation of Polyunsaturated Fatty Acids into Phosphatidylinositol. Mol Biol Cell 2008; 19:1174-84.

    2) 特許出願

       @ 平成19年度特許出願内訳(国内 0件)
       A CREST研究期間累積件数(国内 0件)

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