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 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(ERATO)
上田マクロ量子制御プロジェクト
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0.イントロ
1.相互作用制御
2.不確定性制御
3.強相関量子制御
4.理論
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<目的>

不確定性制御グループでは、単一の原子がもつスピン状態を観察、修復、制御する技術を構築することを目的として研究を行っている。研究の詳細について述べるまえに、まず「最も一般的な測定とは、どのようなものだろうか?」という問いについて考えてみることにする。フォトンカウントのような測定を想像した人は、「入力量子状態に対して、ある確率で古典的な測定値がえられるようなプロセスが測定である」とこたえるだろう。しかし測定をしたからといって、測定値をみなければならないという制約は何もない。中には、測定後の系の状態変化にだけ興味があるという人もいるだろう。結局、入力量子状態を与えた時、ある確率で古典的測定値が得られ、その測定値に対応する出力量子状態を与えるようなプロセスが、一般的な測定としてふさわしいものであることが理解できる。

図1:測定過程

このような一般化された測定過程は、図1のように測定の対象となる量子状態(システム)と測定を補助する別の量子状態(アンシラ)との間のユニタリー相互作用とアンシラに対する射影測定とに分解することができる(注参照)。アンシラに対する射影測定が非ユニタリーな過程であるがゆえに、測定過程は常に非可逆的であると考えられがちだが、そこにはシステムとアンシラとの間の極めて強い結合が暗黙のうちに仮定されていることが多い。実際、両者の結合が弱いと、測定値と測定後のシステムの密度行列 とから、測定前の密度行列 を再構築できる場合が存在する(Logical reversibility)[1]。さらに、初期状態が不明の1/2スピンに対して、測定による非ユニタリーな変化をもたらした後、確率的にではあるが、状態を完全に復元することさえも可能である(Physical reversibility)[2]。状態修復に必要とされるシステム‐アンシラ間相互作用は、実はスピンQND測定[3,4]において利用されるファラデー回転相互作用によって実現することができる [5]。ただし単一原子によって誘起されるファラデー回転角度は極端に小さいため、状態修復を明確な形で実現することは極めて難しいと考えられてきた。


本プロジェクトでは、単一原子によるファラデー回転相互作用の強さを、Cavity QEDの手法を活用することで増強かつ制御し、弱い測定から強い測定(射影測定)までを自在に操る技術を確立することを目指す(図2)。物理学は、言うまでもなく「見る」ことを礎とした学問体系であり、そうした意味で、本プロジェクトで得られる成果の応用発展性は限りないといえる。測定と測定に伴う擾乱の関係に関して、実験面から深い追求をする道具が与えられることになる。また、光Lattice中のスピンを測定・制御することができれば、クラスター計算器を実現することができるであろう(図3)。このほかにも、極低温原子集団を利用した量子物性研究を力強く推進する新たな状態測定法が提供できる可能性が高い。

図2 図3

注)スピンに対するシュテルン・ゲルラッハ型の測定は、量子力学において「測定」とは何かを学ぶ際の格好の題材である。にもかかわらず、この測定では量子状態としてスピン以外のものが登場しないように思えるので、システムとアンシラという考え方が早くも崩れてしまったかのようにみえる。しかしよく考えると、不均一磁場によって分離された空間モードがアンシラの役割を担っていることがわかる。


参考資料:
  • [1] M. Ueda and M. Kitagawa, Phys. Rev. Lett. 68, 3424 (1992).
  • [2] A. Royer, Phys. Rev. Lett. 73, 913 (1994).
  • [3] Y. Takahashi, et al., Phys. Rev. A 60, 4974 (1999).
  • [4] A. Kuzmich, et al., Europhys. Lett. 42, 481 (1998).
  • [5] H. Terashima and M. Ueda, Phys. Rev. A 74, 012102 (2006).


<実験方法と現状>

上記の実験を行うにあたり、我々は171Yb原子を起用した。それは、171Ybの基底状態が、核スピンのみによるスピン1/2の系であるためである。これにより、理想的なファラデー回転相互作用を実現し、かつ残留磁場によるデコヒーレンスをアルカリ原子に比べ3桁落とすことが可能となる。図4は主真空系の写真である。原子オーブン(右上部)から発した高温の171Yb原子ビームを、Singlet遷移(399nm)を用いて減速した後、Intercombination遷移(556nm)を利用して直接磁気光学トラップする(左上部)。冷却された原子集団を重力によって鉛直方向に落下させ、高Q値微小共振器中に導入する(左下部)。図5は、磁気光学トラップされたYb原子集団からの蛍光をCCDカメラで撮影したものである。また図6は、振動ダンパーの上に設置された高Q値微小共振器の写真である。Yb原子が共振器内部に進入すると、強結合状態が実現され、これによりファラデー回転相互作用が増強される。この状態の共振器にSinglet遷移のプローブ光を導入することで、単一原子によるファラデー回転を観察することが可能となるわけである。

図4 図5 図6

この実験を行うためには、まず単一のYb原子を実時間で観察する必要がある。共振器にSinglet遷移と共鳴するプローブ光を導入すると、真空ラビ分裂によってプローブ光の透過率が減少するので、原子をひとつひとつ実時間で観察することが可能となる。図7は、単一のYb原子を実時間で観察した典型的な例である。現在、ファラデー回転を用いたスピン状態の修復実現にむけて、精力的に実験を進めている。

図7


<現メンバー>

グループリーダー: 上妻 幹旺
研究員:武井 宣幸、竹内 誠
研究補助員土井 弘大

上妻グループ メンバー写真


実験の詳細については、下記まで御連絡下さい。
グループリーダー上妻幹旺