EUの科学技術情勢

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 EU(European Union、欧州連合)は、独立した「国家」とは異なり独立国の連合体であり、地域共同体かつ国際機関である。ヨーロッパには、英国、ドイツ、フランスといった国々がグローバルな経済体制の中で競争していると考えられるが、他方、これまで二度の世界大戦の教訓やその後の米国の台頭などを受け、政治経済を含めて色々な局面でのヨーロッパとしての統合を目指している。

 とりわけ科学技術において、強大な米国や将来の中国とグローバルな競争を進めていくためには、もはや英独仏いずれであっても単独では太刀打ちできなくなってきている。EUに関しては経済的な統合の面が強調されるきらいがあるが、科学技術の面でも強い形での統合が進んでおり、またEUに参加していない国、例えばスイスやノルウェーなどといった科学技術先進国も一緒になって協調共同関係を取っているとみられる。

 したがって、ヨーロッパの国々の科学技術事情を概観する際には、個別の国々の事情や動向を見るだけではなく、ヨーロッパ全体としての動きを把握する必要があると考えられる。そこでここでは、EUについての科学技術動向を取り上げてみたい。

EUの概要

 EUは、1950年代から様々な共同体設立を経て、規模を拡大してきた。政治・経済的に加盟国を結束させ、貿易や制度の障壁を徐々に低くし、2013年に現在の28の加盟国を擁する共同体となった。Eurostatの2014年の値によると、加盟28カ国全体の人口は5億人超で、GDPは約13.9兆ユーロ、一人当たりGDPは約2万7千ユーロであり、米国を抜いて世界一の経済圏である。

 貿易については、EUからの輸出は2013年で1.7兆ユーロに上り、世界全体において16.0%を占め、世界第1位となっている(2位は中国で15.4%)。また、輸入については2013年で1.6兆ユーロを超え、世界全体の15.2%であり、米国の15.9%に次いで2位である。2014年の輸出の最大の相手国は米国で16.9%、2位が中国で10.0%、3位以降はスイス、ロシア、トルコなどとなっている。輸入相手国の1位は中国で18.0%、2位はロシアで10.8%、以下米国、スイス、ノルウェー、日本などとなっている。

 品目別ではEUの輸出品は、機械類、輸送機器その他の加工商品で全体の7割弱を占め、化学製品が15%である。輸入品は、機械類や輸送機器にその他の加工商品を加えると50%超となり、燃料と原材料で27%となっている。

 全体としての貿易収支は、2014年で224億ユーロの黒字となっている。その要因としては、機械類や輸送機器、および化学製品での黒字が挙げられる。これらの黒字分で、燃料と原材料の赤字分を補填している格好である。

ヨーロッパの科学技術振興の歴史

①ヨーロッパ統合への歩み

 ヨーロッパ統合は、1952年に欧州石炭鉄鋼共同体が設立され、ベルギー、ルクセンブルク、オランダ、西ドイツ、フランス、イタリアの各国が加盟したのが始まりである。次に1957年には、経済分野での統合とエネルギー分野の協力を促進するため、各国はローマ条約を調印し、翌年欧州経済共同体と欧州原子力共同体が発足した。

 このように、EUが形成されていく過程では、「石炭」「鉄鋼」「原子力」という資源・エネルギー分野での協力がかなり初期の段階から行われ、各国が協力できるかどうか、また協力することでメリットが得られるかどうかという試金石になってきたといえる。もちろん法制度、経済、財政、軍事などその他にも各国が統合していくべき分野は多くあったが、EU形成の初期段階でエネルギー、資源分野が協力を促進していく役割を担ったことは注目すべきである。

②科学技術関係での共同研究開発の歩み

 現在の科学技術分野でのEU各国の協力体制にも、このときの成功体験が影響していると考えられる。とりわけ原子力においては、研究開発を加盟国で協力しながら進めていくという共同プロジェクトが、欧州原子力共同体の発足当初より進められ、現在まで続くヨーロッパ全体で資金と人材を共有しながら研究開発を行う先鞭となっている。その後も欧州原子力共同体は、EUの中である程度独立性を保ったまま現在まで継続している。更に、欧州原子力共同体の共同研究センターとして、イタリア、オランダ、ベルギー、ドイツなどに各研究所が存在している。

 欧州原子力共同体以外にも、欧州各国は様々な分野で共同研究開発を行ってきた。そのもっとも古い例がCERN(欧州原子核研究機構)である。1954年にスイスのジュネーブ近郊に設立されたCERNは、欧州の11カ国が設立メンバーで、現在は21カ国がメンバー国となっている。CERNの設立の経緯は、第二次世界大戦後、国際機関が多く設立される中で、フランス、イタリア、デンマークの物理学者たちは物理学分野の科学者を集め、また非常に高額な原子核物理学の研究施設を共同で作るために、原子核の共同研究所を作れないかと考え始めた。その後UNESCOの助けと科学者たちの尽力により、1955年に設立にたどり着いたのである。CERNの設立時に考えられた、欧州全体の科学者による共同研究と、高額な研究インフラを共同でお金を出し合い建設する、という考え方は現在のEUの政策にも色濃く残っており、興味深いものである。

科学技術の現状と動向

①EUの組織と意思決定

 EUは国際機関であるが、各国の政府と同様に内部に行政、立法などの仕組みを抱えている。まず「欧州委員会」は各国の行政府に相当し、委員会の総局(Directorate General)が省庁に相当する。総局は担当する分野別に分かれており、科学技術・研究開発については「研究・イノベーション総局」が主に担当するものの、各分野別の研究課題については各総局が担当することもある。関連する機関としては気候行動総局、競争総局、農業・農村開発総局、教育・文化総局、移動・交通総局、起業・産業総局、環境総局、健康・消費者保護総局、コミュニケーションネットワーク・コンテンツと技術総局、地域政策総局、エネルギー総局等がある。また、総局の一つとして位置づけられる共同研究センター(JRC)は、傘下に複数の研究所をもち、シンクタンクとしての機能を果たしている。

 欧州委員会の傘下には、行政実務を担う機関として執行機関(Executive Agencies)があり、その中に後述するフレームワークプログラム(FP)の実施を担う研究執行機関(Research Executive Agency)、ERC(欧州研究会議、European Research Council)などがある。

 次に「欧州議会」は、加盟各国の国民による直接選挙によって選出された700人を超える議員(欧州議員)により構成され、EUの立法府としての役割をもっている。

 「欧州理事会」は、加盟国の国家元首・政府首脳(すなわち首相や大統領など)、常任議長、欧州委員会委員長で構成される機関である。欧州理事会の役割は、EUの政治的指針を決定することであり、原則として半年間に2回会合がもたれる。個別具体的な政策を定めるのは、「EU理事会(閣僚理事会、あるいは単に理事会とも呼ばれる)」であり、加盟国の閣僚から1名のメンバーが選出され構成される組織で、取り扱う分野別に分かれている。例えば外務理事会、環境理事会などがある。科学技術・研究開発を主に担当するのは競争理事会である。

 このように、EU内部の組織の役割分担は通常の独立国家の政府と比べて複雑であり、わかりにくい点も多い。科学技術・研究開発に関する政策は、通常の場合、研究・イノベーション総局が他の担当総局と協議の上で原案を作り、欧州議会、EU理事会が検討した上で政策を確定し、執行機関が実施する、という流れである。

②科学技術へのインプット

 OECDの2013年のデータによると、EU28カ国の研究開発投資額は、購買力平価米ドル換算額で約3,420億ドルであった。これは、米国の約4,570億ドルに次ぐ第2位に相当し、中国(3,360億ドル)よりもやや大きいという状況であった。なお、1995年時点での加盟国であるEU15の研究開発投資額は約3,180億ドルであり、EU全体での投資額の大部分が新規加盟国以外によりなされていることが見てとれる。

 研究費の対GDP比は1.91%(2013年)で、日本の3.47%、米国の2.73%と比べて大分低くなっている。総研究開発費のうち政府支出の研究開発費が33%、民間が54%となっている(どちらも2012年)。日本では政府支出が17%、民間が76%(2012年)、米国では同様に30%、59%であり、EUの場合民間からの支出が相対的に低いことが問題とされている。

 EU全体の研究者数(フルタイム換算)は173万人 (2013年)で、米国の127万人(2012年)よりも大きいが、労働人口千人当たりの研究者数は7.12 人 (2013年)で米国の8.09人(2012年)と比べてやや劣る。人材の面でも、EU15の研究者数がEU全体の9割弱を占め、偏りが存在するといえる。

②科学技術のアウトプット

 EUの科学技術・研究開発のレベルは、様々な指標から全体的に世界でトップレベルにあるといえる。米国・日本と競合し、一部の分野では世界随一の研究レベルを誇る。その推進力となる国はやはり英国、ドイツ、フランスなどの主要国であるが、質という観点からはスウェーデン、フィンランドなど小国ながら高い研究開発レベルを誇る国もある。

 科学論文の数では、トムソン・ロイター社のデータをもとにした文部科学省科学技術政策研究所の「科学研究のベンチマーキング2015」でみると、2011年から2013年の3年平均で、米国1位、中国2位に続いて、ドイツが3位、英国が4位となっている。その後に日本が入り5位、次いでフランスが6位、イタリアが7位、スペインが10位となっており、EU各国が高い学術水準を保っていることがわかる。ただし、20位以内には7カ国が入るのみで、さらに7カ国が50位以降にランクインするなど、国家間での差は大きい。

 世界知的所有権機関(WIPO)のWorld Intellectual Property Indicatorsによると、2013年の人口100万人あたりの自国・地域の特許庁への出願件数は、ドイツが917件で第4位にランクし、これは第2位である日本の約半数、第5位である米国とほぼ同数であった。その他、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、オーストリアが上位10位に名を連ねるが、いずれも米国には及ばない。すなわち、欧州全体としての特許出願は、日本、米国と比較して活発でないといえる。なお、このランキングのトップは韓国で、3,186件であった。

科学技術政策動向の概観

 現在の科学技術政策は、「欧州2020」という経済成長戦略に基づいた活動の一翼を担うという位置づけにある。また、欧州2020の背景には、2000年に策定されたリスボン戦略がある。ここでは、リスボン戦略から欧州2020に至る流れを概観したうえで、科学技術・イノベーション政策の基本枠組みである、フレームワークプログラム(FP)に触れる。そのうえで、次節で現行のFPであるHorizon 2020について述べる。

①リスボン戦略と欧州研究圏

 EUが2000年に策定し、その後の科学技術・イノベーション関連政策を含めEU全体の基本的な方針となったのが、リスボン戦略(Lisbon Strategy)である。リスボン戦略は、2000年3月のリスボンにおける欧州理事会で示された、経済・社会政策に関する包括的な戦略目標で、「2010年までに欧州を世界で最も競争力があり、知を基盤とする経済圏として構築すること」としている。その後、2002年にバルセロナで開かれた理事会で「EUの研究開発投資を対国内総生産(GDP)比3%に引き上げる」(バルセロナ目標) などの具体的目標が掲げられた。

 リスボン戦略に貢献する構想として提案されたのが、欧州研究圏(European Research Area, ERA)である。欧州研究圏構想とは、欧州を単一の研究開発活動の場として統合するという構想で、研究開発体制のあり方として欧州が目指すべき目標である。「これまでの欧州の研究開発は各国ごとに分断されており、そのため効率が悪く、資金不足が生じたり研究を促進し成果を利用する環境が欠如しているため、結果として研究活動の分断や研究資源の分散などが生じている」という問題意識によるものである。なお、欧州研究圏構想は、欧州2020が発表されてからも、EUにとっての重要な枠組みとして残されている。

②「欧州2020」

 2010年にリスボン戦略が一旦区切りを迎え、経済危機が深刻化したあとも、ヨーロッパをより統合した形で科学技術を含めた経済社会活動を進めていくべきであるという問題意識は継続し、2010年3月、欧州委員会は新戦略「欧州2020(EUROPE 2020)」を発表した。欧州2020は科学技術だけではなく、今後の10年間、EUの経済・社会に関する目標を定めた戦略であり、前述のリスボン戦略の後継の基本戦略となっている。欧州2020は、以下の3つの成長を柱とする。

  • ・賢い成長(知識の育成、イノベーション、教育、デジタル社会)
  • ・持続可能な成長(競争力を強化しつつ生産の資源効率を高める)
  • ・全体的成長(労働市場への参加促進、技能の取得、貧困対策)

 これらの成長を実現するためにEUおよび各加盟国が行うべき具体的な取り組み(Initiative)を提示している。そのうち、研究開発・イノベーションに関するものはInnovation Unionと呼ばれており、具体的な中身は以下の通りである。

  • ・EUはERAを完成させ、重点研究分野における戦略的研究アジェンダを作成する。またEU加盟国の共同プログラミング(Joint Programming)を促進する 。
  • ・EUはイノベーションを促進する社会制度を構築する。具体的には単一のEU特許、専門特許裁判所の設立、著作権と商標制度の近代化、知的所有権保護へ中小企業がアクセスしやすくすること、規格制定の迅速化、資金調達を容易にすること、公的調達と賢い規制の活用などがある。
  • ・EUと各加盟国の間で「European Innovation Partnership」を締結し、EUの諸課題に対処する技術開発を行う。当面対象となる技術として、例えば「2020年までにバイオ技術エコノミーを確立する技術」、「ヨーロッパの産業の将来を形作る技術」、「高齢者が自立して積極的に生活するための技術」などが挙げられている。
  • ・EUは、自らが実施する様々な研究開発プログラムの活用、特に中小企業がそうした資金にアクセスしやすくすること、また低炭素技術の開発を行おうとする企業への優遇措置などを実施する。
  • ・EUは、EIT (European Institute of Innovatino and Technology) を含め、ビジネス、研究機関、教育機関の連携の強化を通じて、知識の共有とイノベーションにおけるパートナーシップを促進する。
  • ・EU加盟各国は、研究開発イノベーション・システムの改革を実施する。具体的には、大学間の協力促進、研究開発機関とビジネス間のパートナーシップの強化、共同プログラミングの実施などを行う。
  • ・EU加盟各国は、各自のファンディング制度と研究機関をEU域内で連携させることにより、EU域内全体に価値の高い技術を拡散させる。
  • ・EU加盟各国は、人材を確保するため、自然科学・工学分野の卒業生を増加させる。また教育において、創造性、イノベーション志向、起業家精神を育てるようなカリキュラムを強化する。
  • ・EU加盟各国は、民間からの研究開発投資を増加させるため、研究開発への税制上の優遇措置、その他の財政的枠組みを活用する。

 以上で述べられた戦略を実施するための枠組みとして重要なものが、次項で述べるフレームワークプログラムである。

③フレームワークプログラム(FP)

 EUは、EU加盟国及び関連国を対象とした研究助成プログラムであるフレームワークプログラム(Framework Programme: FP)を、1984年から実施している。FPとは、個別プログラムがパッケージ化されたものである。すなわち、基礎研究支援、人材育成、技術開発、中小企業支援、社会的課題への対応といったテーマに応じた個別プログラムの集合体である。

 統一された仕組みでの競争化段階前の研究開発のコーディネーションプログラムとして開始されたFPは、FP2の段階で研究インフラの整備にも予算配分を始め、FP3では単一市場を見据え、標準化につながる研究を推奨した。FP4ではイノベーションがキーワードとして現れるようになり、FP5以降でその傾向が強化されている。FP6では、前述の欧州研究圏(ERA)に初めて言及した。FP7において5年間から7年間のプログラムに変更されるとともに、予算額も大幅に増加した。

 さらに、現在はFP7の後継枠組みプログラムであるHorizon 2020が、2014−2020年の期間を対象として運営されている。7年間で770億ユーロという大規模な予算が配分されるHorizon 2020へは、FP7に相当する取り組みのみならず、既存の中小企業支援の枠組み(CIP)で行われていた活動も組み込まれている。すなわち、研究開発の取り組みに絞ってみた場合、必ずしもその予算額は増額されたとはいえない。FPの予算推移を示したものが、図表1である。

図表1: フレームワークプログラムの予算額の変遷

図表1: フレームワークプログラムの予算額の変遷

Horizon 2020

①Horizon 2020とは

 Horizon 2020とは、前述の通り2014~2020年までの研究開発・イノベーション投資の方向性を定める枠組である。FP7の後継プログラムという位置づけだが、FP7には含まれていなかった欧州イノベーション技術機構(EIT)や競争力・イノベーションフレームワークプログラム(CIP)を含む、より広範なプログラムとなっている。

②Horizon 2020の構成と予算

 Horizon 2020には3つの大きな柱とその他の取り組みがあり、それらに従って公募型の資金配分がされる予定である。第一の柱は、「卓越した科学」である。これは、基礎研究支援や研究者のキャリア開発支援、インフラ整備支援などを通じ、欧州の研究力を高めることを目的としたものである。7年間で約244億ユーロの資金が配分される。

 第二の柱は、「産業リーダーシップ」である。これは、ブレイクスルー技術(Key Enabling Technologies)や産業技術研究の支援、リスクファイナンスの提供、中小企業の支援などを通じ、技術開発やイノベーションを推進するものである。7年間で約170億ユーロが配分される。

 第三の柱は、「社会的な課題への取り組み」である。ここでは7つの社会的課題を定義し、その解決に資する様々な取り組み(基礎研究からイノベーション、社会科学的な研究まで)が行われる。ただし、この柱では、より市場に近い取り組み(パイロットテスト、テストベッド、デモンストレーションなど)に主眼が置かれている。7年間で約297億ユーロが配分される予定である。

 その他、欧州イノベーション技術機構(EIT)、共同研究センター(JRC)、エクセレンスの普及と参加の拡大、社会とともにある・社会のための科学など、相対的に規模の小さい複数の取り組みがある。なお、EITとは、知識・イノベーションコミュニティ(KICs)と呼ばれる産学官連携組織を束ねる仕組みである。KICsは欧州中に拠点をもっており、その拠点で行われる研究・教育活動をバーチャルにつなぐ。JRCとは前述のとおり欧州委員会に対して情報提供を行うシンクタンクであり、欧州委員会の総局のうちの一つを構成する。欧州の各地に7つの研究所をもつ。エクセレンスの普及と参加の拡大では、卓越した研究者の、潜在力の高い地域への派遣(ERA chairs)やメンバー国に対する戦略策定のサポート(S3 Platform)などの取り組みが行われる。社会とともにある・社会のための科学では、科学と社会との効果的な協力関係を構築するとともに、優秀な人材を科学の分野にリクルートし、さらに科学的なエクセレンスと社会的な責任とをリンクさせることを目的とした活動が進められる。以下の表は、Horizon 2020の予算の詳細を、プログラムの構成に沿って整理したものである。

図表2: Horizon 2020の予算詳細

図表2: Horizon 2020の予算詳細

出典: Factsheet Horizon 2020 budget

③Horizon 2020の運営

 Horizon 2020は、基本的な方針を欧州委員会が決定した後、ワークプログラムと呼ばれる2年単位の公募要領を公表し、研究者からの応募を受け付ける仕組みになっている。また、多くの領域において、研究者はメンバー国・準メンバー国の中から3ヵ国以上をまたがるコンソーシアムを形成したうえで応募することが求められる。また、域外国の研究者も、明示的に禁止されていない限り、このコンソーシアムに参加して共同研究を行うことができる。ただし、日本のような先進国の研究者が参加した場合、その技術がプロジェクト成立に不可欠であるといった例外的な場合を除き、欧州委員会からの資金配分を受けることはできない。既に述べたとおり、一部の公募は、研究執行機関(Research Executive Agency)、ERC(欧州研究会議、European Research Council)などに委託されている。

 なお、運営に関する意思決定は欧州委員会が行うものの、その過程においては外部の意見を取り込むための様々な仕組みが存在する。そのなかでも、欧州技術プラットフォーム(ETP)、共同技術イニシアチブ(JTI)、産官連携組織(PPP)が重要である。ETPとは、産業分野ごとに設立された企業を中心としたフォーラムで、自身の分野での研究戦略を立案することを目的として活動している。ETPのうち一定の要件を満たしたものは、JTIやPPPといった、より広範な機能を持った組織を立ち上げることができる。JTIでは、独自の戦略のもと、欧州委員会の資金にメンバーが出し合った資金等を加え、独自の研究公募を行っている。また、PPPでは独自の戦略を立てて欧州委員会に提示し、その戦略に応じた公募プログラムがFP上で実施されることを目的として活動している。現在、41のETP、6のJTI、9のPPPが存在する。また、JTIとPPPに対しては、Horizon 2020の期間中に約140億ユーロの公的投資が予定されている。

 いずれにしても、ある課題にビジネスの視点で取り組む者の問題意識を吸い上げ、それに応じた公募プログラムを策定するための仕組みが存在する。同時に、公募プログラムに参加する企業に応分の負担を求めることで、支出される公的資金を核として生み出される研究開発活動の規模を増大させようとしている。また、このモデルは成功しつつあるものと認識されているようで、近年では、社会的課題の詳細化を目的とした、欧州イノベーションパートナーシップ(EIP)という組織も設置された。現在、5のEIPが活動を行っている。

④手続き的な側面での変更点

 Horizon 2020では、手続きの合理化も謳っている。研究者は、FPなどの資金を獲得しようとする際、忙しい中で多くの書類を準備し、その上で長い時間待たなければならなかった。Horizon では規則や手順を簡略化して、研究者などが必要な資金を容易に利用できるようにするための努力が重ねられている。主要な目標の一つは、助成金の申請後、資金が供与されるまでの期間(FP7では平均350日)を平均で100日に短縮することである。この他にも、資金配分方法を最大100%の研究費配分(市場化が近いものは70%が上限、FP7では50%)とし、間接費は一律25%を配分することで資金配分を単純化・明瞭化することなどが行われている。

 また、Horizon 2020においては、FP7に比べ、域内外の参加を促進する仕組みが整備されている。たとえば、Horizon 2020への参加者をサポートするナショナル・コンタクト・ポイント(NCP)が以前よりも強化された。日本においても、2013年11月に日欧産業協力センターが日本初のNCPに任命され、情報提供などのサービスを提供している。

 このように、欧州2020、イノベーション・ユニオンの実現を支援するためのプログラムであるHorizon は、FP7までのEUのファンディング・プログラム運営の経験を取り入れ、様々な改善が施された。また金額的にも、EU加盟国全体が財政的に問題を抱える中で一定の伸びを要求する予算案を示せたことは、EUが科学技術・イノベーションの重要性を認識し、それなしではEUが将来生き残っていけないという覚悟をはっきりと示したといえる。

構造・投資基金(ESIF)を活用した科学技術政策

 現行のHorizon 2020などのFPとともに重要なものが、構造・投資基金(ESIF)を活用した科学技術政策である。ESIFとは5つの基金1を総称したもので、欧州域内で相対的に開発の遅れた地域を支援する目的をもつものである。ESIFを用いた取り組みの一つとして、科学技術・イノベーションの推進がある。欧州委員会によると、2007−2013年のFP7に対応する期間において、860億ユーロがESIFから研究・イノベーションの取り組みに配分された。具体的には、研究インフラ整備、起業支援、人材育成などを対象とした。FP7による配分額が約500億ユーロであったので、それよりもかなり規模の大きい金額が配分されたことになる。この方向性は、現在も変わっていない。

 ESIFは、FPとは異なった論理により配分されている。FPが競争に基づくのに対し、ESIFは一定の基準に従った各国への割り当てに基づく。各メンバー国は欧州委員会と7年間を対象としたパートナーシップアグリーメントを結び、この中で各国に配分される資金額やどのような活動に資金を配分するかといった内容が詰められる。

 ESIFはトップレベルの科学技術を支えるものではなく、またインフラ整備に多くが割かれ必ずしも研究活動そのものを支えるものでもないが、その金額的インパクトは大きい。また、域内格差が大きい欧州にあって、その果たすべき役割は大きいと考えられる。

科学技術上のトピック

①公的投資のレバレッジ効果を高めるHorizon 2020の仕組み

 Horizon 2020は欧州の科学技術・イノベーションの中心であるが、それはあくまで中心に過ぎない。Horizon 2020には、770億ユーロというそれ自身の予算よりも、大きな規模の活動を誘発するための仕組みが組み込まれている。

 具体的には、まず原則として民間の主体が資金配分を受ける際には、必要な研究開発経費の最大70%までしか配分を受けることができないというルールになっている。そのため、残りの30%の資金は自前で調達する必要が生じ、この点でHorizon 2020の配分額以上の規模の研究開発が行われることになる。

 また、既に述べたとおり、Horizon 2020の運営には、JTIやPPPといった産官連携組織が深く関わっていた。これらの組織に参加するメンバーは、欧州委員会の配分する資金に自身の資金を加え、研究開発を推進する2。その結果、同様に公的資金の配分額以上の規模の研究開発が行われることになる。

さらに、産官連携組織を巻き込んだ取り組みは、ある問題に対し真にコミットする者に対してインセンティヴを与えるという観点からも重要である。より優れた戦略を策定することで、その戦略に従った資金配分の額が増え得るという仕組みは、戦略策定およびそれに従った研究開発の活動へのインセンティヴとして働くと考えられる。このようにして、研究開発の質の面でも、公的投資のレバレッジ効果を高める工夫が見られる。

②標準化におけるインパクト

 Horizon 2020による効果として注目すべきものの一つに、標準化におけるインパクトが考えられる。欧州の国をまたいだコンソーシアムが標準化に向けた活動を進めると、デジュール標準(ISO、ITUなどの公的な標準化組織により規定される標準)の策定に有利に働く。通常、デジュール標準の策定プロセスには、国単位で与えられた投票権に基づく投票が行われるからである。EU加盟国は28カ国に及び、それらの国々が意思を統一した場合は大きなインパクトを持つと考えられる。

 そのような標準化を視野にいれた活動を行う組織が、前述のPPP(産官連携組織)の中に存在する。5G Infrastracture Public Private Partnership(5G PPP)という組織である。名称のとおり、第5世代の無線通信の標準策定を視野に入れつつ、研究戦略の策定と研究開発に取り組んでいる。

 この5Gをテーマとしたコンソーシアムとは、2014年6月に韓国が協定を結び、共同で研究開発に取り組む姿勢を示した。また、2015年5月には、日本もこのコンソーシアムと連携する方向性を示した。2014年9月に設立された企業・団体・学識経験者等から成る「第5世代モバイル推進フォーラム」が5G PPPと覚書を結び、共同で研究開発に取り組む。

 このように、標準化において大きなインパクトを持ちうる欧州とは、早期の段階から連携し、情報を得るとともに日本としての考えをフィードバックすることが重要であると考えられる。

③域内格差という問題

 EU域内に留まらず大きなインパクトをもつと考えられるEUの取り組みであるが、同時に域内格差という問題も抱えている。上述のとおり、研究開発投資や研究人材の配置は、旧来からのメンバー国に集中していた。また、FP7の最終評価報告書によると、FP7への参加者においても、大きな偏りが見られた。たとえば、高等教育機関については、上位50位の参加機関は、10の加盟国と2の準加盟国に集中していた。研究機関で12の加盟国と3の準加盟国、企業では11の加盟国と3の準加盟国が上位50位を独占していた。また、上位を独占する国の顔ぶれも一定の範囲に収まっていた。

 異なる背景を抱える国が集まるため、研究開発への取り組みに対する温度差があることは自然である。また、エクセレンスに基づいて資金を配分する以上、このような偏りが生じることはある程度は止むを得ないはずである。しかし、欧州研究圏という単一の研究市場をつくるうえでは、研究の水準や取り組みへのコミットメントにおける格差は妨げになる。また、欧州レベルでの取り組みが加盟国の分担金により支えられている状況下では、あまりに大きな偏りは好ましくない。

 Horizon 2020の予算配分からは、エクセレンスに基づいて配分されるHorizon 2020の資金の一部(1%強)が、「エクセレンスの普及と参加の拡大」という平準化を目的としたプログラムに充てられることが見てとれる。また、FPよりも多くの資金をESIFに割いて底上げが図られている。この背景には、欧州委員会が格差の問題を重視していることが伺われる。

まとめ

 EUでは、共通の枠組みのもと、産業界を巻き込む形で科学技術・イノベーションに関する取り組みが進められていた。その中心は、個別プログラムの集合体としてのHorizon 2020である。基礎研究からイノベーションまでを幅広く支援するHorizon 2020の中には、標準化を視野に入れた取り組みなど、日本としても注視すべき取り組みが見られた。他方で、エクセレンスに基づいたFPの取り組みよりも、ESIFという格差是正のための取り組みにより多くの資金が配分されている状況が見てとれた。格差の問題をいかに克服しつつ、EUのプレゼンスを高めるか、今後の取り組みが注目される。

  • 1 欧州地域開発基金(ERDF)、欧州社会基金(ESF)、結束基金(CF)、地域開発のための欧州農業基金(EAFRD)、欧州海事漁業基金(EMFF)の5つである。
  • 2 PPPにおいては金銭出資は義務づけられておらず、設備や人材の拠出に代えることも可能である。

(参考文献)

  • 欧州委員会ウェブサイト
  • 世界知的所有権機関(WIPO)ウェブサイト
  • 駐日欧州委員会代表部ウェブサイト
  • EuroStatウェブサイト
  • Europe 2020
  • Innovation Union Scoreboard 2015
  • EUROPE 2020, A strategy for smart, sustainable and inclusive growth
  • The 2011 EU Industrial R&D Investment Scoreboard
  • Horizon 2020, The EU Framework Programme for Research and Innovation (2014-2020)
  • Seventh FP7 Monitoring Report, European Commission

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが2012年に出版した、「主要国の科学技術情勢」(丸善プラネット)の第6章「EU」の部分を原稿とし、加筆修正を行って作成した。

 上記書籍のEUの章は、当時研究開発戦略センターのフェローであった高野良太朗氏が原案を作成したものである。

 そこで今回HPに掲載するに当たっては、著者名を高野と山下の連名とすることにした。

2015年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

フェロー(海外動向ユニット担当)

山 下  泉

(著者紹介)

高野 良太朗(たかの りょうたろう)

 独立行政法人科学技術振興機構(当時)研究開発戦略センター元フェロー。1999年国際基督教大学教養学部自然科学科卒、民間会社等を経て2006年英国サセックス大学科学技術政策研究所修士課程修了、同年科学技術振興機構に勤務。2009年に研究開発戦略センター勤務、海外動向ユニットで主に欧州、ブラジルを担当。2013年より独立行政法人国際協力機構(JICA)に転じ、現在JICA沖縄国際センターに勤務。

山下 泉(やました いずみ)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2006年東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻博士課程退学。民間企業等を経て、2012年より現職。