ドイツの科学技術情勢

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 日本でドイツというと、どんなイメージがあるだろうか。メルセデス・ベンツやBMWなどの高級車、ライカなどの精密機械などに象徴される高い科学技術を誇り、優れた、緻密な製品を作る国というイメージが一般的だろう。こうした自動車、機械産業に加えて近年は環境、地球温暖化対策などいわゆるグリーンイノベーションの分野でも再生可能エネルギーの活用を促進するなど、注目を集めている。この章では、ドイツと科学技術の歴史的関係、現代ドイツの科学技術とその経済危機からの影響、ドイツのグリーンイノベーションなどについて紹介する。

ドイツの概要

 ドイツの正式名称は、「ドイツ連邦共和国」である。2013年の人口が8,072万人で日本の3分の2ほど、国の面積が35万平方キロメートルであり、37万平方キロメートルの日本よりもわずかに小さい。あまり高い山脈などは無く平坦で、北側で北海に面し、南側でアルプス山脈を経てスイス、オーストリアと接している。

 日本と大きく違うのは、連邦共和国という名前の通り州の力が非常に大きいことで、ベルリン、ミュンヘン、フランクフルトなどいくつかの都市が中心となっており、一極集中していない。また首都のベルリン、BMWやジーメンスの本社がある経済都市ミュンヘン、欧州中央銀行がある金融の中心フランクフルトなど、各都市が異なる役割をもっている。

 ドイツは第二次大戦後1990年まで、西ドイツと東ドイツに分かれていたため、現在でも東西ドイツで経済格差がまだ残っている。首都機能についてもボンが西ドイツの首都だったため、ドイツの統一に伴い首都機能がベルリンに移転した後も、未だに政府官庁の一部が残っている。

科学技術の歴史的な流れ

①統一の遅れによる科学技術後進地域

 現在では世界でも有数の大国であり、政治経済・科学技術・文化の面でヨーロッパと世界を牽引するドイツであるが、ドイツが現在の国土と重なる地域に統合された国家として成立したのは、フランスや英国とくらべると驚くほど遅く、19世紀に入ってからである。中世には宗教戦争で荒廃したドイツとその周辺地域は、1871年に至りようやくプロイセンが中心となり、周辺の多くの小国、貴族領地をまとめてドイツ帝国を成立させた。このようにドイツは、国としての統一が遅れ、英国やフランスに比べて17世紀、18世紀のヨーロッパではむしろ後進国だった。

②ドイツ帝国の成立と科学技術の進展

 しかしドイツ帝国成立後は、徐々に軍事力、経済力等の国力を増し、科学技術においても次第にその存在感を示すことになった。これ以降多くのすぐれた科学者・技術者を輩出している。代表的な人物だけを挙げても、自動車産業を興したダイムラーとベンツ、ディーゼル、結核菌やコレラ菌などを発見したコッホ、X線を発見したレントゲン、数学者のガウスやライプニッツ、物理学者のマックスウェル、マックス・プランク、ヘルツやヘルムホルツ、さらには現在まで続くジーメンス社を設立したジーメンスなどがいる。

 ドイツ帝国の主体となったプロイセン王国は、ビスマルクによる富国強兵政策により、その経済力を充実させるとともに領土拡張を目的として軍隊を増強していった。こうした富国強兵政策が、科学技術の発展を促した一因となったことは想像に難くない。逆に考えれば、ヨーロッパで後進国であったドイツが、当時の先進国であり強国であった英国やフランス、オーストリアなどの列強と対等に伍し、領土を拡張していくためには、科学技術の力が必要不可欠だったとも言える。

③二度の世界大戦と科学技術の低落傾向

 しかし、このように隆盛を誇ったドイツの科学技術も、第一次世界大戦、第二次世界大戦での2度の敗戦を契機として、衰退を余儀なくされることとなる。

 ドイツ語と自然科学の研究者によれば、自然科学出版物の使用言語は1920年までドイツ語がトップだった。しかしそれ以降は減少の一途をたどり、かわって英語の出版物の割合が増加した。この原因として、第一次世界大戦の後、国際的な学会などの場では戦勝国、すなわち英国やフランスがドイツ語の使用を禁止したこと、またドイツ国内の学会誌なども資金が不足し、出版が停滞したことなどがあった。その間に英国や米国では英語で書かれた学会誌が続々と発刊され、英語の文献数が増える結果となった。

 さらに第二次世界大戦前にナチスがドイツで台頭し、1933年にはユダヤ人の公職追放令を定めるなどユダヤ人への迫害が強まった時期には、ノーベル賞を受賞した化学者のフリッツ・ハーバーを始め、多くの優秀なユダヤ系の研究者が国外に流出し、一説にはドイツの全科学者の4人に1人が追放されたと言われる。

 こうした状況の下でもなお、第二次世界大戦中にドイツは、世界初の軍事用液体燃料ロケットであるV2ロケットや、世界初のジェット戦闘機であるメッサー・シュミットMe262などを開発し、一部兵器の性能面で連合国を圧倒していた。

④第二次世界大戦後のドイツの科学技術

 第二次世界大戦後のドイツは戦勝国によって分割統治され、1955年に主権を回復するものの、1990年に再統一を果たすまで分裂状態は続いた。さらに戦争により経済・産業・社会は壊滅的な被害を受け、日本と同様かあるいはそれ以上に復興に向けて努力をしていかなければならない状況となった。

 戦後、例えばV2ロケットの開発者であるフォン・ブラウンなど、優秀な科学者が米国やソ連に移住したため、ドイツの科学技術は一層の落ち込みを余儀なくされる。また、東西冷戦のあおりを受けてドイツは東西に分裂し、さらに国力を衰退させてしまうことになる。

 西ドイツは終戦後連合国により重工業の発展を制限され、インフレなど苦しい状況が続いたが、マーシャル・プランや朝鮮戦争の特需により経済の奇跡と呼ばれる劇的な経済成長を成し遂げた。

 それと同時に科学技術も順調に復興を遂げている。例えば、ドイツ人のノーベル賞受賞者は1945年からしばらくは途絶えていたが、1950年のオットー・ディールスとクルト・アルダーが化学賞を受賞したのを契機として、後述するように着実に受賞者数を増加させてきている。

 この時期で科学技術上特筆すべきこととしては、現代のドイツの科学技術を支える柱となっている研究協会の設立がある。マックス・プランク学術振興協会は1948年、フラウンホーファー応用研究促進協会は1949年と戦後の混乱がまだ収まる前に創設されている。後述するように、マックス・プランク学術振興協会は基礎研究、フラウンホーファー応用研究促進協会は応用研究の分野で優れた業績を残し、ドイツの戦後の科学技術の発展に大きな寄与をしている。その他の2つの研究協会として、ヘルムホルツ協会ドイツ研究センター(1958年設立)、ライプニッツ学術連合(ドイツ等再統一後の1995年設立)がある。

⑤冷戦構造崩壊とドイツ再統一

 ソビエト連邦の崩壊による冷戦構造の崩壊を受け、東西ドイツは1990年に再統一されて、現在のドイツ連邦共和国となった。統一ドイツとなった当初は、東西の地域格差からくる統合の経済的負担に苦しみ、経済成長もそれまでのように大幅な伸びを見せなくなったが、それでもEU統合によるヨーロッパ全体の経済発展に伴って、1990年代、2000年代に着実な経済成長を遂げた。それと同時に科学技術も順調に復興を遂げ、現在に至っている。

経済状況及び産業構造

①経済概況

 ドイツのGDPは、2013年に約3.6兆ドル(名目GDP、PPP換算)、一人当たりGDPは約4.5万ドルで、GDP総額は米国、中国、日本に次ぎ、世界第4位の経済大国である。

 貿易に関しては、ドイツからの輸出は2013年に1,452億ドルで中国、米国に次いで世界第3位、輸入については2013年に1,189億ドルで米国、中国に次いで3位である。GDPに対する輸出額の割合は約39%で、日本の15%、アメリカの9%などと比べて非常に大きく、貿易に大きく依存している国だということがわかる。最大の輸出先の相手は他の欧州諸国で、2013年で56%を占める。次いでアジアが14%、米州が10%などとなっている。輸入相手国については欧州諸国で57%、アジアが16%となっている。品目別では、輸出品は機械類や乗用車、自動車部品、電機・電子機器、医薬品、食料品・飼料などが目立って大きい。また、最終製品が輸出全体の7割強を占めている。輸入品は最終製品が5割強で、その他原料、半製品、二次製品がそれぞれ1割となっている。

ドイツ経済は第二次世界大戦後急成長を遂げ、また図表1で明らかなように、1980年以降も着実に成長を遂げてきた。近年リーマンショックやユ ーロ危機などの経済危機も経験し、2009年には2.47兆ユーロと、前年の2.61兆ユーロと比べてGDPが落ち込んだが、他の国と比べてそれほど大きな影響を受けたとは言えない。

図表1: ドイツの実質GDP 1980-2013年

図表1: ドイツの実質GDP 1980-2013年

出典: IMF

 2015年の予測でも、2.1%のGDPの伸びが予測され、全体では1.5%程度の成長が予測されているユーロ圏の中では良い数字を示している。これは、原油価格の下落と賃金上昇による個人消費の伸びが期待されているほか、ユーロ安による輸出拡大が経済成長の主な牽引力となるとみられていることによる。失業率も、リーマンショック直後である2009年の約8%から、2013年12月には5.3%程度に改善されており、これは例えば同時期のスペインの失業率の26.1%、EU全体の10.8%と比較して非常に低いことがわかる。

②強い製造業

 ドイツの産業構造は2012年の産業別就業人口比率では、第一次産業は1.7%に過ぎず、第二次産業28%、第三次産業70.2%と先進国型の産業構造となっている。しかし第二次産業の比率を比べると、英国は18.5%、フランスが21.5%などとなっており、ドイツでは製造業の比率がかなり高いことがわかる。製造業の内訳(2012年)を見ると、主要な分野として、自動車製造、各種機械製造、電機・電子、化学などがあり、この4つの分野で約290万人が就業し、9,390億ユーロを超える売り上げがある。また製造業には中小企業も多く、従業員500人以下の会社が数万社あり、労働者の大部分の2,500万人が中小企業で働いている。こうした中小企業の中にはナノテクノロジー、バイオテクノロジーなどの最先端の研究開発を行うハイテク企業も含まれる。

 自動車製造はドイツの産業の中心とも言える産業で、ドイツの企業が投資する研究開発費の約3割を自動車製造業が負担している。BMW、メルセデス・ベンツ、アウディ、フォルクスワーゲンなどは、欧州だけでなく世界的に大きなシェアを持ち、また世界の高級車市場でも米国、日本、韓国の自動車メーカーと比較して強い。次に電機・電子産業は研究開発投資の2割以上を負担し、急速に成長している分野でもある。また世界最大の化学メーカーであるBASFはドイツの企業であり、従業員10万人以上、売上高740億ユーロ(2013年)となっている。こうしたドイツの産業は、OECDが集計しているハイテク製品の輸出で、日本が年を追うごとに世界全体に占める割合が落ちてきているのと対照的に、10%前後の輸出シェアを保っている。また品目別にも、日本が一部の製品に偏っているのに対し、ドイツは航空宇宙、電子機器、医薬品など多くの分野で満遍なく10%前後の製品輸出量を示し、製造業においてオールマイティーな強さを見せている。

 ドイツの有力企業をみると、日本では自動車メーカーだけが比較的有名であるが、フォーチュン・グローバル500によれば、自動車メーカーだけでなく他に電機、化学、製薬、機械などの企業もランクインしている。

科学技術の現状と動向

①科学技術の概況

 ドイツは伝統的に高度な水準の科学技術を誇るとともに、科学技術や学術を一貫して支援しているが、連邦と州の複雑な関係や累次の政権交代により、国全体の政策としては把握しづらい面もある。しかし、近年は連邦政府が主導する様々な施策により、そうした点を改善し、科学技術の振興に一層の力点をおいている。

 前述のようにドイツでは封建諸勢力が独立して統治していたことや、第二次世界大戦後に連合国軍が中央集権を避け地方分権を推進したことなどから地方政府が強く、国や中央集権的な機関に権限を集中させず、それぞれの研究機関に権限を委譲してきた。また、大学を含む教育機関については州政府の専管事項であり、連邦政府は口を出せなかった。こうしたことが研究機関や教育機関に自由度を与え、創造的な環境を研究者に与えるのに役立ってきた。反面、基礎から応用への一貫した研究、社会の期待に応える研究、抜群に高い水準の研究を行う大学などを生み出すためには、弱点があった。こうした反省に立ち、近年では連邦政府が国としてどういった研究開発を行うべきかをはっきりと戦略として打ち出し、また大学に関してもエリート大学を選抜しようとする動きがみられるようになった。さらに、従来は連邦と州の同意があっても連邦政府の大学への直接助成を認めていなかったドイツ基本法91条b項が2014年末に改正されて、州の合意があれば連邦政府が共同で様々な措置を展開できる道が開かれた。

 ドイツは、産業技術やイノベーションに関し、すでに競争力のある自動車・機械・化学産業を強化するだけでなく、数十年先を見据え、環境関連・地球温暖化対策関連の研究開発等を推進するなど、はっきりとした戦略を持って将来の発展のために努力を重ねている。また、ドイツが主導してこうした世界規模の問題に対処することにより、国としてのイメージを向上させ、輸出産業にも良い影響を与えることを期待している。現在の技術的な優位に安住せず、更に科学技術・イノベーションの発展に努力するドイツは、日本にとってもよいモデルとなる。

 科学技術のドイツとEUとの関係であるが、ドイツはEUの設立時から熱心に欧州統合を推進してきた国の一つであり、今日においてもその姿勢に変わりはない。ドイツは、EUの総歳入の20%前後と、最大の拠出金を支出している。また、欧州共通の研究支援計画で後述する第7次フレームワークプログラム(FP7)から最大の資金を得ているなど、研究開発においてそのEUとの関わりは非常に大きい。機関別に見ると、FP7で獲得した資金額において、フラウンホーファー応用研究促進協会が331件のプロジェクトに参加し全参加機関中2位で、マックス・プランク学術振興協会が238件で4位となっている。また企業の全参加者中ソフトウェアの会社であるSAP AGが29件に参加し2位、シーメンスが6位などとなっている。

②科学技術への投資状況

 ドイツの科学技術を、投資・インプットの面から見ると、研究開発投資の対GDP比は2.92%(2012年)で、日本の3.67%(2012年)やEUの共通目標である3%からはやや劣る。これは、主に政府の研究開発支出が少ないこと、研究者の数がやや少なく、資金はあっても使いきれる研究者が十分にいないことなどが原因と言われている。ただ近年は着実に伸びてきている。

 研究者数については、ドイツは2009年の時点で労働人口1万人当たりの研究者数が41.8人で、日本の65.6人(2013年)に比べてやや低くなっている。

 ドイツは全体的に、資金、人材ともにインプットがあまり高いとは言えないが、経済危機を経ても少しずつ数字が改善しつつある。特に、2005年から首相に就任したアンゲラ・メルケル首相やカリスマ的影響力もあったシャバーン連邦教育研究大臣の推進力もあり、連邦政府の科学技術予算は一貫して増額傾向にある。メルケル首相自身が旧東独出身の理系博士であり、科学技術に対して理解があるとされている。他国の研究開発予算があまり伸びない中で、ドイツは経済全体も好調であるためEUの中でも特に目立つ予算の伸びを示している。

③マックス・プランク学術振興協会

 ドイツで研究開発を行っているのは、大学、国立研究所、前述した研究協会、そして民間企業である。このうち、特色がはっきりとあり、科学技術の領域で際立った業績を残してきたマックス・プランク学術振興協会とフラウンホーファー応用研究促進協会について紹介する。

 マックス・プランク学術振興協会は、傘下に約80の研究所を有し、自然科学、ライフサイエンス、社会科学、人文学などの学際的な分野で、基礎研究を行っている。また、大学では十分に対応できない、新しくイノベーティブな研究分野に取り組んでいる。 最近では、応用分野の研究も積極的に行う傾向にある。

マックス・プランクは、職員数が約1万7千名、予算が20.9億ユーロ(2013年)と巨大な研究機関であるが、マックス・プランク自体は政府から独立しており、自分たちの方針に従い研究を行っている。また傘下の研究所も自律的であり、協会の本部から大まかな方針を示されはするものの、かなり独立性が高い。

 マックス・プランクの特徴は、その研究の質の高さである。ISI Essential Science Indicatorsによれば、マックス・プランクは論文被引用数で世界第2位、生物学・化学・材料科学・物理学などの分野ではいずれも1位または2位で、ネイチャー誌のNature Publishing Indexでも3位である。更に、1954年のワルター・ボーテのノーベル物理学賞受賞を始めとして、17人ものノーベル賞受賞者を輩出している。

 このように、基礎研究の分野でドイツの科学技術を根元から力強く支えるマックス・プランクは、他の追随を許さない研究水準の高さを示しており、ドイツの科学技術全体の嵩上げに役立っている。

写真1: マックス・プランク学術振興協会ミュンヘン本部(2015年/筆者撮影)

写真1: マックス・プランク学術振興協会ミュンヘン本部

④フラウンホーファー応用研究促進協会

 フラウンホーファー応用研究促進協会は、民間・公益企業に直接役に立ち、また社会全体の利益となるような、応用研究を主に実施している。約80の研究ユニットが運営されており、そのうち本部から認められた研究ユニットは、フラウンホーファー研究所と呼ばれる。ドイツ全土40ヶ所以上に、約60のフラウンホーファー研究所が散在している。フラウンホーファーの年間予算は約20.1億ユーロ(2013年)であり、職員数は約2万3千人に上っている。

 フラウンホーファーは優れた研究成果でも有名であるが、特にユニークな点として挙げられるのは、「フラウンホーファー・モデル」と呼ばれる運営方法にある。フラウンホーファーの研究収入のほぼ3分の2が、産業界との契約および公的資金による研究プロジェクト(受託研究)であり、残りの3分の1が連邦および州政府からの配分資金である。産業界との契約は当然として、公的資金による受託研究においても、比較的短期間である5~10年のうちに産業や社会で成果が得られる可能性を持った研究開発を実施している。 このためフラウンホーファーの研究者は、常に産業界と密接な関係を保つことになり、実際に産業界と各研究所との人員の交流も盛んである。一方、フラウンホーファーの研究者は、その研究レベルの高さから大学の教授が兼任することも多く、この仕組みが産学連携に大きく役立っている。

写真2: フラウンホーファー応用研究促進協会ミュンヘン本部(2015年/筆者撮影)

写真2: フラウンホーファー応用研究促進協会ミュンヘン本部

⑤科学技術のレベル

 現代のドイツの科学技術の状況を一言で言い表せば、「米英には負けるが、弱点が少ない科学技術」と言えるだろう。科学技術に関連する各指標を比較すると、ドイツは日本より人口や経済の規模で小さい国であるが、各指標において日本と互角か、やや勝っていると言える。

 トムソン・ロイター社のデータをもとにした文部科学省科学技術政策研究所の調査資料によれば、2011年から2013年の3年間の平均での論文数において、1位が米国で世界シェアが26.1%、2位が中国で14.9%、3位ドイツで7.4%、5位が日本で6.2%となっている。さらに被引用数を考慮したトップ10%論文数では、1位が米国で世界シェアが40.3%、2位が中国で15.3%、3位が英国で11.8%、4位がドイツで11.1%、以下フランス、カナダ、イタリアと続き、8位が日本となっている。したがってドイツは、米国とは大幅に差があり、英国には関連指標でやや差をつけられているが、他の欧州の国や日本などには勝っている。また、中国には論文数でも、論文の質を示すと考えられるトップ10%論文数でも及ばない。

 ノーベル賞をみると、1945年からドイツ人のノーベル賞受賞者はしばらく途絶えていたが、1950年のオットー・ディールスとクルト・アルダーの化学賞受賞を始めとして、50年代に4人、60年代に5人、70年代に2人、80年代に9人、90年代に4人、2000年代に5人となっており(受賞時にドイツ領だったが現在は他の国となっている地域の受賞者を除く)、着実に業績を上げていることがわかる。

 特許に関しては、OECDのMain Science and Technology Indicatorに、“Share of countries in triadic patent families (priority year)”がある。この指標では、特許を申請した申請者の居住国で件数がカウントされるため、どの国から特許の申請数が多いかの一つの指標となる。2013年にドイツは10.11%で、日本の29.55%、米国の27.03%、に次いで高い。米国、日本には大きく差をつけられているが、英国は3.28%、フランスは4.60%など他の欧州諸国と比べると非常に高い数字である。

 このようにドイツは、基礎研究から産業技術まで、ほとんどの分野で高いレベルを保っていると言える。しかし一方、米国には力が及ばず、全ての面で大きな差をつけられている。また英国とは、基礎研究において一部競っている部分もあるものの少し遅れているが、より産業寄りの指標である特許シェアにおいてはドイツが大きく引き離している。日本には特許で劣るものの、基礎研究においては全体的に勝っていると言える。

⑥ハイテク戦略 2020

 2006年8月にドイツ連邦政府は、研究開発およびイノベーションのための包括的な戦略である「ハイテク戦略 (High-Tech Strategy)」を発表した。このハイテク戦略は省庁横断型の戦略であり、ファンディングから研究開発システムに至るまで、幅広い施策や戦略が網羅されている。これは、公的資金のより効率的な利用を目指したもので、知識の創出や普及によって、雇用や経済成長を促進することを目的としている。

 この「ハイテク戦略2020」において、ドイツが今後どの分野に力を入れていくかを社会的な課題から導き出して明示しており、以下の重点5分野を特定した。

  • ・気候・エネルギー
  • ・健康・栄養
  • ・交通・輸送
  • ・安全
  • ・コミュニケーション技術

 このように明確な戦略を、政府が一体となって示すことにより、ドイツが科学技術・イノベーションを通じて何を目指すのかが明確化され、国民への透明性を増すこととなっている。ただし、ハイテク戦略2020には、各分野別の予算配分額は具体的には示されておらず、毎年の予算決定過程でどの分野に配分するかが決定される。

 さらに2014年秋に、第三期となる「新ハイテク戦略(New High-Tech Strategy)」を発表、前戦略を踏襲する形でイノベーションの推進力が大きく、経済成長が見込まれる以下の6分野を特定した。

  • ・持続可能なエネルギーの生産
  • ・健康に生きるために
  • ・スマートな交通、輸送
  • ・安全の確保
  • ・消費デジタル化への対応
  • ・イノベーションを生み出す労働

 とりわけイノベーションの駆動力を産業界で活かすために、連邦政府としては国内の総事業者数の 99%を占める中小企業の研究開発を推進し、開発の需要をもった企業が、研究を担う機関と連携するモデルで公的助成を実施し、いち早く市場投入のチャンスを掴むことを目指している。多くは実施中の中小企業支援や起業支援プログラムを継続し、一部改善したうえで実施するとしている。

⑦エクセレンス・イニシアティブによる大学改革

 ドイツでは教育は州政府の権限とされており、大学に対する予算交付や管理も州政府が行ってきた。こうした分権制度は、一方では各州の大学のレベルを平均的にし、多くの国民に高等教育を平等に与えることにつながってきたが、他方で抜きんでたパフォーマンスを示す大学が存在しない結果ともなった。2015年のQS 世界大学ランキングでは、ミュンヘン工科大学が60位、ハイデルベルグ大学が66位、ミュンヘン大学が75位などで、1位のMIT大学、2位のハーバード大学、3位のケンブリッジ大学などを要する米国・英国と比較すると、著しく劣る結果となっている。

 こうした状況を打開するべく、連邦教育研究省が主導して特定の大学に集中的に資金を投じる、「エクセレンス・イニシアティブ」と呼ばれる取り組みが始まっている。これはドイツの大学の中から、中核的研究機関と位置づけられる大学をいくつか選定し、5年間で総額19億ユーロという巨額の資金を配分するというものである。2006年から開始したこの取り組みは、既に対象大学の選定を終了し資金配分を行っているが、2012年から5年間、さらに27億ユーロを投資して10年間継続した。2017年以降もプログラムは続くことが決定しているが、2015年現在同じフレームワークで実施するかどうかの検討を行っている。

⑧グリーンイノベーション

 ドイツは、環境政策、地球温暖化対策に様々な面から熱心に取り組んでいる。例えばドイツはすでに2008年に、23.3%の温室効果ガス削減(90年比)を達成し、京都議定書の第一約束期間の削減義務である21%を超えて、温室効果ガスを削減した。また2020年までの温室効果ガス削減目標に関しても、もしEU加盟各国が30%削減する場合、ドイツは約40%削減すると宣言している。1990年のドイツ再統一以降、東ドイツの老朽化した施設の改修等により温室効果ガスを大幅に削減できた面もあるが、その他にも環境税の導入などにより市民が温暖化対策を行うインセンティブを向上させたり、電力の固定価格買い取り制度(フィード・イン・タリフ制度)を早期に開始したり、また再生可能エネルギーの国際機関(International Renewable Energy Agency: IRENA)に積極的に関与してきたことが実を結んだと考えられる。

 この背景として、2005年まで続いたドイツ社会民主党と緑の党の連立政権は、非常に環境関連政策に熱心で、原子力廃止・再生可能エネルギーの利用促進・環境保護の推進などを行っていたことなどが挙げられる。2005年に、キリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CSU)と社会民主党の連立政権となり、旧東ドイツ出身で理学博士の経歴を持つアンゲラ・メルケルが首相となったが、環境・地球温暖化対策重視の方針は引き継がれた。2009年には、社会民主党が政権から外れCDU/CSUと自由民主党(FDP)の連立政権となったため、原子力発電の廃止方針に見直しがあるかと思われていたが、2011年3月の福島原発事故の影響もあり、逆に2022年までに原発を全て閉鎖することが決定された。このため、再生可能エネルギーや化石燃料の効率的利用が急務となり、今後この分野での研究開発が急速に発展していくと予想されている。

 もう一つドイツがグリーンイノベーションを推進する理由として、この分野における研究開発を推進することは、ドイツの技術的優位を生かしドイツの経済全体にもメリットがあると認識されていることである。実際にドイツは、環境関連で550億ユーロ(国の産業全体の5%にあたる規模)の製品を製造しており、また欧州の環境関連特許で4分の1を有している。環境関連製品は、全般に知識集約型で高付加価値であるため、産業や社会全体への貢献も大きく、雇用も生みだしている。社会・経済と科学技術の関係を調査する機関であるフラウンホーファーシステム・イノベーション研究所(ISI)が行った研究では、2020年までに温室効果ガスの40%削減を行った場合のCO2 1tあたりの削減コストは、マイナス27ユーロ、即ち投資よりも得られる利得が27ユーロ上回るということで、温暖化対策と経済発展は両立しうるとの結論となっている。

 具体的なグリーンイノベーションの研究開発プログラムとして、連邦教育研究省は2004年に「持続的発展のための研究フレームワークプログラム(FONA)」を立ち上げ、温暖化対策のための様々な研究を行ってきた。その後同省は2010年、「持続的発展のための研究(FORNE) 」と名づけた新しい基本計画を発表し、20億ユーロを大幅に超える資金を2015年までに投入する方針を明らかにした。新しい基本計画は幅広い研究分野を包括するもので、エネルギー効率の改善、原料の生産性向上が中心となる。

リーマンショック後の科学技術政策

①リーマンショックのドイツ経済への影響

 2007年から2008年のリーマンショックでは、ドイツ経済自体には米国ほどの被害は無かったが、それでも大銀行数行が倒産するなどの影響を受けた。GDPにおいては2009年には2.28兆ユーロと、前年の2.4兆ユーロと比べてかなりの落ち込みを見せたが、他の国と比べてそれほど大きな影響ではなかった。2012年の予測でも、0.7%のGDPの伸びが予測され、全体ではマイナス成長が予測されているユーロ圏の中では良い数字を示している。

 次に失業率について見ると、2008年9月に7.1%まで下がっていた失業率はリーマンショック直後の2009年6月に約8%と上昇した。しかしその後は下降を続け2011年12月には5.5%程度に改善されており、これは例えば同時期のスペインの失業率の22.9%、EU全体の10%と比較して、非常に低いことがわかる。

 ただリーマンショックとは別に、ドイツ経済には構造的な問題も多く存在している。高い労働コストと強すぎる労働組合という理由から、生産拠点が特に東欧などに流出し雇用が失われているという指摘がある。また、未だに不均衡な東西ドイツ地域、特に旧東ドイツ地域の高い失業率(6~9%、2011年は約6%)、トルコ系だけで総人口の3.1%(255万人)、その他東欧・ロシア系などの移民問題などにより社会が不安定化しているという問題もある。さらに、2009年に輸出額(1.12兆ドル)で中国(1.2兆ドル)に抜かれ、輸出大国としての地位にやや翳りが見えると同時に、国全体としても日本同様に少子高齢化(65歳以上人口割合:日本23%、ドイツ20%、出生率:日本1.37、ドイツ 1.34)が進んでいる。

②科学技術への影響

 他国に比較して影響は少なかったとはいえ、ドイツもリーマンショックによる影響は確実に存在した。しかし科学技術への影響は非常に軽微であり、政府もドイツにとって科学技術・イノベーションはきわめて重要であることを再確認し、実際に政府の研究開発費の予算を増やしているのである。

 ドイツの政府支出による研究開発費は図表2のとおりで、2007年、2008年などリーマンショックの時期を通じて着実に増加している。特に連邦政府の支出は2006年ごろから大幅な伸びを示している。 その他にも、以下に順次述べる個別具体的な政策が増強もしくは新たに開始され、経済的な困難の中でも科学技術・イノベーションに力を注いでいることの一つの表れとなっている。

図表2: 政府支出による研究開発費の推移 (単位:100万ユーロ)

図表2: 政府支出による研究開発費の推移 (単位:100万ユーロ)

出典: 連邦教育研究省、Federal Report on Research and Innovation 2014からCRDS作成。2002年までは支出額、2013/2014年は支出見込み額。

③クオリフィケーション・イニシアティブ

 2010年3月、アンゲラ・メルケル首相は「クオリフィケーション・イニシアティブ(Qualification Initiative)」 を発表した。これはグローバルな知的競争やリーマンショック後の経済状況、BRICSなどの新興国の著しい発展を踏まえ、ドイツが将来に亘って産業を維持し雇用を増大させるためには、人材の能力の維持・向上が最重要であるとの認識に基づき、教育と研究への投資を合わせて増加させようとする取り組みである。現状では、ドイツの教育費・研究費(民間・政府合わせて)のGDPに占める割合は、現在 8.1~8.7%であり、研究が2.53%、教育が5.6%となっている。これを2015年までに教育で7%、研究で3%を目標として、増加させようというイニシアティブである。この研究へのGDP比3%の資金投入と言う目標は、EU加盟国の共通する目標で、スウェーデン・フィンランドなど、欧州でも一部の国しか達成されていない。

④連邦奨学金の増額

 クオリフィケーション・イニシアティブの一つとして、経済的理由により高等学校・大学に進学できない、または進学できても学業を継続できない生徒を減らすため、奨学金の支給を増やしている。また、海外留学を奨励するために、留学費用に奨学金を充てることも行われている。連邦奨学金法に関する支出は、連邦が65%、州が35%負担し、2008年の23億ユーロから2013年では32億ユーロと大幅に増加した。

 この結果、学生の平均月額奨学金は、2008年の348ユーロから2013年では436ユーロとなった。また、奨学金を受ける高校・大学の生徒及び学生の数は、2008年の82.2万人から、95.8万人(2013年)と16.5%の増加である。そのうち大学生の数は66.6万人、奨学金を受ける学生の割合は、2012年の28%となっている。同時に外国留学中に奨学金を受ける学生数は、2012年に約54,000人に上っている。

 連邦政府は、2015年から連邦奨学金法による給付の全額を負担し、州の負担は年額で11億7,000万ユーロ減ることになる。この軽減分は、教育分野の資金負担の改善に当てられる。

⑤6つの新しい健康関連研究センターの開設

 連邦政府は、新しい健康研究基本計画の核として、6つの新しい健康研究センターを開設した。研究テーマはドイツの国民病とされる糖尿病、感染症、癌、神経変性疾患、心臓・循環器系疾患、肺疾患である。

 これは新規に研究所を作るのではなく、既存の多くの研究拠点をネットワーク化し、資金を提供して研究を組織化する取り組みである。現在のところでは、これらセンターには39拠点の合計120以上に及ぶ大学、大学外の研究機関が組み込まれている。研究室から臨床まで一貫して実際に役立つ研究を目指し、企業とも密接に連携する。また連邦教育研究省(BMBF)は、2015年までにこれらドイツ健康研究センターの確立に向け約7億ユーロを投入する予定となっている。

 すでに、DZNE(ドイツ神経不全疾病センター)とDZN(ドイツ糖尿病研究センター)の2健康研究センターは2009年に、また、DZL(ドイツ肺研究センター)、DZHK(ドイツ心臓循環器系研究センター)、DKTK(ドイツ・トランスレーショナル・キャンサーリサーチ・コンソーシアム)、DZIF(ドイツ感染症研究センター)の4つの研究センターは、2010年に活動を開始した。

⑥第6次エネルギー研究計画の開始

 2011年8月に連邦政府は、第6次エネルギー研究計画「環境に優しい、信頼性のある、コストが負担可能なエネルギー研究」の開始を決定した。これまで連邦環境省・自然保護・建設・原子炉安全省(BMUB)が所掌していた同分野の研究開発は同プログラムから連邦経済エネルギー省(BMWi)に移った。2013年から2016年まで同計画に34億ユーロを投入する。

 この計画は関連各省の共同取り組みで、エネルギー政策の中で重要な研究テーマにおいてドイツの中核となる競争力を結束させ、エネルギー供給構造の転換を加速化させることを目的としている。また国際協力を一層拡充させ、特にEU内における研究活動のネットワーク化の強化を行う。更に、BMWiが推進する「エネルギー研究調整プラットフォーム」を構築することにより、ドイツの全体的なエネルギー研究活動の調整を強化することとしている。同計画における研究の重点は、再生可能エネルギー、エネルギー効率化、エネルギー貯蔵、ネットワーク技術等の領域とし、国家として取り組んでいる「エネルギー転換」に寄与することが期待されている。

⑦欧州通貨危機と今後のドイツの科学技術

 ドイツは、リーマンショックの逆境にも屈することなく研究開発支出を増やし、多くの新規施策を開始したり、これまでの取り組みを増強したりしてきた。しかし2011年にはリーマンショックを上回るとも言われる欧州通貨危機が発生し、2012年初頭の現在ではまだ解決への道筋ははっきりとしていない。

 ドイツでは、ユーロ圏経済を維持するために資金を拠出することに対し、国民からの不支持が増大し政権基盤を揺るがすとともに、今後ギリシャ・ポルトガル・アイルランド・スペインなどを支えるための支出が長期間必要になるとの懸念から、財政にも不安を抱えることとなった。つまりドイツは、共通通貨ユーロの導入により、成長率の高い東欧諸国などに製品を輸出できるようになり、ユーロ自体からは大きな恩恵に浴しているものの、同時にユーロ圏を牽引する国として大きな重荷を背負う事態にも陥ったわけである。これは現在進行形の問題であり、このユーロ危機が科学技術にどのような影響を及ぼすかについて、ドイツを含めた欧州各国の今後の動向を注視する必要がある。

⑧インダストリ4.0とデジタル・アジェンダ

 2011年にハイテク戦略2020のアクションプランとして、次世代の製造業高度化、デジタル化に資する研究開発政策「インダストリ4.0」が連邦政府から発表された。インダストリ4.0とは第四次産業革命を意味し、モノのインターネット(Internet of Things: IoT)や生産の自動化(Factory Automation)技術を駆使し、工場内外のモノやサービスと連携することで、今までにない価値や、新しいビジネスモデルの創出を狙った次世代製造業のコンセプトである。18世紀の蒸気機関による生産技術(第一次産業革命)、19世紀に興った電気エネルギーによる大量生産(第二次産業革命)、70年代のコンピューター制御による生産技術(第三次産業革命)を経て、情報通信技術とドイツの強みであるものづくり技術を統合することで生産をデジタル化し、2025年ごろまでにスマートファクトリを実現しようという試みである。

 さらにドイツ政府は2014年に、デジタル・アジェンダ(2014-2017)を策定し、製造業に限定しない包括的なデジタル化戦略を発表した。社会、労働、教育、科学、政府などのデジタル化目標が掲げられ、とりわけ情報セキュリティ確保と超高速ブロードバンド網の整備を重点とする内容となっている。背景にあるのは、ICT分野では圧倒的に米国が優勢であり、ドイツ経済の国際競争力維持および雇用機会の確保のために国を挙げてデジタル化を推進しなければならないという危機感である。

写真3: 2015年ハノーファー産業見本市で展示されたインダストリ4.0 デモ機
オストヴェストファーレンリッペ専門大学産業情報技術研究所内(2015年/筆者撮影)

真3: 2015年ハノーファー産業見本市で展示されたインダストリ4.0 デモ機 オストヴェストファーレンリッペ専門大学産業情報技術研究所内

(参考文献)

  • BMBFウェブサイト
  • BMBF “Research and Innovation in Germany” 2006年から2014年の各報告書
  • BMWiウェブサイト
  • BMWi “Digital Agenda 2014 – 2017”
  • Eurostat 各種統計
  • ERAWATCH – Country Profile: Germany
  • Fortune 500
  • Hightech-Strategie 2020 für Deutschland (ハイテク戦略2020) 2010
  • Die Neue Hightech-Strategie Innovations für Deutschland (新ハイテク戦略)2014
  • OECD Main Science and Technology Indicators
  • マックス・プランク研究協会ウェブサイト
  • フラウンホーファー研究協会ウェブサイト
  • フラウンホーファーISI研究所ウェブサイト
  • ドイツ研究振興協会(DFG)ウェブサイト
  • トムソン・ロイター ISI Essential Science Indicators
  • 科学技術振興機構研究開発戦略センター 「科学技術・イノベーション政策動向~ドイツ~」(2009年版)
  • 文部科学省科学技術政策研究所 「科学研究のベンチマーキング2015」2015年
  • 科学技術政策研究所 「科学技術指標2015」
  • 世界銀行 各種統計

あとがき

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センターが、2012年に出版した「主要国の科学技術情勢」(丸善プラネット)の第4章「ドイツ」部分を土台に、私が加筆修正を行って作成した。

 上記書籍のドイツの章は、当時研究開発戦略センターのフェローであった高野良太朗氏が原案を作成したものである。

 そこで今回HPに掲載するに当たっては、著者名を高野と澤田の連名とすることにした。

 なお、今回の加筆修正に当たっては、当センター名で作成した「科学技術・イノベーション政策動向~ドイツ~」(2009年版)から、事実関係を中心に多くの内容を引用していることを、ここで申し添えたい。

2015年11月

国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

フェロー(海外動向ユニット担当)

澤 田  朋 子

(著者紹介)

高野 良太朗(たかの りょうたろう)

 独立行政法人科学技術振興機構(当時)研究開発戦略センター元フェロー。1999年国際基督教大学教養学部自然科学科卒、民間会社等を経て2006年英国サセックス大学科学技術政策研究所修士課程修了、同年科学技術振興機構に勤務。2009年に研究開発戦略センター勤務、海外動向ユニットで主に欧州、ブラジルを担当。2013年より独立行政法人国際協力機構(JICA)に転じ、現在JICA沖縄国際センターに勤務。

澤田 朋子(さわだ ともこ)

 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・フェロー(海外動向ユニット)。2000年ミュンヘン大学政治学部大学院修了(国際政治学及び経済地理学専攻)。帰国後は民間のIT系ベンチャー企業でウェブマーケティング及び地域資源活性化事業に従事し、2013年より現職。