JSTトップ > 研究開発戦略センター(CRDS) > 報告書等 > 海外調査報告書 > 科学技術・イノベーション動向報告 オーストラリア編(2016年度版)
本章では、オーストラリアの科学・イノベーション政策を理解する上で重要となるオーストラリアの地理、歴史的背景、政治体制、経済状況について簡潔に述べる。
オーストラリアの正式名称は、オーストラリア連邦(Commonwealth of Australia)である。国土面積は約769万平方キロメートルで、日本の20倍。アラスカ州を除く米国とほぼ同じの広さを持つ世界で6番目に大きな国である。国土の中央部の低地は降水量が非常に少なく乾燥した土地であり、その西側には砂漠地帯が広がる。人口は、約2,405万人で日本の約5分の1であり、そのほとんどが温暖な気候に恵まれた東部の州と沿岸部の都市に集中している。首都はキャンベラである。近隣の国には、ニュージーランド、インドネシア、東ティモール、パプアニューギニアがある。
オーストラリアの先住民であるアボリジニは、5万年以上前に南アジアからオーストラリアに渡ってきたとされ、ドレス海峡諸島民は、約1万年前にメラネシアからオーストラリア最北端に位置するドレス海峡の島々に渡ってきたとされる。
1770年に英国人探検家ジェームス・クックがオーストラリア東海岸に上陸し、英国による領有化を宣言したことにより、オーストラリアは英国の植民地となった。1788年、英国人海軍大佐アーサー・フィリップが率いる船団がシドニー湾付近に入港し、乗組員約1,350人とともに入植を開始した。その後自由入植者が増加し、農作物の栽培や放牧のための土地の開拓が進んでいった。1797年に一部の入植者によってスペインからメリノ種の羊がもたらされると、世界で最も高品質の羊毛が生産されるようになった。1851年にはオーストラリア東部で金が発見され、ゴールドラッシュの時代が到来する。英国のみではなく、その他のヨーロッパ諸国や中国から約10万人の人々がオーストラリアに移住し鉱山労働者として働くようになった。このようにして世界各国からの入植者により、オーストラリア経済の基礎が築かれていった。
1901年、これまであった6つの植民地をそれぞれ州と改め統合することによりオーストラリア連邦が誕生した。その後、オーストラリアは2回の世界大戦を経験し、10万以上の兵士が命を落としたが、兵士への追悼の意がオーストラリアの国民意識を確立する上で重要な要因となされる。第二次世界大戦後は、急速な経済成長に伴い、ゴールドラッシュ以降制限されていた移民の受け入れが緩和され、再び南欧からの移民が受け入れられるようになった。これらの移民によって鉱業、農業、製造業を中心とした経済活動が支えられるようになっていった。その後、1973年に移民制限法が完全に撤廃されると、アジア人のオーストラリアへの移民が急速に増加し、多民族・多文化国家としてのオーストラリアが形成されていった。
オーストラリアの政治体制は英国の伝統を継承した立憲君主制である。英国の女王であるエリザベス二世が国家の元首であり、その称号はオーストラリア女王である。国内では連邦政府の推薦により女王が任命したオーストラリア総督が女王の代理とし連邦の最高行政権を行使する。議会は上院・下院の2院制であり、保守連合と労働党が2大政党である。首相は2015年9月に就任した自由党のマルコム・ターンブルである。
オーストラリア経済は、1991年度から25年間連続してプラス成長を遂げている。近年は鉄鉱石などの天然資の需要の減少や価格の下落による影響が出ているものの、順調な輸出に支えられ、2015年度の実質GDP成長率は、2.9%であった。
オーストラリア統計局によると、オーストラリアの2015年度の貿易総額は、6,693億豪ドル1であり、輸出総額3,166億豪ドル、輸入総額3,527億豪ドルである2。輸出品の上位3品目は、鉄鉱石491億豪ドル(16%)、石炭370億豪ドル(12%)、留学サービス186億ドル(6%)であり、天然資源のほかに「教育サービス」がオーストラリアにとって重要な収入源となっていることがわかる。鉄鉱石、石炭の輸出額は前年度に比べそれぞれ26%減、3%減となったが、留学サービスは9%増となった。輸出相手国の上位3カ国は、中国(29%)、日本(13%)、米国(7%)である。一方、輸入品の上位3品目は、個人旅行サービス267億豪ドル(8%)、乗用車204億豪ドル(6%)、製油184億豪ドル(5%)である。個人旅行サービスと自動車の輸入額は前年度に比べそれぞれ8%増、16%増となったが、個人旅行サービスは1%減であった。輸入相手国の上位3カ国は、中国(18%)、米国(14%)、日本(6%)となっており、輸出入いずれにおいても中国、日本、米国が重要な相手国であることがわかる。
以下、オーストラリアの経済指標を日本をはじめとする他の主要国と比較しながら検討する。
世界銀行の統計(2015)によれば、2015年のオーストラリアの名目GDPは、1.3兆米ドルである。これは日本の名目GDP 4.1兆ドルの約3分の1にあたり、オーストラリア経済規模は日本と比較してそれほど大きくないといえる。他の主要国の名目GDPは、米国17.9兆米ドル、中国10.9兆米ドル、ドイツ3.4兆米ドル、英国2.8兆米ドル、フランス2.4兆米ドル、イタリア1.8兆米ドル、カナダ1.6兆米ドル、韓国1.4兆米ドル、ロシア1.3兆米ドル、オランダ08兆米ドル、スイス0.7兆米ドルであり、オーストラリアの経済規模は韓国やロシアに近い大きさであるといえる。
同じGDPの比較でも、国全体のGDPと人口一人当たりのGDPでは傾向が異なる。2015年のオーストラリアの人口一人あたりの名目GDPは5.6万米ドルであり、日本の3.2万米ドルの約2倍にあたる。これは、オーストラリアの人口が、日本の約5分の1と少ないためで、オーストラリアの国全体のGDPは日本より小さいものの、人口一人当たりのGDPにすると、日本よりも大きいという結果になっていると考えられる。
他の主要国の一人当たりの名目GDPは、スイス8.0万米ドル、米国5.6万米ドル、オランダ4.4万米ドル、英国4.4万米ドル、カナダ4.3万米ドル、ドイツ4.1米ドル、フランス3.6万米ドルであり、オーストラリアの一人当たりの名目GDPは、スイスに次いで2番目に大きく、米国と同じ値である。オーストラリアは世界の中でも裕福な国の一つであると言える。
世界銀行の2012年のデータよる主要国の経済活動別のGDP構成比(%)を、以下の図に示す。オーストラリアのGDP構成比は、第1次産業2.4%、第2次産業28.3%、第3次産業69.3%である。第2次産業が約30%、第3次産業が約70%をしめ、カナダやドイツと近い構成比となっている。従来からの農業、鉱業、製造業に加え、金融業、科学・技術サービス教育などがオーストラリアの産業の中心となっている。製造業の分野では、化学・プラスチック製品、電子部品をはじめ自動車、鉄・アルミ製品や加工食品などが製造されている。
一方、日本、スイス、イタリアのGDP構成比は、第2次産業が約25%、第3次産業が70%強であり、オーストラリアは日本に比べ第2次産業の構成比が高く、第3次産業の構成比が低いことがわかる。
図表1-1 主要国の経済活動別のGDP構成比(%)(2012年)
出典:世界銀行
所得格差に関して、社会全体の不平等を測る指標としてはジニ係数(Gini coefficient)がある。ジニ係数は0と1の間を取り、ジニ係数の値が0に近ければ所得格差が小さく不平等が小さい社会であるといえるが、1に近づくと所得格差が大きく不平等な社会であるといえる。ジニ係数を100倍し、パーセント(%)で表示したものがジニ指数(Gini Index)である。
世界銀行のデータでは日本のデータが2008年までしかなかったため、他の国は2008年に近い、2010年のデータを用いて比較検討した。オーストラリアのジニ指数は34.9%であり、英国(34.8%)やイタリア(34.4%)と近い値である。日本(32.1%)やドイツ(31.1%)と比べやや高いものの、中国(42.1%)、ロシア(40.9%)、米国(40.5%)と比べるとそこまで高い位置にあるといえない。このデータは2010年のものであり、近年は変動している可能性もあるが、オーストラリアはまだ中国、ロシア、米国ほどは所得格差が開いていないといえる。
The Fortune 2016のGlobal500によれば、世界最大の鉱業会社BHPが売り上げ523億米ドルで168位、食品流通会社のWesfarmersとWoolworthsがそれぞれ171位(519億米ドル)と176位(506億米ドル)である。以下Commonwealth Bank of Australia269位、National Australia Bank 304位、Wetpac Banking 336位、Australia &New Zealand Banking Group 362位と銀行が名前を連ねる。通信サービスのTelstra 482位で売り上げが221億米ドルである。外資系企業では、ロンドンに本社を置く多国籍の鉱業・資源会社、Rio Tintoが国内大手企業の一つである。オーストラリアには、資源関係の大手企業がいくつか存在するが、それ以外のほとんどは中小企業である。
2015年9月のターンブル新政権発足にともない、いくつかの組織で改編があった。現在のオーストラリアにおける主要な科学技術・イノベーション関連機関は以下の組織図に示すとおりである。
図表2-1 オーストラリア科学技術行政機構図
出典:各種資料を元にCRDSで作成
主要政策機関としては、科学技術・イノベーションに関し国家的に重要な諸問題を審議する豪州連邦科学会議(Commonwealth Science Council)、この議会を補助する国家科学技術研究委員会(National Science, Technology and Research Committee)、そして首相、関係閣僚に科学技術政策の助言を行う首相科学顧問(Chief Scientist)が設置されている。さらに、2016年10月には豪州イノベーション・科学委員会(Innovation Science Australia)が設立され、豪州連邦科学会議とともに、政府に対し科学・研究・イノベーションに関する助言を行っている。
2014年に首相科学工学イノベーション会議(PMSEIC)を改組して設置された。科学技術の重要課題に関し独立して政府への助言を行う組織である。首相を議長、産業イノベーション科学省大臣を副議長とし、教育訓練省、保健省の各大臣、首相科学顧問、および研究・教育界代表委員5人、産業界代表者委員5人のメンバーで構成される。必要に応じて関係省庁の閣僚や有識者が招待され出席することもある。年に2回開催される。本会議は、豪州政府に対して、科学技術・イノベーション分野における戦略、豪州の強みと課題、研究優先分野、産官学連携等に関する助言を行う。
豪州連邦科学会議と同時に2014年に設置された、豪州連邦科学会議の補助を役割とする委員会である。首相科学顧問を議長とし、関係各省(department)および、国内の主要研究機関、国立健康医学研究会議、豪州研究会議の代表で構成される。各省と機関の間の情報共有や課題の特定、科学技術における政策および計画の調整などを行う。年4回開催される。
2015年12月にターンブル首相により発表された国家イノベーション科学アジェンダに基づき2016年10月に設置された独立組織である。政府に対して科学・研究・イノベーションに関する戦略的助言を行う組織であり、オーストラリアの直面する重要課題に関して政府に助言を行う豪州科学技術会議を補完する役割を果たす。議長はCHAMP 投資グループの創設者でCo-ChairmanのBill Ferris(ビル・フェリス)である。副議長は首相科学顧問のDr. Alan Finkel(アレン・フランケル)が務める。
首相、関係閣僚に対し科学技術イノベーションに関連するハイレベルの独立した助言を行う常勤の役職である。豪州連邦科学会議ではエグザクティブ・オフィサーを務め、オーストラリアが直面する重要な科学的課題と機会について討議を行う。国家科学技術研究委員会では議長を務める。現在の首相科学顧問は、2016年1月に就任したDr. Alan Frankelである。Dr. Alan Frankelは、起業家、脳科学者、教育者として幅広い経験を持ち、前職ではモナシュ大学の総長および豪州科学・工学アカデミーの会長を務めた。
首相科学顧問室には、STEM教育アドバイザー、研究チーム、教育チームがあり、首相科学顧問の補佐を行う。STEM教育アドバイザーは、首相科学顧問に対して教育界・産業界におけるSTEM教育の促進に関する助言を与える役職である。首相科学顧問により任命される。現在のアドバイザーは、2013年に着任したDr. Roslyn Prinsleyである。
科学技術全般と商業化については産業イノベーション科学省が担当し、それ以外は教育訓練省、環境エネルギー省、保健省、農林水産資源省などの各省が個別分野ごとに担当している。
2015年9月に、産業科学省が改組され、産業イノベーション科学省となった。国際的に競争力のある産業を育て生産性を高めることを目的に、科学と商業化の支援、ビジネスへの投資とビジネス能力の向上、規制の合理化、生産性の高い組織の構築を行っている。
産業イノベーション科学省 ©冨田
2015年9月に教育省が改組され、教育訓練省となった。保育から幼児教育、学校教育、高等教育、職業訓練教育、国際教育・研究にかかわる施策とプログラムを所管する。
2015年度の政府研究開発費の予算総額は、101億豪ドルである。省庁別の内訳は、産業イノベーション科学省47.6億豪ドル、教育訓練省30.0億豪ドル、保健省10.2億豪ドル、防衛省4.7億豪ドル、環境エネルギー省3.6億豪ドル、農業水資源省3.3億豪ドルである。産業イノベーション科学省と教育訓練省の予算はそれぞれ全体の47%と30%であり、合計で77%に達する。
図表2-2 2015年度 政府研究開発予算実績内訳(単位:100万豪ドル)
出典:The Australian Govenment’s 2016-2017 Scicen, Resarch and innovation Busget Tables11
主な研究資金配分機関としては医学・歯学を除く科学全般の基礎研究を支援する豪州研究会議(Australian Research Council)および 医科学研究を支援する国立健康医学研究会議(National Health and Medical Research Council)などが挙げられる。研究資金の配分においては、両会議ともに積極的に外国との共同研究を支援している。
2001年に設置された、教育訓練省傘下の独立した機関である。オーストラリアの研究とイノベーションを国際展開し、地域社会に益となる政策やプログラムを実施することを目的としている。政府に対して研究に関する助言を行うほか、科学分野の基礎・応用研究に対する研究資金の分配や、豪州の大学の研究の質を評価するシステム(Excellence in Research for Australia: ERA)の運営を行っている。ERAでは、国際的に有名な専門家の意見やさまざまな指標を取り入れながら国内の大学の研究力を分野ごとに詳細に評価し、その結果を数年おきに公表している。
豪州研究会議は、豪州の研究開発費の中で大きな割合を占める国家競争的資金プログラム(National Competitive Grant Program: NCGP)の実施機関である。年間約8億豪ドルの資金を豪州の画期的な基礎研究と応用研究に配分しており、2014-2015年には、合計6万件におよぶ新規プロジェクトと継続プログラムを助成した。事務局には、プログラムオフィサーと呼ばれる常勤の職員がおり、 研究課題の選定、管理や評価等を担当している。
国際的競争資金プログラムには、大きく分けて2つのプログラムがある。個人やチームの研究を助成する「発見プログラム(Discovery Program)」と大学と企業の橋渡しを助成し研究成果を高めるための「橋渡しプログラム(Linkage Program)」である。一つ目の発見プログラムの中には発見プロジェクトと呼ばれる資金制度があり、ARCはこの制度を通じ年間3~50万豪ドルの研究資金を個人やチームの行う基礎研究に対して最長5年間支給している。また同プログラムの未来フェローシップ制度では、国家の重点研究分野における研究を促進するために、毎年100人までの優秀な中堅研究者対し、年額15~21万豪ドルを4年間にわたり給与として支給している。二つ目の橋渡しプログラムのなかには、橋渡しプロジェクトやセンター・オブ・エクセレンスと呼ばれる資金制度などがある。橋渡しプロジェクトは、国内外の大学や研究機関、企業と連携を支援するための制度である。年間5~30万豪ドルが2~5年間にわたって大学等の研究機関に対して支払われる。また、センター・オブ・エクセレンスは、国家の研究優先分野において、ハイレベルの研究を推進するための拠点形成を支援する制度である。国内外の機関との共同研究を重視しており、各拠点に対し年間100~500万豪ドルが最長7年間支払われる。この制度を通じ2003年のプロジェクト開始以来、12億豪ドルが拠出され61のセンター・オブ・エクセレンス(Centres of Excellence: CoE)が設立されている。
豪州研究会議 ©冨田
1992に設置された、保健省傘下の独立した機関である。医科学研究への助成および健康増進に関する助言を社会、専門家、政府に対して行うことを任務としている。法律に基づきES細胞研究の規制を行う委員会や生命倫理に関する委員会を設置している。
国立健康医学研究会議は、年間約9億豪ドルの助成を行っており、主なグラントには、医科学分野における新知識の創生に貢献する研究を支援するグラント(Grants to Create Knowledge)、トランスレーショナル・リサーチの加速を支援するグラント(Grants to Accelerate Research Transition)、研究インフラの整備を支援するグラント(Grants to Build Australia’s Future Capacity)、研究者と際策立案者の連携を支援するグラント(Work with Partners)などがある。
政府関連の研究機関は、産業イノベーション科学省傘下の豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)、豪州原子力科学技術機構(ANSTO)、豪州地質調査所(GA)、豪州海洋科学研究所(AIMS)、および防衛科学技術機構などの8機関が挙げられる。なかでもCSIROはオーストラリア最大の総合研究機関である。以下に主な研究機関の概要を示す。
1916年に設立された豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO:The Commonwealth Scientific and Industrial Research Organization)はオーストラリア最大の総合研究機関で、産業への応用や公共の利益に繋がる国家的課題の解決に向けた研究・開発を行うことを目的としている。研究分野は、宇宙、動植物、環境、農学、健康、情報通信、鉱物、エネルギーなど多岐にわたり、その研究成果は国内外の産業、社会、環境に大きなインパクトを与えている。
CSIROは14の分野で世界のトップ1%の研究機関に位置付けされており、特に農学、環境・生態学、植物・動物学、地球科学の研究においては、世界のトップ0.1%の研究機関としての非常に高い評価を得ている。また、農業、環境学・生態学、動物・植物学、地球科学、宇宙科学、材料科学の分野においては、国内論文総数の10%以上にあたる論文を発表するなど、国内における研究の発展にも大きく寄与している。
CSIROは2015年にシリコンバレーでの起業経験の豊富なDr. Larry Marshallを経営責任者に迎え、イノベーションの推進に力を入れている。CSIROのスタッフは約5,000人で、うち約2,000人が博士号を有する研究者である。本部はキャンベラにあり、支所は国内、海外(フランス、チリ)をあわせて54カ所に存在する。CSIROは14部門から構成されており、主な研究関連部門は以下のとおりである。
CSIRO ©冨田
1987年に設立された産業イノベーション科学省傘下の核科学研究機関である。核科学技術を企業、人類、環境のために用いることを目的としており、科学技術に関する助言やサービス、製品などを提供している。国内唯一の研究炉(OPAL)を所有する。OPALは、研究をはじめ医療用放射性物質の製造、電子機器に使用されるシリコンの放射線照射にも利用されている。本部はシドニー郊外のルカハイツにある。
2001年にオーストラリア地質調査組織(Australian Geological Survey Organization)とオーストラリア測量・土地情報グループ(Australian Surveying and Land Information Group) が統合され豪州地質調査所となった。産業イノベーション科学省傘下の組織である。地球科学研究および地理空間情報の収集・解析を行っており、その結果は、国内のエネルギー・水資源の最大活用化、環境管理、防災などに活かされている。政府に対し地球科学に関する助言を行うと共に、地学的基礎的情報を広く一般にも提供している。これらの情報の一部は大学等において研究のために利用されている。本部をキャンベラに置く。
豪州地質調査所 ©冨田
2015年度のオーストラリア政府研究機関の研究開発費予算総額は、18億豪ドルである。研究機関別の内訳は、豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)7.5億豪ドル、防衛科学技術(DST)グループ4.6億豪ドル、豪州原子力科学技術機構(ANSTO)1.9億豪ドル、豪州地質調査所(GA)1.2億豪ドルである。豪州連邦科学産業研究機構の予算の全体に占める割合は41%、防衛科学技術グループは25%で、この2つの機関のみで全体の66%に達する。豪州原子力科学技術機構の予算の全体占める割合は全体の11%、豪州地質調査所は7%である。
図表2-3 2015年度 政府研究開発予算(研究機関)実績内訳(単位:100万豪ドル)
出典:The Australian Govenment’s 2016-2017 Scicen, Resarch and innovation Busget Tables
科学技術関連のアカデミーには、豪州科学アカデミー(AAS)、豪州技術工学アカデミー(ATSE)をはじめとする4つのアカデミーが存在する。以下に主要アカデミーの概要を示す。
1954年に英国王立協会所属のオーストラリア人会員(フェロー)で物理学者の Sir Mark Oliphant が、英国の王立協会をモデルとして設置した。科学・研究において優れた功績をあげた研究者によって構成される非営利団体である。本部をキャンベラに置く。
非政府機関ではあるが、政府の承認を得る形式をとっており、科学の振興を目的として幅広い活動を行っている。主な業務は、オーストラリアの優れた科学に対する表彰と支援、科学における国際連携の推進、一般国民の科学に対する理解の増進、科学に対する権威と影響力のある助言などである。現在の会長は、メルボルン大学の著名な化学者であるProfessor Andrew Holmesである。
豪州科学アカデミー ©冨田
1960年代設立された産業界の研究者及び技術者からなる非公式組織を母体とする非政府組織である。1976年に設立された。科学者、技術者の会員約800人によって構成され、本部をメルボルンに置く。科学技術の革新を通じオーストラリアに一層の繁栄をもたらすことを目的に、政府への提言やシンポジウムの開催などを実施している。
オーストラリア国内には合計43の大学が存在する。公立大学40校、インターナショナル大学2校、私立大学1校である。そのうち、研究実績などで有力な8大学(オーストラリア国立大学、メルボルン大学、シドニー大学、ニューサウスウェールズ大学、クイーンズランド大学、モナシュ大学、ウェスタンオーストラリア大学、アデレート大学)の学長(Vice Chancellor)19 が1994年にG8(Group of Eight)を結成し、政府に対して教育・研究問題に関する高い発言力を維持している。これら8大学は国内のトップ8大学であり、世界大学ランキングでも125位以内に位置する。 これらの大学は国際的な研究プロジェクトや政府イニシアティブにも積極的に参加しており、世界9カ国の研究重視型大学11校で構成される国際研究型大学連合(IARU: International Alliance of Research Universities)20 には、オーストラリア国立大学が加盟している。国際的な研究重視大学のネットワークであるUniversitas2121 には、メルボルン大学、ニューサウスウェールズ大学、クイーンズランド大学の3校が加盟している。日本から国際研究型大学連合やUniversitas21に参加している大学はない。また、環太平洋地域の研究型大学で構成される環太平洋大学協会(APRU: Association of Pacific Rim Universities)22 には、オーストラリア国立大学、メルボルン大学、シドニー大学、ニューサウスウェールズの4校が加盟している。日本のAPRU加盟校は、東京大学、京都大学、大阪大学、東北大学、慶応義塾大学、早稲田大学の6校である。
G8構成大学の概要は以下のとおりである23 。
QS世界大学ランキング22位(2016/2017年、以下同)24
学生数は1万4,000人、そのうち留学生は、4,600人(33%)
国際研究型大学連合および環太平洋大学協会に加盟
1946年に連邦政府により創立された国内唯一の国立大学である。当初は大学院大学として設立されたため、他の大学と比べて研究が盛んである。1960年にCanberra University Collegeとの合併により、学部が加設された。現在は、工学・情報学、医学、生物学・環境学、物理・数学をはじめとする7つの学部を有する総合大学である。2011年にノーベル物理学賞を受賞したBrian Schmidt(ブライアン・シュミッド)博士が学長(Vice Chancellor)を勤める。教授陣、卒業生には6人のノーベル賞受賞がいる。
QS世界大学ランキング2016/2017では、全体で22位、分野別では、社会科学18位、自然科学20位、工学技術41位、生命科学・医学81位である。
オーストラリア国立大学 Research School of Chemistry ©冨田
オーストラリア国立大学 The John Curtin School of Medical Research ©冨田
QS世界大学ランキング42位
学生数約4万3,000人、そのうち留学生は約1万7,000人(40%)
環太平洋大学協会およびUniversity 21研究機構に加盟
1853年に設立された豪州で2番目に古い大学である。ノーベル生理学・医学賞受賞者Peter Doherty(ピーター・ドハーティ)やElizabeth Blackburn(エリザベス・ブラックバーン)を含む高名な教授陣を有する。特に、人権、テレコミュニケーション、気候変動、医科学に関する研究で高い評価を得ている。世界的にも有名となった人工内耳は、メルボルン大学で開発された。 QS世界大学ランキング2016/2017では、全体で42位、分野別では、社会科学13位、生命科学・医学16位、工学・技術18位、自然科学・医学26位である。
QS世界大学ランキング46位
学生数は約4万4,000人、そのうち留学生は約1万4,000人(32%)
環太平洋大学協会に加盟。
1850年創立に設立された、国内最古の大学である。初代首相のEdmund Barton(エドモン ド・バートン)、25 代目首相のJohn Howard(ジョン・ハワード)をはじめ多くの政治家や著名文化人を輩出している名門大学である。シドニー圏内に8つのキャンパスを持つ。
QS世界大学ランキング2016/2017では、全体で46位、分野別では、社会科学20位、生命科学・医学20位、工学・技術30位、自然科学41位である。
QS世界大学ランキング49位
学生数は約3万9,000人、そのうち留学生は1万2,000人(32%)
環太平洋大学協会およびUniversity 21研究機構に加盟
1949年にサウスウェールズ工科大学として創立される。その後、学部が増設され、1958年より総合大学となる。University 21にも加盟しており、世界の大学との共同研究や人材交流を活発に行っている。豪州研究会議の研究評価システム「オーストラリアの卓越した研究ERA(Excellence in Research for Australia)」によると、化学、医学・健康科学、心理学・認知科学、法学、歴史・考古学などの研究で世界標準以上の高い質の研究を行っている。特に、太陽光エネルギーに関する技術の開発、HIVなどの感染症拡大防止に関する研究、抗うつ薬・抗不安薬の開発、量子コンピューターの研究でリードしている。
QS世界大学ランキング2016/2017では、全体で49位、分野別では、社会科学21位、工学・技術21位、生命科学・医学43位、自然科学61位である。
QS世界大学ランキング51位。
学生数は約3万8,000人、そのうち留学生は1万人(26%)
University 21研究機構に加盟
1909年創立。クイーンズランド大学は教育の卓越性に関して、オーストラリア国内の他のどの大学よりも多くの賞を受賞している。卒業生には、ノーベル賞、アカデミー賞受賞者のほかビジネス、科学、法学、人文学などの代表者が多い。 同大学は研究重点を置く大学のひとつで、世界初の子宮頸癌ワクチンの開発につながる研究が始まったことで有名である。9つの研究所(生物工学・ナノテクノロジー研究所、地球変化研究所、分子生命科学研究所、社会科学研究所、医科学研究所、農学・食糧イノベーション研究所、脳科学研究所、持続可能な鉱物資源研究所、認知症研究所)を併設している。
QS世界大学ランキング2016/2017では、全体で51位、分野別では、社会科学30位、生命科学・医学30位、工学・技術40位、自然科学43位である。
QS世界大学ランキング65位
学生数は5万4,000人、そのうち留学生は1万8,000人(33%)
1958年創立。オーストラリアの軍人で技術者であったJohn Monash(ジョン・モナシュ)の名前をもとに、モナシュ大学と命名される。地名ではなく人名をもとに命名された初の大学である。海外(中国・インド・イタリア・マレーシア)も含め全9キャンパスを有するマンモス大学で、コース数もオーストラリア最大規模である。学生数は5万4,000人で、そのうち留学生が1万8,000人と33%を占める。体外受精や人口眼に関する技術はモナシュ大学の研究室から生まれており、同大学は、健康科学、持続可能性、化学をはじめとする分野で、最先端の研究を行っている。QS世界大学ランキング2016/2017では、全体で65位、分野別では、社会科学30位、生命科学・医学33位、工学・技術39位、自然科学・医学54位である。
QS世界大学ランキング102位。
学生数は約1万8,000人、そのうち留学生は約3,000人(17%)
留学生の割合は他大学に比べ低い。
1911年創立。リサーチ機関として定評があり、国内の大学のなかでも、メルボルン大学、モナシュ大学、クイーンズランド大学についで、高被引用研究者数の多い大学である。胃潰瘍の原因がヘリコバクター・ピロリ菌であることを発見し、2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞したBarry Marshall(バリー・マーシャル)博士は同大学の教授であり、Robbin Warren(ロビン・ウォレン)博士は名誉教授である。企業中心型の4つの研究所(エネルギー鉱物研究所、農業研究所、海洋研究所)が存在する。
QS世界大学ランキング2016/2017では、全体で102位、分野別では、社会科学74位、生命科学・医学76位、自然科学112位、工学・技術122位である。
QS世界大学ランキング125位
学生数は約2万1,000人、そのうち留学生は8,000人(全体の39%)
1874年に創立されたオーストラリアでは3番目に歴史が古い大学である。革新的な教育研究を実施し、産業界ともつながりが深いため、研究成果がいち早く社会に貢献されるみになっている。卒業生には5人のノーベル賞受賞者がいる。農学、環境科学、健康科学、鉱物・エネルギー、光工学・先端計測の研究で強みを有する。
QS世界大学ランキング2016/2017では、全体で125位、分野別では、社会科学70位、生命科学・医学73位、工学技術116位、自然科学146位、である。
豪州研究会議は国内の大学の研究力の評価を、ERA(Excellence in Research for Australia, オーストラリアの卓越した研究)とよばれるシステムを用いて行っている。このシステムでは、様々な指標と国内外の著名な研究者の意見を取り入れながら、各大学の研究レベルを分野ごとに、「世界標準レベル」、「世界標準以上のレベル」、「世界標準をはるかに上回るレベル」などの5段階で評価している。
2015年度のERAの報告書によると、オーストラリアの大学の研究が世界的にも優れている分野は、地学、環境科学・環境管理、看護学、医科学、材料工学、心理学、法学、歴史学を中心とする以下の43分野である。これらは、いずれも10以上の大学が「世界標準レベル以上」の評価を受けており、さらにそのうちの4大学以上が「国際基準をはるかに上回るレベル」との評価を受けている分野である。医科学においては、公衆衛生学や栄養学を含む幅広い分野で質の高い研究が行われていることがわかる。
図表2-4 オーストラリアの大学の研究の優れている分野
出典:World-leading research in Australia’s universities25
オーストラリア政府は、古くから大学における研究支援や政府研究機関の設置、その後の研究支援を積極的に行ってきた。1916年には、基礎から開発までの幅広い研究を行うことを目的に豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)が政府によって設置された。当時のCSIROは農業研究を中心とする小さな研究所であったが、今では農業を始め、健康、環境、天然資源など多岐にわたる分野の研究を行う国内最大規模の総合研究所へと発展している。
1966年に科学教育省が設立され、高等教育と研究にかかわる施策が開始された。1979年には、豪州科学技術工学会議(Australian Science, Technology and Engineering Council: ASTEC)が設立され、政府に対して科学技術政策やプログラムに関する独立した助言を行うようになった。1989年には科学技術に関する発表(Science and Technology Statement)がなされ、豪州科学技術工学会議(ASTEC)に加えあらたに首相科学工業会議(Prime Minister’s Science and Engineering Council: PMSEC)、科学技術調整委員会(Coordination Committee on Science and Technology: CCST)、 首相科学顧問(Chief Scientist)が設置された。1997年に首相科学工学会議(PMSEC)は首相科学工業イノベーション会議(Prime Minister’s Science and Engineering Innovation Council: PMSEIC)へと名称を改め、翌年豪州科学技工学会議(ASTEC)は解散された。その後、首相科学工学イノベーション会議(PMSEC)は、近年に至るまで、科学技術・イノベーションに関するハイレベルな助言を政府に対して行っている。
2000年に初のオーストラリア・イノベーションサミット(National Innovation Summit)が開催された。ビジネス、研究者、教育者、政府関係者の代表500人が集まり、インベーション・システムの向上に関する活発なディスカッションが行われた。サミットでは政府に対するに具体的な提言がなされ、これを受けるかたちでハワード首相は2001年に国家イノベーション計画「オーストラリアの能力向上(Backing up Australian’s Innovation)」を発表した。この計画は、商業化(Commercialization)、研究開発(Research and Development)、 技能開発(Skills Development)の3つのテーマと40のプログラムからなる科学・技術イノベーションの包括的な振興政策であった。当初は5カ年計画として発表されたが、2004年にレビューが行われ、2011年までの延長が決定され実施された。
現在のイノベーション政策の大きな枠組をなす政策は、ターンブル新政権発足直後の2015年12月に発表された「国家イノベーション・科学アジェンダ (National Innovation Science Agenda)」である。その他の主な政策としては、「国家科学研究優先分野(National Science Research Priorities: NSRP)」および「産業成長センター・イニシアティブ(Industry Growth Centres Initiative)」がある。
「国家科学研究優先分野」は、前政権下で発表された「産業イノベーション・競争力アジェンダ」にもとづき前首相科学顧問が提言し2015年5月に発表されたものである。「国家科学研究優先分野」は2年ごとにレビューされる予定である。また、「産業成長センター・イニシアティブ」は、前政権の「産業競争力イニシアティブ」を発展させた内容で、新政権のもと産業イノベーション科学省が発表したものである。以下、それぞれの政策内容について説明する。
図表4-1 オーストラリアのSTI戦略とイニシアティブ
出典:各種資料を元にCRDSで作成
オーストラリア経済は25年間順調に成長し続けているものの、近年は鉱物資源の需要、価格ともに下落傾向にあり、鉱物資源に依存するだけの経済では今度の先行きは不透明である。2015年12月、マルコム・ターンブル首相は経済の主軸を鉱産物資源からイノベーションに移すべく、「国家イノベーション・科学アジェンダ(National Innovation and Science Agenda)」を発表した。このアジェンダは、4つの柱(①文化と資本、②協力と共同、③才能と技能、④政府による模範)と24の施策からなり、起業の促進や産官学連携の強化を通じて研究成果の商業化と生産性の向上を図り、経済を活性化させるのがねらいである。今後4年間で11億豪ドルが拠出される。
国家イノベーション・科学アジェンダの4つの柱とそれにかかる施策の概要は以下のとおりである。
失敗やリスクを恐れないような文化を創出するための施策
大学と企業の連携を強化し経済を活性化させるための施策
デジタル時代におけるSTEM教育の促進と外国人研究者受け入れのための施策
政府内のイノベーション促進および中小企業が政府に技術・サービスを提供しやすい環境整備のための施策
科学技術の研究は、オーストラリアの生産性の向上、持続可能な経済成長、雇用の創出、福祉の向上のために不可欠である。2015年5月、当時の首相科学顧問Ian Chubb教授は、限られた研究資金を、オーストラリアの直面する最重要研究課題に集中的に投資するために、以下の9つの分野の研究を優先するように政府に対して提言した。本提言は、首相科学顧問が中心となり研究界・企業界のリーダーや、政府の代表者の助言をもとにまとめられたものであり、豪州連邦科学会議は2015年4月、政府に対し本優先分野を速やかに採択するように議会に提案し、翌月に承認された。研究優先分野は2年ごとに見直される予定である。以下に9つの研究優先分野と具体的な取り組みの内容を示す。
本イニシアティブは、オーストラリアの競争力を有する6つの分野(①高度生産システム、②サイバーセキュリティー、③食・農業ビジネス、④医療技術・医薬品、⑤採鉱施設・技術サービス⑥石油・ガス・エネルギー資源)に焦点をあてた産業成長戦略である。これら6つの優先分野において、国内の中小企業が大学や政府研究機関と連携しながら研究成果を商品化し、生産性と競争力を高めていくことを目的としている。
このイニシアティブをうけて、企業のネットワーク形成や成長を支援するための産業成長センターが6つの優先分野でそれぞれ設立された。産業成長センターは戦略的シンクタンクであり、所内での研究は行っていない。非営利組織であり、各産業界の専門家からなる戦略委員会(アドバイザリー委員会)により個別に管理・運営される。
産業成長センターの構成は以下の図に示すとおりである。センターは、企業を中心としたコンソーシアムの形成を支援し主要研究機関および既存プログラムをつなぐことで、イノベーション創出の加速化をはかるとしている。このコンソーシアムには、どの企業も無料で参加することができる。2016年から2020年の4年間に政府から2.5億豪ドルの拠出が見込まれており、企業側からの資金とあわせて拠点運営や研究開発のための助成金に充ててられる予定である。
企業成長戦略優先分野
図表4-2 産業成長センターの組織構成図
出典:Industry Growth Centres Initiativeの資料をもとにCRDSで作成
医療技術・医薬品産業成長センター(モナシュ大学構内) ©冨田
オーストラリアは、OECDの中で最も産学連携の遅れている国である。2013年のOECDの統計によると、オーストラリアの大学と共同研究をしている大企業の割合は全体の3%で、これはOECD平均の37%を大きく下回わる。また、中小企業に関しては2%で、OECD平均の14%を下回る。
政府はこれらの連携不足がイノベーション創出の遅れを招いているとの認識から、研究拠点の形成や大型研究施設の整備を通じ産学共同研究や国際共同研究の推進しようとしている。主要な拠点形成プログラムや研究インフラ構築プログラムの概要は以下のとおりである。
共同研究センター(CRC)は、1991年に導入された中小企業中心とした産学共同研究拠点の設立と運営を支援するプログラムである。オーストラリアの研究優先分野(鉱業とインフラ整備、農業、環境サービス、医療機器、社会・経済発展)において企業の競争力、持続可性、生産性を高めることを目的としている。CRCに対する助成は、産業イノベーション科学省が行っており、2016年度は総額3.13億豪ドルが充てられた。助成金は、最長10年まで支給される。
1991年のプログラム開始以来、政府から総額40億豪ドル、CRC参加企業からは、総額123億豪ドル相当の資金と現物が支出され、209のセンターが設立された。現在、運営されている共同研究センターは4分野で33センターにのぼり、農業・林業・漁業で6センター、鉱業で2センター、製造分野で5センター、サービス業で20センターとなっている。これらのCRCでは、顧客のニーズを意識した出口志向の研究開発が積極的に行われている。以下に現在運営されているセンターの名称、分野、設立年を示す。
図表5-1 CRC共同研究センター一覧
出典:各種資料を元にCRDSで作成
豪州研究会議 センター・オブ・エクセレンス(ARC CoE)は、豪州研究会議が実施する国家競争的資金プログラム(NCGP)のひとつである。国家研究優先分野において、優秀な研究者が連携しながら国際的にレベル高い研究を維持し発展させていくためのセンターを支援する制度である。ARC CoEの共同研究機関の対象には、大学、公的資金を受給している研究所や研究組織のほか政府や企業も含まれており、1拠点ににつき年間100~500万豪ドルの助成金を最長7年まで受給することができる。国内のみならず海外の研究機関や研究拠点との連携が推奨されている。
2003年にプログラムが開始されて以来、ARCから総額12億豪ドルの助成金が支給され、61のCoEが設立された。現在運営されているCoEは2011年と2014年に設立されたもので合計で25センターある。2017年度には、あらたに9つのCoEが採択された。以下に、CoEの名称と採択年度を示す。
図表5-2 ARCセンター・オブ・エクセレンス一覧
出典:各種資料を元にCRDSで作成
センター・オブ・エクセレンス(統合的脳機能解明センター) ©冨田
国家共同インフラ戦略は、世界レベルの研究に必要な大型研究施設の整備に投資し、産官学の研究者が共同利用することで優れた研究成果を生み出すことを目的に策定された。2004年以来、連邦政府は研究インフラの整備に28億豪ドルを拠出しており、さらに10億豪ドルの資金が、州政府、大学、研究機関、企業から拠出されている。
現在、国家共同研究インフラ戦略により、ナノ加工、食糧生産、健康、環境分野27のプロジェクトが支援されている。これらのプロジェクトに属する大型研究施設は、222の研究機関において、1,700人の技術者、研究者、施設管理者によって運営されており、国内外の研究者3万5,000人が利用している。
主要国の研究開発費の総額(購買力平価)について、2013年のUNESCO統計で見てみると、オーストラリアの研究開発費総額は220億米ドルで、日本の1,602億米ドルの約7分の1と小額である。主要国の中では、カナダの255億米ドル、オランダの154億米ドルの間くらいの値である。
図表6-1 主要国の研究開発費の総額(2013年)
出典:UNESCO33のデータを元にCRDSで作成
オーストラリアの研究開発費の総額について、2004年から2013年までの10年間の経年変化を見てみると、2004年には117億米ドルであったが、2006年には155億米ドルとなり、2008年には191億米ドルに達した。2010年以降は、2010年205億米ドル、2011年210億米ドル、2013年220億米ドルと緩やかに増加している。
2013年のUNESCO統計によると、オーストラリアの研究開発費の対GDP比は2.2%である。日本は3.5%であり、日本と比べるとGDP比(%)は低いものの、主要国のなかではフランス(2.2%)、中国(2.0%)、オランダ(2.0%)と近い比率となっている。
図表6-2 主要国の研究開発費の対GDP比(%)(2013年)
出典:UNESCO34のデータを元にCRDSで作成
OECDの統計から2008年オーストラリアの総研究開発費(購買力平価)のセクター別による負担割合と使用割合、およびそのフローを示したのが次の図である。本データは2008年と古いものの、OECDからは更新版のデータが公表されていない。
研究開発費(負担)については、企業が118億米ドル(62%)、政府が66億米ドル(35%)、高等教育機関が0.2億米ドル(0.1%)、民間非営利が3億米ドル(2%)、海外が3億米ドル(2%)であった。
研究開発費(使用)については、企業が117億米ドル(61%)、政府が23億米ドル(12%)、高等教育機関が46億米ドル(24%)、民間非営利が5億米ドル(3%)であった。
図表6-3 オーストラリア総研究開発費のセクター別負担・使用割合
出典:OECDデータをもとにCRDSで作成
研究者総数について、2012年のUNESCO統計で見てみると、オーストラリアは10.0万人で、日本の64.6万人の約6分の1の人数である。主要国のなかでは、イタリアの11.1万人に近い値である。
図表6-4 主要国の研究者総数(FTE)
出典:UNESCO35のデータを元にCRDSで作成
人口100万人あたりの研究者数について、2012年のUNESCO統計で見てみると、オーストラリアは4,531人36と日本の5,084人に比較的近い値である。これは、オーストラリアの人口が日本に比べて約5分の1と少ないためである。国全体での研究者は少ないものの、100万人あたりの研究者数は国際的にみて比較的上位に位置する。韓国は6,362人、カナダは4,634人、スイスは4,481人、ドイツは4,379人、オランダは4,372人であり、オーストラリアはカナダとスイスの間に位置する。
主要国の研究者の組織別割合について、2012年のUNESCO統計で見てみると、オーストラリアは高等教育に所属する研究者の割合が60.6%と、日本の19.5%に比べきわめて高いことがわかる。オーストラリアは、英国(60.0%)と同様に高等教育に属する研究者が多い。一方、企業に所属する研究者の割合は27.9%と、韓国の78.3%、日本の74.5%、米国の68.7%に比べて低く、オーストラリアでは企業に属する研究者が少ないことがわかる。これは、オーストラリアには大手企業が少なく、研究開発の中心は大学や政府研究機関が担っているためではないかと考えられる。
図表6-5 研究者の組織別割合(%)(2012年)
出典:UNESCO37のデータを元にCRDSで作成
文部科学省科学技術・学術政策研究所がトムソンロイター社(現、Clarivate Analytics社)のデータを元に分析した「科学研究のベンチマーキング2015」によれば、2011年から2013年に発表された全分野における科学論文数のシェアはオーストラリアが3.4%で、世界12位である。日本のシェアは6.2%で、世界5位であり、日本に比べ論文数のシェアはやや劣る。
図表6-6 国地域別論文発表数(2011年~2013年)
出典:文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2015」38
これを、10年ごとの経年変化で見ると、オーストラリアの論文数のシェアと順位は、1991~93年2.2%(10位)、2001~03年2.7%(11位)、2011~13年3.4%(12位)である。
世界順位は10位代前半でそれほど大きな変化はないが、シェアは1991年から2013年にかけて緩やかに増加している。
上記の「科学研究のベンチマーキング2015」で、論文の質に関係するとされる引用度を考慮した順位を見たい。
文部科学省科学技術・学術政策研究所がトムソンロイター社(現、Clarivate Analytics社)のデータを元に分析した「科学研究のベンチマーキング2015」によれば、2011年から2013年に発表された国地域別Top1%論文数で、オーストラリアのシェアは6.7%で世界8位である。これは、日本の5.5%、世界12位を上回る。
図表6-7 国地域別Top1%論文数(2011年~2013年)
出典:文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2015」39
これを、10年ごとの経年変化で見ると、オーストラリアのトップ1%論文数のシェアと順位は、1991~93年2.3%(10位)、2001~03年3.3%(11位)、2011~13年6.7%(8位)である。2000年代から2010年代にかけて、シェアを大きく拡大させてきているのがわかる。
さらに2011-2013年に発表されたオーストラリアのトップ1%論文の分野別シェアを見てみると、化学2.6%(12位)、材料科学4.2%(8位)、物理学5.3%(14位)、計算機科学・数学4.2%(12位)、工学5.6%(5位)、環境・地球科学12.4%(6位)、臨床医学8.7%(8位)、基礎生命科学が7.2%(7位)である。特に環境・地球科学、臨床医学、基礎生命科学の分野で質の高い論文を多く発表していることがわかる。
図表6-8 オーストラリアの分野別Top1%論文数シェア(2011~2013年)
出典:文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2015」
オーストラリアの主要共著相手国は、全分野では、1位米国(31.0%)、2位英国(21.2%)、3位中国(17.1%)の順となっており、日本は10位(5.3%)である。分野別に見ても、オーストラリアの共著相手国は、1位から3位までを米国、中国、英国が占める。米国、中国、英国は、これらの分野のトップランナーであり、オーストラリアは強豪米国、中国、英国と積極的に共同研究をすることにより相乗効果を生み出し、数多くの質の高い研究成果を発表しているのではないかと考えられる。
図表6-9 オーストラリアの主要国際共著相手国(2011~2013年)
出典:文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2015」
QS World University Ranking 2016/1740によると、6大学が世界ランキング100位以内に入っている。オーストラリア国立大学(ANU)22位、メルボルン大学が42位、シドニー大学が46位、ニューサウスウェールズ大学(UNSW)49位、クイーンズランド大学51位、モナシュ大学65位、西オーストラリア大学98位である。日本は、5大学が100位以内に入っており、東京大学34位、京都大学37位、東京工業大学56位、大阪大学63位、東北大学75位である。QS社は、イギリスの調査会社であり英語圏の大学が重視される傾向にあるものの、オーストラリアに存在する43の大学のうち6大学が常に100位内に入るオーストラリアの大学のレベルは非常に高いと言える。以下に世界ランキング100位以内に入った大学の名前と順位、およびこれらの大学の分野別世界ランキングを示す。
図表6-10 QS世界ランキング100位以内のオーストラリアの大学(2016/17)
出典:各種資料を元にCRDSで作成
1915年以降、12人のオーストラリア人がノーベル賞を受賞している。そのうち生理学・医学賞受賞者は7人、物理学賞は3人、化学賞は1人、文学賞は1人である。なかでも生理・医学賞の受賞数が際立って多い。近年では、1996年に、ピーター・ドハーディーが免疫の研究で生理・医学賞を受賞したほか、2005年にはバリー・マーシャルとロビー・ウォレンが胃潰瘍の原因となるピロリ菌の発見で生理・医学賞を共同受賞。さらに2009年には、エリザべス・ブラックバーンが寿命の鍵を握るテロメアとテロメアーゼ酵素の発見で生理・医学賞をしている。また2011年には、ブライアン・シュミットが宇宙の加速膨張に関する研究で物理学賞を受賞している。
図表6-11 オーストラリア人のノーベル賞受賞者
出典:各種資料を元にCRDSで作成
世界知的所有権機関(WIPO)統計に基づき、2000年~2014年における主要国の特許出願件数の推移を示す。主要国それぞれについて、自国及び他国に出願した件数を合計したものが次のグラフである。全体として近年、中国の出願件数が急激に増加していることが特徴的であり、米国・日本の後に、韓国・ドイツが続いている。
WIPO統計による2014年のオーストラリアの特許出願数は、11,743件と日本の465,987件を大きく下回る。オーストラリアの研究者人口は日本の6分の1と少ないものの、それを加味しても特許出願数は低い。過去15年間横ばい傾向が続いている。
図表6-12 主要国の特許出願件数の推移(2000年~2014年)
出典:WIPO41
2016年のWIPOグローバル・イノベーション・インデックス42によると、オーストラリアのイノベーション力は、日本の16位についで19位であり、他の主要国と比べそれほど高いとはいえない。イノベーションインデックスの1位はスイス、2位はスウェーデン、3位英国、4位米国、5位フィンランドである。
オーストラリアと日本は、1980年に、科学技術研究開発協力協定を締結し、その後相互に日豪科学技術合同委員会を開催している。第15回日豪科学技術合同委員会43は、2015年8月にシドニーで開催され、桂誠科学技術協力担当大使とJane Urquhart(ジェーン・ウルクハート)豪州連邦産業科学省科学・通商政策局長が共同議長を務めるなか、両国の政府機関、主要研究機関、学術界の代表者らが出席して行われた。本合同委員会では、オープンサイエンスにおける両国の取り組みの紹介のほか、2国間の共同研究や研究者交流に関する意見交換、南極、宇宙、海洋、医療研究分野における活動や協力に関する報告などが行われた。
日豪の科学技術協力の具体例としては、オーストラリアにおける準天頂衛星システムの精密農業への利用の検討が上げられる。準天頂衛星は、特定の地域の上空に長時間とどまる軌道をとる人工衛星であり、この衛星から配信される信号は高精度の測位(位置の把握)に利用されている。日本は2010年に準天頂衛星「みちびき」を打ち上げており、この衛星から配信される信号を用いて、オースストラリアの農場にあるトラクターを自動制御し農作業を行わせる実験オーストラリアと共同で行っている。今後この技術はドローンや自動車の自動運転などにも応用される予定である。このプロジェクトはオーストラリアの共同研究センター空間情報(CRC for Spatial Information)が中心となって実施しており、日本側からは、内務省、総務省、宇宙開発研究機構(JAXA)、北海道大学、日系企業が、オーストラリア側からはロイヤル・メルボルン工科大学、ニューサウスウェールズ大学、ニューイングランド大学などの大学と豪州企業が参加している。このプロジェクトに関する注目度は高く、2015年末に行われた日豪首脳会議でも協力の継続について言及されている。
オーストラリアと日本の共著論文の数は、2000年には552件であったものが、2009年には1,007件と、この10年間で倍増している44。特に臨床医学、物理科学、生命科学における共著論文が多く、全体の約60%を占める。内訳は、臨床医学26%、物理学21%、生物科学16%である。これらの共同研究は、オーストラリアのG8と呼ばれる主要研究大学と、日本の主要国立大学が中心となって行われている。2000-2009年において、日本との共著論文数の多いオーストラリアの大学は、シドニー大学、メルボルン大学、オーストラリア国立大学、クイーンズランド大学、モナシュ大学であり、オーストラリアとの共著論文数の多い日本の大学は、東京大学、東北大学、名古屋大学、大阪大学、京都大学であった。
しかし、日本は、オーストラリアの国際共著相手国として2011年から2013年にかけて全分野で、10位であり、オーストラリアの国際共著論文数の中に占める日豪の共著論文数の割合は5.3%とそれほど高くない(「6.2.6.主要な国際共著論文相手国」参照)。また、分野別に見ても、日本はオーストラリアの共著相手国として、臨床医学、工学、計算機科学・数学では10位以下、基礎生命学で9位(シェア4.9%)、物理学・宇宙学で9位(13.0%)、化学では5位(6.2%)、材料科学で5位(6.7%)に位置するなど、米国、英国、中国と比べ、日豪間の共同研究はそれほど盛んでないと考えられる。
一方、近年では、オーストラリアの研究拠点における日本の企業の研究参加が見られるようになっている。現在、オーストラリア政府が支援している企業主導型の共同研究センター(CRC)は、合計33箇所あるが、そのうち日本がパートナーとして参加しているセンターは10箇所ある。前述の空間情報共同研究センター(CRC for Spatial Information)では、宇宙開発研究機構、北海道同大学と共に日立造船、日立製鉄、ヤンマーが共同研究・開発に参加している。また、オーストラリアの自動車2020 共同研究センター(Automotive Australia 2020 CRC)では、トヨタや日本発条株式会社が参加し、オーストラリア国内外の大学や企業と協力しながら日本の技術の強みを活かした共同研究・開発を行っている。オーストラリアの研究拠点は、海外の大学や企業との国際連携を積極的に推進しており、今後は、研究拠点を中心に、国際的な産学連携型共同研究が進められていくものと考えられる。
オーストラリアと日本の人材交流は、1997年より日本学術振興会を中心に行われている。2009年以降は、日本学術振興会、日本工学アカデミー、および豪州技術工学アカデミーの3機関が協力して、日豪若手研究者交流促進事業(ERLEP)45を実施している。この事業は、2008年の日豪政府の合意に基づき、次世代研究リーダー育成を目的に行うものであり、応用研究分野における日豪の若手・中堅研究者が2週間ほど相互の研究機関を訪れる機会を提供するものである。日豪若手研究者交流促進事業は、これまでに5回実施され、各回8名の日本若手研究者の派遣と8名の豪州若手研究者の受け入れを行っている。
中国はオーストラリアにとって最も重要な相手国の一つである。貿易の相手国としては、輸出、輸入ともに一位である。オーストラリア統計局のデータによると2015年のオーストラリア輸出総額の29%、輸入総額の18%をそれぞれ中国が占めている。また、留学サービスはオーストラリアにとって重要な産業であるが、オーストラリアの大学で学ぶ学生の約3割は海外からの留学生であり、そのうちの3割強が中国出身の学生である。これら留学生は、在学中に国内の研究者とのネットワークを築き、帰国後も、オーストラリアとの共同研究を進めていくと期待されている。
中国は、オーストラリアの国際共著論文相手国としても、上位に位置する(「5.4.6.主要な国際共著論文相手国」参照)。全分野では、オーストラリアとの共著論文シェア数が1位の米国、2位の英国に次いで、3位である。また、分野別では、化学、材料科学、計算機科学・数学、工学いずれにおいても、中国はオーストラリアとの共著論文シェア数が1位であり、2位の米国、3位の英国を大きく引き離している。これらの共同研究は、主にオーストラリアの6大学・CSIROと中国科学技術院・中国の10大学の間で行われている。
以上から、オーストラリアと中国は、貿易、人材交流、および科学協力において良好な関係にあるといえる。
インドネシアはオーストラリアに近接する国であり、インドネシアの経済規模は2050年までに世界4位になると予測されている。オーストラリアとインドネネシアは両国が直面する健康、海洋科学、農業における重要課題に共に立ち向かい、解決策を見出すために協力していくことを目指しており、2016年11月28日には、初のオーストラリア・インドネシア・オープン・インターナショナル・サイエンス・シンポジウム46が開催された。両国のサイエンス・アカデミーが主催したシンポジウムでは、両国の大臣が出席のもと、重要課題の解決における科学とイノベーションの活用についての検討がなされた。
メルボルンは、世界的な医学・生命科学研究の中心地であり、大学、病院を始め多くの公的研究機関や企業が集中している。メルボルン大学は、医科学・生命科学で世界トップクラスの大学であり、2002年に1.4億豪ドルをかけてオーストラリア最大のバイオテクノロジー研究所BIO21(Bio21 Molecular Science and Biotechnology Institute)47を設立した。メルボルン大学に隣接する敷地には、オーストラリアで最も古いワルター・エラザ・ホール医科学研究所(Walter and Eliza Hall Institute of Medical Research)48があり、がん、糖尿病、自己免疫疾患に関する研究が行われているほか、国内最大の癌研究組織、ピーター・マッカラム・癌センター(Peter MacCallum Cancer Centre)が存在する。2008年には、モナシュ大学とイギリスの製薬会社GSKグラクソー・スミスクラインの協力によりモナシュ大学薬学研究所(Monash University’s Institute of Pharmaceutical Sciences)が設立され、大学の知見と企業のノウハウを活かしながら、癌や感染症に対する薬の開発が行われている。
また、ロイヤル・メルボルン病院(The Royal Melbourne Hospital)、ロイヤル・ウーメンズ病院(The Royal Women’s Hospital)、ロイヤル子供病院,(The Royal Children’s Hospital)などの専門病院もメルボルン大学を囲うように建ち並び、大学、研究所、病院が協力しながら基礎研究から臨床研究を行う体制が整っている。
ピーター・マッカラム・癌センター ©冨田
オーストラリアの発明品には、航空機のフライトレコーダー、人工内耳、高速WiFi、子宮がんワクチン、インフルエンザ治療薬など世界中に大きなインパクトを与えたものが数々ある。ただ、これらの製品の多くは、海外の企業により開発されたものである。オーストラリアの優れた基礎研究の成果は、国内のベンチャー企業などに技術移転され、最終的には大手多国籍企業によって開発される場合が多い。その良い例が、子宮頸がんワクチン(商品名ガーダシル)やインフルエンザ治療薬(商品名リレンザ)の開発である。
子宮頸がんワクチンの開発の元となった研究49は、スコットランド出身のDr. Ian Frazer(イアン・フレイザー)博士によって、クイーンズランド大学で行われた。イアン・フレイザー博士は、英国エジンバラ大学を卒業後、1980年にメルボルンのウォルター&エリザ・ホール研究所に移り、子宮頸がんの原因となるヒト・パピロマ・ウイルスの研究を開始した。1985年に、クイーンズランド大学に講師として移り、引き続きヒト・パピロマ・ウイルスの研究に取り組んでいた時に、サバティカルで訪れたケンブリッジで、周健博士出会う。1989年のことである。サバティカル終了後クイーンズランド大学に戻ったフレイザー博士は、周健博士を招聘し、共同でヒト・パピロマ・ウイルスのワクチン開発の基礎となる技術を開発した。この技術は1991年に特許化され、ヒト・パピロマ・ウイルスの治療薬の開発のためにフレイザー博士に研究資金を提供していたオーストラリアのバイオテクノロジー会社、CSLがライセンス(実施権)を取得した。このライセンスは1995年に、米国の製薬会社メルクに譲渡され、メルクがヒト・パピロマ・ウイルスのワクチンの開発と生産を行うことになった。このワクチンは2007年にガータシル(商品名)として販売が開始され、直後の売り上げは3ヶ月で4億豪ドルに上った。ガーダシルは現在、世界100カ国以上で子宮頸がんのワクチンとして使用されている。
インフルエンザ治療薬の開発の元となった研究50は、豪州連邦科学産業研究機構の研究者が中心となりビクトリア薬科大学(Victoria College of Pharmacy)とオーストラリア国立大学と共同で行ったものである。彼らは、インフルエンザウイルスの増殖を防ぐ薬(ノイラミニターゼ阻害剤)を開発し、ザナミビル(Zanamivir)と名付けた。ザナミビルは、この研究に資金提供していたオーストラリアのバイオテクノロジー会社ビオタ(Biota)が特許出願をし、1990年にイギリスの大手製薬会社GSKグラクソー・スミスクラインにライセンス提供された。GSKグラクソー・スミスクラインは、オーストラリアと海外でザナミビルの治験を行い、1999年に商品名をリレンザ(Relenza)と改め世界70カ国以上で販売を開始した。リレンザは、現在A型B型のインフルエンザ治療薬として使用されている。
豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)は、イノベーション・技術科学省傘下の国内最大の総合研究所である。産業への応用や、国益につながる研究開発を行うことを目的としている。農業科学、環境科学・生態学、地学、植物・動物学をはじめとする14の分野で、世界トップレベルの研究を行っている。また、企業成長戦略の優先分野である食料・農業ビジネス、鉱業設備・技術・サービス、石油・ガス、先進製造のいずれの分野においても、オーストラリア国内全体の約10~15%に論文を発表し、国内トップレベルの特許数を獲得するなど産業界における研究もリードしている51。
CSIROは、2020年に向けての戦略目標をオーストラリアのイノベーション実績の向上(Boosting Australia’s Innovation Performance)に定め、イノベーションの「触媒」(Australia’s Innovation Catalyst)としての役割を担っていく計画である。業績ではイノベーション実績が重視され、評価基準には1.研究投資に対する社会的・経済的インパクト、2.顧客の満足度、3.ライセンス契約が結ばれている特許の件数、4.知財や企業などから得られる利益、5.国内・国外との共同研究数などが設けられている。研究者は国内外の大学や企業と積極的に連携しながら、成果のいち早い実用化・商品化を念頭に研究に取り組んでおり、1,200社に及ぶオーストラリアの中止企業との共同研究を行っている。
2016年6月の時点でCSIROは、597件のパテントファミリー、313件のトレードマークファミリー、117件の植物品種改良技術に関する権利を所有している。ライセンス収入のほとんどは、WiFi技術や綿の品種改良技術のロイヤルティーによるものである。オーストラリアは世界有数の綿の産地である。農家はCSIROが中心となって改良した豪州の気候や風土に適した品種の綿花を栽倍することにより、綿の生産量を大幅に上げることに成功している。CSIROの綿の品種改良プロジェクトは、今後の10年間で4億豪ドルの利益をもたらすと期待されている52。また近年では、共同研究センター(CRC)との連携で、効率の良い鉱物探査技術を開発するなど社会に大きな経済的効果をもたらす研究を数々発表している。
2015年のオーストラリアの貿易収支を見ると、輸出のトップ3品目が鉄鉱石、石炭、留学である。留学サービスによる収入は、186億豪ドルで輸出総額の6%を占める。前年比9%の増益で、この数年間順調に収益を伸ばしている。鉄鉱石が前年比26%の減収、石炭も3%の減収の中、教育サービスはこれからもオーストラリアの経済を支えていく産業の一つとして期待される。
オーストラリアは環太平洋に位置しており、アジア諸国にとっては地理的に最も近い英語圏の国である。安全で、世界的に見ても教育・研究レベルの高い大学が数々存在することから、留学生にとっても魅力的な国である。2012年以降、オーストラリアに留学する学生数は年々増加しており、2015年には65万人に達した53。そのうちの27万人、全体の42%にあたる学生が大学で学んでいる。専門学校で学んだ学生は17万人(26%)、語学学校で学んだ学生は15万人(23%)であり、留学生の教育は主に高等教育機関で行われていることがわかる。
大学に在籍している留学生の数を出身国別に見てみると、中国が9万7,000人で全体の36%を占める。2位はインド3万5,000人(13%)、3位はマレーシア1万4,000人(5%)、4位はベトナム1万3,000人(5%)、5位はネパール1万2,000人(5%)の順で、アジア諸国からの留学生がほとんどである。留学生の半分以上が大学でマネジメント・商業を学んでいるが、近年では建築や建設を学ぶ留学生も増加傾向にある。
謝辞
オーストラリアの科学技術・イノベーション動向調査にあたり、在日オーストラリア大使館参事官のPaul Harris(ポール・ハリス)氏、在豪日本大使館一等書記官の三輪善英氏をはじめ多くの方々にご協力いただきました。心より感謝申し上げます。