科学技術振興事業団報 第291号
平成15年1月21日
神奈川県三浦郡葉山町湘南国際村
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エンタングルメント抽出実験に成功

― 量子情報処理の実現へさらに一歩近づく ―

<要旨>
 総合研究大学院大学(神奈川県三浦郡葉山町、学長:小平桂一)と科学技術振興事業団(埼玉県川口市、理事長:沖村憲樹)は、NTT物性科学基礎研究所(神奈川県厚木市、所長:石原直)の協力を得て、「エンタングルメント抽出実験」に初めて成功した。
 エンタングルメントは複数の信号の間に形成される量子力学特有の連結状態であり、量子コンピューティング・量子暗号・量子テレポーテーションではこの状態にある信号ペアを大量に使う。すなわちエネルギー、エントロピーに次ぎ、エンタングルメントは第三の重要なリソースとなり、今後その生産・配布・貯蔵の研究が重要となる。しかし生産した量子ペアのエンタングルメントが弱いと、それを利用することができなくなる。また、配布のため伝送したり、メモリー上に貯蔵している間に種々の雑音によりエンタングルメントが弱まっても、同様にそれを利用することができない。今回特別に考案した光回路を用い、二対の光子ペア(光子4個)において一度弱まったエンタングルメントを、光回路で4光子を混合し一対のペアだけ抽出することにより、元の強度のエンタングルメントに復元したことを観測した。これは未だに全容が解明されていないエンタングルメントの性質解明に寄与する大きな学術的貢献であるとともに、量子情報処理の実際の応用可能性を切り開く重要な成果である。
 なおこの成果は、科学技術振興事業団戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「相関エレクトロニクス」の一環として得られたもので、1月23日付の英国科学雑誌「ネイチャー」で発表される。
 

<研究概要>
 エンタングルメント(図1)とは、二つ以上の離れた量子系の間に見られる、量子力学特有の相関であり、特に二つの量子ビット(*1参照、以下qubitと呼ぶ)量子情報処理(*2)実現のための重要な要素となる。しかし、雑音などによってエンタングルメントが弱まると情報処理としての利用ができなくなる。
 完全なエンタングルメントを取り出すために(図2)全体を一括操作(*3)することにより、完全なエンタングルメントを抽出するような光回路(図3)を我々は昨年提案した[Phys. Rev. A64, 012304 (2001)]。
 本成果はその実証実験(図4〜6)を行ったものであり、エンタングルメント操作実験としては世界初である。
 これは量子力学の基本的概念であるエンタングルメントの性質解明に大きく貢献するとともに、量子コンピューティング(*4)量子暗号(*5)量子テレポーテーション(*6) など量子情報処理の実際の応用において重要となる技術である。

<背景>
 量子情報処理においては、古典的なbitがとる0と1の二値のみならず、その重ね合わせ状態もとり得るqubitが基本単位となる。通常のbitの演算がNOTのような1bit演算とAND, ORのような2bit演算があるように、量子演算では1qubit演算(回転ゲート等)、2qubit演算(制御回転ゲートや制御NOTゲート)、それに多qubit一括演算(エンタングルメント蒸留等)が必要となる。このうち多qubit一括演算によるエンタングルメント蒸留はまだ実現していなかった。それを行うには現在の技術では非現実的なほど巨大な光カー効果(*7)等の非線形性が必要と考えられていたが、昨年我々は、線形相互作用を用いても確率的演算(常時成功するとは限らないが成功した場合はわかるような演算)が可能であることを示した[Physical Review A63,030301(2001)]。また、その例として、雑音によりエンタングルメントが消失した二対のペアから完全なエンタングルメントを有する一対のペアを抽出する光回路を提案した[Phys. Rev. A64, 012304 (2001)]。今回の成果はそれを実験的に実証したものである。
 エンタングルメントとは二つ以上の量子系の間に存在する量子相関であり、アインシュタインがその重要性を指摘しシュレーディンガーが名付けた、古典的相関では説明できない量子力学特有の相関である。特に二つのqubitの間に完全なエンタングルメントを形成することは重要で、これがないと量子テレポーテーションやエンタングルメント利用型の量子暗号は行い得ない。また量子コンピューティングの計算過程には必然的に強いエンタングルメントが生ずる。
 量子情報処理を行うためのリソースとして完全なエンタングルメントのペアを多数用意しても、それを量子メモリーに保存している間に、あるいは遠方に伝送する間に、種々の雑音によりエンタングルメントは弱まる。そのままでは使えないので、数は減らしても元の完全なエンタングルメントのペアを復帰させる必要があるが、それを実現するのがエンタングルメント蒸留である。このような実用上の重要性があるのみならず、原理的な問題として「そのペアの数をどこまで減らさずに復帰できるか」がそのペアのエンタングルメントの強さを表すと考えられている。したがってエンタングルメント蒸留可能性はそのままエンタングルメント計量の概念になるという原理面での重要性もある。
 これまでエンタングルメント蒸留の物理的実現法に関する提案は無いわけではなかったが、極めて強い非線形光学効果が必要であったり、あるいは線形光学で出来ても、どのような変調が加わったかを知る必要があった(これではもちろん雑音とは言えない)。本提案は二つのペアに加わる位相雑音が同じであれば(同じ光ファイバーを続けて通るパルス群など、そのような状況は一般によく起こる)、雑音の中身を知る必要はなく、また線形光学とフォトンカウンターを用いてできることも特徴である。

<実験および成果の内容>
 二対の光子ペア(四つの光子)の同時発生はパラメトリック下方変換を用いて行った。パラメトリック下方変換とは、レーザー光パルスを非線形光学結晶に当てたとき波長が二倍の(すなわち周波数が半分の)光子のペア一対が発生する現象である。このペアは図1に示すように偏光がエンタングルしている。ここまでは多くの研究機関で日常的に行われている。ここでレーザー光パルスを強めるとともに結晶の構成・配置を工夫すると、稀に(本実験では約30分に一回ほど)、そのようなペアが同時に二対発生する。この実験は日本初かつ現時点で世界でも数カ所しか行われていない。図4にその発生部の実験系を示す。
 ペアを成す二つの光子にランダムな位相雑音が加わると、エンタングルメントは消失する。実験では液晶変調器を用いて45度、90度、135度・・・のように360度を8等分するランダムな位相変調を、二つのペアに共通にかけた。これは光子列が一つの光路を続けて通る場合などをシミュレートしたことに相当する。この位相雑音を加える前と後のエンタングルメントを測定した。測定は(1)二光子干渉のコントラストv(visibility:*8参照)および(2)EOF (entanglement of formation:*9 参照)と呼ばれる二つの値で評価した。一般にEOFの方が学問的には適切であるが、vの方が直観的に理解しやすい。その結果を表1に示す。これより、雑音を加える前のペアは非常に強いエンタングルメントを有しており、雑音を加えた後はそれがほとんど消失していることがわかる。図5にvおよびEOFの実験値算出の元になった二光子干渉実験データおよび量子トモグラフィ(*10)の測定結果を示す。
 次にこれら二対のペアを「エンタングルメント抽出回路(図3)」に通した後、四つの光子のうち二つの同時カウントを行って二つの光子を残し、そのエンタングルメントを測定した。すなわち「二光子同時カウント条件付き二光子干渉」の実験を行った。これは30分に一回程度の頻度しか起こらないデータを集積しなければならないため、連続40時間ほどをかけて図6に示すような二光子干渉実験結果が得られた。これによりv値を測定することができた。その結果を同じく表1に示した。しかしEOFを求めるための量子トモグラフィを行うためにはさらに多くのデータ量が必要である。本実験ではEOFの下限推定値(実験データからこれより小さいEOFはあり得ないという値)のみが得られるので、それも表1に示した。実際のEOFはこれより大きい。
 以上により、強くエンタングルした光子ペアを二対同時に発生し、それに位相雑音を加えることによりエンタングルメントをほぼ消失させ、「エンタングルメント抽出回路」を通すことによりエンタングルメントが復帰していることを実験的に実証した。

<今後の展開>
 以上のように抽出後のエンタングルメントを最も不利な下限値で見積もっても、今回の成果により抽出の事実は実証できた。しかし実際に抽出したペアを量子情報処理に活用するために、あるいはエンタングルメント定量評価の原理研究に使うためには、下限推定ではなく、値そのものの測定が必要である。そのためには量子トモグラフィが可能となるほど多くのデータを得る必要があり、30時間で100イベントという現在の低い頻度を格段に上げる必要がある。今後はさらに線形・非線形光学・ディテクションなど全てにわたって工夫を凝らし、光子を用いた量子情報処理の発展を目指す。

 本研究は、英国科学雑誌Nature(1月23日号)に掲載予定(報道解禁日時は、掲載日の午前4時/日本時間)。

<本件に関する問い合わせ先>
総合研究大学院大学・先導科学研究科
 井元 信之
〒240-0193 神奈川県三浦郡葉山町湘南国際村
TEL: 0468-58-1560 FAX:0468-58-1544

科学技術振興事業団
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
 課長 森本 茂雄
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 
用語解説
参考資料
図1エンタングルした双子の光子の量子相関。
図2エンタングルメントの蒸留。
図3光回路(2001年Phys. Rev. Aで提案)。
図4エンタングルしたペア二対(計4つの光子)を発生する装置。
図5V(干渉縞のコントラスト)とEOF(エンタングルメントの強さ)を求める元になる実験データ。
図6抽出された一対の光子対の二光子干渉実験結果。
表1エンタングルメントに関する測定値。




This page updated on January 23, 2003

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