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科学技術振興機構報 第547号

平成20年8月18日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL http://www.jst.go.jp

磁気相互作用する極低温原子気体の崩壊現象の観測と
その理論的解明に成功

(極低温原子気体の研究に新領域開拓)

 JST研究事業の一環として、東京大学 大学院理学系研究科の上田 正仁 教授らは、ドイツ・シュツットガルト大学のTilman Pfau教授らとの共同研究で、極低温下で多数の原子が巨大な1つの波のように振る舞う特異な現象「ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)注1)」の崩壊−爆発現象において、磁気相互作用の効果を初めて観測することに成功し、その理論的解明にも成功しました。実験はクロム原子気体を用いて行いました。
 BECは絶対零度付近の極低温下で起こる現象で、多数の気体原子が個々の粒子ではなく、あたかも1個の巨大な原子の波のように振る舞います。BECは目で見える大きさのため、量子力学的な現象を肉眼で観測できる非常に珍しい現象として、近年活発な研究が行われています。
 また、BECを起こすような極低温気体では、凝縮体にかける磁場の強さを変えることで、気体原子間の相互作用を自在に制御することが可能です。これまでBECの研究では、気体原子間の相互作用が主に球体衝突で起きる現象について行われてきましたが、今回、球体衝突とは違う磁気相互作用による崩壊現象「ボース・ノヴァ注2)」を観測することに初めて成功しました。具体的には、大きな磁性を持つクロム(52Cr)原子を用いて、強い磁気相互作用をするBEC状態を作り出しました。そして、衝突による相互作用を低く抑えるように原子間相互作用を制御してこの系を崩壊させることにより、磁気相互作用に特徴的な非対称性を示す崩壊現象を観測することができました。
 また、3体衝突注3)の効果を考慮した量子力学的な非線形波動方程式に基づく理論計算を行い、その計算結果が実験結果と極めてよく一致することも示しました。
 磁気相互作用を行うBEC現象は、絶対零度に近い極低温下における特異な現象として新しいタイプの超流動・超伝導の実現や、高温超伝導メカニズムの理解などに貢献するものと期待されます。
 本研究成果は、2008年8月22日(米国東部時間)発行の米国・物理科学専門誌「Physical Review Letters」の特に注目すべきコメント付き論文として受理され、オンライン版で近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト 「上田マクロ量子制御プロジェクト」
研究総括 上田 正仁(東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究期間 平成17年9月〜平成23年3月
 JSTはこのプロジェクトで、極低温下における原子・分子を用いて、物質パラメーターの系統的制御、量子状態や不確定性関係の極限操作技術を開拓し、その基礎の上に、マクロ量子物質の制御する「マクロ量子制御」を通じて量子物理学の新たなフロンティアの開拓を目指しています。

<研究の背景と経緯>

 絶対零度に近い極低温下で起こるBECは、1924年にアインシュタインによって予言されましたが、実際にその現象を起こすことができるかどうかはアインシュタイン自身ですら疑問視していました。しかし、予言から約70年後の1995年になって、後にノーベル物理学賞を受賞した3人の物理学者によって実現されました。
 気体のBECが実現される極低温は、レーザー光線を使って原子を冷やすレーザー冷却注4)などの技術を駆使して作られます。BECは、超流動や超伝導など極低温で起こる他の現象にも深い関係があると考えられています。また、この分野から量子コンピューター実現の基礎となる量子チップの開発など画期的な研究成果も生まれていることから、近年活発な研究が行われています。しかし、これまでの研究では、BEC状態になった原子の間の相互作用が等方的で短距離に限られています。そこで、自然界に広く存在する磁気相互作用など、非等方的で長距離相互作用を行う系を取り込むための展開が必要だと考えられていました。

<研究の成果>

 BECにおいて、磁気相互作用は異方性(非等方性)を持つうえ、長距離相互作用であるなどの特徴を持つことから、BEC自体が新しい秩序構造を発現するものと期待されていました。しかし、その相互作用の力はs波衝突注5)と呼ばれる短距離かつ等方的な原子間衝突の強さに比べて弱いため、これまで観測することができませんでした。本研究では、この磁気相互作用の効果を観察するために、まず6μB(ボーア磁子=磁気モーメントの単位)という大きな磁気双極子モーメント、つまり磁性を持つクロム(52Cr)原子の気体を極低温に冷却し、強い磁気相互作用を行うBEC状態にしたものを用いました。
 BEC状態になった粒子集団(凝縮体)は、粒子間に引力相互作用があると、やがて「ボース・ノヴァ」と呼ばれる崩壊−爆発現象を起こします。これは、恒星が崩壊するときに観測される超新星(スーパー・ノヴァ)爆発に似た特異な現象です。
 今回、磁性による引力相互作用を持つクロム原子気体の凝縮体にs波衝突が小さくなるよう調整した磁場をかけ、気体の崩壊−爆発現象による空間形状の変化を観測したところ、時間経過とともに4葉のクローバ型の形状が現れました(図1上段)。この空間形状は気体の運動量分布を示しているもので、クロム原子気体の崩壊−爆発現象が、d波対称性注6)という磁気相互作用によるものであることを示しています。
 また、同じ系に対して、量子縮退気体の基本波動方程式として知られている3次元グロス−ピタエフスキー式を、磁気双極子相互作用と3体衝突の効果を取り入れた方程式に直して計算したところ、その結果が実験で観測された空間形状と非常によく一致することが明らかになりました(図1下段)。この結果は、今回用いた拡張された3次元グロスーピタエフスキー方程式が、磁気相互作用を行うBECの崩壊−爆発現象にも適用可能であることを示しています。

<今後の展開>

 本研究で行った、拡張された3次元グロスーピタエフスキー方程式の計算結果では、互いに反対方向に回転する2本の超流動渦リングが形成されることも示されました(図2)。この計算で予想される渦の輪を今後実際に実験で観測することや、渦の輪について詳細研究するなど、BEC研究の新しい展開が期待されます。

<参考図・用語解説>

図1 崩壊のダイナミックス
図2 予想される超流動の渦リング
<用語解説>

<論文名>

"d-wave collapse and explosion of a dipolar Bose-Einstein condensate"
(磁気的双極子相互作用をするBECのd波崩壊と爆発)
doi: 10.1103/PhysRevLett.101.080401

<お問い合わせ先>

上田 正仁(ウエダ マサヒト)
東京大学 大学院理学系研究科 教授
(独立行政法人 科学技術振興機構 上田マクロ量子制御プロジェクト 研究総括)
〒113-8656 東京都文京区弥生2-11-16 東京大学工学部9号館 313号室
Tel:03-5841-1523 Fax:03-5841-1524
E-mail:

小林 正(コバヤシ タダシ)
独立行政法人 科学技術振興機 構戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
Tel: 03-3512-3528 Fax: 03-3222-2068
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