プロテアソームは、標的たんぱく質を分解するための目印となるユビキチン(*1)と連携して選択的にたんぱく質を分解することにより、生命活動に必須な役割を果たしている。プロテアソームは、分子量250万、総サブユニット数約100個から構成された生命科学史上もっとも巨大で複雑な酵素複合体であるが、この複合体がどのようにして形成されるかは大きな謎であった。今回、プロテアソームの分子集合反応を促進する新しい分子シャペロン(*2)としてPAC1-PAC2複合体を発見し、プロテアソーム形成の分子機構の解明に世界で初めて成功した。
近年、がん、神経疾患、免疫疾患をはじめとする様々な難治疾患はプロテアソームとユビキチンから構成されるたんぱく質分解装置の破綻が原因であることが知られるようになった。そのため、本研究成果はこれらの難治疾患の理解に大きく貢献し、その治療法の開発へとつながることが期待される。特に、プロテアソーム機能阻害のがん治療に対する有用性が最近クローズアップされており、新たな抗がん剤の標的となることが期待される。
本成果は、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「情報と細胞機能」研究領域(研究総括:関谷剛男)における研究テーマ「ユビキチンと分子シャペロンの連携による細胞機能制御機構解明」の研究者・村田茂穂ならびに田中啓二((財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所)らによるもので、平成17年10月27日付け(英国時間)の英国学術雑誌「Nature」に掲載される。
【研究成果の概要】
背景
20世紀後半、生命科学の中心テーマは "遺伝子からたんぱく質合成に至る研究"、すなわち「たんぱく質の生の生物学」であった。一方、近年"たんぱく質の分解"、すなわち「たんぱく質の死の生物学」の研究が飛躍的に進展し、たんぱく質分解がたんぱく質合成と同様に生命活動の基本要素であることが明らかにされてきた(図1)。その象徴的な出来事として2004年ノーベル化学賞が「ユビキチン依存性たんぱく質分解機構の発見」のテーマに授与されたことが挙げられる。この新しい概念が提案されるに至った原動力は、たんぱく質分解のシグナル分子であるユビキチン(図2)とたんぱく質分解酵素複合体であるプロテアソーム(図3)の発見であった。ユビキチン・プロテアソームシステム(図1)は選択的なたんぱく質分解を担う大掛かりな細胞内装置であり、細胞周期・アポトーシス・代謝調節・免疫応答・シグナル伝達・転写制御・品質管理・ストレス応答・DNA修復など生命科学のあらゆる領域で中心的な役割を果たしていることが明らかにされてきた。そして、現在残されている最大の謎は、巨大な分子集合体であるプロテアソームがどのようにして形成されるのかという点であった。
研究の経緯
プロテアソームはユビキチンで修飾されたたんぱく質を分解する酵素である(図1、3)。活性型の26Sプロテアソームはたんぱく質分解実行ユニットである20Sプロテアソームの両端に、それを制御する19S 複合体が会合した巨大で複雑な分子複合体(分子量250万、総サブユニット数約100個から構成)である(図3)。その20Sプロテアソームは各々7種類のサブユニットがリング状に集まったαリングとβリングがαββαの順で会合した円筒型粒子であり、酸性、塩基性、疎水性アミノ酸のいずれからも切断できる活性を有している多機能性のプロテアーゼ複合体である(図3)。このような14種類、計28個の類似したαとβのサブユニットが一個ずつ正確に並んで、20Sプロテアソーム形成する仕組みは、プロテアソームが発見されて以来の大きな謎であった。この仕組みを解明する端緒となったのは、1988年、Ump1という分子シャペロンの発見であった。酵母を用いた遺伝学的研究から、このUmp1はハーフ・プロテアソーム(αリングとβリングが一つずつ会合した半分の20Sプロテアソーム;この段階では酵素としての活性を持たない)を重合させ、活性型20Sプロテアソームの形成を促進することが見出された。しかし、今日に至るまで、ハーフ・プロテアソームが自立的に形成されるものと漠然と考えられており、どのようなメカニズムで形成されるかは全く謎のまま残されていた。われわれは、この自立的に会合するという仮説に疑義をもち、哺乳動物細胞におけるプロテアソームの分子集合の開始プロセスに焦点を当てて、その解明に取り組むことを目指した。
今回の論文の概要(図4)
本研究において、形成途中段階の20Sプロテアソームに特異的に会合する分子としてPAC1(Proteasome Assembling Chaperone)とPAC2を発見した。PAC1とPAC2はヘテロ二量体を形成し、プロテアソーム形成の最初のステップであるαリングの形成の土台となっていた。さらに、PAC1-PAC2複合体は形成されたαリング同士が凝集してしまうことを防ぐことにより、ハーフ・プロテアソームの形成を促進することを突き止めた。それに引き続いて、従来から知られていたシャペロン分子であるUmp1がハーフ・プロテアソームの二量体化を促し、酵素活性を持った20Sプロテアソームが完成する。もし、細胞内のPAC1、PAC2の発現を抑制すると、"出来損ない"のプロテアソームが大量に生じてしまう。以上から、PAC1-PAC2複合体は、Ump1と共同して20Sプロテアソームの成熟に寄与していることが明らかとなった。PAC1-PAC2は完成したプロテアソームにより分解され、その役目を終える。このようにプロテアソームの分子集合は、多段階からなる会合反応が逐次的に整然と進行して、正しい複合体を形成するプロセスからなることが初めて判明した。本研究は、プロテアソーム研究に残されていた最大の謎である分子集合の機構を世界で最初に解明したものである。
今後期待できる成果
21世紀の高齢化社会を迎えて深刻さが増しつつある神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病、ポリグルタミン病、プリオン病、筋萎縮性側索硬化症等)の発症機構にはユビキチン・プロテアソーム依存性たんぱく質分解系の破綻が関与することが示されている。すなわち神経細胞のような非分裂細胞では、プロテアソームによるたんぱく質の品質管理が細胞の恒常性維持に不可欠であり、その品質管理の破綻が神経変性疾患を引き起こす要因に成り得る証拠が相次いで報告されている。そのため、今回の成果は、これらの病態発症の原因解明や治療・予防に関する研究に大きく貢献することが期待できるといえる。
またプロテアソーム阻害剤であるVelcade®(欧米で認可)は多発性骨髄腫に高い有効性を持つ抗ガン剤であり、これまで有効な治療法に乏しかった多発性骨髄腫の患者に福音をもたらしている。そのため、他のがんに対するプロテアソーム阻害剤の有効性は世界中で検討されているが、プロテアソームはあらゆる細胞機能において重要な役割を果たしているため、全身的な副作用も懸念されている。本研究で得られた知見をもとに、プロテアソームの新規形成を阻害する薬剤が開発されれば、正常な細胞へのダメージがなく、がん細胞のみに有効な理想的な抗がん剤となることが期待される。特に、新たに発見されたPAC1、PAC2はその有力な標的となるといえる。
【用語解説】 |
図1 ユビキチン・プロテアソームシステム |
図2 ユビキチンが標的たんぱく質を分解するための目印となるイメージ図 |
図3 26Sプロテアソームの構造(模式図) |
図4 20Sプロテアソームの分子集合機構:多段階逐次会合モデル |
【論文名】
“A heterodimeric complex that promotes the assembly of mammalian 20S proteasomes”
(哺乳動物プロテアソームの分子集合を促進する新しいたんぱく質複合体の発見)
doi :10.1038/nature04106
【付記】
本研究は、夏目徹博士(独立行政法人産業技術総合研究所・臨海副都心センター 生物情報解析研究センター・タンパク質ネットワーク解析チーム チームリーダー)との共同研究で行った。
【概要】
プロテアソーム(たんぱく質分解装置)の分子集合機構の解明
~プロテアソームの形成を促進する新しいシャペロン複合体の発見~
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
「情報と細胞機能」研究領域(研究総括:関谷剛男)
研究課題名:ユビキチンと分子シャペロンの連携による細胞機能制御機構解明
研究者:村田 茂穂((財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所 研究員)
研究実施場所:東京都臨床医学総合研究所
研究実施期間:平成15年10月から平成19年3月
【研究者プロフィール(村田茂穂)】
1994年 | 東京大学医学部医学科卒業 |
2000年 | 東京大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士) |
2000年 | 科学技術振興事業団戦略的基礎研究 研究員 |
2001年 | 東京都臨床医学総合研究所 研究員 |
2003年 | 科学技術振興機構さきがけ「情報と細胞機能」研究領域 専任研究者 |
【研究者プロフィール(田中啓二)】
1971年 | 徳島大学大学院医学研究科博士課程中退 |
1976年 | 徳島大学酵素研究施設(昭和62年酵素科学研究センターに改組)・助手 |
1995年 | 徳島大学酵素科学研究センター・助教授 |
1996年 | 東京都医学研究機構東京都臨床医学総合研究所・分子腫瘍学研究部門(改組)部長 |
2002年 | 東京都医学研究機構東京都臨床医学総合研究所・副所長(分子腫瘍学研究部門 部長事務取扱) |
2005年 | 東京都医学研究機構東京都臨床医学総合研究所・副所長(先端研究センター) |
【筆頭著者プロフィール(平野祐子)】
1998年 | 奈良女子大学理学部生物学科学士過程卒業 |
2000年 | 大阪大学大学院薬学研究科修士課程修了 |
2002年 | 日本学術振興会特別研究員(DC2) |
2003年 | 東京大学大学院農学研究科博士課程修了(農学博士) |
2003年 | 東京都医学研究機構東京都臨床医学総合研究所分子腫瘍学研究部門(改組)外部支援研究員 |
2003年 | 日本学術振興会特別研究員(PD) |
2005年 | 東京都医学研究機構東京都臨床医学総合研究所先端研究センター 外部支援研究員 |
【問い合わせ先】
村田 茂穂(ムラタ シゲオ)
〒113-8613 東京都文京区本駒込三丁目18-22
東京都臨床医学総合研究所 先端研究センター
Tel 03-3823-2105 (ex.5323) Fax 03-3823-2237
E-mail
白木澤佳子(シロキザワ ヨシコ)
独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部研究第二課
埼玉県川口市本町4丁目1番8号
TEL:048-226-5641 FAX:048-226-2144
E-mail: