科学技術振興機構報 第123号
平成16年11月2日
東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

病原菌を分解する細胞内システムを新たに発見

 JST(理事長:沖村憲樹)の研究チームは、免疫系ではない細胞が病原性細菌を殺す仕組みを新たに発見した。
 咽頭炎、扁桃炎などの原因菌であるA群レンサ球菌(*1)はエンドサイトーシス経路(細胞の口や胃腸に当たり、栄養物などを細胞外から取り込み分解する)を通って細胞内に侵入する。侵入後、この細菌は毒素を使ってエンドサイトーシスによる分解を免れ細胞質に逃れていた。従来は細胞質に逃れた細菌を分解する手段はないと考えられていたが、本研究チームは、細胞が自己成分を分解・再利用するために細胞内に備えているオートファジーというシステムが、細胞質に逃れたA群レンサ球菌を捕捉し分解することを新たに見出した。また、遺伝子破壊によりオートファジーを働かなくした細胞内では、A群レンサ球菌が増殖し、再び細胞外に出ていくことを確認した。
 これまでエンドサイトーシス経路が細胞内に侵入する菌を分解する唯一のメカニズムだと考えられていたが、本研究により細胞は細胞内に侵入した病原微生物をオートファジーによっても分解・除去できることが証明された。多様な細胞が殺菌に働く免疫システムである自然免疫の新しいメカニズムの発見として、今後種々の感染症の予防・治療法の開発に資するものと考えられる。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「たんぱく質と膜が造る細胞内物流システム」の研究代表者 吉森 保(情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 細胞遺伝研究部門・教授)および同事業個人型研究(さきがけタイプ)の研究テーマ「オートファジーによる病原細菌の排除機構とその応用」の研究者 中川一路(大阪大学大学院歯学研究科口腔分子感染制御学講座・講師)の共同研究によるものであり、2004年11月5日付け米国科学雑誌「Science」オンライン版で一般公開される。
【成果の概要】
研究の背景と経緯: 多くの病原性細菌は、体内に入ると上皮細胞などの細胞内に侵入しようとする。細胞内で生き延びることができれば、外部で直面する抗体などの免疫システムによる攻撃を回避し感染を拡大することが可能となる。しかし細菌の主な侵入経路であるエンドサイトーシス経路は、ちょうど人間の消化器官にあたり外から取り込んだ栄養物などを分解する機能を持つので、細菌もそのままではこの経路で分解されてしまう。これに対しある種の細菌は、胃袋にあたるエンドソームを突き破って細胞質に逃れることが知られている。そして細胞質に逃れた細菌を殺す手段は無いとこれまで考えられていた。一方、オートファジーは、細胞質の小器官やタンパク質を少しずつ分解・再利用し細胞の新陳代謝を促し、飢餓時にはある程度たくさん自己成分を壊して生存に最低限必要な栄養源とするための細胞機能である。具体的には、オートファゴソームと呼ばれる袋状の膜構造が細胞質を部分的に取り囲み、それに消化酵素を持ったリソソームが融合し内容物の分解が起こる(図1)。永らくそのメカニズムは不明であったが、近年急速に理解が進んできた。今回、オートファジーの研究を行っているCREST研究チームと細菌の専門家であるさきがけ研究者が共同で、オートファジーが細胞内に入ってきた細菌を分解している可能性を検討した。

今回の論文の概要: CREST研究チームとさきがけ研究者は、細胞内に侵入したA群レンサ球菌(*1)が、オートファゴソームのマーカータンパク質であるLC3(*2)陽性の巨大な膜構造に捕獲されることを見いだした(図2)。最終的には細胞内に侵入した約80%のA群レンサ球菌が、この膜構造に取り込まれた。A群レンサ球菌を含む膜構造は、通常観察されるオートファゴソームの10倍以上の大きさを持ち、細胞がA群レンサ球菌に感染したときのみ出現した。オートファゴソーム形成に必須の遺伝子であるAtg5遺伝子を破壊した細胞ではこの膜構造が現れなかった。普通、細胞内で生きている A群レンサ球菌の数は感染後4時間で16%程度にまで減少するが、Atg5遺伝子破壊細胞では逆に菌数の増加が認められた(図3)。また、増えた菌の一部は細胞外に再び出ていくことを確認した。すなわち正常な細胞では、侵入した細菌は効率よくオートファジーによって殺されるが、オートファジーを行えないと菌は増え細胞外に広がっていく、つまり感染を拡大すると考えられた。オートファジーによる殺菌は、菌を取り囲んだ膜構造とリソソームが融合し、リソソームが持つ消化酵素が流れ込むことで起こる(図4)。A群レンサ球菌は、細胞侵入の際、まずエンドサイトーシス経路の膜構造であるエンドソームに入るが、溶血毒素SLOを分泌し、その作用でエンドソームから脱出することも分かった。SLOを分泌しない変異菌はエンドソームに留まりほとんどオートファゴソームに捕らえられないので、オートファジーは細胞質に脱出してきたA群レンサ球菌をなんらかの方法で選択的に認識して分解へと導いているものと思われる。エンドソームから細胞質に脱出したもののオートファゴソームに捕らえられるA群レンサ球菌の運命を、図5に示した。

今後期待できる成果: オートファジーについては、以前より本研究チームを含む日本の研究者がメカニズムの解明に大きく貢献しており、日本がリーダーシップを取る数少ない分野の一つとなっている。今回、本研究によって、細胞内の代謝に関与すると考えられていたオートファジーが別の機能も持つことが判明すると同時に、自然免疫(*3)の新たな側面が示された。今後は、細胞が A群レンサ球菌を認識し選択的にオートファゴソームに取り込んで殺す仕組みの解析により、不明の点の多いオートファジーのメカニズムが解明されると同時に細胞内の病原性細菌の感知システムなど新たな感染防御システムの理解も進むであろう。また、小児の扁桃炎・咽頭炎の90%以上を占める主要な病原性細菌であり、猩紅熱や劇症型溶血性レンサ球菌感染症の原因ともなるA群レンサ球菌は臨床医学上重要な菌であり、その排除メカニズムが明らかとなったことで新たな治療法開発も期待される。さらに、従来治療が困難とされていた結核などの細胞内寄生性細菌は、オートファジーをも回避する仕組みを持っている可能性が高く、今後その点についての解析が行われることになろう。

【論文名】
「Autophagy Defends Cells Against Invading Group A Streptococcus
(オートファジーは侵入するA群レンサ球菌から細胞を防御する)
doi :10.1126/science.1103966

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりである。
「オートファジーによる病原細菌の排除機構とその応用」
(研究者:中川一路・大阪大学大学院歯学研究科口腔分子感染制御学講座・講師)
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
研究領域: 「生体と制御」
(研究総括:竹田 美文 実践女子大学生活科学部 教授)
研究期間: 平成15年10月〜平成18年9月
「たんぱく質と膜が造る細胞内物流システム」
(研究代表者:吉森 保・情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 細胞遺伝研究部門・教授)
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域: 「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」
(研究総括:大島 泰郎 東京薬科大学生命科学部 教授)
研究期間: 平成14年11月〜平成19年10月
【本件問い合わせ先】
中川 一路 (なかがわ いちろ)
大阪大学 大学院 歯学研究科 口腔分子感染制御学講座(口腔細菌学)
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘1-8
TEL: 06-6879-2897, FAX: 06-6878-4755
吉森 保 (よしもり たもつ)
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 細胞遺伝研究部門
〒411-8540 静岡県三島市谷田1111
TEL 055-981-6881,FAX 055-981-6884
島田 昌 (しまだ まさし)
独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL 048-226-5635
図1
図2
図3
図4
図5
用語解説
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