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平成18年6月6日

独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

カルシウム振動が生み出されるメカニズムを説明する新たな知見

−細胞内のIP3の緩やかな蓄積がカルシウム振動に大きく関与−

本研究成果のポイント
 ○細胞内のイノシトール三リン酸(IP3)を高効率で可視化可能に
 ○周期的なIP3の濃度変化がなくともIP3受容体がカルシウム振動を作り出す
 ○細胞がカルシウムを用いて情報を符号化するメカニズム解明につながる成果
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、独立行政法人科学技術振興機構(JST、沖村憲樹理事長)と共同で、細胞内のイノシトール三リン酸(IP3※1の蓄積状況を可視化できる技術を開発し、細胞内のIP3濃度が緩やかに上昇することにより、さまざまな生理現象を制御するカルシウム振動が生み出されていることを明らかにしました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)発生神経生物研究チーム及びJST発展研究カルシウム振動プロジェクトの研究代表者である御子柴克彦チームリーダー(東京大学医科学研究所教授)、松浦徹研究員、道川貴章研究員らよる研究成果です。
 カルシウムは、細胞内において情報を伝達する物質として重要な働きをし、細胞が、外部から受けた刺激に応じて、周期的なカルシウム濃度の上昇を引き起こします。この現象は、カルシウム振動と呼ばれ、その振動の周期は、生命現象の始まりである受精にも関係し、ホルモンや消化酵素の放出や、免疫、遺伝子発現など広範な生理機構に関わっていると考えられています。
 研究グループでは、カルシウム濃度の周期的な変化(カルシウム振動)に関与しているIP3を高効率で可視化する技術を開発し、IP3の挙動を観測することに成功するともに、カルシウム振動との関係を明らかにすることに成功しました。その結論は、細胞内のIP3濃度はカルシウム濃度が上昇し始める前から一定速度で上昇を始め、カルシウム濃度が急速に上昇する場合でも追随しないというものです。このことは、カルシウム振動が、周期的なIP3の濃度変化に追随して発生するという説を否定し、カルシウム振動がIP3受容体※2によって作り出されている説を裏付けるものです。
 IP3受容体は、アナログ的に変化するIP3シグナルをカルシウムのパルスシグナルに変換する役割を担っていると考えられます。今後、IP3の濃度とカルシウム振動の周期の関係を詳細に調べることで、IP3受容体がどのようにIP3シグナルをカルシウムシグナルに変換するのか、つまり細胞がカルシウムを用いて情報を符号化するメカニズムを明らかにすることが期待できます。  本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Cell Biology(ジャーナル・オブ・セルバイオロジー)』(6月5日付けオンライン)に掲載されます。

1.背 景

 カルシウムは、私たちの骨格を構成する主要元素であるとともに、細胞内において情報を伝達する物質として重要な働きをしています。細胞内には極微量のカルシウムイオン(Ca2+)しかなく、Ca2+の濃度は通常、細胞外の10,000分の1程度に保たれています。しかしながら、細胞外から刺激が加わると、細胞中にある小胞体※3に蓄積されていたCa2+が放出され、細胞内のCa2+濃度は1,000〜10,000倍にも増加します。
 細胞外から刺激を受け取った細胞を詳しく観察すると、刺激に伴い細胞内のCa2+濃度が  急激に上昇した後、緩やかに元のCa2+濃度に戻るスパイク状の時間変化(カルシウムスパイク)を引き起こします。また多くの細胞では、このCa2+濃度の変化が周期的に繰り返し引き起こす現象が見られます。これらの現象は、カルシウム振動と呼ばれ、生命現象の始まりである受精を引き起こすとともに、ホルモンや消化酵素の放出や、免疫、遺伝子発現など広範な生理機能に関わっていると考えられます。
 細胞外からの刺激物質の濃度は、ゆっくりと連続的に変化します。それに対して、刺激に反応して起こる細胞内のカルシウム振動は、急激なCa2+濃度の上昇と下降が非連続的に繰り返すことで発生します。また、その結果もたらされる生理現象は、このカルシウム振動の周期によって制御されています。このことから細胞は、刺激物質の濃度というアナログ値をカルシウム振動の周期というデジタル値に変換し、細胞外刺激によりもたらされた情報を細胞内に伝えていると考えられています。
 細胞外からの刺激に関する情報は、刺激物質が細胞膜上の受容体(レセプター)に結合することで細胞内に伝えられます。刺激を受け取った細胞は、イノシトール三リン酸(IP3)を産生します。このIP3が小胞体の表面に存在し、Ca2+の放出を調整するカルシウムチャネル(IP3受容体)に作用(結合)することにより、細胞内のCa2+濃度の上昇を引き起こします。刺激を受けた細胞の細胞内カルシウム濃度は、まずゆっくりと上昇し、ある一定の濃度を越えると急激に上昇します。この急激なCa2+濃度の変化は、一旦始まると上昇する速度と到達する最大カルシウム濃度が、細胞外刺激の濃度に依らずほぼ一定となります。これら一連の変化を起こすためには、Ca2+濃度の上昇を引き起こす機構に正のフィードバック※4がかかっていることが示唆されてきました。
 この正のフィードバック機構を説明するために、二つの仮説が立てられています(図1)。一つは「IP3産生の段階での正のフィードバック機構を考えるモデル(仮説1)」、もう一つは「カルシウム放出の段階で正のフィードバック機構を考えるモデル(仮説2)」です。この2つの仮説に基づき、コンピューターシミュレーションを用いて、カルシウム振動を再現することが試みられています(図2)。仮説1のモデルは、1988年にMeyer T.とStryer L.の研究グループによって、周期的なIP3スパイクによって、カルシウム振動を作り出されるとされました。それに対して仮説2のモデルでは、1992年にDe Young GWとKeizer J.の研究グループによって、周期的なIP3のスパイクがなくともIP3受容体がカルシウム振動を作り出すことができるというものです。
 これら二つの仮説のいずれが正しいのかを、実験的に確認するためにはIP3濃度変化を定量的に測定することが必要であり、IP3可視化技術の開発が長い間待たれていました。

2.研究手法と成果

(1)IP3を可視化する技術の開発

IP3とカルシウム振動との関係を明らかにするためには、IP3の挙動を正確に捉えることが必要です。研究グループでは、Ca2+の上流シグナルであるIP3の挙動を可視化する、IP3センサータンパク質を開発しました。これは研究グループの成果として2002年に得られたIP3受容体の立体構造※5をもとに、IP3結合ドメインのアミノ末端(N末端)にECFP(青色蛍光タンパク質)とカルボキシ末端(C末端)にVenus(ヴィーナス:黄色蛍光タンパク質)を融合させたタンパク質で、IP3と結合することでECFP - Venus間のFRET※6(蛍光エネルギー移動)効率が変化し、蛍光特性が変わることを利用したものです。研究グループでは、この融合タンパク質をIRIS(IP3 Receptor-based IP3 Sensor)と命名しました(図3)。
さらに研究グループでは、IP3結合ドメインのC末端を短くすることで検出感度を5%から25%と5倍に増大させることに成功しました。またIRISの開発にあたり、細胞内のIP3動態の撹乱を最小限にとどめることに最も注意を払いました。結合活性が強すぎると、IP3の分解を妨げるなどして、本来のIP3の濃度変化、さらにはCa2+の濃度変化を変えてしまう恐れがあります。そのためIRISはIP3に対する特異性を下げずに、結合活性を元よりも10倍程度弱くなるように改変されています。
このIRISとカルシウム指示薬を細胞に導入することによって、細胞内のIP3とCa2+の挙動を同時に可視化するとともに、これまで測定が難しかったIP3の濃度変化を定量的に捉えることに成功しました。またIRISの導入によって、Ca2+の挙動にほとんど影響がないことも確認しました。

(2)仮説2を支持する新たな知見

仮説1のモデルのようにカルシウムスパイクがIP3産生の段階で正のフィードバック調節によって制御されるならば、IP3濃度とCa2+濃度の時間変動が同じであることが予想されます。一方、仮説2のモデルでは、IP3スパイクがなくともカルシウムスパイクが起こることが示唆されます。
研究グループは、新たに開発したIRISを用いて細胞内のIP3とCa2+の濃度変化の挙動を正確に観察しました。その結果、細胞内のIP3濃度が、Ca2+の濃度が上昇し始める前から一定速度で高まり、Ca2+濃度が急速に上昇する際でもその速度は変化しないことを明らかにしました(図4)。このことから「カルシウム依存的なIP3産生は、カルシウムスパイクを引き起こす正のフィードバック機構ではない」こと、つまり仮説1を否定し、受容体からCa2+が放出される段階での正のフィードバック機構により、カルシウムスパイクが生み出されているというモデル(仮説2)を支持する知見を得たことになります。
次に研究グループは、カルシウム振動時のIP3の挙動を観察しました。すると予測されたように、カルシウムのような大きなIP3の濃度変化は観測されず、カルシウム振動生成にはIP3スパイクが必要ないことが明らかになりました。
さらに研究グループは、繰り返し起こるカルシウムスパイクに伴い、細胞内にIP3が徐々に蓄積されていくことを発見しました。この結果は、周期的に起こるカルシウムのスパイクは、それぞれ異なるIP3濃度で引き起こされることを示し、「カルシウムスパイク誘導におけるIP3の閾(いき)値は一定ではない」ことを示唆します(図5)。
このようにスパイク状に急峻な濃度変化を起こすカルシウムに比べ、IP3が比較的ゆっくりと濃度変化することから、その下流で働くIP3受容体によってアナログ的なIP3シグナルがカルシウムスパイクというパルスシグナルに変換されていることが示されました。またその変換の過程ではIP3の閾値は一定ではなく、IP3受容体が細胞内情報伝達系による情報符号化の際に複雑な情報変換を行い、そして極めて重要な役割を担っていることがわかりました(図6)。

3.今後の期待

 今回、細胞内のIP3の濃度変化を定量的に観察する技術を新たに開発したことにより、IP3受容体が細胞内情報伝達系による情報符号化の際に複雑な情報変換を行い、そして極めて重要な役割を担っていることがわかりました。カルシウム振動は生体機能をつかさどる重要なシステムであり、今回得られた知見は、カルシウム振動の生成メカニズムに一石を投じる成果です。
 今後、IP3の濃度とカルシウム振動の周期の関係を詳細に調べることで、IP3受容体がどのようにIP3シグナルをカルシウムシグナルに変換するのか、つまり細胞がカルシウムを用いて情報を符号化するメカニズムを明らかにすることが期待できます。


補足説明
(図1)カルシウムスパイク生成における2つの正のフィードバック制御仮説
(図2)これまでに予測されていたカルシウム振動の生成メカニズム
(図3)IP3センサータンパク質「IRIS」
(図4)急激なカルシウム濃度上昇とIP3濃度変動
(図5)カルシウム振動時のIP3濃度変動
(図6)今回の研究で明らかになった細胞内での情報の変換の様子(模式図)

<報道担当・問い合わせ先>

 (問い合わせ先)
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   脳科学総合研究センター発生神経生物研究チーム
   チームリーダー御子柴 克彦
TEL:048-467-9745 FAX:048-467-9744
   脳科学研究推進部嶋田 庸嗣
TEL:048-467-9596 FAX:048-462-4914
 
  独立行政法人科学技術振興機構
   戦略的創造事業本部特別プロジェクト推進室
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