研究プラットフォームの開発

研究プラットフォームの開発

他者との物理的相互作用を実現するためのプラットフォームの開発

社会的共創知能では,人に酷似した構造・知覚基盤を有するロボットの開発を通じ,人と関わる知的なコミュニケーション機械の原理,さらには人の社会発達の原理を探求する.ロボットの発達を実現させる場合,人間の乳幼児と同様に他者(人間)の介助が必要不可欠である.そのためには,他者の介助行動を誘発し,さらに「ロボットを抱きかかえながら起こす」,「ロボットの手足を直接動かして教える」などの,既存のロボットと人の相互作用よりもさらに密接した相互作用を安全に実現することができるロボットが必要である.言い換えれば,ロボットの発達過程に他者の(介助的)相互作用が自然に現れることが重要である.これらの要件を満たすためには主に次のような性能がロボットに要求される(図1).

  • 人間らしい運動を生成するための全身に配置されたアクチュエータ.
  • 多様な相互作用を実現するための多種センサ(視覚,聴覚,全身触覚).
  • 安全な相互作用を実現するための柔軟な関節.
  • 安全な相互作用を実現し,密接した相互作用を誘発するための柔らかい身体.
  • 他者の介助行動を誘発するための子供らしい見かけ.

そこでこれらの性能を有し,人と密接に安全に関わることが可能なヒューマノイドロボットCB2 (Child-robot with Biomimetic Body) を開発した(図2)[Ishiguro2011a].CB2は身長約130cmの子供らしい見かけ・大きさで,全身を覆う柔らかなシリコン製皮膚および空気アクチュエータによるハードウェア的に柔軟な体を実現している.CB2は躍動的な全身運動を可能にするために全身に56個のアクチュエータを持ち,視覚,聴覚に加えて全身触覚を実現するために,全身のシリコン製皮膚下に約200個の高感度触覚センサを有する.


図1 社会的共創知能においてロボットに要求される性能

図2 開発した幼児アンドロイドCB2の外観(左)と触覚センサ配置(右)

次に,CB2の視覚,聴覚,触覚,モーションキャプチャによる対人動作認識処理を分散された複数のコンピュータで行い,それらを統合してCB2を制御するシステムを開発した[Minato08f].またアンドロイドの人間らしい動作や反応を生成するための手法の開発も行った.そして性能を示すためのデモンストレーションを開発し,このプラットフォームがどのような研究を可能にするかについて明らかにした.例えば人が幼児アンドロイドの腕をとって起きあがらせるデモンストレーションは,他者の介助を借りながら発達するロボットの研究を可能にすることを示した.また視覚・聴覚・触覚情報に基づいた反応行動を見せるデモンストレーションは,複数感覚モダリティを用いたコミュニケーション発達の背景にある応答的振る舞いのためのタイミング調整の発達メカニズムの研究に展開することを示した.CB2を新たな認知発達ロボット研究プラットフォームとして,国内外に報道発表し,本プロジェクトの研究内容を大きくアピールすることができた(報道発表日の取材数は新聞8件,テレビ3件).

これまでにCB2を用いて,触覚における自他分離(自己運動に起因する触覚反応と他者の接触行動に起因する触覚反応の区別)に関する研究や他者の介助を伴う動的運動の学習に関する研究に取り組んだ.


図3 汎用ヒューマノイドプラットフォームの開発方針

CB2は他者との豊かな身体的相互作用を可能にするが,柔らかい身体を持つために運動性能が十分でないという問題を有するため,はいはいや歩行の運動を伴う発達の研究に取り組むためには運動性能を向上させたロボットの開発が必要となる.また,発達心理学,認知科学,脳科学などの人間科学とロボット工学との共創的研究の裾野を広げ,認知発達ロボティクスのアプローチによる研究を促進するためには,ロボットに関する専門知識のない研究者でも容易に使える
普及型の汎用プラットフォームの開発が望まれる.そこでCB2ではカバーできない問題領域の研究に取り組むことが可能な普及型プラットフォームを開発する目的で,身体的相互作用,対面相互作用,社会的相互作用の実現に指向した3種のヒューマノイドロボットを開発し(図3)[Ishiguro2011a],国内で報道発表を行った.

乳幼児の探索的運動に基づく運動学習など身体的相互作用を伴う発達過程の研究においては,ロボットの運動性能と感覚機能が重要である.そこで身体的相互作用に指向したヒューマノイドM3-Neony(図
4)を開発した.M3-Neonyは高性能小型ヒューマノイドロボットVisiON4Gをベースにしており,乳児程度の大きさ(身長約50cm,体重約3.5kg)で,頭部に30万画素のカメラ(2個)およびマイクロフォン(2個),全身に図4に示すフォトインタラプタを利用した触覚センサ(全身に90個),胴体に姿勢センサ,CPU(x86 compatible Geode LX800 / CS5536 500MHz, 400MB RAM)を有した自立型ロボットである.この全身触覚は他の小型ヒューマノイドロボットに対してM3-Neonyを特徴付ける性能である.全身にサーボモータ(全22個,図5)を採用することにより運動性能が向上されている.身体が小型であるため転倒などの衝撃に対してロバストであり,全身に強力なサーボモータ(出力トルク41kgf・cm)を備えているため,寝返り,はいはい,歩行などの躍動的な全身運動が可能である(図6).M3-Neonyを用いた探索的運動に基づく運動学習に関する研究として,バイアス・ランダムウォークによる全身運動学習の研究に取り組んだ.また身体的相互作用を伴う運動学習に関わる研究として,M3-Neonyを用いて接触教示に含まれる教示者の意図学習に関する研究に取り組んだ.


図4 開発した赤ちゃんロボットM3-Neony


図5 M3-Neonyの自由度配置


図6 M3-Neonyによるはいはいと寝返り動作のデモ

対面相互作用を伴う発達過程の研究においては,感覚・運動性能だけでなく,他者の相互作用を誘発するための性能(子供らしい見かけ,表情表出機能など)が必要である.そこで対面相互作用に指向したヒューマノイドM3-Kindy(図7)を開発した.M3-Kindyは他者との相互作用を実現しやすい子供サイズの身体(身長約110cm,体重約27kg)に,全身に多数のサーボモータ駆動の自由度(全42自由度,図8),特に表情を表出させるための自由度を備え,他者の相互作用を誘発するために社会的参照のような動作や表情を生成することができる(図9).またM3-Neonyと同様に30万画素のカメラ(2個)とマイクロフォン(2個)を頭部に,全身にフォトインタラプタを利用した触覚センサ(109個),胴体に姿勢センサおよび2台のPC(CPU Core2Duo T5600 1.83GHz , 2GB RAM)を有した自立型ロボットである.全身の自由度には強力なサーボモータ(最大のモータは出力トルク327kgf・cm)が採用されており,寝返り,はいはい,歩行などの躍動的な全身運動も可能である(図10).

図7 開発した子供ロボットM3-Kindy


図8 M3-Kindyの自由度配置


図9 表情や社会的参照のような動作が現れるM3-Kindyのデモ.(a)
M3-Kindyが親と一緒にいるところへM3-Kindyの友人が来る.(b) 友人に笑いかける.(C)
M3-Kindyが知らない人が来る.(d) 恥ずかしがって困ったような顔をする.(e,f) 親の影に隠れて,親を頼るように見る(社会的参照)


図10 M3-Kindyによる寝返りとはいはい動作のデモ

社会的相互作用を伴う発達過程の研究においては,複数のロボットや人との間の同調的振る舞い(互いに頷き会うことやアイコンタクトなど)の実現が重要である.そこで複数のロボットと人間の間の社会的相互作用を実現するために,言語・非言語コミュニケーションに必要な最小限の機能を持たせた小型ヒューマノイドロボットM3-Synchy(図11)を開発した.M3-Synchyは小型(身長約30cm,体重約2.3kg)ながら図12に示すように移動のための自由度,上半身のジェスチャのための自由度,頷きやアイコンタクトのための自由度を備えている.小型の本体はポータビリティに優れ,様々な場所でロボットを用いた実験が可能になるとともに,図13に示すような複数人間と複数ロボットの相互作用を,人間同士の相互作用の邪魔にならないように実現することが可能となる.頭部には広画角(約100度)で33万画素のカメラとマイクロフォン(2個)を備えている.M3-Synchyの眼球は視線方向が他者にわかりやすいように設計されている.また出力として,スピーカー(2個)および頭部と胴体にLED(15個)を備えている.これらを用いて,様々な言語的・非言語的様式で他者との相互作用が可能である.これまでにM3-Synchyを用いてコミュニケーション相手の認知に影響する他者間のやりとりの特性に関する研究に取り組んだ.


図11 開発した集団コミュニケーションロボットM3-Synchy


図12 M3-Synchyの自由度配置とセンサおよび出力装置


図13 3体のM3-Synchyの3人の人間との相互作用場面

これらのロボットには汎用のロボット用サーボモータおよび教材用のモータ制御マイコンが採用され,高いメンテナンス性および開発容易性を備えており,専門知識のない研究者でも容易に使える普及型の汎用プラットフォームとなると期待される.

また,新たな学習環境の構築として,複雑な運動の学習を促進するために不活性液体中で浮力を利用した運動学習を行うことを検討した.液体中では目的の運動を実現するためのロボットの状態軌跡の可能範囲が広がっていると考えられるため,液体中で運動学習を開始し,徐々に浮力を減少させながら運動学習を続けることにより,無浮力状況下では学習できない高度な運動が学習できると考えられる.そこでこの研究を行うための不活性液中の学習環境と小型ロボットの準備およびそれらのシミュレーション環境構築を行った.そして不活性液中で小型ヒューマノイドロボットを制御する実験を行い,液中での高運動抵抗および浮力がロボットの運動学習の加速に貢献するか検討した.この実験環境は,羊水中の胎児の認知発達・運動発達のロボットを用いた実証実験の場として今後活用する.

マルチエージェントによる社会発達モデル検証のためのプラットフォームの開発

ロボカップヒューマノイドリーグを実証実験の場として,マルチヒューマノイド研究用プラットフォームの開発を行った[Mayer07c].高性能小型ヒューマノイドロボットVisiON TRYZおよびVisiON 4Gをベースとした複数台の小型ヒューマノイドロボットで,マルチヒューマノイドシステムを構成した.まずプラットフォームの頑強性の確認を目的として,歩行,投擲,球の捕獲などの様々な基本運動を生成し,単体としての動作実験を行った.さらに,マルチヒューマノイドの協調行動(例えば,パスアンドシュートなど)を実現し,視覚情報処理と運動制御のカップリングによる協調行動実現を可能にする各種パラメータの実環境で探索した.本プロジェクトで開発中のヒューマノイドのためのシミュレーション・実機の共通プログラミング環境の開発について提案し,各国の研究者と共同研究開発についての意見交換,ならびに,同時開催されるシンポウムにおいてヒューマノイドの動作実現に関わる研究発表を行い,内外の研究者との研究討論を行った.結果として,ソフトウェア設計の基本方針を確認し,今後も,内外の機種との比較を可能にする小型ヒューマノイドの実証実験の必要性を確認した.