親子間相互作用の観測に基づく発達

親子間相互作用の観測に基づく発達に関する仮説形成と検証

社会的共創知能グループでは,時定数の異なる複数の構造の相互作用現象として社会発達の現象を分類することで,様々な観点でのモデル化を実施してきた.これらの妥当性を検証する上で,その相互作用の時定数,あるいは時間的側面が乳児にどのように捉えられ,そして変遷していくのかを調査する必要がある.そのような時間的側面の認知がよく現れる型のインタラクションとして,「せっせっせのよいよいよい」や「じゃんけん」に代表される手遊びや,歌や音楽に合わせた運動遊び(いわゆる「リトミック」)などの,身体運動を使った遊びがある.これらは,刺激の空間的特性(メロディ,歌詞,他者の動作形状)だけでなく,時間的特性(繰り返しやリズム,タイミング)とも協調しながら身体運動を作る遊びである.特に乳幼児期は身体能力が発達途上であるため,この種の遊びには,外部刺激の時空間的特性を分析し,自身の身体発達的制約と協調させることが極めて重要になる.外部で発生する運動(他者の動作,感覚刺激)の時間特性に対するより深い認知・分析は,発達が進み,社会的要因の影響を受けることに伴って,対象の内部状態(他者の心的状態,刺激変化のダイナミクス)を洞察する社会的認知機能へと分化する過程が想定される(図1).そこで本研究では,このような発達仮説に基づき,(1)外部の運動との協調場面で生成される乳幼児の身体運動について,その時間的特性(運動のリズム,生成タイミング)の調整機能がどのように発達するのかを,外部運動の時間的特性との対応という観点で体系化する.そして,(2)健常成人を対象とした脳機能イメージング研究の知見に基づき,乳幼児期の運動発達から社会的認知機能の創発へと進むメカニズムを脳機能レベルで説明するためのモデルを考案する.


図1 運動発達における洞察機能の関わり

乳幼児期における身体運動の時間的制御機能の発達過程の追跡

上肢をリズミカルにくり返して振る運動 (arm banging) が頻繁に観察される6.5か月の乳児を対象として,身体動作の生成タイミングの調整機能がどのように発達するのかを調べた.乳児が arm banging を自発的に生成した後に親にさまざまな形式の arm banging を行ってもらい,乳児の反応のしかたを調べた.その結果,乳児は親の arm banging に対して模倣的に応答するが,発達的に先行するのは親が行った1回の arm banging 運動の正確な模倣ではなく,数回の繰り返しセットの模倣であること,模倣的反応のトリガーは arm banging に伴う打音や手の振動運動といった感覚刺激ではなく,対面する相手との運動セットの持続的なやりとり (turn taking) であることがわかった(図2).このことから乳児期には,特定の運動の精緻化を可能にする制御機構の発達と少なくとも同時期に,turn taking を可能にする機能もはたらき始めることが示唆された.


図2 親との対面状況での乳児のバンギング運動のやりとり

また,乳幼児による手遊びやリズム運動遊びを課題として,反応運動中のリズム形成,およびタイミング同期に注目して行動特性を調べた[IV-27].0歳6か月から2歳までの乳幼児を対象として,歌・音楽に合わせてモデル(ぬいぐるみのキャラクター,女児)が全身運動を行う映像刺激を提示し,協力者の身体運動反応のビデオ映像データを取得した.さらに1歳10か月以上の協力者には,大人(保護者,実験者)との手遊び課題を行った.解析の結果,11か月ごろでは,動作形状は刺激映像のそれと明らかに異なるが,リズミカルに繰り返す全身運動で反応した.1歳4か月ごろでは,音声提示のタイミングを計って全身運動(跳躍,歩行,伸び)や両手の運動(拍手,手を振る)を行った.1歳10か月を超えると,モデルの動作に対して形状だけでなく生成のタイミングも同時に合わせて反応することがわかった.また,のちの動作をあらかじめ作る,動作系列の先読み(予測)も観察された.

観察された運動反応のうち,乳児のバンギング運動,リズミカルに繰り返す全身運動などの単調な運動のくり返し反応について,くり返しの周期を計測すると,バンギング運動では1.58 Hz,全身運動では2.13 Hzであった(図3).実は,自発的で安定した連続タッピング運動でくり返しの周期を計測すると,幼児期後期で約 2 Hz に収束し,成人期までこの周期で繰り返されることがわかっている (McAuley et al., 2006) .このことから,自発運動の単調なくり返しは,運動部位によらず,約 2 Hz の周期で安定して現れること,またこの周期は発達初期の自発運動のリズミカルなくり返しにおいてすでに機能していることが新たに確認できた.


図3 乳児期の単調なくり返し運動の周期(赤線で示した周期)と自己ペースでのタッピングの周期(折れ線グラフ (McAuley et al., 2006) )との比較

以上2件の研究で観測された運動生成のリズムおよびタイミングの発達過程は,下表のように体系化できる.

表1 協調的運動場面における乳幼児期の運動の時間的特性の発達過程

このように安定な自発運動のリズムをアクティブに制御し,外部刺激,特に他者の運動リズムやタイミングに対して幼児が自らの身体運動をどの程度同期・同調できるか,またリズム、タイミングのずれから同期へ移行する場合,どのように調整されるか,この問題を検討するために,運動系列をリズミカルに作る課題として手遊び歌を採用し,モーションキャプチャシステムを用いて,他者の動作や歌に対する幼児の身体運動のリズムと生成タイミングの同期を計測した.

3歳1カ月の女児と母親のペアが手遊び歌「とんとんとんとんアンパンマン」を実演した回の例を示す.単位系列(歌の節)ごとに,子の運動開始時刻と親の開始時刻との時差(図4の棒グラフ),および運動時間(図4の折れ線グラフ)を求めた.親は約2 Hzの周期で動作を作って見せていた.これに対して子は系列により異なる時差で反応し,運動時間にも長短が生じた.歌の後半部では,運動時間が親と一致し,かつ開始時差もほぼなくなって,異なる運動の連続が親と同期して実現された.一方,親の動作時間は緩やかに増加し,親側の運動リズムがわずかに遅くなっていたことがわかった.親の運動リズムにも子の運動リズム,タイミングへの引き込みが生じて同期が実現されたことがわかった.


図4 各動作系列での親の運動開始に対する子の運動開始時差,および各自の運動時間

動作生成の時間的特性は次のように発達すると考えられる.まず運動の連続生成機能が自発運動として発現し,リズムが形成される.その後,リズムの安定化を図った上でリズムの変調が実現され,長期間で発達する.一方,生成タイミングの調整は,リズム生成に比べ発現が遅いが,ある運動で外部刺激と生成タイミングを同期できると,他の運動での同期も可能になると考えられる.そのひとつが跳躍である:跳躍は,関与する筋肉への運動指令をある時点で一斉に機能させることで実現できる.ある目標時刻での運動指令の実行機能を全身運動で実現した後,関与する筋肉間で細かな時差を設けて運動指令を実行する複雑な制御が発達し,複雑な運動を実現できる.

幼児期は,しかしながら,運動制御機能がまだまだ発達途上であるため,相手の運動との間に時差が生じやすく,さまざまな運動での同期はむずかしい.そこで,動作系列の短縮,粗大動作の素早い生成などで運動の単位系列を時間的に調整し,相手の運動との同期が実現される.さらに,相手の運動においても,一見して顕著な調整は確認されなくても,緩やかな引き込みにより,運動周期が緩やかに変化することで,幼児との動作の同期が達成される.

社会的認知機能の創発・発達の脳機能モデルの考案

リズミカルな運動をプログラムする場合,単位となる運動を定義した後,ある時間間隔である回数だけ繰り返すようデザインするのが効率的である.しかし上記Aでの観測の結果,乳幼児期の運動は身体機能の発達と相まって,その逆をたどるようなプロセスで発達することが示唆された.この結果は,健常成人の脳機能イメージング研究の知見と一致する.リズミカルな運動制御の神経基盤を基本とし,ここに軌道計算などを行う空間的運動制御機構,運動の開始・終了タイミングの制御などを行う時間的制御機構,周期制御機構などが付加されて,複雑な運動生成のための神経基盤となる.特に運動の繰り返し制御のための自己モニタリングには前帯状皮質最後尾の活動が,運動の開始・終了タイミングの制御には同後部領域の中部の活動がそれぞれ関与するが,これは外部から発せられる感覚刺激に合わせて運動するときにも同じである.前帯状皮質は,他者の意図や心的状態(情動,信念,記憶)を推測する,高次の社会的認知機能(“心の理論”,mentalizing)に関わる領域として知られている.これらの事実は,運動の時間的制御のための認知機能が社会的認知機能と共通の神経基盤に支えられることを示唆する.これらの知見に基づき,運動発達から社会的認知機能への発達メカニズムの神経基盤として前帯状皮質を想定し,機能的発達モデルを考案した(図5 Amodio & Frith (2006)の一部を改編.四角の囲みは認知機能を示しており,提示位置は脳イメージング研究の知見で示された関連部位に対応している).


図5 乳幼児期の前頭前野内側面における社会的認知発達モデル