模倣と言語

模倣と言語

個々の運動が順序づけられ系列的な一連の動作として知覚・産生されるためには,前頭-頭頂連関すなわちミラーシステムが重要であることが知られている.この経路は模倣の核回路であるとともに,古典的言語野として知られる回路の一部でもある.コミュニケーション障害である自閉症では,頭頂葉や前頭葉のミラーニューロン感度が低いことが示されており,自閉症児に見られる逆手模倣と言語のエコラリアには強い相関があるのではないかとの仮説のもとで我々は研究を進めている.そこで,一般的な動作である対象物操作,および統語理解との関係について検討し,大脳基底核も含めた言語獲得と言語理解の脳モデルを構築した.

手による対象物操作と数概念の獲得メカニズムの解明

前頭前野が空間的な問題解決過程にどのように関わるかを解明するためにコンピュータ上での迷路課題をサルに訓練して細胞活動を記録した [奥山2008].さまざまな迷路問題を呈示すると,前頭前野の細胞は,ゴール達成までの手順に関する情報を,同時に数手先まで予測的に表現していた.さらに,実際に迷路内をカーソル移動させるときにも,同じ前頭前野の細胞が,予測したときと同様の情報を表現していた.以上の結果から,前頭前野では系列情報を先読みして同時分散的に表現した後,実行時に系列的時間表現として再度活性化すると考えられる.

前頭前野では,迷路課題中の準備期間にはゴール表現が最終ゴールから最初の行動のゴール即ち即時ゴールへの切り替わる.これらの情報変換は,単一細胞レベルでもまた細胞集団のレベルでも認められた.このような情報変換の際には細胞活動間の同期性が上昇することを見出した.前頭前野は,内的に回路の状態を次々と変化させて動的な情報変換を行うことが示唆された [Mushiake2009] [虫明2009]

ゴール指向的な行動では,融通性を持って行動選択する必要がある [奥山2007] [Nakajima2007].そこで非空間的なゴール指向的なオブジェクト操作課題として,数操作課題を導入した.ターゲットとなる数をドットで提示して,遅延期間後,新たに初期値となる数のドットを提示する.この操作課題では,与えられた初期のドット数を左右の手のコントローラを操作して,ターゲットの数に現在の数を一致させる事である.動物は,操作を何回行ってもよいが,ある数で1.5秒以上操作をせずに中立位置に保持すると,その数を選択したとみなされて,その数がターゲットの数と一致していれば正解であり報酬をもらう.行動解析の結果,数操作と手の動作を反転しても,自ら操作を切り替えることができた.またその際の,操作した結果の数と捜査結果として予測した数の一致不一致が大切な手がかりであることが判明した.動物は,数に関してある程度融通性のある操作ができることが判明した [奥山2008]

さらに現在,このような数の操作を融通性を持って行えることを,数操作の事前知識を想定したベイズモデル,報酬との関連性を手がかりにした強化学習モデルで検討した.実際,行動結果とよく適合するのは,数操作の事前知識を想定したベイズモデルであった.このとこから,融通性ある数操作は,操作と操作結果の関連性の知識とその内容の更新ができることに基づくと結論した.また補足運動野,前補足運動野を含む運動系の身体性認知の行動制御をこれまでの知見からまとめて議論をした.

対象物操作と統語理解

乳幼児期の発達目標のひとつである表現系の確立には,自己-他者-対象という三項関係の確立が関わっており,発達過程では共同注意のメカニズムを経て獲得される.これを基礎として,伝達に有効な言語機能,すなわち統語構造をもつ文の理解や産生が可能になっていく.統語構造では,動作主,主題,着点など複数の意味役割の階層・並列関係の理解や産生が正しく行われることが必要である.このような統語理解には Broca 野を中心とした前頭葉と,下頭頂小葉を中心とした頭頂葉領域の連関が必要で,発達過程を経て形成されることが示唆されている.

そこで永井ら [永井2006a] [Nagai2010] は,Broca 野の中でも 44 野・45 野をそれぞれ主病巣とする脳梗塞患者の行動学的分析から,Broca 野内における統語機能分担を調べた.課題は,Object Manipulation Task (図1)で,可逆文を聞いてその文をぬいぐるみ操作により再現するものである.44 野損傷では複雑な階層構造を持つ関係節文の理解が悪く,文構造を単純化して捉える傾向がみられた.一方 45 野損傷では,並列関係にある対象物間の関係を示す与格文の理解が不良であり,文頭の対象を動作主とする誤りが目立っていた.このことから,44 野は意味役割変換や再解釈など動的な統語処理を扱うのに対して,45 野は意味役割の固定した等価なアイテム間の意味的関係などの処理を扱うことが示唆された.また同様の課題を下頭頂小葉(39野)損傷患者に行ったところ [乾2008a],多くの点で BA45 と類似しており,統語理解に関わる前頭-頭頂連関として BA45-39 ラインと BA44-40 ラインが想定された.前者は統語関係シミュレーションの意味的側面に,後者は動作主を中心とした文脈内の系列処理に関わることが示唆された.一方 fMRI を用いて日本語の助詞判断課題と音韻判断課題における健常者の脳活動を比較することにより,47 野は特に助詞の処理で活動することが示唆されている.47 野は 45 野に隣接しており,ともに働くことで意味役割付与を強固にしていると考えることができる.


図1 統語理解課題.[永井2006a]

統語処理と意味理解の脳内メカニズム

言語の統語処理において中心埋込文(例「X が Y を叩いた Z を押す」)のような複雑な階層処理が必要である.我々の先行研究から,左外側前頭前野 (LDPFC) が左分岐文 (LB) と比べ中心埋込文 (CE) の理解時に活動が増加することを示したが,それが一般的な文章の複雑さによるものか,あるいは埋込構造処理に特異的かは不明であった.その点を明らかにするため今回我々は,三種類の異なる文型での文章理解時の脳活動を fMRI で計測した [Ogawa2008].実験では,名詞として X,Y,Z の三種類の文字を,動詞として「叩く」「倒す」「押す」の三種類を用いた.これらの文字と単語を用いて,全く同じ内容の文章を,左分岐文 (LB) ,中心埋込文 (CE) ,および従属節のない等位接続文 (AC) で作成した.文章の複雑さはAC,LB,CE の順に増加する.結果からLDPFCはCE処理時に選択的に高い活動を示し,AC と LB 間では活動の有意差はみられなかった.よってこの部位が,一般的な文章の複雑さではなく,中心埋込構造の処理に必要な統語的バッファや統合コストに関連する点が明らかとなった.

さらに,従来のモデルを拡張し,世界で初めて言語獲得と言語理解の脳のモデルを考案し,国際誌に投稿した [Dominey2009].このモデルは,ブローカ野,47 野,大脳基底核などの機能を仮定しており,文法獲得とグラウンディング(単語とその指示対象との対応)を同時に獲得するものである.ここでの主要なネットワークを図2に示す.BA47 はリカレントネットワークの構造をしており,これによって現在の closed class の単語のみならず,以前の closed class の単語の履歴を表現することができる.47 野は尾状核頭に投射し,線条体,視床を経由して BA44/45 に信号を伝達する.BA45 には現在の open class の単語が存在するが,文レベルでの統合された意味は BA44/6 に表現される.つまり,単語レベルの意味 (BA45) は統合され,適切な主題役割を付与されて BA44/6 に文レベルの意味に統合されると考える.


図2 言語獲得と言語理解の脳モデル [Dominey2009]

6歳時に左尾状核損傷を受けた症例の成人期の文法機能を調べたところ,標準的な6歳児で獲得されているべき文法項目は保たれており,それ以降に獲得されるはずであった項目が選択的に障害されていた [Nagai2010] [永井2008] [Nagai2009].したがって,上記モデルにおいて尾状核は特により高度の文法獲得において重要な役割を持つと考えられる.

自閉症においては模倣能力の障害が言語を含むその後の機能獲得に影響するといわれる.そこで,自閉症における模倣獲得と頭頂葉機能の関係について調べた.その結果,自閉症児でも,左頭頂葉機能の障害が模倣獲得にきわめて大きな影響を及ぼしていること,共同注意等においては右の頭頂葉が重要であることなどが明らかにされた [江口2008].この結果は,自閉症児の発達障害を説明するための重要な知見である.

コミュニケーション基礎機能のモデル化

これまでの研究で,ウィリアムズ症候群では模写の障害が強く,その原因として,描画運動中の視空間性ワーキングメモリの障害,見本図形の特徴点抽出や自己描画運動への座標変換の障害,および抑制の障害が関わることを示してきた.健常児では,これらの機能は他の描画能力やイメージ操作機能と並行して発達すると思われるが,ウィリアムズ症候群ではアンバランスに発達していると考えられる.このことは,描画だけでなく日常のコミュニケーションにも関わってくる.過度の社会性との関係に関しては今後の検討課題である.
一方,空間的注意の移動と文理解における主語の変換の関係を調べるため,fMRI 実験を行った.まず,赤と青の 2 物体が左右に移動する動画を提示したのち被験者に文を読ませ,提示文と動画の内容が合致しているかどうかを判断させるという実験を行った [岩渕2009] [Iwabuchi2009].被験者の視点は cue によって動画内の一方の物体に誘導され,この視点と提示文における主語が不一致の場合には視点変換が生じると考えられる.結果,不一致条件において反応時間の分析から視点変換が生じていた可能性が示唆され,また右背外側前頭前野 (dorsolateral prefrontal cortex: DLPFC) での活動増加が見られた.さらに実際の言語使用に近い設定での脳活動を調べるため,動作主・被動作主といった意味役割が明らかであるようなイベント画像を用い,また画像の観察中に cue の出た側の対象を主語として状況を内言させるといった教示をした上で,先の実験と同様の手続きによる課題を行った [岩渕2010].その結果,視点変換を要する条件において右 DLPFC での活動増加が有意傾向であり,さらに左上頭頂小葉 (superior parietal lobule: SPL) /楔前部 (precuneus: PC) においても賦活が見られた.以上を総合すると,本研究から左 SPL/PC において文内容のイメージ形成が行われ,そのイメージにおける空間的視点が右 DLPFC によって抑制・解放されることにより視点変換が生じるという可能性が示唆された.

さらに,参照枠が日常の談話場面においてどのように選択・変換されるかを調べる.言語理解と話者交代や視点変換などの機能との関連を解明することにより,言語獲得モデルの精緻化をおこなう.また同モデルを,複文理解へと拡張する(図3).


図3 コミュニケーション基礎機能のモデル.

以上の知見を総合し,どのように様々な機能が関係し合って言語・非言語コミュニケーションが発達するかをモデル化する(図4).


図4 発達過程における各機能の連関図.

「私がコップを掴む」や「彼がコップを掴む」といったことの理解はどのようになされているのであろうか.すでに述べたように,ミラーニューロンは掴むという動作を理解できる.しかしミラーニューロンでの理解には,掴む (agent, patient) という構文的意味役割の項には値が割り当てられていないと考えられる.先述したように,agent の項に対応する情報は頭頂葉から,また patient に対応する情報は下側頭葉から送られてくる.それらの情報がミラーニューロンにおける行為の情報とバインディングされることで,この状況が理解されるのではないかと考えられる.さらに上で述べた文理解における視点変換実験の結果,および複文理解実験の結果を考慮すると,ミラーニューロンのすぐ上の領域,すなわち左 BA9 を中心とする中前頭回の部分が右の相同部位である中前頭回と対比的な機能を持つことが考えられる.つまり左の BA9 は文における主節や従属節といった階層を切り替えて処理を進める働きをしているのではないだろうか.そして各階層において上述のミラーニューロンにおける情報のバインディングが行われることで,文理解が達成されるのではないかと考えられる.こうした考えに基づき,以下の仮説を提案した [乾2010].すなわち,

仮説  右 BA9 を中心とする領域は視点変換の機能を有し,左 BA9 を中心とする領域は文の階層的処理に関係していると考えられる.いずれもワーキングメモリにおける実行機能と関連しており,ワーキングメモリ内の情報の次元の切替えに関わっていると考えられる.