背景

背景

イメージ化とメンタルシミュレーション

発達過程再考

まず発達過程を我々の立場から見直してみよう.我々のグループに関心のある機能のみをまとめたものが表1である.5 ヶ月くらいになると自分の手をじっと見るようになるが,これは手の順モデル,逆モデルの学習と考えることができる.6 ヶ月になると抱いていた人の顔をいじるが,これは顔の視覚・触覚情報の統合を行っている可能性があり,さらに手で持った物をいろいろな角度から見るという行動は 3 次元物体認識の学習と考えられる.7 ヶ月ごろには因果性や物体の永続性の学習を,8 ヶ月ごろには,物体の動力学的モデルの学習や視覚と聴覚と運動の連合学習を行うと考えられる.9 ヶ月ごろには,道具使用の学習が始まる.10 ヶ月になると動作模倣が始まるが,ここでは自分で見ることができない動きができるようになる.また11 ヶ月では,微細握りや他人にものを渡すことができるようになり,ほぼこの頃までに他者動作の認知や共同行為の基礎が成立する.12 ヶ月になるとふり遊びが始まるが,これは内的シミュレーションの起源である.さらに12 ヶ月以降になると他人の動作を見ながら複雑な模倣ができるようになる.以上のことから,自分のボディスキーマの学習,把持できる物体の学習,道具の学習,内的シミュレーションの学習というように,徐々に発達していく過程がよくわかる.

 

表1 身体・物体・道具・内的シミュレーションの学習過程 [乾2007a]

 

 

物体の永続性

生後 6 ヶ月~ 1 年頃に,幼児は視覚的には見えなくなっても物体が存在し続けているという概念を獲得する.これは「物体の永続性 (object permanence) 」と呼ばれるが,脳内のイメージ機能や運動予測機能の発達と関連していると思われる.このような予測機構は,幼児期の目標指向運動到達運動や到達把持運動の獲得と共に発達すると考えられる.また,指差し・模倣といった非言語コミュニケーション能力の発達においても,予測制御機構が重要な役割を持っていると考えられる.

 

表現系

乳幼児期の発達目標の一つは,外界の対象をとらえる種々の表現系を確立し,状況に応じてそれを選択・適用し,環境に適応することである.表現系には,自己中心座標系と環境中心座標系があり,両者とも身体図式と深く関連する.我々はこれら2つの表現を自在に扱いながら,高度な認知機能を実現している.特に対象を記述する2つの座標系(自己中心座標と対象中心座標の確立とそれらの相互変換機能の学習は重要である.乾(2007b) は,左頭頂葉は自己中心座標による記述を,右頭頂葉は環境中心座標による記述を行うという仮説を多くのイメージング研究を基礎に提案した.さらに左頭頂葉は外界の刺激を自己身体に投影する働きを,右頭頂葉は自己身体を外界の物体や他者に投影する働きがあるとした.また身体イメージは,身体の予測制御システムを使って生成されていると考えられる.

 

心の必要条件と発達方式

言うまでもなく心は生存のために必要である.この大目的のためには,他者の行動の予測と自己がおかれた状況の的確な判断と今後の展開の予測,そして自己の適切な行動選択ができなければならない.しかし実際にはこれは難しい.なぜなら,行動の予測は相手の内部状態(相手の心的状態に依存しているからである.もちろん,相手の表情やしぐさは重要な手がかりとなる.またこれらの手がかりは,その場の状況の判断にも使える.ここでこのような機能を実現するために,以下のような心の必要条件を提案する.

    a) 対象の自己中心的モデル(自己の行動が入力という意味を構成することができる.
    b) このモデルに基づき対象の行動・動きの予測ができる.
    c) このモデルに基づきメンタルシミュレーションができる.

ここでこれらの必要条件を満たす心の発達に不可欠なプログラムとして以下の 2 種類の原始プログラムを提案する.

    a) 模倣プログラム
    b) 予測プログラム

これら一方のプログラムだけでは不十分である.その理由は,心の機能を種内のコミュニケーションに利用せねばならないからである.

 

模倣の意義と動作理解

前述のように自己の運動指令を入力とする外部環境の内部モデル(順モデル)を獲得する上で模倣学習は重要である.それは視覚だけの記述では不可能であり,自らが運動を生成しモデルを構成しなければならないからである.

心の機能を形成するための重要な模倣として以下の 4 つがあげられる:a) エコラリア的模倣,b) 表情の共感的模倣,c) ごっこ遊びや, d) パントマイムなどの 2次的模倣がある.模倣の基礎は,視覚,聴覚情報の運動指令信号への変換である.自閉症児の研究から言語獲得には2次的模倣が重要であることが知られている.動作模倣機能の低さと併せて,自閉症ではジェスチャーやパントマイムなどの認知能力も低い.2次的模倣は,対象に束縛されないでモータメモリを自発的に想起できるかどうかが重要となる.また最近の神経科学的研究からも模倣と認知は表裏一体であることが指摘されている.言い換えると,感覚入力なしに順モデルが駆動できるかどうかが鍵になる.

 

模倣と言語:運動系列予測学習仮説

言語活動のうち最も重要なのが,構文処理であり,そのための文法獲得は認知発達における最も重要な機能である.ところで我々はここで以下のような仮定を置くことにする.

    1) 文法獲得を含む認知機能の発達には模倣機能が中心的役割を果たす.
    2) 模倣により,対象(刺激)が自己中心的に表現される.
    3) 自己中心的表現とは自己の身体運動を入力とする対象の順モデルである.
    4) 自己中心的表現は対象の時間変化の予測を含む.

ここでの模倣には,視覚情報から自己の運動情報への変換(見まね,ジェスチャーの理解)や聴覚情報から自己の運動情報(構音指令への変換聞きまね,復唱)が重要となる.おそらく,予測と模倣の2つの機能が一体化されており,対象の動きを予測しながら模倣学習を進めていると考えられている.つまり,自己の運動指令を予測しつつ,模倣学習を進めるというのが,運動系列予測学習仮説である.注意しなければならないのは,ここでの「運動系列」とは,4 野などが出す個々の筋肉への指令信号を意味しているのではなく,より高次の「アクションユニット」とでも呼ぶべきものである.つまり,より複雑な指令信号をまとめたチャンクの符号であると考える.これはおそらく視覚的あるいは聴覚的に分節 (segmentation) された単位に対応している.

 


 

我々は以上のような研究を背景に認知発達のプロセスを詳細に検討することにより,認知発達,とりわけコミュニケーション機能の発達には自他非分離の原則の下で

    1) 胎児期における共感覚的身体図式の獲得
    2) 新生児における随伴性制御(最大化原理を含む)
    3) 順モデルと逆モデルの学習
    4) 座標変換の学習

といった機能が重要であると考えた.そしてこれらが学習されたのちに decoupling (分離表象)が学習される.

1) で得られた身体図式は新生児が人間の顔に注意を払うという初期の選好性 (preference) の基礎となる.また 2) のように随伴性の高い刺激に対してより注意を払うことで,3) に示す自己身体の順モデルおよび逆モデルの学習が同時に進んでいくと考えられる.後述するように,手の運動の順モデルと逆モデルが同時に学習されることは発達心理学的事実によって強く示唆されるものである.手の運動についてこのような学習を行うことで幼児は手が届かない対象に対しても手を伸ばすことが出来るようになり,これによって指さしの基本的機能が獲得されると考えられる.また運動の順モデルを獲得することで運動予測が可能となり,これが物体の永続性やイメージ生成の基礎に繋がる.さらにこうして運動の自己モデルが獲得されると,非随伴的な物,対象物や他者の動きにもより注意を払えるようになる.続いて 4) の学習によって,自己中心座標だけでなく対象中心,あるいは他者中心の座標で対象物を知覚・認知することが出来るようになる.このような座標変換には既に獲得された運動の順モデルによる予測信号が必要である.またこれらが学習された後には,文脈に依存しない表象,すなわち分離表象を作る学習が進められると考えられる.この分離表象が作れるようになると,物を別の物にも見立てたり,ごっこ遊びをしたりといったことが可能になる.