株式会社セルージョン 受賞者インタビュー

大学発ベンチャー表彰2023 文部科学大臣賞

慶應義塾大学ベンチャー 株式会社セルージョン
iPS細胞で世界の角膜移植を待つ患者の希望に

大学などの研究成果を活用して起業したベンチャーのうち、今後の活躍が期待される優れた大学や企業などを表彰する「大学発ベンチャー表彰2023」の文部科学大臣賞は、慶應義塾大学医学部眼科学教室発の再生医療ベンチャー、株式会社セルージョン(東京都中央区)に決まった。

角膜移植とは

角膜は眼球の最前部にある透明な組織で、水疱(すいほう)性角膜症や円錐角膜、細菌またはウイルス感染症、角膜白斑、角膜変性症、ジストロフィー、外傷など様々な病気で白く濁ってしまった角膜を透明な角膜と取り替える手術が角膜移植だ。 移植の適応疾患の半数以上は水疱性角膜症で、その病態は角膜内皮細胞が障害を受けて細胞数が減少し機能不全に陥り、角膜に多量の水がたまり浮腫(むくみ)を生じ混濁する。高齢化に伴い患者数は増加する。 角膜を大きく分けると上皮、実質、内皮の3層構造をしていて、3層全てを移植するのが全層角膜移植術だ。2000年代から角膜内皮層の移植片を移植する角膜内皮移植術が開発され普及してきた。また角膜には血管が入り込んでいないため、ほかの臓器移植と比べ拒絶反応が起こりにくく、血液型のマッチングなしで他家(たか)移植(他人の組織を移植)をすることが出来る。しかし既存の移植方法は、傷口が大きいことから術後の感染や乱視、眼圧の上昇、移植片の接着不良などを引き起こすといった課題が残っていた。 日本角膜移植学会によれば、日本国内における2014年度の眼球提供登録者は1万883人、献眼者は927人、移植件数は1,476人、2014年3月末の待機患者数は2200人。角膜疾患のための視覚障害者は1万9000人と発表している。またアメリカ国立衛生研究所が公表する「角膜移植とアイバンクに関する世界調査」によれば、角膜移植を待っている患者は134カ国で1,270万人ほどだ。116カ国で実施された角膜移植はおよそ18万5000件にとどまる。したがって、角膜移植を希望しても順番待ちに1年以上かかるのが実情で、角膜移植を必要とする人たちに、いかに治療が届いていないかが分かる。

移植の課題を解消

慶應義塾大学医学部眼科学教室の榛村重人(しんむらしげと)特任教授と羽藤晋(はとうしん)特任講師らは、iPS細胞から角膜内皮細胞と同等の機能を持つ角膜内皮代替細胞を製造し、その細胞を眼内に注射器で注入し角膜の後面に移植すれば、水疱性角膜症に対する有効な治療となる可能性が高いことを突き止めた。 この研究成果を基にした細胞療法によって、世界の角膜失明患者に治療を届けるため2015年、セルージョンは設立された。代表取締役には先の羽藤氏が就いた。 従来の角膜移植は、ドナーの角膜が必要で、手術手技が難しく経験豊富な熟練医師による手術が必要だ。このほか、ドナー角膜を適切に患者さんに届けるために、アイバンクも必要だ。しかし現状は、これら全ての条件が整備されている国や地域は、世界的にも限られていると羽藤社長。セルージョンは、他家iPS細胞から分化誘導したiPS細胞由来の角膜内皮代替細胞を用いた新たな治療法を開発することで、これらの課題を解消していきたいという。

図 既存治療法との比較

 その解決方法は、①角膜内皮代替細胞を大量生産・凍結保存ができ、需要に応じた移植も可能。②治療方法は、細胞注入療法と呼ばれ、角膜内皮代替細胞の懸濁(けんだく)液を注射で眼球内に注入して移植する。既存の角膜移植と比較しても傷口が小さく合併症を大幅に減らせる。または手術手技はそれほど複雑でなく手術も短時間で済む。侵襲(しんしゅう)も低く患者の負担も軽いため、眼科医師にとっても手術手技の習熟期間を短縮化でき、広く眼科医師に受け入れられやすい。③他家のiPS 細胞を用いるため、アイバンクがなくても通常の医薬品と同様に治療を届けることが可能となるという。 角膜移植の専門家でもある羽藤社長は「角膜移植は100年の歴史があり、拒絶反応に対する対応策など移植治療に関する多くの知見が蓄積していますので、再生医療に非常に適しています。iPS細胞から生成した角膜内皮代替細胞を使う当社の方法は、病的な内皮細胞が残っている部分をこすって洗い流し、新しい内皮細胞を注射で移植します。また、iPS細胞から短期間に約1,000人分程度の大量の内皮細胞を生産し、しかもオーダーメードとは異なり凍結保存して、オフ・ザ・シェルフ(off the shelf)として在庫から需要に応じ出荷して治療できます」と強調する。

写真 羽藤晋社長

創業した最初の3~4年は一人で会社を運営していた羽藤社長は、その助走期間に企業経営についても学んでいった。今は仲間も増え、チームワークもできて、医師主導の臨床研究までこぎ着けたことで、会社の成長を実感している。そしてセルージョンを日本発のグローバルバイオテック企業として成長させていくのが役目と、その眼差しは経営者として世界を見据えている。臨床研究を着実に進めながら、従来法の多くの課題を克服する治療は、世界の角膜移植待機患者の希望となりそうだ。


2023 年 8 月
企画構成/取材 山口泰博
スタートアップ・技術移転推進部 産学連携プロモーショングループ