科学技術振興機構(JST)は2008年11月14日に経団連ホール(東京・大手町)で「JST技術移転事業50周年記念シンポジウム」 を開いた。大学などが持つ技術シーズを社会に生かす技術移転事業の今日的課題や今後の方向性について、広くて深い議論が 繰り広げられ、会場は熱気に包まれた。

「未来を先取りする試みを続ける」

北澤 宏一

科学技術振興機構 理事長
北澤 宏一

40年以上前、私が大学院生のとき「産学協同反対」のデモに行ったことを覚えている。 そんな時代と産学連携が当たり前になった今を比べると今昔の感がある。当たり前になるほど数が増えた 産学連携や技術移転について「これからは質だ」と言われている。われわれJSTは、そうした流れを踏まえ、 未来を先取りするような試みを続けていきたいと思っている。全国的に活動しているJSTの産学連携コーディネーターは、 そんな質的向上に大いに役立つものと自負しており、彼らのさらなる活躍を期待している。

「日本の向かうべき道~イノベーションとサスティナビリティ~」

小宮山 宏

東京大学 総長
小宮山 宏

日本はエネルギーが足りない、廃棄物の影響が大きい、情報やお金の回るスピードがものすごく速い、あるいは高齢化の進展といった面で、良くも悪くも世界の先端を切っており、課題を山ほど抱えている。この課題を解決するのがイノベーションであり、それが世界を新しい形にするわけだから、そういう意味で良い位置にいる。

良い位置というのは、ジオグラフィックにもそうで、今、一番成長しているアジアに属し、地政学的にも、人種の面でも近い。そういうところにいるというのが「良い位置」の意味だ。

ところで21世紀前半の世界を俯瞰(ふかん) すると、文明が発展してきた当然の帰結としての、二つの大きなパラダイムシフトが見逃せない。「小さくなった地球」と「高齢化社会」― の二つだ。両者とも、それが明確に表れてくるのは2050年ごろだと思う。そこで、国全体としては2050年辺りに照準を合わせて今の取り組みを決めるのがよいのでは。

では2050年に何が起きているかというと、地球温暖化の進行、資源の欠乏、それに人工物の飽和の三つが予想され、この三つの問題に答えを出すことが人類のビジョンといえよう。三つのうち、聞き慣れない「人工物の飽和」とは何かを、自動車を例に挙げて説明すると、昨年、日本では440万台販売され、440万台が廃車になった。総量5800万台は一定であり、こうした状況を指すものだ。

船やビルなど、あらゆるもので同じことが起こる。これは、大量のスクラップが出てくるとも言えるわけだが、その際、廃棄物の中には資源が入っているのが大きなポイント。つまり、物質の循環システムをつくることが肝要であって、温暖化、資源枯渇、人工物の飽和―の三つを同時に解決する一つの答えになる。

この「物質循環システムをつくる」と「エネルギー効率を3倍にする」および「再生可能エネルギーを2倍にする」をビジョン2050として提案しており、それに向けたアクションが今、必要だと考えている。

pdficon 当日資料(pdf:2.1MB)

「イノベーション・日本の課題―技術移転と産学官の役割―」

基調講演に続くパネルディスカッションでは日本経済新聞社 科学技術部 編集委員 滝順一氏の司会のもと、技術移転にかかわる産学官の人たちがそれぞれの立場・視点から意見を述べ、議論を深めた。

滝 順一

モデレーター:滝 順一
日本経済新聞社 科学技術部 編集委員

登壇者の皆様

登壇者の皆様

活発な質疑応答

活発な質疑応答


有賀 敬記

委託開発制度で世界1/4シェアの製品開発

大陽日酸株式会社 執行役員
有賀 敬記

PET(ポジトロン断層撮影法、がん検査に有効)診断薬の原料となる酸素18標識水の開発でJSTの委託開発制度を活用した。東工大名誉教授の浅野先生の指導を受けた産学官連携プロジェクトであり、当初の目標を上回る成果を収められた。04年にJSTから開発の成功認定を受け製品販売を開始。以後順調に伸びて、今では世界市場の4分の1、国内だと80%のシェアを獲得している。「本当にうまくいくか」「いきそうか」「いきそうな理由は何か」をどこまで問いつめるかが、成功へのキーポイントになると実感した。
pdficon 当日資料(pdf:616KB) ・本成果のプレス発表

後藤 芳一

産学の接続に官の役割大

経済産業省 製造産業局 次長(前(独)中小企業基盤整備機構 理事)
後藤 芳一

中小企業では産学官連携は十分活用されてこなかった。中小は短期の事業成果を求めるが、これまでの連携は大学からの技術移転や大手向けが中心だった。中小機構は中小向けのモデルを提案し、売上のでた660余件を調べた。事例から、産と学の接続に官の大きい役割がある、シーズ指向は広域の、ニーズ対応は地元での連携が有効、連携が広域になるほど事業期間が短くなるとの知見を得た。3千人いるプロマネの育成・評価に活用を始めた。
pdficon 当日資料(pdf:920KB)

田口 康

JSTの技術移転は効率的

文部科学省 研究振興局 研究環境・産業連携課長
田口 康

JSTの技術移転事業は、文部科学省の施策の中で、基礎研究の成果をイノベーションにつなげていくための重要なツールとなってきた。また、過去50年間の合計で費用対効果を見ると、約1千6百億円の研究開発費の投入に対し、開発費の回収による収入が約1千2百億円、成果の売り上げが約5千億円と、政府の研究開発投資としては非常に効率のよい事業となっている。しかしながら、大学における技術移転活動の拡大による必然的な結果として、その影響力(=効果)は相対的に減少しており、事業を見直していく必要がある。見直しの方向の一つは、よりハイリスク・ハイリターンの課題に取り組むことである。
pdficon 当日資料(pdf:620KB)

谷口 邦彦

先生の本音を探るのが重要

文部科学省 産学官連携コーディネーター
谷口 邦彦

産学連携のアウトプットは金にする。要は、研究や教育とは異なり、ビジネスであるというのが私の変わらない気持ちだ。マッチングに関しては、次に取り組みたいといった大学の先生方の本音を探し出すことが重要だと思っている。しかし、今後は、このような基本は堅持しつつも、先生方のシーズにのみ依存するのではなく、幅広い市民・地域にニーズの研究への反映、連携成果の教育への還元という循環を構築して、第3の役割から第3極の役割へ進化することが重要と考えている。
pdficon 当日資料(pdf:704KB)

三木 俊克

一層の民間型手法の導入を

山口大学 副学長
三木 俊克

1年ちょっと前に大学の副学長の職に就き最初に関わったことが、それまで明確ではなかった大学のビジョンを定めることだった。その中で、産学連携やイノベーションの関連では、社会と大学のバリューチェーンの構築を明文化した。ところで、国立大学法人化が大きな転機となり、大学は自立的運営や民間型マーケット手法の導入を進めると言われたが、本当に民間型手法が導入されているかというと、残念ながらそうではないと思える。これが、今後の大きな課題だろう。
pdficon 当日資料(pdf:464KB)

小原 満穂

科学技術振興機構 審議役
小原 満穂

JSTはこれまでシーズドリブンの事業を進めてきた。しかし、これからは、まず企業の方からニーズを提案してもらって、それに対してソリューションやシーズを大学の先生が提案するような事業を始める。ニーズに合うものをできるだけ速やかに進めていこうということだ。また、非常に独創的な有益なシーズをシームレスにつないで、育成して、企業に渡す事業、これは戦略的イノベーション化事業と呼んでいるが、それを来年から始める。基礎研究から実用化までのシームレスな流れをつくるもので、JSTが進むべき一つの方向だと思っている。

JST技術移転事業50周年記念シンポジウム交流会・成果展示

大年表

JST技術移転事業 大年表 pdficon pdfダウンロード(4MB)

交流会の様子 交流会の様子 交流会の様子 成果展示

交流会・成果展示の様子
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