事業成果

相対論の検証から地下資源の探索まで

光格子時計が時計の概念を変える2021年5月更新

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香取 秀俊(東京大学 教授/理化学研究所 主任研究員)
さきがけ
光と制御「シュタルク・アトムチップによるコ ヒーレント原子操作」研究者(2002-2005)
CREST
量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出「極低温原子を用いる量子計測法の開拓」研究代表者(2005-2010)
ERATO
「香取創造時空間プロジェクト」研究総括(2010-2016)
未来社会創造事業
通信・タイムビジネスの市場獲得等につながる超高精度時間計測(2018-)

光格子時計の精度は現在の国際原子時の1,000倍

「光格子時計」と呼ばれる時計がある。まず、「魔法波長」と呼ばれる特別な波長のレーザー光を干渉させて作った3次元の微小空間(光格子)に、レーザー冷却された原子を1つずつ捕獲し、原子同士の相互作用が起きないようにする。次に、これらの原子にレーザー光を当て、吸収する光の振動数(共鳴周波数)を精密に測定して、1秒の長さを決める。光格子全体には100万個もの原子を捕獲できるので、それらの原子の共鳴周波数を一度に測定して平均をとることにより、短時間で時間を決めることができる。

光格子時計は次世代の「秒の定義」の有力候補である。現在の「秒」を定義しているセシウム原子時計の精度(10-15:3,000万年に1秒狂う精度)を1,000倍程度向上させる手法として、世界中で高精度化を目指した研究が進められている。

光格子時計の考案者でもある香取秀俊教授の研究グループは、ERATOにおける研究を進めるなかで、2014年5月には、低温環境でストロンチウム原子の高精度分光を行う2台の光格子時計を開発し、2台の時計が2×10-18の精度で一致することを実証している。2015年3月には、水銀原子を用いた光格子時計を新たに開発し、研究グループが開発した世界最高精度を持つ低温動作ストロンチウム光格子時計と直接比較している。得られた水銀とストロンチウムの周波数比は、現在の「秒」の定義の精度をはるかに超える精度で得られており、国際単位系における「秒の再定義」を促す重要な結果である。

一方、光格子時計の様々な応用の基盤技術開発では、2014年6月、中空の光ファイバー中でストロンチウム原子の高精度分光に成功している。これは量子計測装置の小型化の新たな基盤技術となる重要な成果であり、その目標の先には小型化された光格子時計がある。

光格子の模式図

模式図

中空ファイバー中に光格子を作りストロンチウム原子を閉じ込める

光格子時計小型化の技術開発を進めてきた研究グループは、光ファイバーに注目した。中空の光ファイバーは、中空のコア中に光と原子を閉じ込められるため、有望な小型化技術であると考えられた。一方で、従来の研究では、原子同士や原子とファイバーの壁の相互作用のため、共鳴周波数は数MHz以上に広がり、光ファイバー中では自然に近い線幅の狭いスペクトルを得るのは難しいとされていた。

研究グループは、中空フォトニック結晶ファイバー(以下、中空ファイバー)内に、魔法波長の光格子を作り、そこにレーザー冷却したストロンチウム原子を1個ずつ捕獲し、原子の共鳴スペクトル線幅を細くすることに挑んだ。

高精度な光格子時計を作るためには、ストロンチウムの捕獲時間を十分に長くする必要があり、ストロンチウム原子とファイバー中の残留ガスとの衝突を防ぐなどの工夫をした。その結果、ファイバー中での原子の捕獲寿命を測定し、350~500ミリ秒と、光格子時計の構築に十分な寿命であることを確認した。

実験装置の概要

実験装置
  • a. コア直径40μm、長さ32mmの中空ファイバーに魔法波長の光格子(赤い波線)を形成し、その中にストロンチウム原子(青い丸)を捕獲した。中空ファイバー中で光格子を1次元的に構成する。隣り合うストロンチウム原子の間隔は魔法波長の半分(約0.4μm)になる
  • b. 使用した中空ファイバーの断面図。中央部分が中空になっている

スペクトル幅を1/1,000近くにまで低減

原子時計における量子雑音の低減のためには、観測する原子数の増大が重要になる。自由空間中では、光が回析によって広がるため、光の焦点近辺の領域でしか原子を捕獲できない。これに対し、中空ファイバー中では、コア中に光を閉じ込めたまま光を減衰させずに伝送できるので、ファイバーの長さに比例して捕獲する原子数を大幅に増やすことが可能である。

その場合の課題は、原子同士の相互作用を防ぐため、光格子の一区画に原子を1つだけ捕獲できるかということである。そこで原子を光格子に多数捕獲して中空ファイバーに導入したのち、光格子を開放して原子を中空ファイバー中に拡散させ、それを光格子で再捕獲することで、光格子の一区画の原子数をほぼ1個以下まで低減した。これにより、原子数を保ったまま原子同士の相互作用が抑制され、7.8 kHzの周波数線幅の共鳴スペクトルが得られた。

従来、光ファイバー中で測定された原子、分子のスペクトルは5MHz程度であるのに対し、魔法波長の光格子を導入することで、スペクトル線幅を1/1,000近くまで低減できた。得られたスペクトル線幅は、ほぼ原子の自然幅で制限され、ファイバー壁との相互作用は観測されなかった。一方、計算から、今回のコア径のファイバーを使うとき、原子とファイバー壁の相互作用が時計の精度に与える影響は、10-17精度(30億年に1秒狂う精度)と見積もられた。これらにより、中空ファイバーを使って、小型でありながら高精度な光格子時計が構築する足掛かりができた。

1次元格子中で原子を拡散させる

1次元格子中

ファイバーに原子を導入した直後は、横方向の原子の広がりは小さく、複数原子が捕獲されている格子が存在する(上図)。このような格子では原子どうしの相互作用が起こる。原子をいったん光格子から解放して原子を拡散させた後、再び原子を光格子に捕獲し直すことで、1格子あたりの原子数をほぼ1個以下にまで低減した(下図)

宇宙年齢138億年を経ても誤差は0.4秒

きわめて精度の高い時計では、「重力が強いと時間はゆっくり進む」というアインシュタインの相対論の影響が測定できるようになる。研究グループが目標とする10-18精度(138億年前のビッグバンから今日までの宇宙年齢を経ても0.4秒しか狂わない精度)を持った光格子時計では、わずか1センチメートルの高低差で重力がもたらす(一般相対論的な)時間の進みの違いが検出できるほか、人の歩く速さで起きる(特殊相対論的な)時間の遅れも検出できるようになる。

研究グループは、実験室で使用していた大型光学定盤上のレーザー装置を含む光学系を集約し、制御系を含めてボックス化した。それにより、実験室環境で実現した時間の精度を劣化させることなく、システムの小型化・可搬化を実現し、実験室外の環境でも10-18精度を実現できるような可搬型ストロンチウム光格子時計を開発した。

開発した2台の可搬型光格子時計

図:開発した2台の可搬型光格子時計

2019年3月28日から4月5日にかけて、可搬型光格子時計を東京スカイツリーの地上階と高さ450メートルの展望台2か所に設置し計測したところ、展望台の時計は1日当たり約4ナノ(ナノは10億分の1)秒速く進んでおり、一般相対性理論の予測通りの結果が得られた。2台の時間のずれを標高差に換算すると約452.6メートルとなり、国土地理院が測量した展望台の高さともほぼ一致した。

世界最高精度の可搬型光格子時計の開発、その時計を用いた実験室外の公共の場での測定は、いずれも世界で初めての試みで、光格子時計の実用化へ大きな一歩となった。

東京スカイツリーでの一般相対論検証実験

図:東京スカイツリーでの一般相対論検証実験

地上階と展望台に設置した2台の時計を光ファイバーで結んで周波数を比較した。同時にGNSS(全球測位衛星システム)やレーザーを用いた従来の測量手法でも標高差を計測した

また、周囲より比重の高い鉱脈などが地下にあると、地上で感ずる重力が強くなるので時間の進みがゆっくりになる。それを検出できる小型の光格子時計が実現すれば、地下資源の探索も可能になるだろう。今回の成果を足掛かりに、光格子時計の小型化・可搬化を目指した技術開発がなおいっそう進むと期待される。