事業成果

医療機器から生活用品まで

人体にやさしいMPCポリマー2017年度更新

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中林 宣男(東京医科歯科大学 名誉教授)/石原 一彦(東京大学 教授)/日油株式会社
独創的シーズ展開事業 委託開発
「リン脂質極性基を有するポリマーの製造技術」代表研究者・開発実施企業(H6-11)
中村 耕三(東京大学 名誉教授)/石原 一彦(東京大学 教授)/京セラメディカル株式会社(日本メディカルマテリアル株式会社:当時)
独創的シーズ展開事業 委託開発
「MPC処理を用いた長寿命型人工股関節」代表研究者・開発実施企業(H18-23)

MPCポリマーが医療を変える

ポリマーという言葉を知らない人はあまりいないと思うが、ポリマーとは何か?と問われると答えられる人はなかなかいないであろう。身近なところで言えば、紙おむつやペットシートなどに使用されている高吸水性ポリマーや自動車のポリマーコーティング等が有名なところであろう。同じポリマーという名がつきながら用途としてまったく違うのは、もともとポリマーは一般的には高分子の有機化合物を指す化学用語であり、さまざまな種類があるためである。

このポリマーの一種が、医療の現場でも重要な役割を果たしている。中林宣男名誉教授と石原一彦教授が、長年共同研究として進めてきた「リン脂質極性基を有するポリマー(MPCポリマー)」である。医療用チューブやカテーテルの材料として使用されるシリコンやポリエチレンなどは、体内に入ると異物と判断され血液凝固などの拒絶反応を誘起するという大きな問題があった。この問題を解決したのがMPCポリマーなのである。MPCポリマーは生体膜(細胞膜)の構成成分であるリン脂質極性基を導入したポリマーであり、シリコンやポリエチレンにコーティングするだけでタンパク質や血球等が極めて付着しづらくすることができるのである。

ポリエチレン表面にMPCポリマー層を形成した人工股関節

画像:ポリエチレン表面にMPCポリマー層を形成した人工股関節

ポリエチレンに厚さ100ナノメートルのMPCポリマー層をコーティングする。コーティングされた表面は、うなぎの肌のようにぬめぬめしている。
提供:京セラメディカル㈱

年間生産量1gからの挑戦!

MPCポリマーが開発される前の人工血管は、太さが10mmから20mmもあった。しかし、MPCポリマーを使用すればこれを2mmまで細くしても血管が詰まることはない。このように、医療の現場に画期的な革新をもたらしたMPCポリマーであるが、その合成は非常に難しく、1978年に初めて合成された際の年間合成量は1gにも満たない状況であった。これではいかに優れた素材だとしても実用化することは不可能であり、大量生産する技術開発が早急な課題となったのである。そこで委託開発制度により、日本油脂株式会社(現:日油株式会社)に開発費8億円を投じ、研究開発を進めたのだ。そして開発は成功し、現在では高純度のMPCポリマーの大量生産が可能になったのである。

人工股関節の長寿命化に挑戦!

大量生産できるようになったMPCポリマーは、現在新たな医学的課題に挑戦している。それは人工股関節の長寿命化だ。あまり聞かない手術であるが、じつは国内だけでも年間4万件にも及ぶ数の人工股関節置換の手術が行われているのだ。病気の原因はさまざまだが、正常な機能を果たさなくなった股関節の代わりに、人工の股関節を設置するという手術だ。しかし、この手術には大きな問題点があった。それは時間経過と共に、部品同士が摩擦で削れることが起因で起こる人工関節の弛みである。海外のデータでは、1970年代までに人工股関節置換を受けた人の10%~20%が、再置換手術を受けているというのだ。

このような事実から、長期間使用しても、削れることのない素材の開発が医療現場では求められていたのである。この難題を解決したのが委託開発を受けた日本メディカルマテリアル株式会社である。同社はMPCポリマーを素材のポリエチレンにコーティングすることで、関節面の耐磨耗特性が改善されて 耐用年数の向上が期待できる人工股関節の開発に成功したのだ。

股関節シミュレーターによる摩耗実験

画像:股関節シミュレーターによる摩耗実験

さらに広がるMPCポリマーの可能性

「生体適合性材料を用いて、生体と材料の架け橋となるバイオインターフェイスを作りたい」と石原教授は語る。バイオインターフェイスとは生体と人工物の間で生じる異物反応を起こさないための界面を指す。現在、人工心臓などに既に利用されているMPCポリマーは、今後有効なバイオインターフェイスになるに違いない。

また、石原教授はさらなるMPCポリマーの活躍の場を探すために、興味のある世界中の研究者にサンプルを提供している。そうすることで、もともとは医療用に開発されたMPCポリマーの可能性を大きく広げることができると考えているからである。このような取り組みから、すでにMPCポリマーは医療現場だけでなく、現在ではさまざまな分野で使用されるようになっている。コンタクトレンズケア用品や化粧品用材料、繊維加工剤などが既に実用化されているのだ。医療分野や工業分野でさらなる飛躍を遂げるMPCポリマーは、今後私たちの生活になくてはならないものになるだろう。

多分野にわたりMPCポリマーは幅広く利用されている

多分野にわたりMPCポリマーは幅広く利用されている