事業成果
植物の受精卵分裂の撮影に初めて成功!
植物細胞をリアルタイムで観察2017年度更新
- 東山 哲也(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 副拠点長/教授)
- さきがけ
- 生命システムの動作原理と基盤技術「花粉管ガイダンスの動的システムの解明」研究代表者(H19-23)
- ERATO
- 「東山ライブホロニクスプロジェクト」研究統括(H22-28)
ライブイメージング技術で植物の受精卵の分裂を撮影
動物の受精卵は簡単に取り出せ、分裂の過程も生きたままで観察することができる。ところが、植物の受精卵はめしべの奥深くにあるので、生きたまま外に取り出して見ることができない。花を咲かせる被子植物が受精し、細胞が分裂していくプロセスを見た者はこれまで1人としていなかった。
東山哲也教授はERATOのプロジェクトを通じて、受精卵を生きたままリアルタイムで観察(ライブイメージング)できるシステムを開発し、植物の受精卵が分裂し胚を形成していく様子をそのまま映像に残すことに世界で初めて成功した。このプロジェクトでは多細胞生物の細胞や分子を顕微鏡下で自由自在に操作し、解析する生物学を「ライブセル(生きた細胞)生物学」と位置づけてモットーとしている。東山教授は生きた細胞にこだわり、生体の構成要素と全体の相互作用をライブセルで観察し、探求することが大きな目標だと語っている。
シロイヌナズナの受精卵分裂と胚発生のライブイメージング
研究を支えるレーザー顕微鏡とマイクロデバイス
この研究で重要な役割を果たしたのは「レーザー顕微鏡」と「マイクロデバイス」の2本柱だった。そのために東山教授は、光学装置の専門家や工学の専門家、情報科学の専門家などを一堂に集めてプロジェクトチームを編成した。
レーザー顕微鏡は、光学顕微鏡より波長が短く直進性の高いレーザー光を使い、鮮明でハイコントラストな画像が得られる。このレーザーは細胞を操作することもでき、例えば、レーザーで狙った細胞や細胞の一部を壊すことで、その機能を調べることもできる。もう一つは、マイクロ加工技術による新たなマイクロデバイスの活用だ。チップと呼ばれる微小な装置であるマイクロデバイスは工学系の技術で、これを使うことで植物細胞を効果的に培養し、観察に適した形で育てることができるようになった。最新のマイクロピラーアレイ(多数の微細な円柱(ピラー)を均等に配置した構造)は、構造が柔軟で、デリケートな細胞変化の観察も可能だ。
植物の「細胞再生能力」と「新たな細胞融合現象」を発見
このプロジェクトの代表的な成果は「細胞の再生能力」の解明である。被子植物では、受精卵の不等分裂によって頂端細胞(最終的に植物体を形成する)と基部細胞(胚への栄養供給を担う)が生じる。頂端細胞を前述のレーザー技術で破壊し、その後の影響を連続観察すると今まで知られていない驚きの事実が明らかになった。頂端細胞がダメージを受けると、すでに胚柄細胞になろうとしていた細胞が、頂端細胞を補うためにその役割を担う「細胞運命転換」が行われることが分かったのだ。これは植物の驚くべき再生能力の証明といえる。
さらに、まったく新しいタイプの細胞融合現象も発見された。植物が種子を作る際には花粉から伸びた花粉管が、種子の元になる組織に導かれる。この時、花粉管を誘い込むのが卵細胞の隣にある2つの助細胞だ。花粉管が助細胞に到達すると、先端から2つの精細胞が勢いよく放出され助細胞の一つが潰れる。そして、精細胞の一つは卵細胞と受精して胚に、もう一つは中央細胞と受精して胚乳になる。東山教授らは代表的な実験植物であるシロイヌナズナを使って、残った助細胞に起きる変化を調べた。その結果、助細胞と胚乳が融合して互いの中身が混ざり合う細胞融合現象が観察されたのだ。これで助細胞の誘引物質が急速に薄まり花粉管の誘引を抑える。この研究によって、花粉管の誘引停止が起きる仕組みが明らかになった。
これまで植物の細胞融合は受精以外では知られておらず、この発見は植物細胞に対する見方を大きく変えるだけではなく、細胞の新たな機能を提示したことになった。これはまさに教科書を書き換える大発見といっても過言ではないのだ。
頂端細胞破壊で細胞が変化する様子
被子植物の重複受精と助細胞の細胞融合
加速度的に進む世界の胚発生研究に貢献
今回開発された植物ライブイメージング技術によって世界の胚発生研究が加速度的に進むのは間違いない。細胞の運命転換を可能にするメカニズムを明らかにすることで、効率の良い組織培養など、植物にかかわるさまざまな育種・培養技術開発への貢献も期待される。受精以外の細胞融合を引き起こすプログラムの存在が示されたことで、植物における新たな細胞融合技術の開発にもつながるであろう。東山教授らは植物を透明化する試薬「ClearSee」の開発にも成功しており、組織を解剖せずに内部構造を細かく観察することも可能になった。この試薬は2016年12月より販売が開始された。
こうした一連の研究が世界に与えた衝撃は多大なものがある。イメージング、工学、情報科学の専門家が緊密に連携することにより、さらに研究は花粉管誘引にかかわる因子の同定に向かっている。今後のさらなる成果や、植物科学の発展への貢献が期待される。