事業成果

誤り耐性型汎用光量子コンピュータ実現に大きな一歩

「誤り耐性」に必要なGKP論理量子ビットを光で生成2025年度更新

写真:中辻 知
古澤 明(東京大学 大学院工学系研究科 教授/理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 副センター長)
ムーンショット型研究開発事業
ムーンショット目標6:2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる 誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現
「誤り耐性型大規模汎用光量子コンピュータの研究開発」プロジェクトマネージャー(2020-2025)

GKP量子ビットを世界で初めて光で生成

古澤明東京大学大学院工学系研究科教授・理化学研究所量子コンピュータ研究センター副センター長を研究代表者とする研究グループは、光方式の誤り耐性型大規模量子コンピュータ※1の開発・実用化に取り組んでいる。その一環として、2024年1月に、伝搬する光の論理量子ビット※2としてGKP量子ビット※3を世界で初めて生成したと発表した。

量子コンピュータの特性として、「誤り(計算エラー)」が起きやすいという課題がある。従来のコンピュータは誤りを「訂正」する機能をもっているが、量子コンピュータは原理的に「訂正」が難しいため、誤りが生じても対処できる「耐性」をもつ誤り耐性型量子コンピュータが志向されている。その耐性を可能とする論理量子ビットとしてGKP量子ビットが有力視されているものの、光では実現に至っていなかった。

研究グループは、東京大学と情報通信研究機構(NICT)が共同開発した超伝導性光子検出器(図1)を用いて、光方式によるGKP量子ビットの生成に成功した。このGKP量子ビットは、研究グループが開発した大規模光量子プロセッサー(演算装置)と相性がよく、大規模な誤り耐性型光量子コンピュータの誤り耐性機能の実現につながると期待されている。

※1 誤り耐性型量子コンピュータ
量子コンピュータでは、量子計算の過程で生じた誤りが蓄積することで情報の信頼度が失われやすい。そうした誤りの下でも最終的な量子計算結果が正しくなるように対応できるのが「誤り耐性型量子コンピュータ」である。

※2 論理量子ビット
量子情報処理で基本となるのが「量子ビット」。現行コンピュータでは「0」か「1」の値を取る「ビット」が基本となるのに対し、量子ビットは「0」と「1」の重ね合わせを取ることができるので、現行コンピュータにはできない情報処理が可能となる。しかし、電磁波や熱などの外乱などにより誤りが起きると量子情報を保持できなくなる。これを防ぐのが「論理量子ビット」で、「0」「1」の重ね合わせを保持したまま、計算過程で蓄積しはじめた誤りを検知・除去していくことで、正しい計算結果にたどり着ける。

※3 GKP量子ビット
従来手法では非常に多数の量子ビットを用いて1つの論理量子ビットを構成するのに対し、GKP(Gottesman-Kitaev-Preskill)量子ビットは、1つの光パルスを用いて1つの論理量子ビットを実現する。これにより光量子コンピュータの大規模・高速化が可能となる。

図1

図1 東京大学とNICTが共同開発した超伝導光子検出器

誤り耐性量子コンピュータ開発のカギとなる「GKP量子ビット」

AIの活用など高度な情報処理に応えるため、コンピュータにはさらなる大容量・高速化が求められている。現行のコンピュータの進歩が限界を迎えつつあるなかで、新たに期待されているのが量子コンピュータである。量子コンピュータには、超伝導式、半導体方式、イオントラップ方式、冷却原子方式、光方式などがある。

いずれの方式の量子コンピュータにおいても、大きな課題の1つが「計算結果の信頼性」の確保である。現行コンピュータは、計算の誤りを検出して再計算を行う「誤り訂正機能」を有するため高い信頼性を得ている。これに対し、量子コンピュータが扱う量子情報は電磁波や熱などの影響を受けて誤りが生じやすいうえ、誤り訂正を行う仕組みを導入するのも困難である。そこで、誤りが生じても、それを乗り越えて正しい計算結果を得ることができる「誤り耐性」が求められている。その役割を果たすのが、計算過程で蓄積しはじめた誤りを検知・除去する論理量子ビットである。従来は、多数の量子ビットを用いて1つの論理量子ビットを構成することが考えられてきた。しかし、この方法では膨大な量子ビットが必要となるため、実用的な量子コンピュータ実現の最大の障壁となっていた。この問題を克服するために注目されているのが1つの量子ビットで1つの論理量子ビットを可能とするGKP量子ビットである。

新開発の光子検出器を用いてGKP状態を生成

研究グループは光量子コンピュータの研究を行っており、2019年に大規模でどのような量子操作も実現可能な量子計算プラットフォームの実証に成功している。これは、光の伝搬波の量子システム※4の性質が大規模化や相互作用の容易さにつながることを立証したもの。このプラットフォームに十分な「誤り耐性」機能を持った論理量子ビットを注入することにより、実用的な誤り耐性型光量子コンピュータが可能となる。

その論理量子ビットとして、1つの光パルスで1つの論理量子ビットを実現できるGKP量子ビットが有力視されてきた。GKP量子ビットの構造を実現するには強い非線形性※5を使う必要がある。しかし、超伝導やイオントラップのような定在波(静止したシステム)と違い、光の伝搬する波では非線形性の増幅が難しく、光量子コンピュータにおけるGKP論理量子ビットの実現が大きな課題の1つとなっていた。

そこで、研究グループは東京大学とNICTが共同で開発した超伝導光子検出器(図1)を用いて、GKP状態を光で生成することに成功した(図2)。その生成手法は、最初に「シュレディンガーの猫状態※6」を生成した。このシュレディンガーの猫状態は量子性の高い状態ではあるもののGKP状態とは異なる構造を持つため、線形光学素子を用いて構造の整形を行った。その結果が、図3に表したピーク構造である。ピークの数と鋭さがGKP状態の質を特徴づけている。

今回は構造の整形を1ステップで行ったが、この方法の優れた点は同じ方法を反復することでピークの数が増えて質の高いGKP状態を実現できることにあり、将来の拡張性が期待される。

※4 伝搬波の量子システム
量子情報処理を実現するさまざまなシステムは、定在波(静止したシステム)か伝搬波に分けられる。定在波の代表例は超伝導やイオントラップが挙げられ、伝搬波の代表例は光である。定在波のシステムでは量子ビットそのものが静止しているため、その制御や操作、非線形操作を容易に実装できるが、空間上に量子ビットを配置する必要があるため配線や結合、大規模化などの課題が多くある。それに対して、伝搬波は伝搬する性質から量子通信や大規模ネットワークに向いている一方、操作、非線形操作は工夫が必要となる。

※5 非線形性
量子計算での操作は、線形操作と非線形操作がある。作用する物理的な量に対して線形(比例や足し算)なのか、非線形(乗数など)なのかで分類している。大まかには定在波のシステムは強い非線形性を有するシステムや非線形性を定在波で増強できるのに対して、線形操作が不得意な場合が多い。一方、光の伝搬波では線形操作は既存の光学素子で実現できるので大規模化しやすい一方、非線形性をほとんど有していないので、論理量子ビットの生成に必要な非線形性を工夫して導入する必要がある。

※6 シュレディンガーの猫状態
有名なシュレディンガーの思考実験(箱の中の猫が生きているか死んでいるかは、箱を開けてみないとわからない)に因んだ量子状態のこと。光分野では、位相の異なる2つの古典光を生きた猫と死んだ猫になぞらえ、それらの重ね合わせをシュレディンガーの猫状態と呼ぶ。シュレディンガーの猫状態の特徴は量子干渉による干渉縞を有しており、非常に高い量子性を併せ持っているが、その構造はGKP量子ビットとは異なる。

図2

図2 実験システムの概念図

図3

図3 生成した誤り訂正のための電磁場の分布構造の観測結果

2050年を目標に、誤り耐性型汎用光量子コンピュータの実現へ

光量子コンピュータの研究は大規模化や高速化の側面が注目されてきたが、今回の成果により、超高速大規模誤り耐性型光量子コンピュータの実現への道に踏み出すことができた。

2024年11月には強い量子状態を持つ光量子状態の生成レートを従来の1000倍高速化することに成功したことを発表するなど、画期的な基盤技術の開発を通じて光量子コンピュータの社会実装に向けた研究を深化させている(図4)。

なお、これまでの成果をもとに、2024年9月に「OptQC株式会社」が設立された。2026年度には商用機の提供も予定している。

図4

図4 研究チームが開発した光量子コンピュータの汎用機