事業成果
誤差40メートル以下の精度で渋滞長予測を達成
渋滞長を予測する時空間AI「QTNN」を開発2024年度更新
- 竹内 孝(京都大学 大学院情報学研究科 講師)
- さきがけ
- 「信頼されるAIの基盤技術」領域・「リライアブルな意思決定のための時空間因果推論モデルの研究」研究代表者(2020-2023)
交通渋滞の場所と長さを予測する時空間AI技術を開発
都市や地域の活動をデータとして計測する技術が普及し、過去から現在までの時空間データから将来を予測するAI技術が社会で注目を集めている。AIによる予測は、意思決定の判断根拠として個人から企業や自治体まで幅広く期待される。しかし、予測の誤りによる社会の混乱を引き起こす可能性も予想される。信頼性の高い予測を提供する時空間AI技術の開発は、今後の社会におけるリライアブルな意思決定を支える重要な技術になると考えられる。
竹内孝京都大学大学院講師らの研究グループは、渋滞がいつ・どこで発生するかを高精度に予測する「時空間AI※1技術」であるQTNN(Queueing-Theory-based Neural Network)を開発した。QTNNの検証は、東京都の1098カ所の道路における「1時間先の渋滞長を2カ月間予測する実験」で行われ、その結果、渋滞の発生の有無だけでなくその渋滞の長さを平均して40メートル以下の誤差で予測するという高精度を示した。これは図1に見るように、現時点で最先端とされる深層学習※2手法(DCRNN、AGCRN、GWNT、Mega CRN)よりも予測誤差を12.6%も削減する結果である。
※1 時空間AI
データがいつどこで計測されたかという情報を元に、ある現象が持つ時間・空間的に複雑な関係性(交通状況の時間的な変化と道路の接続関係による空間的な変化は相互に関係性を持つなど)を学習し、解析を行うために開発されたAIを指す用語として使用。都市や地域で計測される多種多様なデータの解析に応用可能であるため、今後は渋滞に限らず、移動や産業の広範なフィールドでの利活用を目指している。
※2 深層学習
膨大なデータからパターンを学習する多層ニューラルネットワークの一種で昨今のAIブームをリードする技術だが、内部の演算がブラックボックスである点が問題視されている。また、テキスト・画像・音声の解析とは異なり、交通データの解析精度は深層学習であっても未だに不十分とされている。生成AIや巨大言語モデルのコア技術としても活用されており、時間や空間の情報を活用した新たな生成AIの登場が期待される。
QTNNは交通量および交通状態の変化と道路網との関係を学習して渋滞予測を行うだけでなく、交通状態を把握するための数理モデル(交通流モデル※3)を深層学習の予測結果に応じて補正して最終的な予測を出力する。
この仕組みにより、例えば「6時ごろから車両の流入台数が急激に増加して渋滞長が大きく伸びる」「混雑がピークを迎えるため交通量と平均速度が低下する。しかし、周囲の道路に一定の交通量が存在するため、この渋滞は10時ごろまで継続する」というように、予測の理由を知ることが可能になる。一般に深層学習の内部演算はブラックボックスであり、予測結果の理由を知ることができないのだが、QTNNその欠点を一部解消し、予測理由を人間が解釈して次の行動に役立てることができる。これは予測の信頼性につながる特長だ。
※3 交通流モデル
交通状態を記述するための数理モデル。一般に交通量、平均速度、密度の3つの変数の関係性が記述される。
交通管制システムの高度化により社会課題解決に貢献
QTNNの開発背景には、日本国内の道路網において渋滞が深刻な社会問題および経済問題となっている現状がある。渋滞は私たちの日常生活にストレスをもたらすばかりでなく、物流トラックをはじめとして自動車の走行速度を遅らせ経済活動に大きな影響を及ぼす。国土交通省によれば、全国で年間約10兆円の損失に達しているとされる。また排気ガスに含まれるCO2など温室効果ガスの発生も増大させ、気候問題にも悪影響を及ぼしている。
この渋滞問題は世界各国に共通しており、渋滞発生を未然に防いだり削減したりするための渋滞予測技術は古くから取り組まれてきたが、近年ではAIを利用した予測技術に注目が集まっている。これから起きる交通渋滞を正確に予測できれば、先回りした経路誘導や信号制御などにより交通の流れが円滑化され、渋滞発生の防止に繋がると考えられるからである。
AI技術を活かした交通管制システムの高度化への取り組みはさまざまに行われているところではあるが、AI技術をもってしても困難な課題とされてきたのが渋滞予測だ。それは発生時間帯、発生場所、渋滞長などの変動が大きいことに加え、一度発生すると交通の状況が急激に変化するため、その有無や長さを正確に予測することが難しかったからである。海外でも主に平均速度と交通量の計測に基づくAI予測の事例はあるが、渋滞長の予測までも含めた取り組みは例がない。
混雑データ・道路網データを深層学習し交通流モデルを補正
QTNNによる渋滞予測は、図2に示すように、二段構えになっている。まずは過去から現在までの多数の道路の混雑状況(渋滞長、平均速度、交通量)のデータについて深層学習(STGNN: Spatio-Temporal Graph Neural Network)を用いて学習し、交差点ごとの今後の平均速度と交通量を予測する。その予測値をもとに交通工学の知見から導かれる数理モデル(交通流モデル)を補正 (QT-layer)する。この二段構えの仕組みによって、今後の渋滞長を予測する。これにより、最先端の深層学習を使用しながらも交通工学の知見と合致する渋滞予測が実現した。
実証実験に使用したのは、東京都23区内の一般道1098カ所で5分おきに計測された1年分の平均速度、交通量、渋滞長のデータである(道路セグメントの長さは平均値882メートル、中央値750メートル。渋滞長は、一定の速度以下で停車と走行を繰り返す車列の長さを測る方法によって計測)。
図3(a)の東京都内の道路網の例から区間1、区間2に注目し、旅行速度(b)、交通量(c)、渋滞長(d)を見ると、区間1で渋滞が起きると、そのあと少し遅れて区間2で渋滞が発生することがわかる。また図4のように、平均速度、交通量、渋滞長も数値で把握可能だ。
こうしたデータを利用して、上述のように東京都1098カ所の道路における「1時間先の渋滞長を2カ月間予測する実験」が行われた。その結果、渋滞が発生する場合も発生しない場合も、誤差40メートル以下、他の深層学習技術を使用した場合に比べて予測誤差が12.6%も削減されるという高精度な予測が達成された(上掲図1)。
図5は、QTNNの予測(赤線)と実際に観測された渋滞発生状況(黒破線)をプロットしたものだ。3つの異なる道路(a、b、c)において、旅行速度、交通量、渋滞長の予測結果と実際の観測値がおおむね近似していることがわかる。
実環境での本格運用を目指し評価試験、信頼性検証を進める
QTNNは、警視庁が取り組むAIとビッグデータを活用した交通管制システムの高度化プロジェクトにおいて検討されており、今後は、実環境での本格的な運用に向けて、一部の道路において評価試験を実施し、信頼性の検証を進める予定となっている。さらに、信号制御、道路工事、事故発生などに関する情報を柔軟に活用して渋滞長を予測する、都市の基盤となる時空間AI技術の実現を目指す。
図6はQTNNを利用した交通管制システムと道路インフラの未来イメージである。交通状況の計測データをもとにQTNNが渋滞長を予測し、交通管制システムが交差点の信号制御を行い渋滞の発生を防ぐとともに、自動車が搭載するカーナビ・地図アプリが渋滞予測情報をもとに迂回経路などに誘導することで、渋滞を回避または軽減することが可能になる。
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