事業成果

IoTの次の時代へつながるテクノロジー

「万有情報網」を構築し人々に快適な技術を創成2023年度更新

写真:川原 圭博
川原 圭博(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
ERATO
「川原万有情報網」研究総括 (2015-2021)

「川原万有情報網」プロジェクトの大志

昨今、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)という言葉が日常的に使われるようになり、IoT技術によって私たちの暮らしはさまざまな変化を遂げている。あらゆる建物、自動車、家電、電子機器がネットワークに接続され、私たちの生活における利便性が向上した。

他方、スマートフォンの電池残量を日々気にかけながら、充電を待つ時間に苛立たしさを感じている人も多いだろう。

「川原万有情報網」プロジェクトチームは、誰にとっても使いやすい「ちょうどよい道具」づくりを目指している。

「万有情報網」とは、万有引力のように日常生活にくまなく情報網が溶け込む技術のこと。人とモノだけでなく、モノとモノも情報通信を行い、無意識に人の快適さや安全を支える。IoTの次の時代を考えるプロジェクトだ。

具体的には、IoT機器のサステナブル※1な動作を実現するための「エネルギー(無線給電)」。従来の常識を破る、やわらかくしなやかに動くロボットなどを研究する「アクチュエーション(駆動装置)」。センサーやウェアラブル※2機器などのスマートなIoT機器を、低コストで迅速に製作可能にする「ファブリケーション(ものづくり)」の3つに着目。それぞれの分野で研究開発を進めるとともに、3つのフィールドを横断する社会実装を提案している。

中でも特に注目される成果は、「エネルギー」分野での無線給電に関する研究と、「エネルギー」「アクチュエーション」「ファブリケーション」の3つのテーマを融合した成果であるパーソナルモビリティー※3「poimo(ポイモ: POrtable and Inflatable MObility)」(図1)だ。

※1 サステナブル
サステナブル(Sustainable)とは、「持続可能な」の意味。環境負荷を考慮した技術や施策、経済システムなどについて用いられる。

※2 ウェアラブル
ウェアラブル(Wearable)とは、「身に着けられる」という意味。近年では、身に着けて使う情報機器の総称を指す。

※3 パーソナルモビリティー
自動車よりコンパクトで小回りが利き、環境性能に優れ、地域の手軽な移動の足となる1~2人乗り程度の車両。

図1

図1

電動バイク型の poimo。やわらかい風船構造のパーソナルモビリティーで、「川原万有情報網」プロジェクトおよび株式会社メルカリの研究開発組織「mercari R4D(アールフォーディー)」との共同研究プロジェクトで開発した。

IoT進展のカギは無線給電技術

無線通信技術が発展し、生活空間の情報ネットワークではIoTなどの構想が生まれた。IoTの進展で、インターフェース、センサー、アクチュエーターなど、さまざまな機能が組み込まれた電子機器が身の周りに増えている。現在、これらの機器へのエネルギー供給は、ほとんどが電池や電気ケーブルで行われている。そのため電池交換のコストや配線の煩雑さは、機器の数とともに増加。頭の痛い問題となっている。

機器単体では、機器を置くだけで充電できるワイヤレス充電器がある。しかし、広い空間内のさまざまな場所に位置する小型機器すべてに、安全に、自律的に、かつ効率的にワイヤレスで電力供給することは、これまで容易ではなかった。

暮らしに必要なすべてのモノがネットワークで接続され、人の活動をサポートする究極のIoTの実現には、多数の機器にエネルギー供給できる新しい無線給電技術※4が、キーテクノロジーになると考えた。

※4 無線給電技術
無線給電(ワイヤレス給電)は、電源ケーブルの接続や金属電極の接触を行わずに、電力を伝送する技術。電磁誘導方式、磁界共鳴方式など複数の方式がある。

無線給電技術で広がる快適さのネットワーク

複数の情報通信機器などを、電力的にも情報的にもつなぐネットワークづくりを目指し、プロジェクトでは平面をカバーする無線給電技術を研究。平面のどこにいても電力を受け取れるアンテナ設計の方法や、どこでも簡単に敷設できる無線給電シート(図2)の研究に取り組んできた。

図2

図2

自由に給電領域を構成可能な2次元無線給電システム。敷き詰めるだけで、机・床・壁といった平面のあらゆる位置に置かれたデバイスへの給電が可能になる。

今回は無線給電の新しい形として、室内のどこにいても無線給電が可能な部屋を実現した(図3)。マルチモード準静空洞共振器(Multimode QSCR)※5という送電器構造を考案して実装。壁・床・天井に金属シートを埋め込み、部屋全体を充電器としている。部屋に入るだけで、スマートフォンや扇風機、照明など複数の機器に、ケーブルを使わず同時に電力を供給できる。これは磁界を使って電力を送信。壁面に流れる電流の二次元的な分布を整えることで、三次元空間全体に広がる磁界を作り、これを自在に制御できる仕組みを考えたことが、実現のポイントとなった(図4)。

図3

図3

マルチモード準静空洞共振器を用いた、部屋スケール無線電力伝送。新たなアプローチを考案し、部屋全域で37%以上の給電効率が得られる。

図4

図4

マルチモード準静空洞共振器により生成される電流および磁界。送電器(マルチモード準静空洞共振器)は、金属板とコンデンサーにより構成されており、部屋内に交流磁界を発生させる低損失な送電共振器として動作する。この送電共振器の共振周波数で振動する交流磁界の振動を伝えると共振現象が発生。その結果、壁や床全体に分布する交流電流が生じ、部屋全域を満たすような、三次元状に分布する交流磁界が生成される。

さらに、給電システムが人体に与える影響についても調査し、国際的な安全ガイドラインの基準値内に収まっていることを確認している。

複数の小型電子機器などに、電力を送る場合、機器のサイズと伝送距離がトレードオフになるため、IoT発展の課題となっているが、今回発表した空間をカバーする給電技術は、人体に安全な基準内で、広い空間中に点在する小型機器に従来よりも大きな電力を送ることができ、この課題を解決するための大きな一歩とされる。

また無線給電では他にも、服やソファなどの布製品を充電器に仕立て、その周辺のデバイスにワイヤレスで電力伝送する繊維ベースの給電システムを実現している。服の着心地を維持しつつ、安全でエネルギー効率の高い、身体規模の無線電力伝送を可能にした(図5)。

図5

図5

繊維ベースの給電システムを衣服やソファ、ベッドの布製品に組み込めば、さまざまなデバイスの充電が可能になる。

こうした無線給電技術と、「アクチュエーション」「ファブリケーション」を融合して開発されたのが、短距離利用のパーソナルモビリティー「poimo」だ(図6)。欲しい乗り物をイメージして、乗るポーズをとるだけでカスタムメイドできる。市販の空気入れで膨らませて使用。未使用時は、ビーチボールのように折りたたんで持ち運びが可能で、軽くてやわらかい乗り物だ。

今回のモデルは無線給電式で、1回の充電当たり約1時間走行できる。速度は時速10キロメートル程度。多少の坂道でも走れる。

※5 マルチモード準静空洞共振器(Multimode QSCR)
空洞共振器に着想を得て、2017年に発表されたのが準静空洞共振器(QSCR:Quasistatic Cavity Resonance)。今回は、金属板上の電流が複数の向きに流れる点に着目。QSCRの課題を克服し、複数の磁界分布を生成できるマルチモード準静空洞共振を考案した。

図6

図6

poimo :Portable and Inflatable Mobility。本用途に適したワイヤレス・バッテリーレス構造を無線給電グループと協力して開発した。

IoTの可能性は「万有情報網」で次へ広がる

「万有情報網」は、これまでの日常生活から、働き方や産業構造まで、あらゆる場面の意味や価値を変えていく可能性があると考えている。それには技術や機能を個別に考えるだけでなく、ユーザとの接点や未来社会での活用まで考えなくてはならない。

プロジェクトの事後評価でも、IoTを革新させた新しい科学技術の潮流を生むとともに、ビジネスとしての展開にも目を配り、もう一つ大きなレベルでのムーブメントを起こすことを期待するとされている。

今後も「万有情報網」の実現ともに私たちの生活を豊かにし、新たな産業を生み出す基盤技術の創成を目指す。