事業成果

次世代コンピュータの実現に向けて

世界初、半導体スピン量子ドット(人工原子)の作製に成功2023年度更新

写真:樽茶 清悟
樽茶 清悟(理化学研究所 創発物性科学研究センター グループディレクター)
CREST
量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」領域・「スピン量子計算の基盤技術開発」研究代表者 (2016-2022)

世界で初めて、高精度なユニバーサル操作を実証

本研究チームは、シリコン量子コンピュータ※1の最小情報単位であるシリコン量子ドットデバイス中の電子スピン※2を用いて(図1)、高精度なユニバーサル操作※3を実証。2つの電子スピンを、量子コンピュータが起こすエラーを解消する「量子誤り訂正」が可能な高精度で自在に操作することに世界で初めて成功した。この成果は、シリコン量子ドットを用いた量子コンピュータの実用化に向けた課題の1つである「量子誤り訂正」の実現に1つの指針を与えるもので、今後の研究開発の加速が期待される。研究内容は、世界的な科学雑誌『Nature 601号』にも掲載され、取り組みを象徴したイメージ図は、その表紙を飾るなど大きな注目を集めた。

※1 量子コンピュータ
量子力学における「重ね合わせ」を利用して、超並列計算を実現するコンピュータ。従来のコンピュータでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを、数時間で解くことができる量子アルゴリズムが開発されており、超高速計算が可能になると考えられている。

※2 電子スピン
電子が右回りまたは左回りに自転する回転の内部自由度。

※3 ユニバーサル操作
量子操作を構成する基本的な操作の集合で、単一量子ビット操作と2量子ビット操作から成る。すべての量子操作は、ユニバーサル操作の要素を組み合わせることで実現できる。

図1

図1 研究で用いたシリコン量子コンピュータチップ

実用化への壁、量子ビットの「量子誤り訂正」

コンピュータは、半導体デバイスの微細化による情報処理能力の向上によって進化を続けてきた。しかし近年になって、微細化の物理的な限界が近づいており、従来とは異なる動作原理で計算を行う次世代コンピュータの実用化が求められている。それらの中でも最も有望視されているのが、量子力学の現象を利用し、スーパーコンピュータを超える超高速で並列計算を行う量子コンピュータである。

現在、さまざまなタイプの量子コンピュータの研究が進められているが、既存の半導体産業の集積技術との相性の良さから、大規模な量子コンピュータの実装に適していると考えられるのが、シリコン量子ドット※4デバイスを用いたシリコン量子コンピュータである。ただし量子コンピュータで大規模な計算ができるようにするは、量子ビット(量子コンピュータで扱われる情報の最小単位)が不純物や熱などによる雑音の影響を受けて、情報が失われてしまうという課題をクリアしなくてはならない。そのため、量子コンピュータの動作中に発生した誤りを訂正する回路である「量子誤り訂正」の実装を目指す研究開発が各地で進められている。最も基本的な「量子誤り訂正」を実装するには、最低でも3つの量子ビットで実現することが必要となる。シリコン量子コンピュータにおいては、今までに2量子ビットまでの基本操作は可能だったが、3つ以上の量子ビットを高い精度で完全に制御することは困難だった。

※4 量子ドット
電子を空間的に3 次元すべての方向に閉じ込めることで運動を制限し、0 次元構造としたもの。その性質から人工原子とも呼ばれ、電子を1つずつ出し入れできる。

3量子ビットゲートで、量子誤り訂正を確認

研究チームでは、誤り耐性を有するシリコン量子コンピュータが実現できることを示すために、まずは量子ビットに用いるシリコン材料の検討に取り組んだ。そして、核スピンを持たないシリコン同位体(28Si)の高純度結晶を基板に採用し、Siをシリコンゲルマニウム(SiGe)でサンドイッチした基板に微細加工を施して、アルミニウム微細ゲート電極から正電圧を加えて電子スピンを閉じ込めた。さらに、電子スピンを制御・操作できる量子ドットを作製、量子コンピュータのデータに影響を与える磁場雑音を低減し、量子コヒーレンス時間※5をマイクロ秒レベルへと引き伸ばし、エラーを起こす条件の解消を図った。また量子コンピュータが動作中に起こしたエラーを修正する誤り訂正については、基本論理ゲートとなる1、2量子ビットを操作するユニバーサル操作の高精度化を進めて、データの読み出し・初期化などすべての工程において99パーセント以上の正確さを達成し、誤り耐性閾値をクリアした(図2)。

シリコン量子ドットにおいて、高精度での誤り訂正の実証に加え、2量子ビットを用いた高い精度での量子計算も実証し、誤り耐性を有するシリコン量子コンピュータが実現可能であることを示した。

また、研究グループでは、シリコン量子ドットデバイス中の電子スピンを用いた量子ビットデバイスにおいて、3量子ビットでの「量子誤り訂正」の実現に取り組んだ。シリコン量子コンピュータで一般的なシリコン/シリコンゲルマニウム半導体基上に微細加工を施した量子ドット構造(図3)を用いて、ゲート電極に加える電圧の制御によって高い自由度で量子ドットを形成し、その電子スピンの状態を制御することに成功した。

2量子ビットまでの量子ゲートに加えて3量子ビットゲートでも「検出した誤りに基づいてデータ量子ビットの状態を訂正する」「3つのうちどれか1つの量子ビットに起こった位相誤りを検出する」「データ量子ビットを誤りの起こる前の状態に訂正できる」などの量子誤り訂正に必要な技術を確認した。

※5 コヒーレンス時間
量子ビットが情報を保持している典型的な時間。量子力学的な重ね合わせ状態を用いて符号される量子ビットの情報は、外界などの雑音の影響を受け、通常、時間の経過とともに失われる。よって、正確に量子ビットを操作するには、操作時間よりもコヒーレンス時間が十分に長い必要がある。

※6 忠実度
量子ビットの操作が、どれだけ理想的な操作に近いかを表す性能指数。100%が完全に理想的な操作を示し、現実的な量子誤り訂正などを含む量子コンピュータの実現には、99%以上の値が必要。

図2

図2 2量子ビットにおける操作忠実度※6の評価(ランダムベンチマーク法)

図3

図3 シリコン/シリコンゲルマニウム量子ドット試料

(a)3量子ビットの模式図。ゲート電極の電圧の制御により、電子を正確に1個単位でシリコン層に閉じ込められる。
(b)3量子ビットの電子顕微鏡写真。スケールバーは100ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)。

半導体微細加工技術をもとに、研究を深化

シリコン量子コンピュータは、既存の半導体集積回路技術と相性が良いことから、将来的には1チップに1億ビットを集積した大規模量子コンピュータの実現につながると期待されている。研究チームでは今後、数十量子ビット規模での「量子誤り訂正」の動作確認を目指すとともに、半導体メーカーなどとも連携しながら研究の深化を図っていく。

半導体微細加工技術において世界最先端の立ち位置にある日本が、その基盤を生かして誤り訂正シリコン量子コンピュータを支える技術の先駆けとなれば、量子コンピュータ分野においてもトップランナーとなることが期待される。