事業成果

家事分担から社会の仕組みまで

公平な資源分配メカニズムの構築で多くの人を幸せに導く2023年度更新

写真:五十嵐 歩美
五十嵐 歩美(東京大学 大学院情報理工学系研究科 准教授)
さきがけ
信頼されるAIの基盤技術
「信頼される資源配分メカニズムの構築」研究代表者 (2020-2024)

公平に分割できれば、みんなが幸せに

私たちはケーキのカットから仕事の割り振り、家事分担など日常のさまざまな場面で、何かを公平に分けなければならない状況に直面し、一方で何かを配られる側にもなる。何が公平かは人によって異なり、公平かつ、すべての人が満足するように分けるのは難しい。「他の人が得をしているのでは?」「自分は損をしているのではないか」など、妬みの感情に囚われることもある。

公平分割理論は、多様なモノ・コトの公平な分け方を考える資源配分メカニズムを解析。不確かな公平性という概念を数学的に定義し、できるだけ公平性を保ちながら、すべての人に納得感があるようなアルゴリズム※1の設計を目的とする。

五十嵐准教授は、資源配分の方法を数理的に解析する「公平分割理論」において、数多くの研究成果を発表している。今回は研究を進めるため、対象となる人が多い「家事分担」をテーマにピックアップ。理論に基づくアルゴリズムを社会に役立てる第一歩として、家事分担アプリを開発した。

家事分担アプリ「家事分担コンシェルジュ」は、個人の負担感を可視化することで、関わる人たちにとって、より公平感のある家事分担を考えるツールとなっている。

アプリの開発に際しては、科学技術振興機構(JST)が主催するサイエンスインパクトラボ※2のプログラムを利用した。

※1 アルゴリズム
アルゴリズムとは、問題を解決したり、目標を達成したりする手順や計算方法のこと。 答えを求めるときの手順を具体的かつ明確に示したもので、コンピュータのプログラムへ組み込む一定の計算手順や処理方法を指す。

※2 サイエンスインパクトラボ
サイエンスインパクトラボは、科学技術振興機構(JST)が実施する共創プログラム。「先端の研究開発を行う研究者」と「社会課題解決に取り組むプレイヤー」が約3カ月にわたり共創活動を行う。

図1

図1 「家事分担コンシェルジュ」トップ画面。当事者全員に負担感の少ない家事分担の提案を目指す
https://kajibuntan.com/

社会が求める公平なアルゴリズム

AI技術の進歩で、日常生活でもさまざまな意思決定の自動化が普及している。それに伴い、AIがなぜそのように決定したのか、偏りはないのか、といった意思決定アルゴリズムの公平性・透明性の確保が課題となっている。そこで注目されているのが、公平分割理論だ。米国ではすでに、この理論を用いた財産分与や家賃分担、授業割り当てのウェブサービスが展開されており、開発と同時に多くの人が利用。数理的に明快に解析されたこのような仕組みを、社会が求めていることを物語っている。

公平分割理論ではこれまで、金銭や時間など分割可能な財(可分財)の配分についての研究が中心だった。しかし現実には、分割不可能な財を分配しなければならない場合が多々ある。 そこで近年、分割不可能な財(不可分財)を公平に配分する研究が活発に行われている。

可分財の配分とは異なり、不可分財の配分では妬みのない配分、すなわち公平な配分の存在が保証されない。そのため、できるだけ多くの人が満足と感じる公平性を、もたらせられるかどうか、が重要な課題となる。

その課題をクリアできれば、資源配分メカニズムの応用範囲が広がるのではないかと考えた。

分けられないものを分けるアルゴリズムを目指して

資源配分メカニズムにおいて、不可分財の配分は完全に公平な妬みのない状態は達成できないとされる。だが、近似的に公平な状態、つまり当事者たち各々の妬みの度合いをできるだけ小さくするような配分が存在し、効率的に計算できることがわかってきた。

家事を例にとれば、同じ家事でも得意・不得意や所要時間によって、人それぞれ負担感が異なる。それを考慮せず、ただ単に家事の数を公平にしても、それでは当事者たちにとって公平とは感じられない。

そこで今回の家事分担は、他者への分配に妬みの起こらない状況を公平と定義。個々の幸福度ができるだけ高くなるようにすること。個々の好みや得意な度合いを反映し、全体の効率性ができるだけ上がるようにすること。この2つを目的として、時間・作業量などの客観性のある指標と、好みなどの価値観を定量化した指標を計算に組み込んだ。

アプリは最初に家事について、それぞれの「かかる時間」や「好き・嫌い」をリサーチ(図2)。各々が家事を負担に感じる度合いを、数値化して可視化し、お互いに確認できるようにする。そのうえで、今よりも当事者の負担感の差が小さくなり、公平に近づくような分担策をアプリから提案。計算結果を基にした、建設的な話し合いを促す(図3)。

数理に基づく手法で最適な状態を計算で導き出し, 透明性の高い意思決定をサポート。公平性の高い分配を提案し、関わったすべての人をできるだけ幸せにできる分配へつなげられる。

図2

図2 負担感を可視化するため「好き・嫌い」など個々人の価値観をアプリへ入力

図3

図3 現在の家事分担の負担感を円グラフで可視化。お互いの状況について理解を促す

家事分担から社会の仕組みまで、幸せを感じられる分配を

不可分財の配分で、近似的な公平性を効率的に計算でき、同時に社会的な最適性を満たす配分の存在が五十嵐准教授の研究で示されている。こうした資源配分メカニズムは、大規模な割当システムに応用できる可能性がある。しかし「何を公平の基準とするか?」といった公平性の概念や、それを満たす方策を求めるアルゴリズムは、一般の人にとってはわかりにくい。わからないままでは、アルゴリズムを用いた意思決定が透明性を確保し、信頼を得ることができない。今後は、アルゴリズムの説明可能性※3にも取り組み、さらなる応用の可能性の拡大が期待される。

モノ・コトを公平に分配するアルゴリズムを活用し、人々の不満解消を後押しできれば、できる限りすべての人を幸せにすることに近づく。数理に基づいた、より透明性の高い手法によって、公平な社会の実現を手繰り寄せられる日が来るかもしれない。

※3 説明可能性
説明可能性(Explainability)とは、AIが導き出した答えについて、「なぜ、その答えを出したのか?」を説明できる能力の高さを指す。社会のさまざまな場面で、AIが意思決定するケースが増えており、AIの判断根拠を説明できるかどうか、が大きな課題となっている。