事業成果

30秒ごとの更新で高精度な降水予報

ゲリラ豪雨のリスクを早期に予測2021年度更新

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三好 建正(理化学研究所 計算科学研究センター チームリーダー)
CREST
科学的発見・社会的課題解決に向けた各分野のビッグデータ利活用推進のための次世代アプリケーション技術の創出・高度化「『ビッグデータ同化』の技術革新の創出によるゲリラ豪雨予測の実証」研究代表者(2013-2019)
AIP加速課題
「ビッグデータ同化とAIによるリアルタイム気象予測の新展開」研究代表者(2019-2021)

数分で発達するゲリラ豪雨を予測

AIP加速課題の研究代表者である三好建正チームリーダーらは、情報通信研究機構が運用する最新鋭のマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)による30秒ごとの雨雲の詳細な観測データと、最先端共同HPC基盤施設(JCAHPC)のスーパーコンピュータ「Oakforest-PACS」を用いて、リアルタイムで30秒ごとに新しいデータを取り込んで更新し、30分後までゲリラ豪雨等の降水予測を行う超高速降水予報システムを開発した。ここで予測されたデータは、理化学研究所の天気予報研究のウェブサイトにおいて、30秒ごとに分割して連続的に表示される。

また、2020年8月25日から9月5日まで、首都圏において30秒ごとに更新する30分後までの超高速降水予報のリアルタイム実証実験を行った。

この研究成果は、2016年にスーパーコンピュータ「京」とフェーズドアレイ気象レーダ(PAWR)を活用して開発したCRESTの成果「ゲリラ豪雨予測手法」を高度化したもので、2013年10月から継続してきたさまざまな成果の集大成である。コンピュータ上の仮想世界と現実世界をリンクさせて計算した降水予測を、これまでの天気予報と比べて桁違いの速さで更新できるようになったことで、わずか数分のうちに急激に発達するゲリラ豪雨の積乱雲の予測が可能になった。

図1

図1 2019年8月24日15:40 UTC(日本時間25日午前0時40分)における降水強度分布

気象庁高解像度降水ナウキャストの10分後予測(左)に対し、本研究の予報システムの10分後予測(中)は、実際にMP-PAWRで観測したもの(右)と近似した結果となっている

高精度な予測のリアルタイム化を目指して

近年、局地的に急激な大雨をもたらす「ゲリラ豪雨」が増えている。ゲリラ豪雨は日常生活や社会経済に大きな影響を及ぼし、時には人命を奪う災害をもたらすもので、ゲリラ豪雨の発生を予測する技術が求められている。

現在、気象庁で運用されている局地モデルは、全国を対象に解像度2キロメートルで1時間ごとに新しい観測データを取り込んでいる。しかし、ゲリラ豪雨を引き起こす積乱雲はわずか数分の間に発生して急激に発達するため、現在の天気予報では予測が困難であり、また、1キロメートルより粗い解像度ではそういった積乱雲を十分に解像できないという課題があった。

そこで三好らは2016年に、スーパーコンピュータ「京」を使った解像度100メートルの高精細シミュレーションと、フェーズドアレイ気象レーダの双方から得られる高速かつ膨大なデータを組み合わせ、ゲリラ豪雨予報に有効な「解像度100メートルで30秒ごとに更新する30分後までの天気予報」を開発した。この手法は空間的・時間的に、これまでの天気予報に比べて桁違いの精度だったが、扱うデータ量も膨大になったために、本来30秒以内に計算を終えなくてはいけない計算に約10分かかっていた。つまり、予測の高精度化を実現する手法ではあったものの、30秒ごとに送られてくるデータを時間内に処理することができず、リアルタイムに動作させることはできていなかった。

そこで研究グループは、リアルタイムの予測を実現するためのさまざまな技術的課題に取り組んできた。

図2

図2 2014年9月11日午前8時25分の神戸市付近における雨雲の分布

左上は実際の雨雲の観測データ、右上は解像度100メートルで予測したデータ。従来の解像度1キロメートルのデータを用いた予測に比べ、実際の雨雲の様子をよく再現していることがわかる
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20160809-2/index.html

計算の高速化と予報の高精度化を実現

リアルタイム予測を行うためには計算時間を大幅に短縮する必要がある。三好らはスーパーコンピュータ上での大規模データの入出力を抑える工夫をするとともに、予報モデルの計算を高速化した。これにより、およそ10分かかっていた計算時間を20秒程度にまで短縮し、約30倍の高速化に成功した。

また、「京」に代わり、筑波大学と東京大学が共同運営するスーパーコンピュータ「Oakforest-PACS」を使えるようにシステム全体の移植を行い、システム全体の汎用性を向上させた。

さらに、2017年に埼玉大学に設置された新しいMP-PAWRの観測データを、即時にOakforest-PACSに転送するデータ取得ソフトウェアを開発したほか、米国国立環境予測センターの全球数値天気予報システムの予報結果をリアルタイムに取得し、これを側面境界値(気象変数の数値)として、解像度の異なる4種類の予報領域を入れ子構造にしたリアルタイム予報のためのワークフローを構築した。

開発した超高速予報システムでは、雲の発生・発達・衰弱・消滅などの気象学的なメカニズムを考慮したシミュレーションを用いるため、現在気象庁で用いているシステムでは捉えられないゲリラ豪雨の急激な変化を把握し、実際のMP-PAWRで観測するように雨雲の強弱を予報できるようになった。

図3

図3 4重の入れ子に設定したシミュレーション計算領域

左上図の領域D1(解像度18キロメートル)の内側に左下図の領域D2(解像度6キロメートル)、その内側に右図の領域D3(解像度1.5キロメートル)、さらにその内側に右図赤枠の領域D4(解像度500メートル)を入れ子に設定し、最も内側の領域D4で30秒ごとに更新する予報を行う

図4

図4 スマートフォンアプリ「3D 雨雲ウォッチ」

予報データは気象業務法に基づく予報業務許可を得て、スマートフォンアプリで公開。わずか5分の間に豪雨(橙色)から猛雨(紫色)に急発達する雨雲をよく予報している。
アプリはhttp://pawr.life-ranger.jp で確認・入手できる

防災面のほか、環境・水産分野への応用も期待

今後、実証実験の結果の分析、検証を進めることで、これまで不可能だった超高速かつ超高精細なゲリラ豪雨予測の加速が期待できる。たとえ直前であっても、ゲリラ豪雨の発生が事前にわかれば避難等の対応が可能であり、防災体制の構築や災害被害の軽減などに貢献できる。

また、コンピュータでシミュレーションした仮想世界と、レーダによる実測値という現実世界を融合させたこの研究は、超スマート社会Society 5.0の好例となるものでもある。気象以外にも、深林の増減予測などの環境分野や、マグロの行動、赤潮の予測などの水産分野にも応用できる技術だと期待される。