事業成果

新たな発光原理が生み出す

革新的な有機EL材料とデバイス群2020年度更新

安達 千波矢
安達 千波矢 (九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター・センター長 / 教授)
CREST
超高速・超省電力高性能ナノデバイス・システムの創製「有機半導体レーザーの構築とデバイス物理の解明」研究代表者(2002-2007)
ERATO
「安達分子エキシトン工学プロジェクト」研究総括(2013-2018)
研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)
企業主導フェーズ NexTEP-Bタイプ「高効率・高純度発色を実現する有機EL発光材料」代表研究者(2017-2019)

エキシトン工学から新たな有機EL材料を開発

近年、大型テレビやPCモニター、スマートフォンなどのディスプレーに有機EL(OLED)を採用する動きが急速に進んでいる。現在普及しているのは第一世代や第二世代の有機EL材料で、発光原理の違いによって「蛍光材料」と「りん光材料」に分かれる。しかし、発光効率の向上や長寿命化といった課題を抱えている。それに対し、ERATO「安達分子エキシトン工学プロジェクト」の研究総括である安達千波矢教授は、「熱活性化遅延蛍光(TADF)」という新たな発光原理に着目。第三世代の有機EL材料として、巧みな分子構造設計によって、貴金属を含有せずともEL発光量子効率がほぼ100%に達するTADF材料の開発に世界で初めて成功した。ERATOではこの成果を核とした「エキシトン工学」を提唱し、TADF材料を応用展開した有機蓄光材料やペロブスカイト発光体の基盤技術を開拓し、さらに、世界初の有機薄膜半導体レーザーの発振に成功している。これまでに科学雑誌「Nature」や「Science Advances」で成果を発表し、現在、有機エレクトロニクスや光化学の研究分野で国際的に注目されている。さらに、安達教授はERATO期間中にベンチャー企業を2社設立し、技術移転も進めている。

図1

図1 2019年に開発したTADF材料を金属ハライドペロブスカイトで挟んだ発光ダイオード(LED)

新たな発光原理「熱活性化遅延蛍光(TADF)」に着目

安達教授が取り組んでいるTADF材料の鍵となるのが、エキシトン(励起子)である。通常、有機EL材料に光を当てると、材料中の分子はエネルギーが最も低い基底状態からエネルギーの高い励起状態に遷移する。このとき、分子をとりまく電子は基底状態の軌道から別の軌道に移り、電子が抜けた軌道にはプラスの電荷をもつ正孔ができる。半導体では、励起した電子と正孔のペアがクーロン力で結びついた状態となる。これをエキシトンという。励起状態は有機化合物にとって不安定なため、基底状態に戻ろうとする。このとき、励起状態と基底状態のエネルギー差が光として放出されることで発光する。安達教授はこのエキシトンの原理や特性を深く理解し、自在に制御することで、新たな有機EL材料を生み出せないかと考えた。その中で注目したのが、TADFという発光原理だった。

TADFとは、図2のように三重項状態T1になったエキシトンが熱によって一重項状態S1に遷移したあとに発光する現象のことだ。安達教授はこの状態をうまく作ることができれば、蛍光材料の発光効率を、りん光材料のように、ほぼ100%まで高めることができると考え、TADF材料の研究開発に着手。そして、量子化学計算により、TADFが起こりやすい有機化合物はS1とT1のエネルギー差ができるだけ小さいものであるということを割り出した。また、そのためには、分子の軌道のうち、基底状態の電子軌道(HOMO)と励起状態の電子軌道(LUMO)の重なりを小さくすればよいことに気付いた。この原理に基づき、安達教授は300種類もの有機化合物を合成し分析。その結果、2012年には、S1とT1のエネルギー差がほぼゼロ、すなわち発光効率ほぼ100%のTADF材料を探り当てることに成功した。それは、「ジシアノベンゼン誘導体」と呼ばれる化合物群で、この発見により、低コストで高い発光効率を示す新たな有機EL材料が誕生した。

  • 図2

    発光原理「熱活性化遅延蛍光(TADF)」

  • 体に貼り付けられる生体計測用シート型電子回路

    TADF発光材料の構造。ベンゼン環の6つの水素のうち2つがシアノ基(CN)に、残りの4つがカルバゾール基(Cz)に置き換わった構造をしている。

図2 「熱活性化遅延蛍光(TADF)」という発光原理(左)とTADF材料の構造(右)1つの分子の中に電子を提供するドナー分子とアクセプター分子が入っているのが特徴

TADF材料など有機EL材料を使った高性能デバイスを開発

2013年に始まったERATOでは、安達教授は「エキシトン工学」を提唱し、エキシトンの基礎原理の確立とTADF材料を中心とする新たな有機EL材料や高性能デバイスの創製に取り組んだ。その結果、TADFの派生技術として有機蓄光材料やペロブスカイト発光材料の基盤技術の開拓、さらには、新たな有機EL材料を使った世界初の有機薄膜半導体レーザーの電流励起に成功した。

現在、既存の半導体レーザーは無機薄膜レーザーだが、新たに開発した有機薄膜半導体レーザーは、それとは異なり、可視光から赤外光まで広範囲の波長を任意に発振できるという特徴をもつ。このため、光通信やセンシング、ディスプレーへの応用が期待されている。当初は紫外線による光励起型だったのに対し、2019年5月には、実用化の必須条件である電流励起型を実現させた。

また、2017年10月、グループリーダーの嘉部量太九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター助教(現 沖縄科学技術大学院大学准教授)を中心に、世界で初めて有機材料を使った蓄光材料の開発に成功した。既存の蓄光材料はすべて無機材料でユーロピウムなどのレアメタルが使われている。合成にも1000℃以上の高温処理が必要など製造コストがかさむため、用途が限られている。それに対し、嘉部助教が開発した蓄光材料はレアメタルを一切含まず、溶媒に簡単に溶けるため、さまざまな基板材料に塗布して使うことができるのが特徴だ。作り方も簡単で、電子のドナー材料とアクセプター材料を混ぜ合わせるだけでできるため、早期実用化が期待されている。

一方、2019年7月には松島敏則九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター准教授を中心に、厚膜金属ハライドペロブスカイト層をキャリア輸送層とした発光ダイオード(LED)の開発に成功した。従来のOLEDは、発光体に電気を流すために100ナノメートル程の薄膜を均一かつ広範囲に形成する必要があるが、松島准教授らは10倍以上厚い膜で優れた発光効率、駆動電圧、耐久性が得られる有機EL材料を開発した。これにより、高性能な次世代ディスプレーの開発への道が切り拓かれた。

  • 図4
  • 図5

有機半導体レーザーダイオード(OSLD)の動作イメージ※1

図3 2019年5月に発表した電流励起型有機薄膜半導体レーザーの動作イメージ(左)と発振の様子(右)

図6

図4 2019年に開発したTADF材料などの有機発光層を金属ハライドペロブスカイトで挟んだ発光ダイオード(LED)の構造。発光効率も向上しており、高性能な次世代ディスプレーとして期待されている

※1 電流励起型有機半導体レーザー(OSLD):有機分子をレーザー発振させるためには、外部から有機分子にエネルギーを供給し、高密度の励起状態の有機分子を形成させる必要がある。外部エネルギーとして紫外線などの光を用いて励起状態を形成させる手法を光励起と呼び(例えば今回実現した光励起型の有機薄膜レーザー)、外部エネルギーとして電流を用いて励起状態を形成させる手法を電流励起と呼ぶ。

九州大学発ベンチャー企業2社で実用化を目指す

一方、安達教授は2015年3月、九州大学発ベンチャー企業の株式会社Kyulux(キューラックス、福岡市)を設立。2016年と2018年には、JSTの出資型新事業創出支援プログラム(SUCCESS)から出資を受けたほか、2017年にはA-STEPのNexTEP-Bタイプにも採択された。現在は、大学でTADF材料に関する基礎研究を進め、Kyuluxで実用化を進めている。また、有機薄膜半導体レーザーに関しては、2019年3月に新たに九州大学発ベンチャー企業の株式会社KOALA Techを設立。同社が中心となり、実用化を進めていく計画だ。

図7

図5 Kyuluxが発表した有機ELパネル。Kyuluxは「大学発ベンチャー表彰2019」において経済産業大臣賞を受賞している