事業成果

毎秒1億枚の時間分解能を達成

「飛ぶ光」を撮る超高速カメラ2019年度更新

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アストロデザイン株式会社/江藤 剛治(立命館大学 理工学部 客員教授)
研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)
実用化挑戦タイプ 中小・ベンチャー開発「100Mfps級高速度撮像素子を用いたマルチフレーミングカメラ」開発実施企業/代表研究者(2013-2017)

試行錯誤の連続で高性能化

A-STEPの開発実施企業であるアストロデザイン株式会社と代表研究者の江藤剛治客員教授(前・近畿大学教授)は2017年、イメージセンサーを使って毎秒1億枚の時間分解能(10ナノ秒)で連続10枚撮影できる超高速高感度カメラを開発した。計測装置がある近畿大学で評価実験を行い、霧と闇に包まれた実験室でパルス状のレーザーを照射して撮影したところ、イメージセンサーのカメラとしては世界で初めて光の飛翔を連続撮影することに成功した。

イメージセンサーとは、レンズから入った光を電気信号に変換する半導体(撮像素子)のこと。この新しいセンサーは、1個の画素に入った光のほぼ100%を電子に変え、連続5枚~10枚の画像をその場で記録できる。さらに、センサーから外部メモリーへの転送方法を改善したり、入射光から変換された電子をセンサーの電極に誘導する最適な構造を突き止めたり、試行錯誤の連続で高性能化を果たした。

開発実施企業であるアストロデザイン社は長年、放送機器や画像処理関連機器の開発を手掛けており、その高度な技術力には定評がある。その技術力を生かし、本開発では「飛ぶ光の観察」というテーマに取り組んだ。

イメージセンサーを使ったカメラの開発が進めば、これまで観察できなかった超高速現象の解明や、先端計測技術の革新に貢献できる可能性を秘めている。光の飛翔の撮影は多くの科学者が興味を持ち、特殊技術による撮影例はあったが、イメージセンサーのカメラで連続撮影された例はなかったという。

図1

1億分の1秒の撮影を可能にした超高速ビデオカメラ

図2

飛ぶ光を連続撮影した10枚のうちの3枚。10ナノ秒で光は3メートル進む。10枚連続撮影するために30メートルを超える光路を用意し、向かい合わせに配置した鏡で反射する光を捉えた。

世界記録を塗り替えてきた

江藤教授は近畿大学に在籍していた1991年、毎秒4500枚という画期的な撮影速度を誇るビデオカメラを開発した。従来カメラに使われてきたフィルムをイメージセンサーに代え、シャッターは電子式にすることで性能は格段に向上し、広く市販されるまでに至った。江藤教授は2001年には毎秒100万枚を達成するなど、ビデオカメラの撮影速度の世界記録を塗り替えてきた。

現在ビデオカメラに使われているイメージセンサーの性能は、光の「感度」、画像の精細さを示す「空間分解能」、そして、どれだけ短い時間を撮影できるかを示す「時間分解能」で決まる。このうち感度と空間分解能は、すでに理論的な限界値に近づいているが、時間分解能はさらなる向上の可能性が残されている。

設計してはシミュレーションの繰り返し

研究を進めるにあたり、カメラの撮影速度を上げようとすると、反比例してカメラに入ってくる光の量が少なくなるため、感度と時間分解能の両立が求められた。そこで江藤教授が考案したのが、特殊な裏面照射型イメージセンサーだ。通常、イメージセンサーの表面には光を捉える撮像素子のほか、複雑な回路が組み込まれている。この回路が光を遮って暗くしてしまうことがあったので、回路がない裏面から画素中心部へと光を集めるように設計した。

しかしイメージセンサーが光を捉えても、その画像情報のメモリーへの転送に時間がかかることが、時間分解能の向上を難しくしていた。この問題を解決する方法として登場したのが、センサーの1画素を6分割するアイデアだ。この発想は、シャッター速度の速いカメラを6台並べて順番に撮影すると、通常のビデオカメラより速く連続撮影できることと似ている。電極を6つ作れば、画像6枚分の情報を記録することができる。イメージセンサー表面の中心部に6つの電極を花びらのように広げると、入射光から変換された電子が6つの電極に順番に流入する。

撮影後、複数枚の画像情報をまとめてセンサー外部のメモリーに転送することで、時間分解能を大幅に向上させることに成功した。4500分の1秒を捉えるカメラの誕生から26年間で、時間分解能は2.2万倍と飛躍的に向上した。

こうして開発したイメージセンサーをカメラに実装し、超高速で高感度のカメラを開発する段階に進むと、さらなる課題に直面した。1億分の1秒を捉えるカメラにおいて、従来の方法ではシャッター制御のために必要な電気信号をセンサーに歪みなく伝えることが難しかったのだ。デバイス設計および回路基板設計で試行錯誤を繰り返し、最終的に最適な電子回路を開発することができた。また、イメージセンサーの制御部分についても、全く新しいセンサーのため仕様書はなく、手探りでの開発だったという。

図3

イメージセンサー表面側の電極配置。Dの電極は不要な電子の排出に使い、A1からA5の5つの電極に短い時間間隔で順番に高い電圧を加えると、5枚分の画像情報が各電極の下に集まる。

質量分析の時間短縮に期待

イメージセンサーによる撮影速度の理論的上限は11.1ピコ(1兆分の1)秒とされており、この上限にまで達するのは難しいが、時間分解能を決める条件に沿って設計すれば、現在の技術でも200倍速い50ピコ秒の超高速イメージセンサーを作ることができる。イメージセンサーを使ったカメラは、コンピューターとの相性もよく、他の撮影技術に比べて利便性が高いのも魅力のひとつといえる。

今後、期待される用途のひとつが質量分析技術である。これは試料の1点にレーザーを当てて、飛び出してきた原子や分子の速度から質量を割り出すという技術だが、超高速度カメラを用いれば全面を照射し、生じた粒子の速度を一度に測れるため、分析時間を飛躍的に短縮できると期待されている。

図4