事業成果

生物を思い通りに編集できるのか?

DNAを切る「はさみ」の構造を解明2018年度更新

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西増 弘志(東京大学 大学院理学系研究科 助教)
さきがけ
ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術「立体構造にもとづく次世代ゲノム編集ツールの創出」(H25-28)研究者

急激に進化するゲノム編集技術

いまライフサイエンスの分野でホットなワードのひとつが「Cas9(キャスナイン)」だ。その立体構造が世界で初めて解明された。JST「さきがけ」、戦略目標に基づいてイノベーションの芽を生み出す個人型研究、の西増弘志助教らの成果である。西増助教らは、立体構造をもとづく新しいCas9の開発、DNA切断の動画撮影など、世界をリードする成果を次々と生み出している。

Cas9とは、DNAに対して「はさみ」のようにはたらくタンパク質で、2012年に機能が明らかにされた。Cas9を使ったゲノム編集技術は、迅速かつ簡便であるため、医学・ライフサイエンスの現場で、ノックアウト動物(遺伝子欠損動物)の作製や農作物の品種改良など、さまざまな場面で利用されている。

Cas9はガイドRNA(Cas9を標的DNAに誘導するRNA)と結合し、標的DNAを切断することはわかっていた。しかし、Cas9がガイドRNAに結合し、DNAを切断する分子メカニズムは不明であった。

図1

Cas9-ガイドRNA複合体による二本鎖DNA切断機構

DNAを切る「はさみ」のかたちを世界で初めて“可視化”

Cas9によるDNA切断の分子メカニズムが解明できれば、Cas9の改良につながり、新しいゲノム編集ツールの開発や、より安全な運用に貢献できるはずだ。この目標のもと、西増助教らは、Cas9によるDNA切断メカニズムの解明を目指した。

まず、ゲノム編集に広く利用されている化膿レンサ球菌由来のCas9(SpCas9)とガイドRNA、標的DNAからなる三者複合体の結晶化に取り組んだ。試行錯誤の末に得られた結晶を、兵庫県の播磨科学公園都市にある大型放射光施設「SPring-8」に持ち込み、X線回折データを収集。SpCas9-ガイドRNA-標的DNA複合体の結晶構造を決定することに成功した。こうして2014年2月、ガイドRNAと標的DNAは二重らせんを形成してCas9に結合すること、Cas9の「はさみ」の部分は標的DNAを切断するのに適した位置に存在していることなどを、世界で初めて報告したのである。研究を開始してから約1年後の成果であった。

ゲノム編集の研究は世界中で多くの研究チームが取り組んでおり、研究競争も珍しくない。本研究の場合は米国のチームがライバルで、西増助教らが三者複合体の結晶構造を報告する1週間前にCas9の結晶構造を報告している。しかし、それはガイドRNAや標的DNAを含んでいないCas9単体の結晶構造であった。実は西増助教らも、最初はCas9単体の結晶化に取り組み結晶を得ていた。しかし競争相手も同様の研究をしているだろうと考え、複合体の結晶化に集中したのであった。この判断が、世界で初めての「はさみ」のはたらきの“可視化”を導いたと言えよう。

図2

SpCas9-ガイドRNA-標的DNA複合体の結晶構造

新しい「はさみ」の開発に成功!

SpCas9はゲノム編集に広く利用されているが、分子サイズが大きいため細胞への導入効率が低いという問題点があったが、2015年に、ブドウ球菌由来Cas9(SaCas9)は分子サイズが小さく細胞への導入効率が高いことが報告された。そこで、西増助教らはSpCas9の研究成果を応用し、SaCas9-ガイドRNA-標的DNA複合体の結晶構造を解明。SpCas9と比べ無駄の少ないスリムな構造をもっていることを明らかにした。

さらに解明された分子構造をもとにCas9を改変し、ねらった遺伝子を活性化させるCas9や薬剤によって切断活性を制御できるCas9の開発にも成功した。

図3

SaCas9とSpCas9の構造比較

2015年にはCas9とは異なるDNA切断酵素であるCpf1(Cas12a)が発見される。西増助教らは、ここでもCas9と同様の研究に取り組み、Cpf1-ガイドRNA-標的DNA複合体の結晶構造を決定し、Cpf1がDNAを切断するメカニズムを世界にさきがけて解明した。Cas9とCpf1の構造の比較から、「はさみ」のはたらき方が明確に違うことを突き止めた。Cpf1の構造情報を利用し、新しいゲノム編集ツールの開発にも成功した。

図4

Cpf1-ガイドRNA-標的DNA複合体の結晶構造

「はさみ」がはたらく瞬間をとらえた!

Cas9単体やCas9とガイドRNAの二者複合体、標的DNAを含む三者複合体の結晶構造から、Cas9はDNA切断の過程で構造を大きく変化させることが示唆されていた。しかし結晶構造はDNA切断の過程の一状態を捉えた静止画であり、Cas9が構造を変える様子はわからなかった。そこで西増助教らは、同じ領域の「さきがけ」研究者であった金沢大学の古寺哲幸准教授らと高速AFMを用いた一分子解析に取り組み、2017年、Cas9によるDNA切断の一部始終を動画として撮影することに成功した。この研究成果は世界的にも大きな反響をよんだ。Cas9のはたらきに関する詳細な情報は、より高効率・高精度なゲノム編集ツールの開発の基盤となるだろう。

図5

Cas9-ガイドRNA複合体によるDNA切断の様子。矢印で示す部分が「はさみ」としてはたらく。

※高速AFM(高速原子間力顕微鏡)
水溶液中の生体分子をナノメートルサイズでリアルタイムに動画撮影ができる。