事業成果
バケツ一杯の水で見えてくる
魚類の画期的な調査法を開発2017年度更新
- 近藤 倫生(龍谷大学 教授)
- CREST
- 海洋生物多様性および生態系の保全・再生に資する基盤技術の創出
「環境DNA分析に基づく魚類群集の定量モニタリングと生態系評価手法の開発」 研究代表者(H25-30)
魚が水の中に放出したDNAから種を特定
生物の多様性を明らかにすることは、地域の生物相の保全や生物資源を管理する上で重要だ。日本近海は世界的に見ても魚類の多様性が特に高く、これらを保全・管理するには、魚類相の理解が欠かせない。しかし、目視や漁具を利用する従来の魚類生物相調査は、多大な労力と長期間の調査に加えて、高度な知識をもった多くの専門家が必要となる。
この問題の解決を補完する方法として注目を集めているのが、水に含まれる魚の排泄物や粘液などからDNAを抽出・分析して、どんな魚種がいるのかを調べる「環境DNA多種同時検出法(メタバーコーディング)」だ。JSTの戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)でも、海洋の生物多様性および生態系を把握するための先進的な計測技術と将来予測に資するモデルの研究開発が行われている。その中で近藤倫生教授を代表者とする、宮正樹(千葉県立中央博館部長)、源利文(神戸大学特命助教)、益田玲爾(京都大学准教授)らの研究チームが、海水中に含まれる魚由来のDNAを分析し、迅速かつ定量的に魚類の種構成や生物量、遺伝的特徴を把握する、新しいモニタリング手法の開発に取り組んでいる。
検出力を高めた新技術でビッグデータ時代へ
近年、生物の体表の粘液やふんなどと共に体外に放出されたDNAが、水中を漂っていることが明らかになった。これらは「環境DNA」と呼ばれている。DNAは現在、「商品のバーコード」のように簡単に読み取ることができ、しかも読み取った情報(DNAの塩基配列)から魚の種類が分かる。
調査の対象となる水域から水を採取し、その中の環境DNAを調べて、生息する魚種を調べるメタバーコーディングは、魚類生物相調査にかかる労力と時間を大幅に軽減し、これまでの調査法では不可能であった短期間に多地点の魚類調査も可能にした。この画期的な手法を用いて、海や川をフィールドとした研究が今、世界的に行われている。しかし、メタバーコーディングの検出力が低いため、種多様性の低い地域での調査研究だったり、生物種を区別する正確さに乏しい研究だったりした。
そこで近藤教授らは、水中の微量な環境DNAから魚の種類が分かる部分を選択的に増幅し、それを最新の機器で分析してDNAの塩基配列を読み取って種を判定する技術を開発した。水をバケツ一杯、数リットルくんでろ過すれば、後はろ紙の上に残ったDNAを抽出して分析するだけで、その水域にいる魚類全体を網羅的に検出できるようにした。この手法は、これまでの手法では考えられなかった規模でのモニタリングを可能にする道を切り開いたのだ。生物多様性モニタリングに、ビッグデータの時代をもたらすといっても過言ではない。
しかし、課題が残った。この手法の検出力を、実際に魚類相の豊かな海で検証できなかったのだ。目視観察データなど、比較できる確かなデータがなかったためだ。
豊かな生物相の海域でも高い検出力を発揮
京都府北部の日本海に面する舞鶴湾では、2002年から現在まで、京都大学の益田玲爾准教授によって、2週間に一度のペースで潜水目視調査による魚類生物相データが収集されていた。この潜水目視調査のように、魚類を網羅的に検出できる方法で徹底的に魚類生物相を観察したデータは、海洋では極めてまれだ。
近藤教授らは、この海で環境DNA調査を2014年6月18日に実施。採水された計47地点の試料を用いた環境DNAのメタバーコーディングの結果、計128種の魚類のDNAが検出された。
一方、この6月を中心として4~8月における目視観察データ(計140潜水分)を集計したところ、この時期に舞鶴湾には80種の魚類が観察されていた。両データを比べると、140回の潜水で目視観察した80種類の魚類の6割余りが、メタバーコーディングの結果に含まれていた。
潜水目視調査の結果には、14年間でたった数匹程度しか観察されていない希少な種も23種含まれていた。年によって舞鶴湾に出現したりしなかったりするこれらの魚種を除くと、メタバーコーディングを用いれば、たった1日で、これまで目視調査で観察された種の実に8割を検出できたことになる。
この調査では、これまで目視で観察されなかった魚種も20種以上検出することができた。中には、目視調査でも見落とされやすい仔稚魚の状態の魚種も含まれていた。その他にも、河口の付近では淡水魚のDNAを検出でき、漁港の付近ではそこで水揚げされている魚類のDNAも検出できた。これらの結果は、この手法の検出力が極めて高いことを示す。この研究開発事業で開発した魚類の環境DNAメタバーコーディング法は、野外においても網羅的な魚類群集の検出を可能にすることが明らかになった。
外来種の侵入など難しい調査も可能に
今回の研究で、日本近海のような魚類の種数が多い海域でも、わずか1日の採水とその後の分析で、14年の長期にわたる目視調査に匹敵する結果が得られることが分かった。環境DNAメタバーコーディングを使えば、今までの調査法では困難だった「多地点」「高頻度」の魚類群集モニタリングもできる。これは、大きな問題になっている外来種の侵入とその分布拡大のモニタリングを可能にし、さらに深海や地底湖、危険な汚染水域や生物の採集が禁止されている保護区など、アクセスの困難な水域で活用することも期待される。