領域の成果

JST RISTEX開発領域・プログラム コミュニティーがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造

ストーリー開く

研究開発領域の概要

平成23年3月11日に発生した東日本大震災は、津波によって2万人に及ぶ犠牲者を出すなど、戦後我が国が経験した最大の自然災害となりました。しかし、過去に繰り返し津波を経験してきた地域では、日頃の災害対策が実って被害を減少させた例もあり、災害に対する地域の頑健さを相応に向上させてきています。また、志を共有するコミュニティに立脚した災害からの再生に向けた努力は、我が国が災害に対してしなやかに対応できる力を持つことを明らかにしました。同時に東日本大震災は、地震・津波対策、危機管理、情報通信、物流、災害時医療、原子力発電所の安全対策等、広域・複合災害が持つ数々の課題を顕在化させるとともに、それらが超高齢化、過疎化等、現在我が国が抱える社会問題とも密接に関わりがあることも改めて浮き彫りにしました。今回の震災において得られた課題や教訓を科学的に検証し、今後の予想される大規模災害に対して私たちの社会をより強くしなやか(ロバストかつレジリエント)なものにする災害対策を実現していくことが求められています。

平成23年8月19日に閣議決定された第4期科学技術基本計画では、国として取り組むべき重要課題の一つとして、「安全かつ豊かで質の高い国民生活の実現」が掲げられ、第3期に引き続き、国民の「安全・安心」が科学技術政策の目標とすべき価値観の一つであることが明確に示されています。

都市・地域の脆弱性を克服し、安全・安心な都市・地域を構築するためには、研究者と都市・地域の関与者との連携の下で、安全・安心に関わる既存の知識・技術、社会制度、コミュニティ等を含めた社会基盤や新しい技術等を有機的につなぎ合わせるしくみを整備し、実証を伴った研究開発へつなげていくことが必要不可欠です。その際、コミュニティを従来の行政区や学区等の地域的な概念に限ることなく、企業、コンソーシアム等の団体、関連する職種等の共通の目的や価値に基づいて活動する人々の集まりも含めて、広くとらえることが肝要です。

こうした背景を踏まえ、RISTEX がこれまでのノウハウを十分に活かすことで、安全・安心な都市・地域の構築を効果的・効率的に進めていくことが可能と思われることから、「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」という研究開発領域を設定し、研究開発を推進します。

本領域で達成しようとする目標は以下の通りです

(A)防災・減災に関わる既存の研究開発、現場における取り組みや施策、制度等の現状を科学的に整理・分析し、同時に起こりうる様々な危機・災害を一元的に体系化し、効果的な対応を図るために必要な新しい知見の創出及び方法論の開発を行う。

(B)危機・災害対応に係る都市・地域の現状と問題を把握・分析し、安全・安心に関わる知識・技術、社会制度、各般の関与者(行政、住民、学校、産業、NPO/NGO等)を効果的に連携させることにより、安全な都市・地域を構築するとともに、人々に安心を提供するため、現場に立脚した政策提言、対策の実証を行う。

(C)研究開発活動及び得られた研究開発の成果が、当該地域・研究領域の枠を超えて活用され、普及・定着するよう、情報共有・意見交換や連携・協働のための関与者間のネットワークを構築する。

研究開発テーマの概要

領域の目標を達成するために、公募による研究開発プログラムを推進します。推進にあたっての問題意識と想定される主要な研究開発プロジェクトのイメージは以下の通りです。

1.コミュニティの特性を踏まえた危機対応力向上に関する研究開発

安全・安心な都市・地域づくりへのひとつのアプローチとして、種々の危機・災害へのコミュニティの対応力を向上させるため、各地域に共通する対策要素に加え、都市・地域の実状や特色、文化的背景、コミュニティの特性に合わせた対策等を検討し、新しいしくみの設計や方法論の開発を行います。

 (例:コミュニティの特性を生かした新たな防災拠点づくり、バーチャルなコミュニティと連携した危機対応力の向上、全国ネットワークを活用した災害時における専門的支援の最適配置 など)

2.自助・共助・公助の再設計と効果的な連携のための研究開発

公助の機能不全の要因及び自助・共助との補完関係に係る課題を整理し、こうした大規模災害に対する公助のあり方、災害時に機能する自助・共助・公助の連携のあり方を明らかにするとともに、自助・共助・公助が連携するための合意形成手法の開発とリスクコミュニケーション手法の高度化を行います。加えて、自助・共助の取り組みとして、学校教育等における防災教育との連携なども視野に入れた個人のリスク対応能力の向上方法、防災行動の地域への定着方法の構築を行います。 (例:リスクリテラシー向上のための方法論構築、リスクへの対応・対策のための合意形成手法・プロセスの検討・実践、緊急時におけるコミュニケーション(クライシスコミュニケーション)手法の検討、効果的な共助・公助のしくみづくり、広域連携のための新たなしくみの検討と体制づくり など)

3.安全・安心に関わる課題への対応のために個別技術・知識をつなぐしくみを構築する研究開発

これまでは安全・安心に関わる学問分野ごと、リスクごとに個別の研究開発がなされてきましたが、具体的な課題への対応のためにこれらを統合することが求められていることから、既存の研究開発成果、過去の経験、個別技術や制度、関与者等を効果的につなぎ合わせるような研究開発、しくみの構築を行います。 (例:地域における防災・救助・支援活動の体系化、G空間情報処理(GPS+GIS)を核とした地域情報の集約、災害経験の分析・記録・伝承のしくみづくり など)

4.コミュニティをつなぐしくみの社会実装を促進するための研究開発(法規制や制度等の整理分析、新たな取り組みへの仕掛けづくり)

具体的な社会実装を見据えた法的・制度的な視点、経済性等も考慮した総合的なシステムとしてコミュニティをつなぐしくみを実現するための制度面を中心とした戦略を検討し、これまでの災害で障壁になった、またはこれから起こりうる災害を想定した場合に障壁になるであろう法規制や制度等を整理・分析し、新たな取り組みへの制度面の仕掛けづくりを行います。 (例:身近な日常的技術の緊急時への転用検討 など)

5.その他

上記の整理にとらわれず、問題解決のための新しいアイディアに基づく広い視野に立った研究開発を推進します。 (例:コミュニティ参画型地域リスクアセスメントの検討・実践 など)

ービジュア

個々の技術・知識をつなぎ、新たなしくみ・体制へ変えていく活動力を表現!

課題解決型プロジェクトの体制は、研究者や実務者らが推進力となり、連携することで形成されます。 本領域が採択する各プロジェクトには従来の個別研究の枠を飛び越えた特色があり、例えるならば、幾何学的に○や△など決まり切ったカタチではありません。 しかも、我々が領域の成果として模索しているのは、決して個々のプロジェクトの成果に留まらず、これらのプロジェクトが複数つながり、結びついていくことにより、共通解・一般解として初めて見いだすことのできるカタチです。 そのために、RISTEXのプロジェクト運営の特徴として、ステークホルダー間でのみならず、マネジメントチームも相互の対話と協働を通じて解決策を見出していく社会技術的アプローチが導入されています。 そして、複数回の公募を通じて仲間を増やしていくことによって、領域全体としてより大きな概念でしなやかで強靭なカタチを作ろうとしています。

以上のコンセプトを踏まえ、プロジェクト側とマネジメント側の2つの概念メタファーを、図と地(Figure and Ground)の関係で配置することによって、キービジュアルとして具現化しました。

プロセス開く

本領域が求めているのは、個別のプロジェクトの単なる足し合わせではなく、採択された課題が相互に関連し合い、有機的に結びつくことによって、「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」に役立つ成果が得られることである。そのために、本領域では 4 つの運営方針のもと具体的アクションを展開した。
①ポテンシャルのある提案を採択するという方針のもと、提案書の査読・書類選考・面接選考・総括面談などを通じた多角的な評価やタスクフォースを中心とした俯瞰・構造化を行う。
②PJ の質を向上させるという方針のもと、担当アドバイザー制の導入やサイトビジット等を通じた度重なるフィードバックを行う。
新たな気付きを創出するという方針のもと、ワークショップやイブニングサロン、情報共有プラットフォームの導入を行う。
③領域フレームを作る過程に PJ を参画させるという方針のもと、公開シンポジウムを通じて領域フレームや成果の理解促進を図り、学術誌や放送大学・領域 Web サイト、その他の活動を通じて情報発信を行う。

これら各種領域活動を通じて、短期的には各 PJ が課題を解決し、成果を形式知化することを進め、中長期的には、各 PJ の実施者やステークホルダー、そして類似の課題を抱えた他地域に展開できるよう、領域が PJ への助言や成果発信等をしていくことを構想して進めた。

1.領域全体会議(合宿)によるコミュニティ概念の共有

個々のプロジェクトの枠を超えたプロジェクト相互のつながりや、相互の気付きをえるための場を創出するために、毎年1泊2日の合宿形式で領域全体会議を企画・開催した。領域マネジメント側と全プロジェクトの関係者が毎年一同に会し、集中的に認識の共有を図り、積極的にディスカッションと交流をすることで、互いに高め合い、領域全体としての方向性の明確化や、コミュニティ概念の共有化につながった。

H24年度:H25.3.10-11 39名参加 H25年度:H25.12.15-16 53名参加 H26年度:H26.11.25-26 61名参加 H27年度:H27.08.30-31 72名参加 H28年度:H28.08.23-24 56名参加 ・1日目と2日目午前にPJの概要紹介を実施 ・2日目午後にグループワークを実施 ・夜中まで意見交換会もしっかりと実施

2.PJと領域の質の向上

プロジェクトと領域の質の向上を促す各種領域活動(下図)を通じて、短期的には各プロジェクトが成果を形式知化し、課題を解決することを進めた。それに加えて中長期的には、各プロジェクト実施者やステークホルダー、そして類似の課題を抱えた他地域に展開していけるように領域がプロジェクトに対する助言や成果発信等をしていくことを構想して進めた。

3.サイトビジットを通じたフィードバック

・報告書等からは読み取ることのできない現場の雰囲気やステークホルダーとの関係性などを把握 ・現場の状況をプロジェクトへ反映

4.イブニングサロンを通してコミュニティの多様性を学ぶ

領域ADも共に勉強

第1回
産業論、中小企業論、地域経済論
「地域を豊かにする働き方」
産業復興なしに復興はない

第5回
文藝学
「貧困の中で人々がどんなふうに生きているのか」
コミュニティは農村時代の遺物ではなく都会にも不可欠

第2回
農村社会学・農業社会学・地域振興論
「地域づくりの課題と方法」
“近居”という考え方を採れば決して集落崩壊していない

第6回
地球水循環・地域水資源学
「仙台防災枠組みと科学・技術」
分野間で連携し、体験して行動につながるような情報の提供が必要

第3回
コミュニティデザイン
「地縁型コミュニティとテーマ型コミュニティ」
1人でできること、10人でできること…

第7回
心理学・行動分析学
「行動分析学でコミュニティにどう介入できるか」
人間がやるかやらないかが様々な物事を決めていく

第4回
心理学・行動分析学
「新たなコミュニティの形成に奇与する中間支援組織」
“仕事”という言葉が強力に人の気持ちをつないでいる

アウトカム(領域の成果)開く

本領域で推進した個別プロジェクトを通じ、様なフィールドにおいて災害という文脈の中でコミュニティがどのような働きをするのかについて検証した結果、以下の3点が明らかになったことが領域全体のアウトカムである。 出発点となる地域コミュニティでは、空間的近接性により血縁や地縁で相互に依存しながら祭祀や労働奉仕などの多くの機能を一人の人間が重層的に果たしていた。しかし、都市化や情報社会化などの社会の不可逆的な変化により、かつてのつながり方は弱体化・変質化・健在化してきた。このような基本的なつながり方は、生まれ落ちるものではなく、1人1人が選び取る形に変わりつつある。国際規模に至るまで、多様なプレーヤーがコミュニティの中に違った行動原理を持ちながら参画してきている。このような変化を捉えることで、どういうつながりをこれから伸ばしていけるかという評価も可能となった。 具体的には、災害によって顕在化する現在の様々なコミュニティが持つ6 つの共通特性を踏まえることが肝要である。 また、災害のプロセスでは、平時に環境・社会・文化のバランスが取れて安定していたコミュニティに対し環境変化が起こり、住まいや仕事などが奪われて、つながり方も変化する。一方で、文化は人々を結び付けて留めさせる働きを持つ。災害からの回復の中で健在化するこのプロセスを捉えて様々なコミュニティを活用することがコミュニティ・レジリエンスを高める上で重要なことであることに確信を得た。

Point1
社会の不可逆的な変化につれて、コミュニティは変容している

「コミュニティがつなぐ安全・安心」を主題とする本領域がまず明確化すべきは「コミュニティ」概念そのものである。これまでの領域会議や合宿などを通じて、本領域が対象とする“コミュニティ”の全体像について熟議を重ねて、プロジェクト実施者とも共有している。本領域が対象とする“コミュニティ”とは従来から提唱されてきた地縁による関係だけに留まらず、インターネット等を介した集合体までを範囲とする。すなわち、空間的に分散していても志を同じくする人々の集まりも“コミュニティ”と呼び、共通の関心や職能を基盤として集う人々の活動をも対象としている。その背景には、狩猟採集社会、農耕社会、産業社会、情報社会という社会構造の不可逆的な変化に伴ってコミュニティも変質しており、捉えるべきステークホルダーは広がっているという認識がある。

社会構造の変化によって、社会は複雑化し、コミュニティは重層化している。狩猟採集社会、農耕社会では基本的に150名程度の人々が血縁や地縁をもとにコミュニティを形成し、すべてを自分たちで対応する自給自足を原則として「自助・互助」を中心として生活してきた。産業革命を契機として、都市化が進み、個人の自立が進み、行政、企業という新たなプレイヤーが登場した。産業化の成熟とともに、経済活動と人口の増加が進む一方、「公助」によって人々の福祉を考慮した国家観が定着するとともに、NGOやNPOを中心に市民社会の役割が次第に大きくなり「共助」が生まれてきた。コンピュータとインターネットの普及によって生まれた情報社会は世界をグローバル化し、時空の制約を超えて人々の流動性を高めて、助け合いも広がっている。 こうした社会構造の変化を経ても、「人々が助け合わなければ、災害を乗り切ることができない」という命題は依然として成立するが、助け合いに参画するステークホルダーは時代とともに増加し、助け合いの形も多様化している。しかしどれ一つとして、それだけですべてを支えるだけの力を持っていない。したがって、一人一人が主体的に、時期と活動内容に応じて、適切な支援を選択する能力を高めることが、今後は必要になっていくと予想される。

Point2
災害によって顕在化する現在の様々なコミュニティには6つの共通特性がある

コミュニティに関わるステークホルダーが増加し、コミュニティが多様化する中で、災害時に我が国のコミュニティはどのように動くのか。本領域の15のプロジェクトの成果をまとめると、災害によって顕在化する現在の様々なコミュニティの共通特性として以下の6点が指摘できる。

  1. (1)災害にあっても旧に復する力がある

    コミュニティには災害があっても旧に復そうとする力があるといえる。例えば、岡村プロジェクトが明らかにしたように、2008年福岡県西方沖地震で大きな被害を受けた玄界島がもつレジリエンスは非常に高い。島民はかつて40年間ほど海賊に島を乗っ取られても戻ってきた経験を持つ。それに比べると地震による4年間の集団離島はたいしたことがないのかもしれない。島には血縁、地縁、労働奉仕、生業、消防団など、様々な場面で人々の関係性が重層的に構築され、相互扶助の仕組みが存在している。そこで最も着目すべきは、そうした際の意思決定において民主的な手法が必ずしもすぐれていると認識されているわけではないことである。

  2. (2)外力からの「刺激」によって、コミュニティは活性化する

    コミュニティ外部からの刺激を受けることによって地域コミュニティ活性化するということである。宮本常一は「世間師」とよばれる人々を紹介している。世間師はコミュニティを出て広く外の世界を見聞した経験を持ち、後にコミュニティに戻って、その見分をもとに新しい試みを指導する役割をしている人である。石川プロジェクトや朝廣プロジェクトで示されたように、災害発生後の復興過程においても、被災者にとって初めての経験である復興過程において指導的な立場に立ち、いわば世間師の役割を果たす人たちは確かに存在する。時には、外部との接触ではなくコミュニティ内部からも出現することを横内プロジェクトが示した。このプロジェクトでは、高校生のような新手を防災まちづくり活動に引っ張り出してくることでも地域コミュニティの活性化はありえることを示した。世間師と新手に共通する要素は、それまで地域コミュニティ活動に参画してきた人たちから見ると、どちらもそれまで関りのなかった外部の人たちである。彼らが地域コミュニティに参画してくることから生まれる社会あるいは文化面での刺激であるといえよう。災害はこうした外部の人々を新たに地域コミュニティに結びつける契機となる。

  3. (3)「すまい」の確保の観点から総合的に立ち直りを考える必要がある

    住まいの確保という観点で、地域コミュニティが災害を乗り越え、立ち直っていく過程を総合的に捉えていく上での重要さが明らかになった。これまでの災害対応で考えられてきた被災→避難所→仮設住宅→恒久住宅という単線的なすまいの復興は、21世紀前半の南海トラフ地震では仮設住宅建設に7年半を要すると推定されるように、立ち直り過程としては現実的とはいい難い。しかも、津波災害を前提に浸水地域をすべて移動させることは実質的に不可能である。 親世代が津波浸水地域に居住していても、子世代が津波に対して安全な「近い」場所に居を構えることで、世代間で住まいを確保するという考え方が山中プロジェクトの「近住」概念である。こうした世代間の近居は、農村社会学者の徳野が言う近代型農村での居住のあり方とも整合しており、住まいの確保のための有力な自助・互助策である。さらに既存の民間賃貸住宅を仮設住宅として活用する「みなし仮設」制度のような新しい方法も、みなし仮設に適した利用者のセグメンテーションや利用可能期間の当初から明示するといった配慮をすることによって、新しく有力な公助策となりうることを立木プロジェクトが示した。いずれにしろ、住まいの確保を災害対応段階ごとの個別課題として捉えず、発災当夜から始まり恒久的な住まいの確保まで続く一連の問題として、あらゆる住まい確保の選択肢を用いる総合的な課題として捉えることが大切である。

  4. (4)災害の未経験者は被災についての具体的イメージを持てない

    防災啓発の重要性が指摘されるものの、これまで災害を経験したことのない人には、被災について具体的なイメージを持つことが極めて難しいことが改めて明らかになった。木下プロジェクトが逃げ地図ワークショップを幾ら実施しても、逃げ場所が決まっていない人がたくさんいる。倉原プロジェクトのLODEワークショップを見てみると、自分たちの5年先10年先の状況がどうなっているかを思い描くことは難しく、今の自分の視点での対策しか考えることができない。地域の防災の現在の主役である中年層が助けられる側に回り、今助けられる側とみなされる子供たちが助ける側の主体になるといった、立場の転換はほとんど考慮されない。そこには岡本プロジェクトが示したような自給自足的な地域コミュニティが有していた人間関係の重層性がなくなっていることが関連していると思われる。

  5. (5)暮らしが成り立つことがコミュニティの成立の基盤である

    人々の居住地選択を決定している最大の要因は仕事の存在である。そこで生活できるだけの安定した収入を得ることができるかいなかの問題である。災害による環境変化によってコミュニティにおける仕事のありかたも変化することがある。地域に仕事がなくなれば、他の場所での仕事を求めて、地域を去る人が出ることは、これまでもどの災害現場でも繰り返し見られたことである。それはコミュニティを崩壊させる危険性を増加させる。だからこそコミュニティを維持する上でも仕事の存在は不可欠である。それは災害前の仕事がすべて無傷で残ることを必ずしも意味しない。イブニングセミナーでは東日本大震災の岩手県大槌町を事例に関が、阪神・淡路大震災の事例を中村が、どちらもコミュニティ・ビジネスの重要さを強調した。地域のだれでも参画可能なコミュニティ・ビジネスを、被災後の状況に応じて展開することが被災地の復興に大きな役割を果たすことになる。

  6. (6)災害対応者のプロフェッショナル化が不可欠である

    我が国の防災の現状を考えると、公助の果たす役割はなくならない。国難ともいうべき今後の巨大災害を乗り越えていくためには、公助の要となる災害対応者の能力向上が不可欠である。災害対応は様々な専門職能が求められるが、現時点では必要となる専門職能を持つ人材を組織的に育成し、実際の対応において組織だった応援・受援する態勢が存在せず、「個人芸」で対処している。松井プロジェクトでは、専門職能をもとに災害対応に従事する人々の間にも強い災害ストレスがかかり心のケアの必要があり、それを同じ職能を持つ人が実施できる仕組みを検討した。棟方プロジェクトでは地域での医療協力体制を整備し、規格化する可能性について検討した。 より地域コミュニティに近い立場に立つ消防団や民生委員などの地域リーダーには、松尾プロジェクトが明らかにしたように、個々人の状況把握能力や意思決定能力が十分とは言えない状況がある。特に消防団については、団長だけが理解していて、部下達は単に命令に従うという状況は再考すべきであり、各人が自らの判断で連携の取れた適切な対応を実現できるように専門職能を磨く必要がある。 具体的な災害対応オペレーションについても、太田プロジェクトが指摘した発災直後の救護所の扱いや、羽山プロジェクトが指摘した動物の扱いについては、未だ十分検討されていない今後の課題であることも明らかになった。最後に、全体と司令塔となる災害対策本部では、電話とホワイトボードを主体とする旧来からの情報処理の仕組みのままであり、乾プロジェクトが例示したようにICTをより積極的に活用した効果的な災害対応の実現を目指す必要がある。

Point3
コミュニティが災害を乗り越えるプロセスには環境・社会・文化のダイナミクスが働く

これまでの議論を踏まえると、コミュニティというのはバランスの上に成り立っているのではないだろうかと気づかされる。それは、環境と社会と文化の3つのバランスである。

環境とは、自然環境及び人間がつくり出した人工物から構成される環境である。人々の生活を支える物理的な条件を指す。社会とは、仕事のありようや住まいの有り様を指す。仕事の制約によって、私たちが居住する場所はおのずと決まってしまうことが多いので、仕事の有り様が一番強い決定因と考えられる。環境と社会は、どちらも人々を魅力あるコミュニティに引き寄せる力を持っていることが特徴であると考える。 文化とは、歴史資産、風習祭り、歴史的な構造物、そこに備わる技術や伝承、中心人物や若者、納得できるキーワードなどを指す。その特徴は、人々をその時点で所属するコミュニティに引き留める力となっていると考える。 魅力の高いコミュニティに人を誘う力と今のコミュニティに引き留める力が拮抗することで、コミュニティは安定的に維持されていると理解できる。現在所属するコミュニティが相対的にもっとも魅力が高く、文化的なつながりが存在している場合にコミュニティはもっとも強い力を持つ。この考え方に従えば、コミュニティが災害を乗り越え、立ち直る過程は次のように説明できる。 災害はそれまでコミュニティが持っていた環境、社会、文化の均衡点が、災害による環境破壊とそれに伴う社会への影響によって、それまでの均衡が崩れる現象として理解できる。その結果コミュニティは人々をそこに留める力を失い、コミュニティを去る人が発生し、それまでのコミュニティは崩壊に向かう。そうした傾向を文化が何とか引き留めようと働き、被災地が持つ文化の再確認がおこる。そうした再確認は多くの場合、それまでコミュニティ―に属さない外部の人からもたらされる。 復興期になって環境や社会が新たな安定点に向かって収束していくにつれて、コミュニティも安定を保つようになる。しかしながら、ともすると発災前のコミュニティとは変質している可能性もあり、以前のコミュニティを代表する文化的と新たに生まれようとする文化との間で葛藤が内在されることもある。以上の過程がコミュニティが災害を乗り越え、立ち直る過程で発現すると捉えている。

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