ケアが根づく社会システム
ケアが根づく社会システム
RISTEX
プロジェクト紹介
Project Introduction
2025年度採択

科学技術と社会をつなぐためのケア概念に基づく対話実践の再構築

研究代表者:八木 絵香(大阪大学 COデザインセンター 教授)

目標

本研究では、社会的な論争や軋轢を引き起こす科学技術をめぐる課題について、従来は問題視すらされてこなかった「ケアの不在」と向き合い、語られにくい痛みに応答するための倫理と実践の探究を行います。
これらの研究と実践を通じて、1)これらの問題をめぐる「ケアの不在」が社会的に取り組むべき課題として関与者間で広く認知され、2)対話の担い手となる共事者コミュニティが可視化されることで、対話の場が解決手段としてではなく、「分かり合えなさの中にとどまる」営みとして民主的空間に組み込まれる社会の実現を目指します。

概要

本プロジェクトは、「ケア」の営みを、直接的に「ケア」という文脈では語られてこなかった科学技術をめぐる領域にも持ち込もうとするものです。特に、一見すると「ケア」とは一番ほど遠いようにも思える大規模エネルギー施設の誘致・稼働・廃止をめぐって地域社会が経験する状況を対象に、その意味と可能性を検証することを試みます。
こうした施設をめぐる意思決定では、科学的・技術的安全性や経済性といった「公的」論点が優先される一方で、生活に根ざした不安やとまどい、人びとの関係性の揺らぎといった「私的」側面は後景に退けられがちでした。ケア倫理は、この状況を「公私二元論」の問題として捉え、大規模エネルギー施設をめぐる人びとの戸惑いや揺らぎへのケアが公共的な議論から切り離されることで、地域に生じる葛藤が見えにくくなり、構造的に温存されてきたと指摘します。

アメリカの政治理論家ジョアン・トロントが提唱する「ケアの民主主義」は、ケアを私的領域に押し込めず、民主社会の根幹に位置づけようとする考え方です。互いの脆弱さや依存性を認め合い、応答的で対等な関係性を築くことで、公共空間そのものをつくり直すことが求められます。本プロジェクトでも、対話の場を即時的な「解決」のためではなく、「分かり合えなさにとどまる」営みを社会に組み込むための機会として位置づけています。

このような視点から私たちはまず、地域コミュニティ、および技術者コミュニティの双方において、多様な意味での語りにくさの背景にある経験を丁寧に記述します。さらに、そこで明らかになる感情や関係性の揺らぎを手がかりに、従来の説明型や合意形成型には収まりきらない、新たな対話のあり方を検討しています。
その中心にあるのは、地域での対話、消費地での対話、立場や価値観の異なる人びとの対話といった、具体的な対話実践です。理論と現場を往還しながら、どのような対話の場が応答可能でありうるのかを探究していきます。

なお、本プロジェクトは、原子力の継続利用を前提に擁護するものでも、関連組織の運営改善や持続可能性の確保を目的とするものでもありません。また、科学技術に関連する施設をめぐる軋轢を、賛否の二項対立に単純化して解決しようとするものでもありません。むしろ、多様な立場や経験、そして言葉にしにくい痛みや不安に丁寧に耳を傾け、持続的で開かれた対話の場が確保されている社会のあり方を探っていきたいと考えています。

研究概要図