海で大雨を降らせて命を守る?!の巻/小槻峻司さん(千葉大学)
ときは2050年 夏。人々はおびえていた。豪雨をもたらし、暮らしを破壊し続ける邪悪な積乱雲「暗黒雲」に。毎年繰り返される悪行に疲弊する人々。そんな彼らを守るために現れたのが「豪雨戦隊 2050アメフラセンジャー」だ。
アメフラセンジャーは、暗黒雲に湿った空気を送り込むことで成長させ、海上で大雨を降らせてしまう。今回も鮮やかな連携プレーで暗黒雲を蹴散らし、陸地の平和を守るのだった―――。
そんなテレビ番組を見て、ご満悦の猫田とワン。最近は豪雨被害が増えているし、アメフラセンジャーがフィクションじゃなきゃよかったのに・・・とつぶやく猫田に、「いやいや、ノンフィクションなんだ」と割り込む人が。
リアル・アメフラセンジャーは存在するのか?!
陸地の集中豪雨被害を抑えるために、海上での豪雨生成を実現する研究を紹介。
研究者名:小槻 峻司(千葉大学 国際高等研究基幹 環境リモートセンシング研究センター 教授)
【アフタートーク】
ゲスト:豪雨戦隊「2050アメフラセンジャー」
~積乱雲「暗黒雲(アンコクーン)」と戦うヒーロー登場!~
ワン:今回のアフタートークのゲストは、豪雨と戦うヒーロー「2025アメフラセンジャー」のみなさんよ。テレビで見ていた憧れのヒーローに会えるなんて楽しみ!
猫田:陸地でひどい豪雨災害にならないように、海の上で人工的に雨を作って降らせちゃうスーパー戦隊だもん。かっこよすぎる!ワクワクするなあ~。
ワン:猫田さん、そんなに興奮しないで(笑)。
コツキング:やあ、ワンさん、猫田さん。今日はアフタートークに呼んでくれてありがとう。豪雨戦隊「2050アメフラセンジャー」参上!
猫田:わあ、本物だ!
コツキング:ぼくたちアメフラセンジャーの使命はただ1つ、陸地に集中豪雨をもたらす邪悪な積乱雲「アンコクーン」と戦い、豪雨災害から人々の暮らしを守ること。地球温暖化で敵はますます強大になるばかりだけど、アメフラセンジャーの力を結集すれば何も恐れることはない!
ワン:きゃあ~、かっこいい!!
猫田:ワンこそ、興奮してるじゃん。ところで、アメフラセンジャーは5人組だよね。それぞれどんなヒーローか自己紹介してくれる?
ヨソクスルンジャー:リョウカイ!ワタシは、“予測の神”ヨソクスルンジャー。スーパーコンピューターを駆使して、集中豪雨がいつ、どこで暴れ出すのかをピタリと当てるのが仕事デス。
ノボラセルンジャー:お次はオレの出番だ。オレは、“気流のジャンプ台”ノボラセルンジャー。高さ300メートルの巨大ドームで、雨をもたらす温かくて湿った空気を勢いよく昇らせて、高い空まで届けるぜ!
アタタメルンジャー:わたしは“火の魔法使い”アタタメルンジャー。ノボラセルンジャーが上昇させた空気を水素燃焼バーナーでアツアツに加熱して、積乱雲ができ始める高度まで到達させるわ。そうすると、上空で温かい空気と冷たい空気の対流が起きて、アンコクーンが大きく発達するのよ。
オトスンジャー:最後はオイラ、“氷の使者”オトスンジャーだ。アンコクーンめがけてドライアイスをまき散らし、雲の中に氷の核をつくるんだ。そこに水蒸気がくっつけば、大きな水の粒のできあがり!さあ、雨をドーンと落としてやるぜ!
ワン:すごい、完璧な連携プレーだわ。そして、みんなに指令を出すのがコツキングってわけね。
コツキング:自然の力はとても大きなものだから、豪雨を完全に消し去ったり支配したりすることは難しいんだ。だからぼくたちは、自然が持っている性質をうまく利用してそこに働きかけることで、豪雨を制御することを目指しているんだ。
猫田:さすがアメフラセンジャー!そして、それを現代で研究しているのが、2025年のコツキング、千葉大学の小槻 峻司さんなんだよね。
ワン:小槻さんは、アメフラセンジャーの舞台の2050年までにこの豪雨制御システムを完成させて、人々が集中豪雨災害から解放される未来を目指しているのよ。
~「デジタルツイン」で未来の天気をシミュレーション~
コツキング:豪雨制御を実現するためには高精度な天気予測が鍵になるんだ。天気を予測するには2つの仕組みが必要で、1つは「数値予報モデル」という計算式をもとに未来の天気を予測する一般的なシミュレーション。
猫田:ふむふむ。
コツキング:そして、もう1つ重要なのが、リアルな観測データを基に、今の天気の状態を表す「初期値」を高精度に推定する方法。これを「データ同化」といって、小槻さんはその研究の専門家なんだ。
猫田:データどうかあ?
ワン:「どうかあ」じゃなくてデータ同化よ。データ同化で現実に近い初期値を作って、数値予報モデルで未来の天気を予測するの。この2つがそろうことで精度の高い天気予報が可能になるのよ。
コツキング:そのとおり。初期値とはいうのは、数値予報モデルの「スタート地点」になるデータだから、この数値が正確でないと、その後の予測が大きくズレてしまう。だから、予測精度を上げるためには、リアルな観測データを取り込みながら一定時間ごとに初期値を修正して、より正確な初期値に近づけることが大事なんだ。
猫田:なるほど。じゃあ、たくさんの観測データが使われているってことだね。
コツキング:いやそれが、今のところ、人工衛星の観測データのうち、実際に天気予測に使われているのはたった5%くらいなんだ。
ワン:え、そんなに少ないの?どうして?
コツキング:それはね、膨大な観測データを処理するための計算モデルが不完全だったり、観測のタイミングや場所がバラバラだったり、データそのものに誤差があったりするからなんだ。だから小槻さんは、もっとたくさんの観測データを使えるようにする方法を研究しているんだ。
ワン:データ同化の研究が進めば、天気予測の精度もどんどん良くなるのね。だけど、いくら高精度に天気を予測できても、広い海の上でアメフラセンジャーがいつ、どこに出動すればいいかを見極めるなんて、判断が難しそうだわ。
コツキング:うん、それが課題なんだ。そこで登場するのが「地球のデジタルツイン」なんだ!
ワン&猫田:デジタルツイン!?
コツキング:スーパーコンピューターを使って、現在の地球とまったく同じ気象状態の”仮想の地球“をつくるんだ。その中で未来の天気をシミュレーションして、「どうすれば望む未来にできるか」を逆算するんだよ。
ワン:未来を出発点にして、今何をすればいいかを考えるってことね。
コツキング:そう。たとえば「陸ではなく海の上で雨を降らせたい」っていう未来にしたいとするよね。そうしたら、その未来を実現するには、今の大気にどのタイミングで、どんな働きかけをすればいいのかが計算でわかるんだ。
猫田:うわ〜、まるでSF映画みたいだ!
コツキング:でも、やみくもにやるわけじゃない。海上で豪雨を降らせるために、積乱雲や雨を人工的に作るのに最適な場所やタイミングがわかるから、そこを見極めてピンポイントで働きかけるんだ。小槻さんはそれを制御の“ツボ”と呼んでいるんだよ。
猫田:天気にもツボがあるのか!
ワン:今はデジタルツインの中で、仮想的な環境条件をいろいろと変えて、どの方法が効果的なのか、気象への影響を検証していると聞いているわ。
コツキング:その結果をもとに、小槻さんたちはこれから、海上での実証実験を部分的に始める予定なんだ。人工降雨によって雨を強くできるのか、実際に実験してみるそうだよ。
猫田:テレビの中だけじゃなくて、現実世界での実現に向けて着々と進んでいるんだね。
~豪雨問題を「自分ごと」に 社会と向き合い未来を変える~
コツキング:ただ、実現のためには技術面だけでなく、「ある地域を大きな被害から守るために、気象を制御することを社会に受けいれてもらえるのか」という課題があるんだ。
猫田:たしかに、人間が天気を変えてしまうってちょっと怖い気がする。それによって、本来雨が降るべきところに降らなくなってしまったり、自然環境が変わってしまったり。
コツキング:小槻さんたちのアプローチは、自然の性質を利用した方法だけど、想定とは違うことが絶対に起こらないとも言い切れない。だから小槻さんたち研究チームには、科学コミュニケーションを専門とする研究者も加わって、研究と並行してワークショップも開いているんだ。気象制御の影でどんな課題が起こりそうか、どんな情報があればみんなの役に立つのか─、そういったことを、市民の皆さんとオープンに話し合いながら探っているんだ。
ワン:日本では各地域で1年間に平均1500ミリほどの雨が降るの。集中豪雨になると、たった数日で300~400ミリ、場合によっては1000ミリ近い雨が局所的に降ることもあるのよ。それによって、洪水や土砂災害が起きて、大きな被害が出てしまうの。
コツキング:日本では毎年、水害による経済的な損失が平均で1兆円を超えていて、これからさらに増えるかもしれないと言われている。これは国家予算の1%に相当する規模だから、国としても無視できない大きな問題なんだよ。
ワン:そう考えると、1つの地域の問題ではなく、私たち一人一人が「自分ごと」としてこの問題を捉える必要があるわね。
コツキング:小槻さん自身も「この技術は人々にとって本当に良いものなのか?」「見落としているリスクはないか?」と常に葛藤しながら研究をしているんだ。気象はみんなに関わることだから、どこまでをリスクとして受け止め、メリットを受けとるか、これからも市民のみなさんと話し合っていきたいそうだよ。
ワン:小槻さんの研究への情熱と、誠実な人柄が伝わってくるわね。
コツキング:そういえば、小槻さんがこのプロジェクトを始める時に、ChatGPTに「気象制御はできますか?」って聞いてみたら、「できない」って返されたんだって。アメフラセンジャーの番組を見たみんなも、「現実世界では無理でしょ」って思ったかもしれない。でも小槻さんは、地球規模のこの挑戦を成功させて、科学技術の力で社会を変えられる、人間が力を合わせたらすごいことができるっていうメッセージを伝えたいと考えているんだ。
猫田:スケールがデカすぎる!
ワン:小槻さんは高知県の出身で、小さい頃から「次の坂本龍馬になれ」と言われて育ったそうよ。もしかしたら、その熱い”龍馬魂”が、大きな夢を追いかける原動力になっているのかもしれなわね。
猫田:え〜!ぼくなんて、小さい頃から「宿題ちゃんとやれ」しか言われてなかったよ。小槻さんみたいに、子どもの頃の一言が、未来を動かす力になるってすごいなあ。
ワン:(空を見上げて)今日も外はドシャ降り。地球のあちこちで豪雨が猛威をふるっているわ。これはもう、“未来の問題”なんかじゃない、“今”を生きる私たちの問題よ。こんな時こそ、科学の力と人間の知恵の出番じゃない!
コツキング:そう、未来はただ待つものじゃない。自分たちの手でつくりだすものだ!
ワン:コツキング、アメフラセンジャー、小槻さん、みんなの力をひとつにして、未来の空を希望の空に変えてみせて!私たちも全力で応援するわよ!
猫田:(ちょっと照れながら)ぼくも何か始めようかな…未来は自分の手でつくるものだもんね!
JST news 2024年7月号 特集1「遠くの海上で人為的に豪雨を発生 陸地における被害の緩和を目指す」 千葉大学 国際高等研究機関 環境予測科学 小槻・岡﨑研究室 JST ムーンショット型研究開発事業 目標8 研究開発プロジェクト
「海上豪雨生成で実現する集中豪雨被害から解放される未来」
アドバイザー:村松 秀(近畿大学 総合社会学部 教授)、早岡 英介(羽衣国際大学 現代社会学部 教授)
