科学技術振興事業団報 第334号
平成15年7月9日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
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「ウイルス認識に関わるToll様受容体の細胞内シグナル伝達経路の解明」

 科学技術振興事業団(理事長 沖村 憲樹)の戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究「審良自然免疫プロジェクト」(研究総括:審良静男 大阪大学微生物病研究所・教授)は、ウイルスの侵入を認識し、抗ウイルス活性を有するI型インターフェロン(IFN-α/β)を誘導するに至る、自然免疫系の細胞内シグナル伝達経路を明らかにした。
 自然免疫系では、マクロファージなどの細胞表面にあるToll様受容体(TLR)ファミリーが細菌やウイルスなどの病原体を認識し、これをきっかけに様々なシグナル伝達が起こり、やがて病原体を攻撃する獲得免疫系の活性化など種々の免疫応答が引き起こされるようになる。TLRファミリーにより自然免疫系が活性化されるメカニズムは、これまでに、細菌感染の認識に関わるTLRシグナルを中心に徐々に明らかにされつつあった。今回の成果は、アダプター分子であるTRIFが、ウイルス感染の認識に係わるTLRを介した細胞内シグナル伝達活性化に必須であることをノックアウトマウスを用いて初めて明らかにしたものであり、ウイルス感染症(肺炎、C型肝炎、SARS等)の治療技術の新規開発に有用な手がかりを提供するものと考えられる。
 本成果は、大阪大学微生物病研究所との共同研究で得られたものであり、平成15年7月10日付の米国科学雑誌「サイエンス」online版で発表される。

 免疫系は、細菌やウィルスなどの病原体の侵入を感知し排除する生体防御システムで、ヒトでは自然免疫系と獲得免疫系から成り立っている。Tリンパ球が主役を務める獲得免疫系は、従来から免疫学の研究の主流であり、精力的に解析されてきた。一方、自然免疫系は、下等動物から存在する原始的防御システムであり、哺乳動物ではほとんど機能していない非特異的な免疫系と考えられていたため、注目されなかった。しかし、獲得免疫系の主要な分子機構が明らかにされた今でも免疫系の本体は完全に理解されておらず、多くの自己免疫性疾患の治療戦略は全く確立されていないばかりか、その病因、病態すら明確になっていない。
 最近、Toll様受容体(Toll-like receptor,以下、TLRという)(注1)という膜貫通型たんぱく質の発見、TLRファミリーを中心としたノックアウトマウスの解析を通じて、自然免疫系が病原体の体内侵入を特異的に認識し活性化され、さらに高次機能を有する獲得免疫系の活性化の誘導に必須であることが示唆され、従来の免疫学の理論的背景を根底から見直さなくてはならない状況になっている。
 TLRファミリーはマクロファージなどの自然免疫細胞の表面に発現し、10種を超えるメンバーが存在する。自然免疫系では、このTLRファミリーが病原体に特有の構成成分(注2)を特異的に認識し活性化されることが明らかになっている。その中で、TLR3がウイルスに特有の構成成分を認識すること、細菌の構成成分を認識することが知られていたTLR4がウイルスの構成成分認識にも関与していることが明らかになってきた。また、TLRファミリーを介した認識に続く細胞内へのシグナル伝達経路についても、TLRの細胞質内部分にあって、他のたんぱくと会合する部分と考えられるTIRドメイン(注3)と呼ばれる領域から開始され、同じくTIRドメインを有するMyD88(注4)と呼ばれるアダプター分子が会合することによって、下流にシグナルが伝達することがわかっている。シグナル伝達は、たんぱく質のリン酸化、構造変化などが連鎖することによって起こり、アダプター分子はこの連鎖反応に携わるたんぱく同士をつなぐ役目をする。そしてこのMyD88を介したシグナル伝達は、細菌感染に関与するすべてのTLRを介した炎症性サイトカイン(注5)の産生に必須であることも明らかになっている(図1参照)。
 しかし、各TLRは、異なる病原体の構成成分を認識し、それぞれ微妙に異なった免疫応答を誘導する。特にウイルス感染の場合は、細菌感染の場合と異なり、抗ウイルス活性を持つサイトカインI型インターフェロン(IFN-α/β)(注6)が誘導される。二本鎖RNAなどのウイルスの構成成分の認識に関与するTLR3やTLR4を介したI型インターフェロン(IFN-α/β)の産生は、たとえMyD88が存在しなくても正常に誘導されてくる。このことから、TLRを介した細胞内シグナル伝達経路では、全てのTLRに共通で細菌感染防御に必要な炎症性サイトカインの誘導に必須のMyD88依存性の経路と、TLR3とTLR4のシグナルに見られるMyD88非依存性の経路が存在することが示唆されてきた。このような中で、MyD88以外にもTLRの細胞内シグナル伝達を司るアダプター分子が検索され、TIRドメインを持つアダプター分子としてTIRAP, TRIFが同定されてきた。
 今回、TRIFの生理機能を、ノックアウトマウスを作製することにより明らかにした。TRIFをコードする遺伝子を切り取ったノックアウトマウスは、TLR3刺激やTLR4刺激によるIFN誘導性遺伝子の発現が顕著に障害されており、TRIFがTLRを介したシグナル伝達の特異性を規定していることが示された。しかし、TLR4刺激によるMyD88依存性のシグナルの活性化は障害されていなかった。そこで、TRIFとMyD88の両遺伝子をともになくしたダブルノックアウトマウスを作製したところ、TLR4刺激によるシグナル伝達の活性化はすべて消失し、さらにIFN誘導性遺伝子の発現も全く認められなくなった。このことは、TRIFがウイルス認識によるMyD88非依存性のシグナル伝達活性化に必須のアダプターであることを示している(図1参照)。
 今回の成果は、アダプター分子であるTRIFが、ウイルス感染の認識に係わるTLRを介した細胞内シグナル伝達活性化に必須であることをノックアウトマウスを用いて初めて明らかにしたものであり、ウイルス感染症(肺炎、C型肝炎、SARS等)の治療技術の新規開発に有用な手がかりを提供するものと考えられる。

【研究領域】

研究領域:戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究「審良自然免疫プロジェクト」(研究期間 平成14 年~平成19年)

【語句説明】
【補足説明】
図1参照

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【本件問い合わせ先】
 審良 静男(あきら しずお)
  大阪大学微生物病研究所・癌抑制遺伝子研究分野
   〒565-0871 大阪府吹田市山田丘3-1
   Tel: 06-6879-8303 Fax: 06-6879-8305    

 長谷川 奈治(はせがわ たいじ)
   科学技術振興事業団 戦略的創造事業部
   特別プロジェクト推進室 調査役
   〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
   TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703    
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