科学技術振興機構報 第122号
平成16年11月1日
東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

飢餓適応機構としての自己タンパク質分解の意義の解明

~新生児は出生に伴う飢餓をオートファジーで凌ぐ~

 JST(理事長:沖村 憲樹)は、出生直後の飢餓状態にある新生児マウスがオートファジー(自食作用)*1をおこし「自身の一部を食べる」ことによって、その危機を凌いでいることを発見した。
 オートファジーは細胞内の大規模な分解機構で、細胞内の浄化作用のみだけでなく細胞が自身の一部を分解することで栄養素を自給自足する役割もあると考えられてきた。今回の発見は、出生直後の新生児マウスでもオートファジーが顕著に活性化されること示した。さらにオートファジーの能力を欠如するマウスを作製、解析したところ、このマウスは出生直後に激しい栄養(特にアミノ酸)欠乏状態に陥ることが確認された。胎児は胎盤を介して母親から栄養が供給されるが、出産とともにその供給経路は突然遮断される。新生児は母乳からの栄養補給体制が完成されるまで、一過性の著しい飢餓にさらされる。本研究は飢餓応答としてのオートファジーの意義をはじめて明らかにしたものであるが、単に新生児飢餓のみならず、慢性疾患や長期臥床などによる栄養不良、あるいは反対に肥満・糖尿病などの栄養制限治療における生体反応を理解する上で重要な情報を与えるものであると考えられる。
 この成果は戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「タイムシグナルと制御」研究領域(研究総括:永井克孝)における研究テーマ「哺乳動物におけるオートファジーの役割とその制御機構」の研究者 水島昇((財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所 室長)ならびに久万亜紀子グループメンバー(現・(財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所 研究員)」らによるもので、平成16年11月3日付け(米国東部時間)の英国学術雑誌「Nature」オンライン版で発表される。
【研究成果の概要】
背景
 生体を維持するにはその構成タンパク質を適切に合成するだけではなく、適切に分解することも重要であることが近年強く認識されるようになってきた。細胞内には、分解すべきタンパク質を個別に認識して分解する機構(ユビキチン・プロテアソーム系など)と、むしろ非特異的に大規模に分解する機構がある。後者の代表は「オートファジー(自食作用)」と呼ばれるものである。オートファジーの仕組みは図1に示すように、巧妙な膜動態を利用している。まず、細胞質の一部がオートファゴソームという袋状の小器官で取り囲まれ、そこにリソソーム*2が融合することによって、リソソーム内の多種の分解酵素によって内容物が分解される。オートファジーの分子メカニズムは、単純なモデル生物である出芽酵母の研究から急速に明らかになりつつある。重要なことに、出芽酵母でわかったオートファジー関連分子のほとんどは哺乳類に至るまで、非常によく保存されている。オートファジーという現象自体は約50年前に哺乳類細胞ではじめて発見されたものの、その役割は未だほとんどが不明である。出芽酵母から得られた知見を手がかりに、今やっと哺乳類におけるオートファジー分解の生理的意義が研究しうる時期となっている。

研究の経緯
 哺乳類でのオートファジーの役割を知るためには、まずオートファジーがいつ、どこで、どのくらいおこっているかを正確に知る必要がある。これまでオートファジーの観察は電子顕微鏡に頼らざるを得ず、大量のサンプルの定量的解析には困難な点が多かった。水島研究者は、簡便にオートファジーをモニターしうる「GFP-LC3マウス」を開発し、すでに発表した。これは、オートファゴソーム膜に存在するLC3というタンパク質(酵母Atg8*3の相同分子)に緑色蛍光蛋白質(GFP)を融合したタンパク質を全身で発現するトランスジェニックマウス*4である。このマウスの組織を蛍光顕微鏡で観察すると、オートファゴソームが緑色蛍光で簡単に識別できる。成体マウスでは絶食後にオートファジーが全身で活発になることがこのマウスを用いて見事に観察された(Molecular Biology of the Cell、15巻1101-11ページ、2004年)。
 一方、水島研究者らはこれまで哺乳類のオートファジーと相同関係にある酵母のオートファジー因子を多数単離・同定しているが、そのひとつであるAtg5は細胞質を取り囲みつつあるオートファゴソーム形成中間体にのみ存在することを見いだしている。さらにこのAtg5を欠損(ノックアウト)したマウス胚性幹細胞(ES細胞)では、オートファゴソームが形成されなくなることを示している(Journal of Cell Biology、152巻657-66ページ、2001年)。この研究成果はAtg5ノックアウトマウスを作製すれば、全身のオートファジー能力を欠損させうることを示した。

今回の論文の概要(図2参照)
 胎盤を介した栄養供給は出産時に突然遮断され、母乳摂取によって栄養が回復するまでの間、新生児は深刻な飢餓に直面する。今回の研究は、新生児はオートファジーによってこの逆境を凌いでいることを示す。オートファジーとは細胞質成分をリソソームで分解するための主要な経路である。オートファジーの活性は胎生期は低いレベルに抑えられているが、出生直後に様々な組織で亢進し、出生後3-12時間の間高いレベルに保たれる。そして、出生後1-2日のうちに再び基底レベルにもどる。オートファゴソーム形成に必要なAtg5遺伝子を欠損したマウスは、ほぼ正常に生まれるが、生後1日以内に死亡する。出生後飢餓状態で観察すると、Atg5ノックアウトマウスの生存時間は約12時間で、これは野生型マウスの21時間よりはるかに短い。Atg5ノックアウトマウスはミルクの強制投与によって延命することが可能である。このマウス血中や組織内のアミノ酸濃度が有意に低下しており、エネルギー不足状態にあった。今回の研究結果は、炭水化物や脂肪の蓄えを利用するだけでなく、自身のタンパク質をオートファジーで分解し栄養素としてのアミノ酸を産生することも、新生児飢餓を乗り越えるのに極めて重要であることを示している。

今後期待できる成果
 現在は過食の時代と呼ばれているが、飢餓はいまだ重要な問題である。また慢性疾患や肝疾患などでの栄養不良状態の是正、長期臥床や宇宙旅行での筋肉の萎縮(廃用性萎縮)の理解にも重要であると考えられる。さらに、飢餓時の生体応答の仕組みを知ることは、反対の状況である過食による生活習慣病の治療にも応用されると期待される。また、オートファジーは飢餓応答のみならず、日常的な細胞内の浄化作用をも担っていると考えられている。細胞内に異常タンパク質が蓄積することを特徴とするハンチントン舞踏病やパーキンソン病などの多くの神経変性疾患の病態形成や寿命ともオートファジーが深く関係していると考えられている。

【論文名】
The role of autophagy during the early neonatal starvation period
(新生児初期の生理的栄養飢餓におけるオートファジーの役割)
doi :10.1038/nature03029
【付記】
本研究成果においては、千葉大学大学院医学研究院 徳久剛史教授から多大な御協力を賜っております。
【概要】
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「タイムシグナルと制御」研究領域 (研究総括:永井克孝)
研究課題名: 哺乳動物におけるオートファジーの役割とその制御機構
研究者: 水島 昇((財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所 室長)
研究実施場所: 東京都臨床医学総合研究所
研究実施期間: 平成14年11月から平成18年3月
【研究者プロフィール(水島昇)】
1991年 東京医科歯科大学医学部医学科卒業
1996年 東京医科歯科大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)
1996年 日本学術振興会特別研究員
1998年 岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所 非常勤研究員
1999年 科学技術振興事業団さきがけ21「素過程と連携」研究領域専任研究員
2002年 岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所 助手
2004年 (財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所 室長
【筆頭著者プロフィール(久万亜紀子)】
1998年 北里大学薬学部卒業
2003年 総合研究大学院大学生命科学研究科博士課程修了(理学博士)
2003年 科学技術振興機構さきがけ「タイムシグナルと制御」研究領域グループメンバー
2004年 (財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所 研究員
【問い合わせ先】
水島 昇 (ミズシマ ノボル)
(財)東京都医学研究機構・東京都臨床医学総合研究所 室長
〒113-8613 東京都文京区本駒込3-18-22
TEL: 03-3823-2105 内線5300 FAX: 03-3823-2182

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
研究推進部研究第二課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL:048-226-5641  FAX: 048-226-2144
図1
図2
用語解説
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