ポイント
- ポリペプチド鎖の折りたたみ(フォールディング)は、たんぱく質が機能を獲得する上で必要不可欠なプロセスです。疎水性効果やジスルフィド(SS)結合の形成によって1本のポリペプチド鎖が折りたたまれると、正常な構造(天然構造)を形成します。一方、高濃度な条件では、疎水性効果やSS結合が分子間で形成されることで複数のポリペプチド鎖が不可逆的に凝集し、フォールディング効率が大幅に低下する問題があります。本研究では、SS結合形成を伴う酸化的たんぱく質フォールディングを、初めてサブミリモーラー(100マイクロモーラー)の高濃度条件で効率的に進める人工分子βCDWSHの開発に成功しました。
- 通常の分子認識材料の開発では、特定の基質分子を識別する選択的認識が重視されます。本研究では、たんぱく質の凝集を抑制し、高濃度でのフォールディングを促進する上で、選択的認識とは対照的に、従来注目されてこなかった「寛容的」な認識機構が重要であることを、初めて突き止めました。
- フォールディングの異常によって生じる構造異常たんぱく質は、アルツハイマー病などの認知症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、沖縄型神経原性筋萎縮症、2型糖尿病などの、いずれも根本的な治療法が確立されていないミスフォールディング病の原因と考えられています。生体内のたんぱく質濃度は非常に高いため、高濃度環境で構造異常たんぱく質の形成を抑制し、天然構造たんぱく質の合成を促進する本化合物は、ミスフォールディング病の根本的な治療へ結びつく技術基盤を創出します。
- 抗がん剤などとして利用される抗体医薬や、糖尿病治療薬であるインスリンなどの医薬品たんぱく質は、その合成効率が低いことが課題となっています。高い濃度でフォールディングを促進する本化合物によって、たんぱく質製剤の合成効率向上につながると期待されます。
東京農工大学 大学院工学研究院の村岡 貴博 教授、同 大学院工学府の鈴木 洸希 大学院生、野尻 涼矢 大学院生(研究実施当時)、徳島大学 先端酵素学研究所の齋尾 智英 教授、松﨑 元紀 助教、東北大学 流体科学研究所の馬渕 拓哉 准教授、東北大学 学際科学フロンティア研究所の奥村 正樹 准教授、金村 進吾 助教、石井 琴音 大学院生、北海道大学 大学院先端生命科学研究院附属施設の久米田 博之 学術専門職の研究グループは、ジスルフィド(SS)結合の形成を伴う酸化的たんぱく質フォールディングを、初めてサブミリモーラー(100マイクロモーラー)の高濃度条件で効率的に進める人工分子βCDWSHの開発に成功しました。また、その鍵となる特徴は、従来の超分子化学では注目されてこなかった「寛容的」な分子認識機構であることを突き止めました。
アミノ酸が連結した高分子であるたんぱく質は、天然構造と呼ばれる特定の3次元構造を形成することで機能を発現します。変性状態と呼ばれる伸びた高分子鎖が天然構造を形成する過程をたんぱく質フォールディングと呼び、分子鎖内での疎水性効果やSS結合形成によって進行します。天然構造とは異なる3次元構造を持つ構造異常たんぱく質は、分子間で疎水性効果やSS結合を形成し、凝集する特性があります。そこで、通常の人工系でのフォールディング反応は、たんぱく質濃度が数マイクロモーラーと希薄な条件で行うことで凝集を防ぎながら行われます。希薄条件のため収量を上げることが困難であり、合成反応としての効率が低いことが課題でした。
また、生体内での構造異常たんぱく質の凝集は、認知症などの神経変性疾患や2型糖尿病などのミスフォールディング病の原因と考えられています。生体内のたんぱく質濃度は非常に高いため、生体内環境で構造異常たんぱく質の凝集を抑制し、正常な天然構造へ再生するためには、高濃度条件でたんぱく質フォールディングを促進する分子材料の開発が重要となります。
本研究では、SS結合形成を伴う酸化的たんぱく質フォールディングを、サブミリモーラー(100マイクロモーラー)の高濃度条件で促進する初めての人工分子の開発に成功しました。反応濃度の大幅な向上を可能にする本研究成果は、インスリンや抗体医薬など、医薬品たんぱく質の合成効率向上や、ミスフォールディング病の予防や治療技術の創出につながる重要な基盤と位置付けられます。
本研究成果は2024年7月29日(月)、英国化学会誌「Chemical Science」のオンライン版(オープンアクセス)で公開されます。
本成果は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B)「遅延制御超分子化学」(課題番号:JP21H05096、研究代表者:村岡 貴博、課題番号:JP21H05095、研究代表者:奥村 正樹、課題番号:JP21H05094、研究代表者:齋尾 智英)、国際共同研究加速基金(海外連携研究)(課題番号:JP23KK0105、研究代表者:奥村 正樹、研究分担者:村岡 貴博、松﨑 元紀)、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業 FOREST(課題番号:JPMJFR2122、研究代表者:村岡 貴博、課題番号:JPMJFR201F、研究代表者:奥村 正樹、課題番号:JPMJFR204W、研究代表者:齋尾 智英、課題番号:JPMJFR212H、研究代表者:馬渕 拓哉)、同 戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR19S4、研究分担者:村岡 貴博)、KISTEC(村岡 貴博)、武田科学振興財団(村岡 貴博)、旭硝子財団(村岡 貴博)、G-7奨学財団(村岡 貴博)の支援を受けて得られました。
<プレスリリース資料>
- 本文 PDF(1.08MB)
<論文タイトル>
- “Redox-active chemical chaperones exhibiting promiscuous binding promote oxidative protein folding under condensed sub-millimolar conditions”
- DOI:10.1039/D4SC02123A
<お問い合わせ先>
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村岡 貴博 (ムラオカ タカヒロ)
東京農工大学 大学院工学研究院 教授
〒184-8588 東京都小金井市中町2-24-16
Tel:042-388-7052
E-mail:muraokago.tuat.ac.jp奥村 正樹 (オクムラ マサキ)
東北大学 学際科学フロンティア研究所 准教授
〒980-8578 仙台市青葉区荒巻字青葉6-3
Tel:022-795-5764
E-mail:okmasakitohoku.ac.jp齋尾 智英(サイオ トモヒデ)
徳島大学 先端酵素学研究所 教授
〒770-8503 徳島市蔵本町3-18-15
Tel:088-634-6421
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<JST事業に関すること>
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東北大学 学際科学フロンティア研究所 企画部 特任准教授
E-mail:hideakifris.tohoku.ac.jp藤井 陽子 (フジイ ヨウコ)
徳島大学 先端酵素学研究所 事務室
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