科学技術振興機構(JST),日本原子力研究開発機構,東北大学金属材料研究所,東北大学材料科学高等研究所(AIMR),理化学研究所,東京大学 大学院工学系研究科

令和元年6月13日

科学技術振興機構(JST)
日本原子力研究開発機構
東北大学 金属材料研究所
東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)
理化学研究所
東京大学 大学院工学系研究科

スピン流が機械的な動力を運ぶことを実証

〜ミクロな量子力学からマクロな機械運動を生み出す新手法〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、ERATO 齊藤スピン量子整流プロジェクトの針井 一哉 研究員(日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター 特定課題推進員)、齊藤 英治 研究総括(研究当時 東北大学 金属材料研究所・材料科学高等研究所 教授、現 東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授 兼任)、前川 禎通 グループリーダー(理化学研究所 創発物性科学研究センター 上級研究員)らの研究グループは、マイクロメートルスケールの磁性絶縁片持ち梁(カンチレバー)注1)を作製し、そこに磁気の流れであるスピン流注2)を注入することでカンチレバーを振動させることに成功しました。カンチレバーは絶縁体なので、電流は一切流れず、磁気の流れであるスピン流だけを流すことができます。この結果により、スピン流が運ぶミクロな量子力学的回転がマクロな動力となることが実証されました。

今回作製した素子では、加熱によってスピン流を注入するため、カンチレバー上に電気配線することなく振動を起こすことができます。そのため、本手法は配線が困難なマイクロ機械デバイスの動力などに応用できる可能性があります。

本成果は2019年6月13日(英国時間)「Nature Communications」オンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

「齊藤スピン量子整流プロジェクト」
齊藤 英治(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
平成26年11月~令和2年3月

上記研究課題では、電子スピンが持つ整流性に注目し、これを基礎とした物質中のゆらぎの利用原理の構築と、スピンを用いた新たなエネルギー変換方法の開拓を目指します。

<研究の背景と経緯>

電子は電気的な性質に加えてスピンと呼ばれる自転的な性質を持っており、物質の磁気的な性質はスピンに強く関わっています。スピン流とは、スピンの流れのことで、「磁気の流れ」ともいえます。スピン流は電流と同じように情報を伝送するキャリアとして利用できると考えられており、例えば、強磁性体(磁石)にスピン流を流し込むことで磁石の向きを反転することができます。この現象は磁石の向きでビットを表す次世代メモリーである磁気ランダムアクセスメモリー(MRAM)の基本技術となっています。

一方で、スピンは自転的な性質なので、ミクロな回転と見なすこともできます。それでは物体の回転運動をはじめとするマクロな機械運動をスピン流によって引き起こすことはできないのでしょうか。本研究では、スピン流によって物体の機械運動が生み出せることの実証を目的としました。

<研究の内容>

本研究では磁性絶縁体を加工して作製したマイクロメートルスケールの構造体に磁気的な波としてスピン流を注入することで、その構造体の機械運動を生み出せることを検証しました(図1)。まず、スピン流が流れやすいイットリウム鉄ガーネット(YIG:YFe12)を用いて、集束イオンビーム加工装置注3)によりカンチレバー構造を作製しました。さらに、このカンチレバーにスピン流を注入するために、カンチレバーの根元付近に白金(Pt)細線からなるヒーターを熱源として形成しました。このヒーターに交流電流を流すことで熱流が発生し、スピンゼーベック効果注4)によって生成されたスピン流がカンチレバーの先端に向かって伝搬していきます。

一般に、物体には振動しやすい固有周波数というものがあります。この固有周波数と同じ周波数の外力を与えると共鳴が生じ、小さな外力でも大きな振動を作ることができます。今回の実験では、熱流由来の力とスピン流由来の力が発生するため、両者を分離して、スピン流由来の振動だけを測定する必要があります。そこで、ヒーターの交流周波数と試料に加えた外部磁場の周波数を変化させ、スピン流由来の力のみがカンチレバーの共鳴周波数に一致するように設定しました。この時、熱流は磁場の周波数変化の影響を受けないため、熱流の効果を除外することができます。

このような実験系を用いてスピン流を注入し、カンチレバーの振動を測定しました。スピン流を注入しない状態では、環境のノイズによるカンチレバーの微小な振動のみが観測されました(図2挿入図の小さなピーク)。ここにスピン流を注入すると、カンチレバーの振動に明瞭なシグナルが現れました(図2)。電流の有無や磁場の向きを変えた測定から、このシグナルが現れる条件がスピン流注入によって生じる力と整合していることが確認されました。

<今後の展開>

今回作製した磁性絶縁体のマイクロ機械構造体(カンチレバー)では、カンチレバー上に電気の配線を作り込む必要がありません。そのため、配線の作り込みが困難な機械構造体を駆動する手段の1つとして、磁性体を利用したマイクロ機械デバイスやナノ機械デバイスへの応用が期待されます。

<参考図>

<用語解説>

注1)片持ち梁(カンチレバー)
板飛び込みの飛び板のように、一端を固定し、もう一端を固定せず自由にしている構造体のこと。
注2)スピン流
スピン角運動量の流れ。例えば電子は電気的な自由度である電荷と、磁気的な自由度であるスピン角運動量を持っており、前者の流れを電流、後者の流れをスピン流と呼ぶ。
注3)集束イオンビーム加工装置
イオンを電界で加速し細く絞ったビームを用いて、試料を加工する装置。ナノスケールでの微細加工が可能である。
注4)スピンゼーベック効果
磁性体に温度差を与えることによってスピン流が生成される現象で、齊藤 英治 教授らが2008年に発見した。スピントロニクス分野において、汎用性の高いスピン流源としての応用が期待されるとともに、スピン流と垂直な方向に起電力が発生する現象(逆スピンホール効果)と組み合わせることで熱電変換素子としての応用可能性が示唆されている。

<論文タイトル>

“Spin Seebeck mechanical force”
(スピンゼーベック効果による機械的な力)

DOI:10.1038/s41467-019-10625-y

<関連サイト>

<お問い合わせ先>

(英文)“Mechanical vibration generated by electron spins : A new way to deliver a force to drive micro mechanics”

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