JST(理事長 沖村憲樹)、独立行政法人理化学研究所(理事長 野依良治)、国立大学法人名古屋大学(学長 平野眞一)は、細胞に最も多く含まれるタンパク質"アクチンフィラメント"の端注1の立体的な構造を決定する新たな手法を開発し、それを用いてアクチンフィラメントとCapping Protein(キャッピング プロテイン)注2 の複合体の三次元構造を決定しました。アクチンフィラメント端でのタンパク質の形を見たのは本研究が世界で初めてです。
アクチンは細胞に最も多量に含まれるタンパク質であり、細胞生存の根幹に関わる重要な役割を担います。アクチンフィラメントはアクチン分子の重合・脱重合によって伸長や短縮することで長さを変え、移動することで、生体の生存に関わる機能を果たします。細胞の中ではアクチンフィラメントの伸長や短縮は制御されていますが、その制御は、アクチンフィラメントの端の部分に結合するタンパク質によって引き起こされます。Capping Proteinはそのようなアクチンフィラメントの伸長や短縮を制御するタンパク質の一つです。アクチンフィラメントの伸長や短縮の制御メカニズムを理解するため、アクチンフィラメントの端とCapping Proteinの結合様式の解明が期待されていました。
今回、研究チームは、Capping Proteinがアクチンフィラメント末端のアクチン分子と結合した複合体の構造の解明に成功しました。これによりアクチンフィラメントの伸長と短縮の制御メカニズムが明らかになりました。
アクチンフィラメント端への結合タンパク質の調節機能は、生命現象の極めて基本的な営みであり、本成果によって、筋収縮、細胞骨格、細胞内シグナル伝達、細胞質分裂などの様々な生命現象やガン細胞の転移現象の理解が大きく進展することが期待されます。また、今回解明した制御メカニズムの応用により、全く新しい原理で駆動するナノモーターの開発が期待されます。
この研究成果は、戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「前田アクチンフィラメント動態プロジェクト」(研究総括:前田雄一郎)の前田雄一郎研究総括(名古屋大学大学院理学研究科教授、理化学研究所播磨研究所客員主管研究員)と成田哲博研究員らが中心となって、理研播磨研究所放射光科学総合研究センターおよび名古屋大学との共同研究によって得たもので、決定されたアクチンフィラメント- Capping Protein複合体の構造は欧州科学誌「EMBO Journal」オンライン版に2006年11月16日(英国時間)に公開され、誌面では2006年11月29日(英国時間)に掲載される予定です。
<本研究の背景>
アクチンは、真核細胞の中に最も多く含まれるタンパク質の一つです。アクチンは細胞内でモノマー(単量体)と、モノマーが連なったフィラメント(重合体)の2つの状態で存在し、その2つの状態間を行き来します。特に、フィラメントの一端(B端)へのモノマーの追加(重合)による伸長と、他端(P端)からのモノマーの脱落(脱重合)による短縮が、ほぼ同一の速度で進行すると、フィラメントが全体として一方向に移動します。このようなアクチンの重合と脱重合によって駆動されるアクチンフィラメントの運動のことを「アクチン・ダイナミックス」と言います(図1)。
細胞内ではアクチン・ダイナミックスの速度、方向、時期、細胞内の位置は厳密に調節されており、それによってはじめて細胞内の輸送も細胞の運動も秩序だったものとなります。細胞内でのアクチン・ダイナミックスの調節は、各々それに特化した多くのアクチン結合タンパク質によって担われています。そのなかでもアクチンフィラメント端に結合するタンパク質は重要な調節作用を担います。タンパク質Capping Proteinはアクチンフィラメント端結合タンパク質のひとつで、アクチンフィラメントのB端を塞ぎアクチンのB端における重合や脱重合による伸長や短縮を止めます。
アクチンフィラメントの伸長や短縮はアクチンがアクチンとして機能する上で、非常に重要な役割を担っており、例えば伸縮が損なわれると細胞の形を保てなくなる、細胞の移動能力がなくなる、細胞が分裂できないなど現象が起こるために、生物は生存することはできません。そのため、伸長や短縮の制御メカニズムの解明が期待されていました。
<本研究の成果>
クライオ電子顕微鏡写真注3からアクチンフィラメントの端の形を決定するために本研究グループが2006年7月にJournal of Molecular Biology誌において発表した新しい画像処理アルゴリズムを使って、B端―Capping Protein複合体のクライオ電子顕微鏡写真(図2)を解析し、その三次元構造を得ました(図4A,D)。こうして得られた構造を既知のCapping Proteinの原子構造(図3)およびアクチン分子の原子構造を当てはめることによって(図4B,E)、電子顕微鏡写真からアクチンフィラメント端にCapping Proteinが結合した複合体(B端―Capping Protein複合体)の構造を解明しました(図4G)。これにより、Capping Proteinによるアクチンフィラメントの伸長短縮の制御メカニズムをシンプルに説明できるようになりました。アクチンフィラメント端の構造を決定したのはこれが世界で初めてのことです。アクチンフィラメントの伸長、短縮の制御メカニズムを構造から明らかにしたのもまた、初めてのことです。
本研究で得られた結果を以下に示します。<今後の展開>
今後Capping Proteinだけでなく、その他知られている伸長や短縮に関与するフィラメント端結合タンパク質の結合状態を明らかにし、また、アクチン・フィラメントのみの端の構造を明らかにする事によって、アクチン・ダイナミックス全体の分子構造レベルでの解明を目指します。
アクチン・ダイナミックスは生命現象の極めて基本的な営みです。そしてアクチン・ダイナミックスは多数のタンパク質が関与する一連のメカニズムから成り立っています。この全体を分子レベルで明らかにすることができれば、様々な生命現象(筋肉の収縮、細胞の運動、細胞の形状の調節、細胞内シグナル伝達、細胞質分裂など)の理解を大きく進展させることが期待されます。また、生体内にはアクチンフィラメント上を走るモーターなどが見つかっていますが、アクチンフィラメント自体も、分子の重合や脱重合によって駆動する1種の分子モーターと見なすことができます。今までのようなレール上を動くモーターとは大きく異なり、レール自身が動く全く新しい原理で駆動するナノ分子モーターとして医学や工学分野で応用されることが期待されます。アクチン・ダイナミックスの分子レベルでの理解は、そのようなモーターの駆動メカニズム及びブレーキやアクセルに相当する制御メカニズムを構築する上で、重要な役割を果たすと期待されます。
用語解説 |
図1 細胞内での重合、脱重合によるアクチン分子の流れ |
図2 アクチンフィラメントB端- Capping Protein複合体のクライオ電子顕微鏡写真 |
図3 Capping Proteinの結晶構造 |
図4 アクチンフィラメントB端- Capping Protein複合体の構造とその模式図 |
<論文タイトル>
"Structural basis of actin filament capping at the barbed-end: a cryo-electron microscopy study."
(アクチンフィラメントB末端でのアクチン重合阻害メカニズムの 構造学的研究:クライオ電子顕微法による研究)
doi :10.1038/sj.emboj.7601395
<研究領域等>
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「前田アクチンフィラメント動態プロジェクト」 | |
研究総括: 前田 雄一郎 | 名古屋大学大学院理学研究科教授、 |
理化学研究所播磨研究所客員主管研究員) | |
研究期間: 平成15年度~平成20年度 |
<お問い合わせ先>
前田 雄一郎 (まえだ ゆういちろう)
名古屋大学大学院
理学研究科生命理学専攻教授
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
TEL: 052-789-3544/2585 FAX: 052-789-2989
E-mail:
独立行政法人理化学研究所
播磨研究所放射光科学総合研究センター宮野構造生物物理研究室客員主管研究員
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL: 0791-58-2822 FAX: 0791-58-2836
E-mail:
成田 哲博 (なりた あきひろ)
独立行政法人科学技術振興機構
ERATO前田アクチンフィラメント動態プロジェクト
アクチンフィラメントの構造と動態グループ研究員
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
独立行政法人理化学研究所播磨研究所内
TEL: 0791-58-1350 FAX: 0791-58-1360
E-mail:
尾西 裕文(おにし ひろふみ)
独立行政法人科学技術振興機構
ERATO前田アクチンフィラメント動態プロジェクト技術参事
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1 独立行政法人理化学研究所内
TEL: 0791-58-1350 FAX: 0791-58-1360
E-mail:
黒木 敏高(くろき としたか)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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