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平成18年11月10日

科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報室)

東京大学医科学研究所

赤痢菌感染における細胞内運動の新たなメカニズムを発見

 JST(理事長 沖村憲樹)と東京大学医科学研究所は、赤痢菌が、宿主細胞の細胞骨格を担っている微小管ネットワーク(注1)と呼ばれる網目状の構造物を破壊することで細胞内の運動を円滑に行っているということを突き止めました。
 赤痢菌は、感染した宿主の大腸にある腸管粘膜細胞の内側に侵入した後、細胞内を自由に動き回ります。このとき、菌によって誘導されるアクチン重合(注2)と呼ばれる現象が運動の推進力となっていることが知られています。しかし、微小管ネットワークと赤痢菌感染との関係は明らかにされていませんでした。
 本研究チームは、この細胞内運動と微小管ネットワークの関係に着目しました。詳細な解析を行った結果、赤痢菌はVirAタンパク質(注3)を菌体外に分泌し、VirAタンパク質が有しているタンパク質分解活性によって、移動の障害となる微小管ネットワークを破壊し、移動しやすい環境を作り出していることを発見しました。
 本研究の成果は、リステリア属菌(注4)リケッチア(注5)など他の細胞内運動性を持つ病原性細菌の感染機構の解明にも応用されることが期待され、ひいては病原菌感染に対する予防法および治療法を開発する上で重要な手掛かりを与えるものと考えられます。
 本研究成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域(研究総括:山西弘一)の研究テーマ「病原細菌の粘膜感染と宿主免疫抑制機構の解明とその応用」の研究代表者・笹川千尋(東京大学医科学研究所 教授)と吉田整(同 特任助手)らによって得られたもので、米国の科学雑誌「Science」に2006年11月10日(米国東部時間)に掲載されます。


<研究の背景>

 赤痢菌は依然として我々人類にとって深刻な病原性細菌です。実際に発展途上国では乳幼児を中心に年間一億人が細菌性赤痢に感染し、死者は数十万人にのぼっています。この赤痢菌の感染過程を分子レベルで明らかにすることは、ワクチンを含めた細菌性赤痢の予防法および治療法を開発する上で非常に重要であると考えられます。
 赤痢菌の感染過程は、まず飲料水、食物などにより口から我々の体内に侵入した赤痢菌が大腸に到達した後に、巧妙な感染機構により腸管粘膜上皮細胞内に侵入し、さらには細胞内を無秩序に動き回り、隣接細胞に次々に移動していくことが知られています。(図1
 さらに、赤痢菌の細胞内移動には、菌体表面の一極に発現された、VirGタンパク質(注6)が、宿主細胞の形態を維持している構造体(細胞骨格)の一つであるアクチンに作用し、菌体の一極にアクチンを再構成してアクチン凝集束を作り出すこと(アクチン重合)によって運動の推進力を作り出すことが知られていました。
 一方で、アクチンによる細胞骨格と同様に宿主細胞の細胞骨格を形成している微小管ネットワークの、赤痢菌感染における変化の報告は全くありませんでした。

<研究成果の概要>

 今回、本研究チームは、赤痢菌が細胞内の運動を行う際に用いる機構の新たな局面を明らかにすべく、赤痢菌の細胞内移動と微小管ネットワークの関係に着目し、詳細な解析を行いました。
 その結果、赤痢菌は、VirAタンパク質を菌体表面に分泌することにより微小管ネットワークを破壊していることを、電子顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡および蛍光顕微鏡による観察手法を組み合わせることにより明らかにしました。(図2
 さらに、VirAタンパク質が有する微小管を破壊する能力の生化学的な解析を行った結果、VirAタンパク質は、アミノ酸の一つであるシステインを活性中心に持つタンパク質分解酵素システインプロテイナーゼのようなタンパク質としてタンパク質分解活性を有しており、微小管を構成しているタンパク質の一つであるα-チューブリンを選択的に分解することが明らかになりました。(図3
 これらの解析結果により、赤痢菌は細胞内移動の障害となる微小管ネットワークをVirAタンパク質により破壊し、その結果スムーズな細胞内運動性を獲得していることが明らかになりました。(図4

<今後の展開>

 本研究成果は、赤痢菌の細胞内での円滑な運動性は、アクチン凝集束の形成と同時に微小管ネットワークの破壊を行うことにより初めて成し遂げられることを示しており、赤痢菌の感染システムの新たな側面が明らかとなりました。
 さらに、リステリア属菌やリケッチアなどの病原細菌も赤痢菌と同様に細胞内運動性を有していることから、本研究の成果が赤痢菌のみならず他の細胞内運動性を有する病原細菌の細胞内での挙動に関する研究にも新たな知見を与えることが期待されます。

<用語解説>
図1 赤痢菌の感染過程
図2 赤痢菌によって破断された微小管の電子顕微鏡像
図3 VirAタンパク質とα-チューブリンおよびβ-チューブリンとの関係
図4 微小管ネットワークを破断することでスムーズに細胞内を運動する赤痢菌

<論文名>

" Microtubule-Severing Activity of Shigella Is Pivotal for Intercellular Spreading "
(赤痢菌の病原因子の微小管切断活性は赤痢菌の細胞間拡散において中心的な役割を果たしている)
doi :10.1126/science.1133174


<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

○ 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「免疫難病・感染症等の先進医療技術」
(研究総括:山西 弘一 独立行政法人医薬基盤研究所 理事長)
研究課題名:「病原細菌の粘膜感染と宿主免疫抑制機構の解明とその応用」
研究代表者:笹川 千尋 東京大学医科学研究所 教授
研究期間:平成15年度~平成20年度


<お問い合わせ先>

笹川 千尋 (ささかわ ちひろ)
東京大学医科学研究所 細菌感染分野
〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1
TEL: 03-5449-5252
E-mail:

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8 川口センタービル12F
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