取材レポート

第9回研究公正に関する世界会議(第9回WCRI)報告

第9回WCRIの会場の様子
 第9回研究公正に関する世界会議(9th World Conference on Research Integrity, WCRI)が、2026年5月3日から6日までカナダ・バンクーバーで開催され、57ヶ国・地域から700名程度(事前登録数)の参加がありました。
 WCRIは、研究公正(Research Integrity)及び責任ある研究活動(Responsible Conduct of Research)の推進に関する世界最大規模の会議です。世界各地の研究者、教育者、研究助成機関関係者、学術出版関係者、研究公正機関職員等が集い、研究公正に関する多様なトピックスについての発表や意見交換が行われました。
 本レポートでは、本会議の概要、および、主要なテーマである「人工知能(AI)」「研究セキュリティ」「先住民の知識体系」に関する議論、その他のトピックスについて取り上げます。

第9回研究公正に関する世界会議(第9回WCRI)
 WCRIは、研究公正(Research Integrity)に関する世界的な会議として、国際的な研究発表や議論、ポリシーの調和・共同行動をめざすものとして、2007年にリスボンで第1回が開催されたあと、おおよそ2年に1回各大陸(ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ)を移動しながら開催されてきました。
 2010年シンガポールでの第2回会議からは、開催地の名称を付した研究公正に関する宣言等が公表されてきました。

〇過去のWCRIにおける宣言等研究公正ポータル「研究公正の海外ガイドライン」
  • シンガポール宣言(研究公正に関する原則および責任について:2nd WCRI, 2010)
  • モントリオール宣言(共同研究・研究協力の責任について:3rd WCRI, 2013)
  • アムステルダム・アジェンダ(研究公正のための研究について:5th WCRI, 2017)
  • 香港宣言(研究者評価のための原則:6th WCRI, 2019)
  • ケープタウン宣言(公平で平等な研究について:7th WCRI, 2022)
  • アテネ宣言(セクター横断研究及び政策立案への関与における研究公正の確保:8th WCRI, 2024)

 第9回となる今回のWCRIでは、4日間で15のプレナリー・セッション及びシンポジウム等、38の口頭発表セッション(個別発表220件)、160のポスター発表等が行われました。
 以下に主要なセッションのタイトル(仮訳)を示しています。今回の会議全体テーマ「人工知能(AI)」「研究セキュリティ」「先住民の知識体系」を中心に、各国・地域における研究公正の取組、ペーパー・ミル、不正行為を発見する体制、オープンサイエンス、学術誌の課題等がテーマとして議論されました。

〇第9回WCRIにおける主要なセッションのテーマ(仮訳)
【プレナリー・セッション】
  • ペーパー・ミルによるAIの不正利用
  • 生成AIと研究公正:グローバルな倫理、アフリカの知恵、責任分担
  • 研究公正を推し進める:アインシュタイン財団賞受賞者からの示唆
  • 研究セキュリティと研究公正
【シンポジウム】
  • 研究公正と学術的誠実性:その関連性を解き明かす
  • 理念から実践へ:責任ある研究のための研究公正と研究倫理の融合にかかるリーダーシップ
  • 研究公正に向けた共創・グローバルアプローチ:学問分野、国境、そして視点をつなぐ
  • エビデンス統合におけるAIの安全かつ責任ある活用
  • アフリカに根ざした研究倫理行動規範の策定に向けて
  • 「知の守護者たち」:研究公正を守るための調査員と出版社の連携
  • オープンサイエンス、透明性、人工知能の相互作用
  • 編集による選別とオープン・リサーチ・アプローチのバランスによる研究公正の強化

参考:第9回WCRIホームページ

第9回WCRIの会場の様子
第9回WCRIの会場の様子
第9回WCRIのテーマ設定と「AI利用報告基準」の策定
 オープニング・セレモニーでは、今回の会議全体テーマの設定背景について説明がされました。

Chris Graf氏
Chris Graf氏
(Springer Nature)
 第9回WCRIの共同座長のChris Graf氏(Springer Nature)は、「AIがもたらす研究活動の強化につながる可能性・チャンスと、リスクの両面を追求したい」と述べ、本会を通じAIに関する基準を検討・策定し、AIの利用を規制して阻害するためではなく、研究における透明性と公平性、信頼を支えるものとしていきたいとされました。また、研究セキュリティについて、機密情報の保護と科学的進歩の基盤となる開放性の維持、各研究機関や国家の文脈における利益などのバランスが重要であることにも言及されました。


Mona Nemer氏
Mona Nemer氏
(Chief Science Advisor of Canada)
 カナダ政府を代表し来賓挨拶したMona Nemer氏(Chief Science Advisor of Canada)は、高度なAIが単なるツールではなく、研究のプロセス全体を通じての重要性が増していることに触れ、「進歩を加速させるものではあるが、個々の研究者の枠を超えた透明性、説明責任、そして責任に関する疑問も提起している」とされました。また、カナダ政府における、研究セキュリティや先住民の知識の尊重に関する取組にも触れた上で、それらを盛り込み2026年2月に更新された、カナダ政府によるガイドライン「Model Policy on Scientific Integrity」を紹介されました。


 第9回WCRIのテーマの一つである「人工知能(AI)」に関連し、2つのフォーカス・トラックセッションにおいては、「研究でのAI利用開示にかかる報告基準(Reporting Standard for AI Disclosure in Research)」の策定に向けた議論が進められました。
 この基準は、研究分野・出版文化・組織的状況を問わず使用でき、AIの利用状況開示ルールの一貫性・比較可能性を高め、透明性向上と著者間の不確実性軽減、研究公正強化につながる標準の策定を目指すものとされています。WCRIのほか、国際科学会議(ISC)、出版倫理委員会(COPE)等の協力により幅広く研究者や出版業界からも意見募集がされており、2026年末を目指して取りまとめ等が進められます。

研究でのAI利用開示にかかる報告基準に向けたフォーカス・トラック
研究でのAI利用開示:グローバル報告基準に向けて(国際科学会議(ISC))

第9回WCRIのオープニング・セレモニーの様子
第9回WCRIのオープニング・セレモニーの様子
「人工知能(AI)」「研究セキュリティ」「先住民の知識体系」に関する議論
 第9回WCRIでは、全体テーマに沿ったプレナリー・セッションが実施されました。

 「ペーパー・ミルによるAIの不正利用」のセッションでは、まず、情報科学の研究者であるDaniel Moreira氏(Loyola University Chicago)より、AIを利用した際の問題点として、著作権の侵害や、処理過程がブラックボックスであることにより応用された際に研究成果が機能しないことがあるといったこと、人間由来のバイアスが存在することなどが指摘されました。第1世代の不正行為としては個人研究者による手動による画像操作などがあげられるが、第2世代としてはペーパー・ミルのような、多数の論文に渡る組織的なAIベースの捏造等があり、生成AIによる「研究パイプライン」全体の捏造が可能な時代になっているとの警鐘がならされました。
 また、出版社で倫理部門長を務めるRenee Hoch氏(PLOS)は、ペーパー・ミルが科学の信頼性に対する脅威となっていることに触れ、最近のケースとしては単独の論文・著者のみでは検知できないケースも多く、「メガケース」と呼ばれるこうした不正行為への対策に出版社が多大なリソースを割いており、学術誌の編集者によるデスク・リジェクトの比率が増えていることを述べました。特定の研究テーマの急増が見られた際には、専門家とともに査読すべきかどうか検討していくことや、著者の本人確認等も強化していく必要があるとされました。加えて、査読におけるAI利用については、機密データの漏洩リスクに加え、査読コメントが一般的なものになりがちで重大な誤りが発見されず、後日撤回につながる場合もあることを話されました。

 「生成AIと研究公正:グローバルな倫理、アフリカの知恵、責任分担」のセッションでは、AIの持つバイアスが議論されました。Lorna Waddington氏(University of Leeds)は、AIが、認識的な不正義をゼロから生み出すものではなく、その学習に用いられた知識体系に既に内在している不正義を受け継ぎ、かつてない規模で増幅させていることを指摘しました。また、Retha Visagie氏(University of South Africa)は、欧州研究公正行動規範とアフリカの伝統的な倫理観に根ざした「アフリカ研究公正AI規範」を提案中であることが共有され、「信頼性」「誠実性」「尊重」「説明責任」に加え、「認識的公平性」といった概念を含むものであることが紹介されました。

 「研究セキュリティと研究公正」のセッションでは、Carthage Smith氏(Global Science Forum, OECD)より研究セキュリティの概念や懸念点が紹介され、良いデューデリジェンスやリスク・アセスメントが研究公正・研究セキュリティを強化することや、適切な透明性が潜在的に信頼性を確保することを述べられました。また、Sakine Weikert氏(German Academic Exchange Service)は、所属機関での取組として、2020年公表の「KIWi Compass No red lines」における6つの基準を紹介しつつ、ケースバイケースの評価が必要であり、利益主体、リスク柔軟性、競争性ベースで決断されるべきであるとされました。また、セルフチェックや内部での議論に用いることができる「KIWi Checklist Knowledge Security」についても紹介されました。

新たな国際的研究公正ガイドラインの策定の動きなど
 第9回WCRIにおいて、新たな研究公正の推進に関するガイドライン等の策定の取組が発表されました。

 BEYONDプロジェクトは、Horizon Europeの支援で2023年から2026年に実施されてきており、関連する複数の口頭発表、ポスター発表がされました。同プロジェクトは、研究不正の原因調査やインパクトのある教育手法の開発、実践的な教材の制作などを目的として進められ、BEYONDプロジェクトのWebサイトではアウトプットとして、「BEYOND Guideline」「Best practice Manual」「2030 Roadmap」などが公開されています。
 BEYOND Guidelineは、単純な研究者個人による不正ではなく、研究が行われる「組織的」「社会・経済的」「文化的・コンテキスト的」の観点を意識して作成されました。また、倫理的な受容性が、研究分野や研究手法によって異なることをより適切に反映するため、「疑わしい研究行為(Questionable Research Practices, QRPs)」に代わり、「議論の余地のある研究行為(Contestable Research Practices, CRPs)」という用語が用いられています。例えば、仮説の後付け行為「HARKing」は、定量的な研究手法では不正と認識されるところ、データ・ドリブン研究では研究手法として共通的であることなどを踏まえているとのことです。また、不適切なオーサーシップを防ぐためにより明確な著者貢献度テンプレートを用いること、データ管理について組織的なツールによる文書化・再現性確保の促進を行うなど、組織として戦略的な仕組み(ナッジ)を取り入れることで、研究環境を整備していくべきとの提案がされています。

 前回の第8回WCRI(ギリシャ・アテネ)での議論を踏まえた、アテネ宣言の策定について、Panagiotis Kavouras氏(University of Oslo)より発表がありました。背景として、過去のWCRIでの宣言、モントリオール宣言では、境界領域の研究協力における責任ある研究活動の推進のための課題、ケープタウン宣言でも高所得国と中低所得国間の共同研究における課題等が認識されてきました。一方で、過去のWCRIにおける議論において、研究成果の移転・活用のプロセスにおいて信頼性を確保するためには、「研究プロセス・成果の透明性」「成果が説明可能であることを確保するためのコミュニケーションの明確さ」が求められるとされたことが経緯としてあると説明されました。それらを踏まえ、2024年の第8回WCRIにおいて議論・検討され、開催後も政策立案者等とのコミュニケーションが進められてきました。
 アテネ宣言は、セクターを超えた研究協力や、研究関連政策の策定に向けた政策立案者との連携において研究公正を確保するものであるとされ、セクター横断の研究協力における「学問の自由の確保」「利益の公正な配分」「大学・企業・政策立案者間の相互信頼の確保」「影響の評価に基づく対話・政策立案者周辺への拡大」で構成されることが説明されました。アテネ宣言は、第9回WCRI後の2026年5月にWCRIのWebサイトで公開されました。

AIなどの最新の研究公正トピックスや世界的な取組が議論された第9回WCRI
(日本から参加した研究者コメント)
 最後に、第9回WCRIに日本から参加した研究者に、本会議を振り返り、コメントをいただきましたのでご紹介します。

大阪大学 中村征樹氏
 今回のWCRIではAI利用をめぐる講演や発表がとりわけ多く見られましたが、個人的には、今回のテーマの一つにも位置づけられていた「先住民の知識体系(Indigenous Knowledge Systems)」をめぐる議論が強く印象に残りました。開会式でのMona Nemerカナダ政府首席科学顧問の講演では、カナダの研究公正ポリシーの改訂にあたり、先住民の知識体系をめぐる課題が明確に位置づけられたことが紹介されました。開会式のその他の講演でも、科学技術の発展における先住民の知識体系の重要性が語られるとともに、包摂性が科学研究の本質に関わるものであることが強調されていました。
 翌日以降のセッションでは、研究の脱植民地化や、AI利用における認識的不正義の問題に着目した講演も印象的でした。さらに、アフリカ固有の価値観や知識体系に根ざした研究公正の行動規範の構築に向けた議論も展開され、研究公正をめぐる議論の広がりを実感しました。
 多様な知識体系を研究公正の文脈のなかにどう位置付けるのか。また、そのような知識をうみだし、継承してきたコミュニティとどのような関係性を築いていくのか。研究活動における公正性とは何かを改めて考えさせられた4日間でした。

上智大学 鎌田武仁氏
 国家間のみならず、世界の地域を超えた共同プロジェクト(Network for Education and Research Quality(NERQ)やResearch Integrity and Academic Integrityなど)が活発化している現状について、改めて理解を深めることができました。
 我が国においては、研究インテグリティに関するオンライン教育は普及しておりますが、今後は研究セキュリティや新たな課題への理解を深めるため、対面教育による実施も重要であると考えられます。研究者個々人が自らの責任として、国際環境の変化、法令遵守に関する知識、公的支援研究が持つ意義などについてより深く理解することが、研究の国際化を推進する上で不可欠な要素であると考えられます。

ポスターセッションで発表する日本人研究者(大阪大学 中村征樹氏)
ポスターセッションで発表する日本人研究者(大阪大学 中村征樹氏)
 次回のWCRIは2028年5~6月に、エストニア・タリンで開催されます。