
取材レポート
第96回日本生化学会大会 シンポジウム「研究評価と研究公正を考える」報告

第96回日本生化学会大会が2023年10月31日から11月2日の3日間、福岡市の福岡国際会議場とマリンメッセ福岡B館にて開催されました。今回は31日に行われたシンポジウム「研究評価と研究公正を考える」(オーガナイザー:京都薬科大学教授 田中智之氏、早稲田大学教授 小出隆規氏)について報告します。
このシンポジウムでは、研究不正の背景について研究の数値評価・競争、研究者の意識といった側面についての話題提供があり、パネルディスカッションではおもに今後の研究評価について議論されました。
イントロダクション (京都薬科大学教授 田中智之氏)

現在、田中氏はJST-RISTEXプロジェクト「ライフサイエンスにおける誠実さの概念を共有するための指針の構築」において、大規模な質問紙調査等を通じた調査などを進めながら、健全な研究環境の形成に向けたガイドラインの作成・提案やその普及を目指していると話されました。プロジェクトでは、研究者の本来のモチベーションを活かすことを通じた研究不正の抑制を目標として掲げています。さらに、行政との連携を強化し、「誠実な」研究のイメージを共有し、研究公正に関わる人的ネットワークの拡充や人材育成にも注力しており、将来的にはこれらを発展させたいという展望を述べられました。
演題1「公正な研究」についての話をしよう
(東北大学副学長・教授 大隅典子氏)
「知のインフラ」を支える

研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)(日本語版)の要旨を紹介し、日本からも、日本生化学会や日本分子生物学会等の16団体が署名していると述べられました。その上で、1)論文の質を測る尺度としてインパクトファクターを用いるのは誤りであり、研究者の評価に用いるべきではないこと、2)雑誌ベースではなく研究自体の価値に基づく評価の必要性、3)オンライン出版が提供する機会を十分に活用する必要性について説明されました。
さらに、有料ジャーナルへの支出額を抑制し、オープンアクセス論文を拡大する目的で、購読料からオープンアクセス出版料へ移行する「転換契約」について紹介されました。(参考:オープンサイエンス時代の論文出版)
演題2:公正で健全な「研究評価」の在り方を考える
(自然科学研究機構特任教授 小泉周氏)
「大学の研究力は山である。」
講演で小泉氏は、どのように研究力の"山"を測るか?と問いかけられました。
これに対処するため、従来の「量」や「質」とは別の、「厚み」などの新たな評価方法を模索するとともに、これら「量」「質」と「厚み」に関する指標を組み合わせて評価を考える必要があります。ちなみに、大学の研究における「厚み」を測る指標としてinstitutional h5-index(小泉周,他.「研究力分析指標プロジェクト」報告書(2016―2017年度).2018)が提案されました。
さらに、インパクトファクターは雑誌の評価指標であり、個別の研究や人事に関する評価には利用すべきでないと強調されました(DORAの宣言など)。また、いくつかの指標を組み合わせた複雑な複合指標を導入する場合には、その目的や因果関係、ロジックの適切な組み合わせが肝要であると述べられました。
最後に、研究評価には定量性と定性性、そして様々な評価軸の組み合わせが必要であるとし、健全な研究評価のためには、何を何のために測るのか、そのための適切な指標は何なのか、慎重な選択と目的意識、因果関係やロジックの考慮が不可欠であるとの総括がなされました。
演題3:研究公正と研究評価―質問紙調査からの示唆
(大阪大学 准教授 標葉隆馬氏)

回答者はPIクラスが多く、教授が26.8%、准教授・講師が28.4%を占めていました。回答傾向を"研究活動において嬉しいこと"、"研究スキル売買に対する許容度"、"共同研究者の行為に対する許容度"などの設問に対する回答から、4つのクラスターに分類しました。
クラスター1は、自分の研究や実験に対する関心が強く、研究活動のその他の側面には関心が薄い傾向がありました。クラスター2は、現代の競争的な研究環境に適応した集団であるとともに、研究公正についても厳格な姿勢を有していました。クラスター3は目立った特徴がない一方で、研究公正の意識を問う項目では疑わしい研究活動に許容度の高い傾向がありました。一方で、クラスター4は業績や名誉よりもむしろ研究の質にこだわる傾向がありました。
概して若い研究者が競争原理を内面化している傾向があることについては、近い時期に実施された調査結果とも符合していることを指摘されました。回答者は全体的に正直に回答していることが推察され、ストレートな質問であっても研究姿勢の相違が明らかにできるかもしれないという見通しを示されました。
暫定的な分析結果のまとめとして標葉氏は、クラスター2とクラスター4のグループの姿勢は研究公正に対する意識の良い方向での変化を示していること、クラスター3は一見してリスクのあるグループのように見えるが、もう少し深掘りする必要があるといったポイントをあげられました。自分の実験結果以外のことに関心の低いグループ1へのアプローチには工夫が必要であると考えられますが、クラスターごとに必要な対応は異なるのではないかと述べられました。
パネルディスカッション・総括

左から、小出氏、標葉氏、仁科博史学会常務理事、大隅氏、津本浩平学会理事、小泉氏、司会の田中氏。
大隅氏からは「ライフサイエンスでは、若手研究者やラボのチーフなど様々な役割があるので、それぞれの評価については難しい面もある。どのような論文であるのか丁寧に見ていく必要があるだろう。」というコメントがありました。
標葉氏からは、「量的指標ではなく「質」であると強調されても、若手研究者はそれを額面通り受け止めにくい」というコメントがあり、津本氏からは「量か質かを含め研究に関する目利きが必要になる。評価基準を作ることそのものも取り組むべき課題であることを皆で理解していくことが重要ではないか。」という応答がありました。

あわせて、スポーツでもラグビーなど競技が面白くなるようにルールをよく改訂している。科学の世界でも固定化した指標で競うのではなく、適切な評価基準を時代に合わせて修正していくことが必要である、としてシンポジウムを締めくくられました。
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