取材レポート

文部科学省研究公正推進事業研究公正シンポジウム「研究公正において指導的役割を果たす人材 ~その役割、資質、育成~」報告

 2020年12月15日、文部科学省研究公正推進事業研究公正シンポジウム「研究公正において指導的役割を果たす人材 ~その役割、資質、育成~」が開催されました。日本医療研究開発機構(AMED)の主催・科学技術振興機構など5法人の共催で、東京の会場とオンラインのハイブリッド形式で開催されたものです。本レポートでは当日のシンポジウムの概要を紹介します。

研究公正において指導的役割を果たす人材が必要になっている

浅島 誠 氏
浅島 誠 氏

 シンポジウムのテーマは「研究公正において指導的役割を果たす人材」。各大学・機関で研究公正に関する規定や体制が整備されてきている現在にあって、特に必要と考えられているのが、研究公正に関わり、この分野で指導的役割を担う人材の育成です。基調講演は帝京大学学術顧問・特任教授の浅島誠氏より、「研究公正において指導的役割を果たす人材の重要性について」と題して行われました。

 浅島氏は、日本においてこのような人材が今、なぜ必要になっているのかについての現状と課題について説明されました。
 公正な研究活動についての社会的な認識は高まっていますが、研究公正についてはいまだに自己流または経験値の理解に留まっているベテラン研究者が多い状況です。研究の世界でも情報化が進み、社会的説明責任などが出てきており、また色々と国のガイドラインの変更も見られます。そのため、各大学・機関で文部科学省のガイドラインや研究公正の状況を把握し、教育や研究の対応にあたる人材が必要になっています。
 浅島氏は講演で、研究公正の歴史や国内外の状況を振り返り、研究不正が行われた多くの事例を具体的に示し、研究者にとっても企業、社会にとっても研究公正の重要性と、指導的な人材の必要性の再認識を示されました。そして研究公正に関わる指導的な人材に求められる役割として、

  • 所属機関内にて研究データの記録・保存の必要性や研究倫理の理解を求め推進すること
  • 最新のガイドラインや各省庁の指針などの変化への対応と指導
  • 所属機関の公正な研究が醸成される環境を整備すること(不正の抑止、研究データの保存・開示、透明性、研究環境)

などを挙げて説明されました。


諸外国の動向~調査報告より

松澤 孝明 氏
松澤 孝明 氏

 AMED 研究公正・業務推進部 部長の松澤孝明氏は、「研究公正における中核的人材の育成に関する調査 AMEDの調査研究の概説とその発展的研究」と題した講演を行い、諸外国の、研究公正の中核人材*に関する制度や状況を紹介されました。
*松澤氏は研究公正における指導的な人材について「中核人材」という言葉で講演されました。

 AMEDが行った調査(「研究公正の指導的専門員の育成方法に関する調査」)、およびその後の発展的研究によると、諸外国のこのような人材に関する制度は三タイプに分けることができます。

  1. 米国型「研究公正官(RIO*)」制度 最も古くからある制度です。政府が、各大学での研究不正の調査の適切な遂行を担保するために置いた研究公正の責任者で、研究倫理教育等も行いますが、主な仕事は研究不正の調査認定となります。法務関係に詳しい人物が就くことが多いそうです。(*RIO:Research Integrity Officer)
  2. ドイツ型「オンブズマン (Ombudsman) 」制度 政府の介入を抑え、研究者主導で研究公正を実現します。研究不正の告発が行われた時に、オンブズマン(代理人)に任命された研究者が、告発者・被告発者の話を聞き仲裁・調停を行う制度です。オンブズマンは、機関の公式な調査認定プロセスに移行後は、関与しなくなります。尊敬される高名な研究者がオンブズマンに就任するケースが多いようです。
  3. 豪州・フィンランド型「研究公正アドバイザー(RIA*)」制度 研究者が機関に所属した立場で同輩に助言や相談を行います。不正に至る前の段階で主に機能するものです。(*RIA:Research Integrity Advisor)
研究公正人材の類型(制度官職)(当日のスライドより)
研究公正人材の類型(制度官職)(当日のスライドより)

 研究公正の中核人材の役割は、歴史的には研究者の不正行為を国や機関が管理する形(1.の米国型)から始まりましたが、近年は世界的な傾向として、研究者どうしの同輩教育や、不正発生前の相談が重視されていることが、松澤氏より指摘されました。
 そして松澤氏は、1、2、3いずれにおいても、諸外国では概ね国のガイドラインに基づき大学・機関に配置する中核人材に関する制度が構築されてきている状況であること、そして、我が国の状況に合った制度を構築すべきであると述べられました。

まとめ:諸外国の研究公正人材の特徴(当日のスライドより)
まとめ:諸外国の研究公正人材の特徴(当日のスライドより)

総合討論

話題提供1「東北大学の取り組みについて」
佐々木 孝彦 氏
佐々木 孝彦 氏

 総合討論では、討論を始める前に「話題提供」として講演が二件行われました。
 「話題提供1」では、東北大学教授 佐々木孝彦氏より、東北大学の取組が紹介されました。東北大学では大学独自の制度として、学士課程学生からシニア教員に至るまで、すべての学生・教員を対象にした公正な研究活動に関する学習・教育体制が組まれ、キャリアステージ別の研究倫理学習が行われています。このステージの最高レベルの教員は「研究公正アドバイザー」として配置され、各部局での研究公正推進を主導しています。
 佐々木氏は、「研究公正アドバイザー」は各分野で尊敬される先生方を中心に、教授の10%程度で組織されていること、アドバイザー向けのハンドブックやワークショップの実施により継続的に育成されていることなど、制度や研究倫理教育体制、運用実態などを具体的に紹介されました。

東北大学のキャリアステージ別 研究倫理学習・教育体制(当日のスライドより)
東北大学のキャリアステージ別 研究倫理学習・教育体制(当日のスライドより)


話題提供2「海外ヒアリング調査より~現地の様子、印象について~」
平 哲弥 氏
平 哲弥 氏

 「話題提供」の二つ目は、PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイトの平哲弥氏より行われました。平氏は実際に海外調査を担当した立場から、先に松澤氏が紹介した海外調査報告について、現場のヒアリングで感じた所見などを述べられました。

  • 指導的な人材の学内での発信力の重視:発信力を担保するための工夫として、
    • 専門性や地位の高い人物に指導的人材に就任していただく(米、独の例など)
    • 実務担当者自身に高い地位、専門性がない場合には、高名な人からの信任を与える形にする(英の例など)
  • 相談を拾い上げる力の重視と工夫:研究者が相談しやすい環境をつくるために、
    • 高名な教授への相談は心理的ハードルが高いため、気軽に相談できる「窓口」を別に設けている(ドイツにおけるオンブズオフィスなど)。
    • 部局単位で研究公正アドバイザーを設置することで、各分野に詳しい人物が共感的に相談を受けられるようにしている。
    • 研究公正アドバイザーには国籍やジェンダーを含め多様性を確保している(オーストラリア)。

などがポイントとして述べられました。
 また各国で、指導的な人材同士の機関横断的なネットワーク(知見を共有するしくみ)が発達している例なども紹介されました。


参加者も含めた討論

 話題提供の後、講師2名、話題提供者2名と、参加者を含めた討論が一時間以上かけて行われ、これまでの講演内容を参考にして、日本ではどのような仕組みを構築していくのが望ましいか話し合われました。

 討論ではまず佐々木氏より現状認識として、研究公正の新ガイドラインが施行されてから6年が経過し、研究公正の教育(eラーニングの履修)は、全員履修が当たり前となったものの、昔教育を受けたシニア研究者らにとってはなかなか重要性の実感がわかない状況であることが確認されました。
 そして松澤氏より、海外でも特定の研究室で研究不正がくりかえし多発する問題(「リピートオフェンダー」と呼ばれることがある) が、大きな問題になっている状況が報告されました。そこで海外では、近年それぞれの国が100人単位で研究公正アドバイザーの育成・導入を進め始めている例が紹介されました。これは上記の状況の克服のため、研究者の同輩の中で倫理意識の高い人を増やし、同輩教育により互いの研究公正意識を向上させることが目指されている、とのことでした。
 松澤氏は日本でも、研究者どうしの同輩関係の中で研究公正の文化が醸成されていくことが有効だとの考えを述べました。また、諸外国の潮流として、研究活動を管理するという発想ではなく、同輩が互いを高めあう、ポジティブな研究倫理になってきていることを指摘、我が国でも日本型のシステムの構築を議論できる文化づくりが重要と述べられました。

 討論の場では、そのほか具体的な方策として、相談受付と告発受付は分けたほうがよいとの意見がありました。相談はなるべく相談者が問題をもちかけやすくしたほうがよい一方、相談したことがきっかけで相談者が機関から当事者として疑われないようにするために、相談部門と調査部門を切り分けていること、などが論議されました。

 最後に、浅島氏が日本での指導的な人材の制度導入について、行政官庁、研究資金配分機関、大学・研究機関などが立場を超えて議論を進め、必要な支援も出来るところから進めたい。と結び、シンポジウムは終了しました。

総合討論のようす


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