取材レポート

第1回JSPS研究倫理セミナー「研究者倫理教育にグループワークを導入する」報告

 2018年11月22日、JSPS研究倫理セミナーが開催されました。これは大学及び研究機関の研究倫理教育の担当者向けに、研究倫理教育へのグループワークの導入を目指した内容のものです。セミナーでは、まず、2名の講師が、研究公正の現状と研究倫理教育の課題を紹介し、教育手法としてのグループワーク活用の意義や効果的な実践方法を解説しました。その後、参加者は、様々な形式のグループワークを実際に体験しました。
 本報告では、グループワーク実践における考え方や注意点および実際の体験内容に焦点をあてて報告します。

1.講演

1-1. 研究倫理教育をより効果的に実施するために〜研究倫理教材の活用とグループワークの導入〜(中村征樹氏の講演)
研究倫理教育において獲得すべき基本的な知識と理解
図1 研究倫理教育において獲得すべき基本的な知識と
   理解

 初めは、大阪大学全学教育推進機構 准教授の中村征樹氏が講演を行いました〔講演資料〕。
 中村氏は講演冒頭で研究公正の現状を紹介し、研究倫理教育の体制整備やeラーニング(eLCoRE、eAPRIN等)の導入が進んでいることを述べました。その上で、研究倫理教育をより効果的に実施するために必要な基本的な考え方などについて、以下のとおり説明しました。

研究公正の学習目標
 図2 研究公正の学習目標(クリックで拡大します)

 研究倫理教育においては、研究倫理の「知識」の獲得のみならず、公正に研究活動が行える「スキル」、責任ある研究活動を進める「態度」や「振る舞い」を身につける事が重要です(図1 参照)。しかし「スキル」「態度」「振る舞い」は、座学やeラーニングなどを一方向的に受講するだけでは身につきにくく、教育効果を高めるには、グループワークなどの双方向型の教育プログラムを組み合わせるなどの工夫が有効です。
 研究倫理教育を実践するにあたっては、受講者の教育習得段階を踏まえて、何を身につけさせることが良いのかという学習目標を明確にし、それに対して効果の高い様々な教育手法(講義、eラーニング、グループワーク等)を選択して、上手に組み合わせると良いでしょう。(図2 参照)。


1-2. 科学者の責務とWell-Being〜いかにして気づかせ、考えさせるか〜グループティスカッションの実践(片倉啓雄氏の講演)
片倉先生
講演する片倉啓雄氏

 次に、関西大学化学生命工学部 教授の片倉啓雄氏が講演を行い、グループワークでのディスカッションの意義を説明し、効果的な実践方法を以下の通り紹介しました。〔講演資料

 研究不正や不祥事の事例を分析すると、不安全・不誠実な状態を軽視または正当化しているうちに、危険な行為や不正行為を犯してしまっているケースがみられます。個人や組織の価値観が、いつの間にか安全や公正な状態から逸脱しているにもかかわらず、その状態を標準だと思い込んでしまうのです。このような「逸脱の標準化」に陥っている状況は、例えるなら、始めは水の入った鍋の中にいたカエルが、鍋の中で徐々に温められていることに"気づかずに"いつの間にか「ゆでがえる」になってしまうようなものです(図3 参照)。

「ゆでがえる」と逸脱の標準化
図3 「ゆでがえる」と逸脱の標準化(クリックで拡大します)

 そのような当事者には、その行為が、技術的もしくは倫理的に逸脱していることを"気づかせる"必要があります。
 グループワークは、自分の考えが必ずしも一般常識と同じではないことを気づかせるためのとても有効な教育手法と言えます。人はディスカッションを繰り返すことで、様々な価値観や考えに基づく意見に触れて、自らの考えに不足する点や逸脱する点がないかに気づき、適切な考え方を身につけることができるからです。

グループディスカッションの運営のポイント
図4 グループディスカッションの運営のポイント

 研究倫理教育担当者は、グループワークを有効な"気づき"に繋げるために、参加者に対し以下の内容を事前に教えておくと良いでしょう(図4)。
 まず、参加者には積極的にディスカッションで発言してもらうことが必要です。しかし、間違った意見を言うことを恐れて、発言をためらう人もよく見受けられます。そのような人には、失敗(失言)を恥ずかしがるより、自分の考えが進歩しない事を恐れなければならないと伝えます。

セブン・ステップ・ガイド
図5 セブン・ステップ・ガイド

 また、ディスカッションにあたっては、相手の過失や人格を責める「非難」に陥ることなく、より良い考えを導き出すための建設的な「批判」を行うよう促します。
 研究倫理教育のグループワークでは、倫理的なジレンマに陥る事例を取り上げる事も多く、議論が脇道にそれてしまうことがあります。それを防ぐために、問題点を整理し、可能性を考え、より適切な判断を導くための方法論の一つである、「セブン・ステップ・ガイド」(図5参照)についても参加者に教えます。

グループディスカッションでの留意点
図6 グループディスカッションでの留意点
   (クリックで拡大します)

 更に、ディスカッションでは他者や体制・ルールがどうあるべきか、を議論するのではなく、自分自身が当事者として問題にどのように対処すべきかを考えることが重要です(図6参照)。そのために、改めて自分は何を目指して倫理的に振舞うのか、"科学者としての自分"を見つめ直すよう伝えます。これは、科学者が良く生きる(well-being)ために自分がなすべきことを考えて行動する(志向倫理)という考え方につながります。
 科学者は、研究や技術開発によって、これまで世の中に無かった価値を作る存在です。従って、科学者は、従来のルールを守るだけではなく、ルールが無い場合でも倫理的な判断をすること、あるいは新たなルールを創造することが求められます。科学者としていかにあるべきかを常に考えながら、各々のケースに対応する必要があるのです。

グループワーク風景

2.グループワーク

2-1.グループワークの実践 -多人数クラスで効果的に実践する「出向者制度」の体験

 講演の後は、グループワークの体験です。
 通常グループワークは、4〜5名でグループを作り、特定の事例に対して、「なぜ問題なのか」「どうすればよいのか」を決まった時間内でディスカッションし発表しあうものです。ところが、参加人数が多い時には、グループ数が増えてしまい、全グループの発表に時間がかかったり、発表内容が重なったりすることがあります。一方で、1グループあたりの人数を増やすと、今度は、議論に参加しない者が出てしまうことがあります。
 このような問題を解決するために、片倉氏は、「出向者制度」を取り入れたグループワークの方法を紹介しました。
 この方法では、1グループあたりの人数は増やすものの、メンバーの全員に役割を持たせることで、議論に参加しないメンバーを出さないようにします。更に、2名のグループ員を他のグループに出向させて情報交換をさせ、グループに戻った後には出向先での議論内容の説明をさせて、自グループの議論をより良いものとしていく手法です。(図7参照)

「出向者制度」を取り入れたグループワークスタイル
図7 「出向者制度」を取り入れたグループワークスタイル(クリックで拡大します)

 「出向者制度」のグループワーク体験で議論する事例としては、正しい手順からの逸脱を誘うイレギュラーな状況を扱った、技術者や研究者が直面する身近な3種類が提示されました。各グループは、この中から一つを選択し、議論した後に全体発表を行いました。以下、一例を示します。


 あなたは国家資格が必要なある部品の検査を請け負う会社に勤務している。あなたはまだ資格を持っていないが、十分な実務経験を積んでおり、国家資格を持つAさんから実質的に業務を任されている(あなたが作業をしてAさんがその結果を確認して書類に捺印している)。ある日Aさんが風疹にかかり出社できなくなった。得意先への納期が迫っているので、部長はあなたが検査して提出し、Aさんが出社してから追認させればよいと言うが...



各グループより出された対策案

  • 「社内でA以外の資格者がいないか確認し、いなければ得意先と納期交渉すべき」
  • 「どうしても間に合わない場合、テレワークを活用できないか」
  • 「零細企業の場合は同業他社と助け合う」など

全てのグループの発表を合わせると、対策案の数が多く、発想も多岐にわたっていました。

片倉氏の講評
 グループディスカッションでは、自分自身がその場で出来ることを考えるべきだと講演で伝えましたが、実際に体験してみると発表の中に体制や法の不備をあげている班が半分くらいありました。不備の指摘自体は大切なことですが、別の機会に考えるようにしましょう。
 また、困難に見える状況でもあきらめず、皆で知恵を絞ることが良いアイデアの創出に繋がります。

2-2.グループワークの発表方法
さまざまな結果報告の方法
図8 さまざまな結果報告の方法(クリックで拡大します)

 次に、中村氏より、グループワークの結果について代表者が順番に前で発表する以外の方法が紹介されました(図8参照)。今回は、色々な発表方法を体験してほしいということで、以下2つの方法を実際に体験しました。(グループワーク2資料 参照)

Rotating Trios
 代表者以外のメンバーが、それぞれ別のグループに行き、自グループでの討議内容について発表をします。この方法では、発表を少人数のグループで行うことで、質問や意見交換が活発に行われるメリットがあります。

 参加者は二つの事例(「二重投稿」、「共著者の責任」がテーマ)から一つを選択し、議論した後に、グループ移動を行い発表、質疑応答を行いました。

グループワークを解説する中村氏
グループワークを解説する中村氏

Panel
 グループでディスカッションした結果の発表を、パネルディスカッションの要領で行います。4名前後の代表者が前に出て順番に発表し、その後、代表者同士で質疑を行ったり、全体での質疑を受けていく方法です。一つの課題について、各グループの結果の共通点や違いを明確にしながら、多角的に検討・共有することができます。

 今回は、事例として「『責任ある研究行為』の13項目から一つを選び、それについて説明文書を作成する際のポイントを整理する」という内容で議論を行い、その結果をパネル形式で発表しました。


中村氏の講評
 今回のグループワーク体験について後日振り返り、紹介した様々な教育手法やグループワークでの発表方法を、研究倫理教育の学習目標に照らし合わせて、積極的に取り入れて下さい。

3.おわりに

 セミナーの最後に、片倉氏は、大学等で研究倫理教育を担当している参加者に向けて、「研究者は創造性を重視し、創造は必ず新たな問題を伴い、それに最も効果的に対応できるのは研究者である。従って、研究公正のルールを守るだけではなく、ルールを作る人を育てるというのが大切な仕事であり、これが、研究倫理教育担当者の"やりがい"となる。」と語りました。
 更に、今後の研究倫理教育に役立てる材料とするために、不正事例ばかりではなく、不正を思いとどまることが出来た事例を集めているので、ぜひ協力してほしいと呼びかけました。


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